XXXVII 王妃
まどろみのなか。
夢もほとんど見なくて、見たとしても、フィルと一緒の幸せな夢を見るだけで。
わたしは心地よく昼寝していた。ときどき、フィルに触れたり、髪を撫でたり、抱きしめたりしていたような気がする。
ところが、急に物音がして、わたしはびっくりとして目覚める。
目を開くと、目の前にはアリスと……王太子がいた。
アリスは困ったような笑顔で、王太子は驚いたような顔で、わたしを見つめていた。
いや、正確には、わたしとフィルを見ているんだ。
わたしは突然の来客を見て、慌てて飛び起きた。
「で、殿下! どうして……」
「ああ、起こしてすまない。それに……こんなタイミングで来てしまって申し訳ない。その……いくら婚約者といっても……女性が寝ている姿を見るなど……」
「い、いえ……」
アリスも「ごめんなさい、クレアお嬢様」と手を合わせて、わたしに謝る。
びっくりしたのは確かだけれど、それより……わたしがフィルと一緒に寝ていた方が問題かもしれない。
王太子はフィルのことをメイドだと思っているから大丈夫かもしれないけど……。
けど、王太子は青い瞳でわたしを見つめ、そして小さくつぶやく。
「弟……か……」
「お、弟? 何のことですか?」
「その子は君の弟のフィルだろう?」
王太子に正体がばれていた。もしかして……わたしが寝言でフィルって名前を呼んじゃったんじゃ……。
いくら幼い弟とはいえ、他の男性と同じベッドで寝ていたというのは……王太子の婚約者としてはまずいかもしれない。
しかも、嘘をついている。
あ、でも、王太子はわたしのことを好きなわけじゃないし……大丈夫かな。
ところが、王太子はすねたように言う。
「やっぱり、僕より弟のほうが大事なんだね」
「僕?」
王太子の一人称がいつもと違うことに気づく。
王太子は少し恥ずかしうそうに、幼い顔を赤くした。
「いや、いいんだ……」
「申し訳ありません。その……嘘をついてしまって……でも、フィルと一緒にいたかったんです」
わたしは本音を言うことにした。
いまさらごまかすことはできない。
「殿下が、男の人と会うことを禁止すると仰ってたので、フィルには女装してもらって……」
「わかってる。元はと言えば、私が君の自由を奪っているのが悪いんだからな」
てっきり、フィルを叩き出して、私と二度と会えなくしたりするかと思っていたら、意外と物分りがよくて、わたしは拍子抜けした。
王太子はにっこりと微笑んだ。
「王宮から出てもらうわけにはいかないが、この部屋以外の王宮の奥へは移動してもいいことにしよう」
「……本当ですか?」
「ああ、弟とも自由に会ってもいいさ。ただ、弟と一緒の部屋で暮らすっていうのはやめてほしいかな」
ああ、やっぱり……。
メイド服のフィルとの共同生活はここまで、ということらしい。
フィルはわたしの服の袖をぎゅっと握っていた。
女の子みたいなフィルが、黒い瞳でわたしを見つめ、「お姉ちゃん……」とつぶやく。
メイドフィルと一緒だから、この監禁生活も悪くないと思っていただけれど。
それも取り上げられたら、ますます……この監禁生活からは早く抜け出さないといけない。
「殿下……わたしに迫っている危険とは何でしょうか? それさえ解決すれば……わたしは自由になれるんですよね?」
「ああ……君をここに閉じ込めておく必要はなくなるね」
「それでしたら、その危険をお教えいただけないでしょうか。わたしは……殿下と同じで、自由でいたいんです」
「いや、私は……」
「わたしも、殿下の抱える問題を解決する力になれるかもしれません。わたしは……殿下に閉じ込められて守っていただくのではなく、自分のことは自分で守れる存在でいたいんです」
王太子は大きく目を見開き、気圧されたように黙った。やがて、とぎれとぎれに言葉を紡ぐ。
「……私は教えても良いのだが……しかし……」
殿下はためらった。
教えられない、ということだろう。
しかも、王太子自身の意思ではなく。
考えてみれば、12歳の王太子が一人でわたしを監禁したりするわけない。誰かが裏で糸を引いているに違いない。
重臣か、もしくは……。
「アナスタシア様の言いつけですか?」
「なぜ知ってる?」
と王太子は反射的に答え、しまったという顔をした。
かまをかけてみたのだけれど、あたりみたいだ。
王太子の母、王妃アナスタシア。美しく、そして冷徹な女性だ。
前回の人生でも、王太子に対する彼女の影響力は大きかった。
わたしが監禁された理由は、たぶん、王位継承権の争いと関係している。ということは、王妃にとっても重要な問題のはずだ。
王妃アナスタシアを説得して、わたしを襲う危険の正体を知る。
そして、問題を解決して、ここから脱出する。
それしかない。
でも……王妃アナスタシア……。
「お姉ちゃん?」
フィルが心配そうにわたしを見つめた。
たぶん、わたしが不安そうな顔をしていたからだろう。
前回の人生で、王妃アナスタシアは、王太子と聖女シアの婚約を熱心に支持していた。
というのも……王妃アナスタシアは、わたしのことが大嫌いだったのだ。
そろそろ第二章も終盤です。
・評価の「☆☆☆☆☆」ボタン(↓にあります)
・ブックマーク
をいただけると幸いです!







