XXⅤ 王太子、王太子殿下!
王太子アルフォンソ殿下。
わたしの婚約者だ。
だけど……前回の人生では、わたしを捨てて、シアを婚約者にしようとした。
わたしの初恋の人で、そして破滅の直接の引き金だ。
前回の人生では王太子のことを強く想い、王太子の婚約者の地位にしがみつこうとしたけど……今回の人生では、王太子とは関わり合いになりたくない。
王太子は、わたしを捨てて、わたしの死のきっかけを作った人物だ。
頼まれたって、未来の王妃なんてお断りだ。
なるべく王太子にも会いたくないのだけれど……。
「この屋敷にお越しになっているんですから、会わないってわけにはいかないでしょ」
と、使用人の少年のレオンが言う。
そのとおりだ。
フィルが不安そうにわたしを見上げる。
「クレアお姉ちゃん……大丈夫?」
たぶん、わたしが暗い顔をしていたからだと思う。
わたしは微笑むと、ぽんぽんとフィルの頭を撫でた。
「大丈夫。ちょっと婚約者の人に会ってくるだけだから」
「でも……クレアお姉ちゃん、ぜんぜん嬉しそうじゃないから、心配で……」
フィルの観察通り、わたしは王太子に会いたくない。
けど、そういうわけにもいかないので、フィルに「ありがとう」と言い、そして部屋に戻ることにした。
アリスに手伝ってもらって、一番良いドレスに着替えてから、客間に向かう。
公爵邸の広く豪華な客間には、高価な赤い絨毯が敷かれている。
窓からは明るく日光が差し込んでいた。
その奥の長椅子に、王太子アルフォンソ殿下は腰掛けていた。
金色の髪が日の光に照らされ、美しく輝いている。
青く澄んだ瞳がまっすぐにわたしを見つめていた。
わたしと同い年の12歳だから、まだ幼い顔立ちだけれど、少し凛々しさも感じられる。
ほぼ完璧といっていいほどの優れた容姿だ。
前回は、この完璧な王太子のことが好きだったわけだけれど……いまとなっては、少し不気味に思ってしまう。
アルフォンソ殿下はにっこりと微笑んだ。
「久しぶりだな、クレア」
「はい。……とてもとてもご無沙汰しております」
殺されたとき以来、ということになる。
もちろん、今の王太子はシアのことも知らないし、わたしが殺されることも知らない。
「会えて嬉しいよ」
王太子は立ち上がってこちらに近づくと、親しげにわたしの肩を抱いた。
……認識が追いつかず、凍りつく。
ハグされたのだ
まあ、婚約者だし、お互い子どもだし、ハグなんて挨拶みたいなものだし。
不思議ではないんだけれど。
前回のわたしなら、とても喜んでいたと思う。
でも、今のわたしは……素直に喜ぶことなんて、とてもできない。
「いつ見ても、クレアは美しい。私の理想の婚約者だよ」
「はあ、まあ、えっと……ありがとうございます」
わたしは淡々と返す。
王太子のセリフは、芝居がかっている。前回も、彼は良く、わたしのことを「理想の婚約者」だと呼んでくれた。
だから、親が決めた結婚だけれど、王太子もわたしのことを好きなんだ、と思って喜んでいた。
でも……いま思えば、「理想の婚約者」と呼んでくれたことはあっても、わたしのことを好きだとは、王太子は一度も言ってくれなかった。
実力ある名門公爵家の令嬢であり、それなりに美しく、教養がある、という意味で、わたしは理想の婚約者だったかもしれない。
でも、それは王太子にとって都合がよい、というだけだったのかもしれない。
どうせ、シアに会ったら、今回も、王太子はわたしより彼女を選ぶ。
王太子はわたしから離れると、相変わらずニコニコとしていた。
だけど、その本心は読み取れない。
「突然の訪問、悪かったよ。公務の都合でこちらの近くまで来ていてね。クレアに会いたいと思ったから。たまにしか会えなくてすまないね」
「いえ、とんでもございません」
べつにフィルやアリスがいてくれれば、王太子と会えなくても全然OKなんだけど。
とは流石に口に出さない。
「とはいえ、これからは毎日でも会えることになった」
「はい?」
「クレア。君には王宮に住んでほしいと思うんだ」
「それは……殿下とご結婚した際には、もちろん……」
「いや、もっと近い話だよ。来週にでもクレアには王宮に来てもらいたい」
わたしはぎょっとした。
前回の人生では、そんな話はなかった。12歳まではこの屋敷に住んで、13歳からは王立学園中等部の学生寮に住んでいたからだ。
わたしが表情を変えたのに、王太子は気づいたのか、気づかなかったのか、続けて言う。
「学園にも通ってもらう必要もないと思っている。クレアにはもっとふさわしい場所があるからね」
わたしは混乱した。
なんで王太子はこんなことを言うんだろう?
それに……王宮なんかに行ったら、フィルと一緒にいられなくなっちゃう!
殿下は一点の濁りもない澄んだ声で言う。
「ずっと私のそばにいてほしいんだよ、クレア」
新たな危機が……。
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