XXIX 刻印
前話で王太子視点と予告していましたが、後回しにすることにしました
わたしは愕然とした。
「一緒にいるためって……だからって……こんなこと……」
「言っただろう。王宮に住んでもらう、と。その確実な実現のために、悪いけど、少し特殊な部屋にしてある」
王太子は淡々と言う。
わたしは口をぱくぱくとさせ、そして、目の前の檻をつかんでみた。びくともしない。窓に駆け寄って、鉄格子を触ってみるけど、こちらも外すのは難しそうだ。
どうやっても、脱出できそうにない。
少し特殊な部屋というけど、要するに豪華な内装の牢屋だった。
「こんなの、監禁じゃないですか」
「必要なことなんだよ」
「お父様が知ったらなんと言うか……」
「公爵のことなら心配はいらない。君は何も不安に思わず、ここにいてくれればいいんだ」
「わたしは……自由でいたいと言ったはずです!」
「そう。それが不安なんだ。君は自由になる必要なんてない」
「なっ……」
何を言っているのか、と思って、わたしは王太子をまじまじと見つめた。
王太子は薄く笑う。
「そんなにまじまじと見つめられると、照れてしまうね」
「殿下……!」
「どのみち、私も君も自由にはなれないさ。私は王太子、君は公爵令嬢にして未来の王妃。そうでなければ、私たちは生きていけないのだから」
それだけ言うと、王太子は檻の鍵を持ったまま、部屋の外へ出てしまった。
私は途方にくれた。
さすが王宮の奥の部屋だけあって、それなりに快適そうだけど。
でも、外に出られないのは困る。
どうしてこんなことになったんだろう……?
前回の人生で、王太子に監禁されたりはしていないし……。
そういえば、学園入学前のこの時期は、王太子とその家臣に連れられて、南方に旅行に行ったような気がする。
あのときの王太子は優しかった。
なんで旅行が監禁に変わるんだろう?
わたしを監禁しなければならないほど、殿下にわたしにこだわる理由があるんだろうか?
あるとすれば、前回の人生では、なんで殿下はわたしをあっさり捨てたんだろう?
わたしはそのまま、呆然と椅子に座っていた。
いろんな考えが頭に浮かぶ。
けど、監禁された衝撃が薄れてきて、することがないとだんだん考えることもなくなってきた。
退屈になってきたのだ。
部屋の隅には、本棚があったけれど、そこにあったのは大判の辞書と分厚い年表だけだった。
わたしは迷って、年表のほうを手にとった。
暇だから、年表のページを最初からめくっていく。
そして、一個一個目を通していく。
古代トラキア帝国の崩壊、アレマニア専制公国の成立といった大きな事件から、農民が起こした小さな反乱まで、網羅されていた。
どうせすることもないし。
暗記しよっと。
なにかの役に立つかもしれない。
自慢じゃないけど、わたしは真面目な性格だった。
こういうことが苦にならないし、退屈しのぎにはなる。
でも、本当は……フィルに会いたい。
「もう、フィルに会えないのかな……」
いつまで王太子はここにわたしを監禁する気なんだろう?
もしかして一生?
いや……どっちにしても、王太子はそのうちシアを選ぶはずだ。
シアは聖女になるし。
そうなったとき、監禁されているわたしはどうなるんだろう……?
やっぱり、邪魔者として処刑されるのでは……?
穏便に婚約破棄してしまいたいし、この監禁から逃げたい。
だけど、どうすれば……
「……痛っ」
腕に急に痛みが走る。
見ると、右腕の肘より下に、赤い不思議な模様が現れていた。
四角や丸が組み合わさった幾何学的な刻印だった。
「なに……これ?」
シンプルなデザインなのに、それはひどくおぞましく見えた。
どこかで見覚えがある。
ずきずきとした痛みを感じながら、わたしは記憶をたどった。
そうだ。
これ……わたしが前回の人生で、処刑される直前にも見た気がする。
わたしの腕に刻まれた刻印。
何なんだろう?
わからないことだらけだ。
わたしはため息をついた。
そのとき、とんとんと扉を叩く音がした。
誰だろう?
王太子の部下とか、敵……かもしれない。
「どうぞ」
わたしは小さく言った。
すると、扉がゆっくりと開き、そこには銀色の髪の小柄な少女が立っていた。
「……シア!」
「クレア様、ご無事で良かったです!」
シアは今にもわたしに抱きつきそうな雰囲気だったけれど、あいにく檻に邪魔されている。
「無事とはいえないけどね……」
ははは、とわたしが檻を指差して言うと、シアが沈んだ顔をした。
「すみません、クレア様……わたしが不甲斐ないばかりに……」
まるで自分に責任があるかのような、シアの発言に少し違和感を覚える。
シアはまだ12歳の少女で、ちょっと前まで平民だった。
いまでこそ公爵家の養女だけど、王太子の横暴を止められる立場にあるわけない。
「シアのせいじゃないわ。そういうシアこそ大丈夫?」
「はい。わたしたちはみんな客人として丁寧に扱ってもらっています。フィル様やアリスさんたちも一緒です」
わたしはほっとした。
それが一番心配だった。フィルたちにも危害が加えられてたら、と思うとぞっとする。
もし……そのときは、わたしは王太子のことを許さないだろう。
「わたしやアリスさんは、クレア様との面会が認められたんですけど……男性はダメだということで……」
フィルやレオンは無理、ということらしい。
これは王太子の独占欲のせいなのか、それとも……。
考え込むわたしに、シアが言う。
「あの……クレア様に紹介したい人がいるんです」
シアは出入り口を指差した。
そこにはメイド服を着た……少年が立っていた。
メイド服の少年とは……
次話は少し先になります
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