XXXVIII やきもち焼いちゃいます!
王妃のアナスタシア様は、大陸東方の大公国の公女の生まれらしい。
金髪碧眼の、それはそれは綺麗な方で、すらりとした長身の、スタイルも抜群の美女だった。
息子の王太子が美少年になったのもうなずける。
王妃は17歳で当時の王太子、つまり今の国王陛下に政略結婚で嫁いだ。そして、すぐに寵愛を受けて、身ごもったという、
今、王太子が12歳ということは……ええと……王妃様はまだ29歳! 若い!
前回の人生では、わたしは順調に行けば、18歳で学園を卒業して、王太子の妻となるはずだった。王妃アナスタシアとそう変わらない人生が待っていたはずだったけど……。
実際には、わたしは婚約破棄されて、処刑されて、12歳に戻ってやり直すことになった。
人生、何が起こるかわからない。いや、さすがにやり直しが起こるなんて、普通は起こるはずないんだけど……。
ともかく、問題は王妃だ。
王妃は、昔は「氷の公女」なんて、ときどき呼ばれてたらしい。
それもそのはず。王妃の冷たい美貌は印象的で、そして、誰も笑った姿を見たことなかったから、そんなあだ名をつけられてもおかしくなかったのだと思う。
怖い人だ。
それに、前回の人生では、王妃はどういうわけか、わたしを嫌っていた。大事な息子の婚約者なんだから、大事にしてくれても良かったのに……。
単に王妃が誰にでも無愛想なだけじゃなくて、わたしが嫌われていたのは確実だった。
王妃様は王太子とわたしの婚約破棄を支持していた。
王太子が聖女シアに想いを寄せていることを知ると、周囲の臣下たちが渋るのを押し切って、シアを婚約者にしようとした。
でも、今回も王妃に嫌われるわけにはいかない。
王太子の婚約者なんて、まっぴらごめんだけれど、でも、王妃に嫌われるのは、わたしの破滅のリスクを大きくする。
相手はこの国で最も身分の高い相手だし、機嫌を損ねれば、別の理由で処刑されてもおかしくない。
そして、この監禁から逃れるためには、王妃を説得して、わたしの監禁理由を聞き出す必要がある。
フィルは別室に移って、王太子も去った。ベッドの上に座ったまま、わたしは今後のことを考える。
残されたアリスが、わたしの前に立って、わたしに微笑みかける。
「あたしの予想通りになりましたね」
「アリスの予想どおり?」
「ほら、言ったじゃないですか。クレア様とフィル様と王太子殿下で、三角関係になるって」
「ああ、そういえば、そんな冗談、言ってたっけ……」
「冗談じゃなくなりましたよ」
とアリスがいたずらっぽく灰色の瞳を輝かせる。
わたしは肩をすくめた。
「王太子殿下は、政略結婚でわたしと結婚する予定なわけだし……べつにわたしのことを好きなわけじゃないじゃない?」
「あら、そんな自信のないことをおっしゃらないでください。今のお嬢様なら、殿方だったら誰でも恋に落ちますよ」
「そうかなあ……」
「少なくとも、あたしが男だったら、絶対にクレアお嬢様を放っておきません!」
と身を乗り出してアリスが言う。
わたしはふふっと笑った。
「王太子じゃなくて、アリスがわたしの婚約者だったら良かったのにね。そしたら、こんなところに監禁されなくて済んだのに」
「安心しちゃダメですよ。あたしがクレアお嬢様の恋人なら、クレアお嬢様のことを奪われたくなくて、部屋のなかに閉じ込めて、溺愛しちゃうかもしれません」
「それは怖いけど、でもアリスとなら、ちょっと楽しいかもね」
とわたしが言うと、アリスもうなずいて、わたしたちは見つめ合って、くすくすっと笑った。
「でもですね、王太子殿下はホントにやきもちやいてましたよ」
「そう?」
「はい。クレアお嬢様がフィル様とあんまりにも仲が良すぎるからですよ。王太子殿下のすねた顔、なかなか可愛くなかったですか?」
「ええと……」
そんなことを感じる余裕はなかった。
相手は王族筆頭みたいな存在で、わたしを監禁している相手だし。
逆にアリスは、はるかに身分が高い相手について「可愛い」なんて思えてしまうぐらいには、度胸があるみたいだ。
まあ、アリスからしてみれば、王太子も「年下の男の子」にすぎないのかもしれない。
わたしは「うーん」と腕を組んだ。
「嫉妬、ねえ……。フィルはわたしの弟だし、まだ小さな子どもなのに」
「クレア様も、小さなこどもじゃないですか。これからおふたりとも成長していきますよ」
アリスの言葉に、わたしはつい笑ってしまった。アリスはわたしが笑った理由がわからないようで、きょとんとした顔をしていた。
……わたしの体は12歳だけれど、中身は17歳。14歳のアリスより年上なんだ。
わたしはまじまじとアリスを見つめ、アリスはますます不思議そうに首をかしげた。
アリスは15歳の誕生日を迎えずに、前回は命を落とした。でも、今回は、生きていて、わたしの目の前にいる。
わたしがフィルと一緒に洞窟に行って、儀式を成功させたから。だから、アリスを救えた。
なら……今回もきっと……王太子の問題だって解決できるはず。
わたしは自分に言い聞かせた。
アリスがそっとわたしの頭に手を触れて、そして、わたしの茶色の髪を撫でた。
「……アリス?」
「お嬢様は、以前とは変わりましたね」
どきりとする。
ちょっと前まで、わたしはただの12歳の女の子で、アリスがずっと知っているわたしと、今の中身17歳のわたしは違う。
まあ、今もただの「17歳の女の子」にすぎないんだけれど、アリスからしてみれば、不思議だろう。
「前までは、クレアお嬢様はあたしの妹みたいだったのに……今はなんだか、お姉ちゃんみたいに感じることもありますね」
「アリスのほうがわたしより百倍しっかりしていると思うけど」
「そうでしょうか。あたしだったら、弟のためだとしても、危ない洞窟に一緒に行く勇気は、きっとなかったと思います」
「あれは、まあ、その……やむにやまれずというか……」
「フィル様が困っていたから、ですよね。それだけクレアお嬢様はフィル様のことが大事なんですよね。でも……」
「でも?」
アリスは灰色の瞳を輝かせ、そしてわざとらしく頬を膨らませて、言う。
「ちょっとやきもちを焼いちゃうなあ、と思って」
「へ?」
「前まではあたしだけのクレアお嬢様だったのに、なんかフィル様にとられちゃったみたいだなあと思って」
アリスの口調は冗談めかしていた。
けど……たしかに、前回の人生では、アリスがいたころ、わたしはアリスにべったりだった。
まるで本物の姉を慕うように、わたしはいつもアリスのそばにいた。勉強や行儀作法の訓練以外の時間は、アリスと過ごすのが、わたしの幸せだった。
そんなわたしをアリスも可愛がってくれていたと思う。
でも、今回の人生では、フィルがやってきてから、アリスと過ごす時間はかなり減った。
わたしはアリスにフィルを取られちゃうんじゃないかと思ったけど……アリスも、同じように思っていたんだ。
フィルにわたしを取られちゃった、と。
わたしは目からウロコが落ちる思いだった。
わたしは自分のことしか考えていなくて、わたしが必要とされることだけを考えていて。
わたしを必要としてくれる人のことに気づいていなかった。
アリスは照れたように笑った。
「今のは冗談です。忘れてくださいね、クレアお嬢様」
そして、お辞儀をしてから、アリスは背を向けて、立ち去ろうとした。
わたしはアリスの腕をそっとつかむ。
アリスが振り返ると、わたしはベッドから立ち上がり、ぎゅっとアリスを抱きしめた。
アリスがびっくりしたように、目を丸くする。
「お、お嬢様?」
「わたしもね……アリスがいなくなっちゃうんじゃないかって思って、心配だったの」
「あたしはお嬢様の前からいなくなったりしませんよ。……お嬢様があたしを必要とする限りは」
アリスの言葉は、以前にわたしがフィルに言ったセリフと、ほとんど同じだった。「フィルが必要とするかぎり、わたしはフィルのそばにいる」。……フィルがわたしのことを必要としなくなる、と思って、だから、そんなことを言ったんだ。
アリスもきっと、わたしがアリスのことを必要としなくなるときが来ると思っているんだと思う。
わたしとアリスは主人と使用人という関係だ。
でも……。
「わたしにとって、アリスは必要な存在だよ。だって、アリスは……わたしのお姉さんだもの」
アリスは嬉しそうに微笑み、そして、もう一度、わたしの髪を撫でた。
「そうですね。クレアお嬢様がフィル様のことを大事なのと同じように、わたしもクレアお嬢様のことを大事に思っていますよ。でも……きっとクレアお嬢様は一人でも、大丈夫です。フィル様も王太子殿下も、クレアお嬢様のことを必要としていますから」
「でも、今のわたしにはアリスの力が必要なの」
フィル、シア、そして、アリス。
この三人がわたしの味方だ。
王妃の説得には、誰かに一緒についてきてほしかった。
フィルは幼すぎるし。前回の聖女シアを連れて行けば、何が起こるかわからない。
となると……。
「アリス。王妃様の説得を手伝ってくれない?」
「はい。お嬢様のためとあらば、喜んで」
アリスはわたしを抱きしめ返すと、柔らかく微笑んで、うなずいた。
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