XVIII 学生決闘《メンズーア》
その翌日。
フィルとセレナさんはあっさりと仲良くなった。
あまりにもあっけなくてびっくりするぐらいだ。
わたしはフィルにセレナさんのことを教えてあげたのだ。
フィルはためらっていたけど、わたしが「きっと大丈夫」と励ますと、「うん」とうなずいてくれた。
その後はフィル自身の力だ。勇気をもってフィルは教室でセレナさんに話しかけた。
セレナさんもどぎまぎしながらも、でも、とても嬉しそうに、フィルとおしゃべりをするようになって、すっかり二人は友人になった。
これで良かった……はずだけれど。
わたしは胸が少しもやもやする。
これは……なんだろう?
ただ、この漠然とした不安を除けば、すべて順調だった。なんやかんやでもう一週間が経っている。
嬉しかったのは、セレナさんがフィルと仲良くなっただけでなく、わたしのことも慕ってくれるようになったことだった。
セレナさんはわざわざ上級生のわたしの教室にときどき来てくれる。
今日もすべての授業が終わった後、セレナさんがわたしの席に遊びに来ていた。
「ね、クレア先輩。今度、二人で王都に買い物に行きましょう!」
セレナさんが褐色の瞳をきらきらと輝かせ、わたしを見つめる。こんな可愛い子に、先輩、と呼ばれるのも悪くないかも。
ただ,慕ってくれるのは嬉しいのだけれど……。
「フィルと一緒じゃなくていいの?」
「はい。フィル様と一緒なのも楽しいと思いますけど……でも、クレア様と二人きりでお買い物もしてみたいなって。フィル様と一緒では行けない場所もあると思いますし」
フィルがいると行けない場所って……ど、どんな場所だろう?
ともかく、フィルの孤立問題は解決して、わたしの破滅も遠のいた……はずなのだけれど。
腕の赤い刻印は消えないままだ。魔女化の印が残っているということは、何か見落としがあるような……。
そのとき、ぱたぱたと足音がして、教室が少しざわめく。
振り返ると……そこには、フィルがいた。
とても慌てた様子でわたしに駆け寄ってくる。
そして少し涙目になっていて、わたしを上目遣いに見る。
「お、お姉ちゃん!」
「ふぃ、フィル! どうしたの?」
息を切らしたフィルは、しばらく深呼吸してから、わたしに一枚の手紙を差し出す。
白い封筒は、すでに赤い封蝋が砕かれていた。その中身の一枚の便箋にわたしは目を通す。
わたしは読んでいくうちに、みるみる顔が青ざめていく。
「これ……」
フィルがうなずく。セレナさんはきょとんとした表情で、手紙を横から覗き込む。
そして、セレナさんもわたしたちと同じように、青ざめた。
それはフィルに対して決闘を申し込むと書いてあった。
いわゆる果たし状だ。
なんでフィルみたいなおとなしい子に決闘なんか申し込むんだろう? ……と思ったら、手紙に書かれていた理由は、セレナさんだった。
要するに、手紙の主は、フィルとセレナさんが仲良くなったことが気に食わないらしい。
差出人の名前は、男子生徒だった。
つまり……。
「セレナさんのことが好きな子が、フィルに決闘を申し込んだってことね!」
「ええっ、そうなんですか!?」
セレナさんがびっくりしたようにのけぞる。
まあ、セレナさんからしたら、思いもよらないことになったのだと思う。でも、セレナさん本人にも言ったけど、セレナさんの自己評価が低すぎるだけで、全然おかしなことじゃない
でも、困ったことになった。
決闘……。
もちろん、決闘と言っても、本物の剣を使って殺し合いをするわけじゃない。学生決闘というもので、学園公認のルールで行われる。
木でできた剣で、互いと戦う。剣術の訓練を、試合にしたようなもので、なかばスポーツだった。
ただ、それでも怪我をする人がいないわけじゃない。
しかも、フィルは……そういう荒事をするには……優しすぎる性格だ。
どうしよう……。
相手の男子生徒を説得して決闘をやめさせる、というわけにはいかない。
一度申し込んだ決闘を取り下げることも、決闘を断ることも、名誉に反する行いだとされる。
だから、相手も決闘をやめられないし、フィルも決闘を断れない。
「どうしよう、お姉ちゃん?」
フィルが涙目でわたしを見上げる。
もともとはわたしがフィルとセレナさんを近づけたことで起きた問題だ。
なんとかしないと……。
そういえば……決闘といえば……。
わたしは、はっとした。
すっかり忘れていたけど、フィルが学園で決闘を行ったっていう事件は前回の人生でもあったはずだ。
あの頃は……フィルに関心がなかったから、理由は覚えていない。だけど、フィルがずたぼろに負けて、怪我を負い、見物人から笑われるというひどい結果になっていたはずだ。
そのときのわたしはフィルを助けようともしなかった。その場にはいなかったけど、あとでその話を聞いて、「公爵家の恥晒しね」と言ってしまったと思う。
それはちょうど……入学から日も浅い、今ぐらいのことだった。
どうして、忘れていたんだろう……。
フィルを傷つけたことを無意識に思い出さないようにしていたのかもしれない。
ともかく、この問題を解決しなければ……きっとわたしも破滅する。
フィルとセレナさんが不安そうにわたしを見つめる。
わたしは二人に微笑んだ。
「大丈夫。わたしがなんとかするから」
そう言うと、二人はぱっと顔を輝かせた。うん。年下の子から頼りにされるのも悪くない。
とは言ったものの、決闘……か。
フィルを戦わせたくはない。仮にフィルが勝てるとしても、危険なことはしてほしくなかった。
相手はフィルに敵意があるのだし、そういう状態で戦えば、わざとフィルを怪我させようとするかもしれない。
だからといって、決闘を断るのも問題だ。それはリアレス公爵家の名誉に関わるし、フィルの今後にも影響する。
とすれば、フィルの代わりに代理人を立てる必要がある。
決闘に代理を立てることは不名誉なことじゃない。リアレス公爵家の身内から選べばいい。
問題は……誰が代理人になるか、だ。





