XXⅡ 自然体で行こう!
シアが現れたのはたしかに脅威だけれど、わたしは開き直ることにした。
心配したって仕方ない!
まだ、シアがフィルを好きになると決まったわけじゃないし、フィルがシアを好きになるとも決まっていない。
もしそうなったら、そのときのこと。
そのときは、わたしは二人を祝福してあげればいい。
そうすれば、べつにわたしが死ぬ理由はない。
第一、フィルはわたしの弟だ。シアがフィルの恋人になっても、わたしがフィルの姉であるという立場は変わらない。
婚約者だった王太子とは、立場が違う。
前回の人生では、わたしはシアに嫉妬して、シアに対して罪を犯した。
それさえ避ければいいんだ。
問題は、シアに嫉妬しないというわたしの強い心にかかっている。
けれど、今はまだフィルをかわいがってもバチは当たらないはず!
どうせ失うものは何もない。未来の王妃の地位も、公爵令嬢の立場も、こだわりはないし。一度は死んだ身だ。
フィルは、黙っているわたしを不思議そうに見つめた。
わたしはフィルの頭にぽんと手を乗せた。
「あのね、フィルにもうひとり、お姉さんができることになったの」
「もうひとり……?」
「そう。シアって子なんだけど」
シアは公爵家の養女になったから、ある意味では、フィルの姉になる。
わたしが説明すると、フィルはちょっと怯えたように首をかしげた。
おや、と思う。喜ぶかも、と思っていたのだけれど。
「嬉しくない?」
「ぼく……クレアお姉ちゃんがいれば……もうひとり、お姉ちゃんなんていなくても満足だよ?」
嬉しいことを言ってくれるなあ、と思う。
でも、実際にシアに会ったら、どうなるかはわからない。
案ずるより産むが易し、という格言がある。
シアとフィルが会うのは、時間の問題だ。なら、一度、二人を会わせてみよう。
そのほうが……不安にならなくていいし。シアと関わらざるを得ないなら、正面から立ち向かわないといけない。
とりあえず、わたしはお風呂に入ることにした。
まずは体をさっぱりとさせたい。
体を洗って、浴槽に浸かって、アリスに真新しい服を着せてもらって。
ああ……幸せだ。
生きているって素晴らしい。
前回の人生では殺されたけど、今は生きている。
そのことを実感すると、少しずつ、シアへの恐怖は薄れてきた。
ほかほかになって、フィルの前へ行くと、フィルがちょっと恥ずかしそうにうつむいた。
「? どうしたの?」
「えっとね……その……お姉ちゃんが綺麗だなあって」
そっか。
お風呂上がりのわたしを見て、恥ずかしがっているんだ。
フィルが可愛くなって、わたしがフィルを抱きしめようとすると、フィルは慌ててさっとわたしを避けた。
……ちょっとショックだ。
わたしが傷ついた顔をしているのに気づいたのか、フィルは首をふるふると横に振った。
「あ、あのね、抱きしめられるのが嫌なんじゃなくて、むしろ嬉しいんだけど……でも……」
「でも?」
「なんか……いま抱きしめられたら、冷静でいられない気がして」
フィルは顔を赤くしていた。
そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。わたしは肩をすくめた。
すると、フィルはとてとてとわたしのもとへ近づいて、そして、ぎゅっとわたしに抱きついた。
その小さな手が、わたしの背中に回される。
フィルのほうから、わたしを抱きしめてくれた。
わたしが驚いていると、フィルは目をそらした。
「避けたりして……ごめんなさい」
「ううん、ありがとう、フィル」
わたしが微笑むと、フィルは耳まで真っ赤になった。
「クレアお姉ちゃん……良い匂いがする」
「そ、そう?」
お風呂上がりだからだと思うけど。
フィルは幸せそうに、その軽い体重をわたしに預けていた。
ノックとともに、ガチャ、と扉が開く音がする。
誰だろう?
アリスかな、と思って扉のほうを見ると、そこには銀髪の少女が立っていた。
シアだ。
「あ、あの……クレア様、ご気分が優れないようでしたから、心配で……あれ?」
そこまで言って、シアは、抱き合っているわたしとフィルを見て、固まった。
赤い瞳を丸くして、ぽかんとしている。
「い……」
と、シアがつぶやく。
「い?」
「いいなあ。羨ましいなあ」
何が羨ましいんだろう? もしかして、ひと目見て、フィルのことを気に入っちゃったのかも。
心配になってきたし、抱きしめあっているのを見られるのは、恥ずかしい。
でも、フィルはびくっと怯えたように、震えた。
気づくと、シアの瞳には強い敵意がこもっていた。その視線はまっすぐに、フィルに向けられている。
あれ……フィルを気に入ったのかと思ったけど……違う?
むしろ、シアはフィルを冷え冷えとした目で見ている。
そうすれば、フィルは怯えて当然だ。
わたしはおずおずと言う。
「えっと……あのね、シア。この子はわたしの弟のフィルっていうの」
「はい。……知っています」
あれ? なんでシアがフィルのことを知っているんだろう?
わたしはフィルに挨拶するように促したけど、フィルは怖がって、わたしの陰に隠れてしまった。
出会うやいなや、フィルとシアが相思相愛になってしまうのが心配だった。実際に、前回の人生ではそうなりかけていたんだから。
でも……杞憂だったみたいだ。
出会ったことのないはずのフィルとシアは、まるで敵同士みたいだった。
シアはフィルに近づく。
「絶対に……あなたに、フィル様に、クレア様を奪われたりはしませんから」
シアは怖い顔でそれだけ言うと、わたしには輝くような笑顔を向けた。
「クレア様……弟よりも妹のほうがいいって証明してみせます!」
「へ?」
「私のほうがフィル様よりクレア様のことを大事にできると思うんです」
それまで怯えて黙っているだけだったフィルが、急に顔を上げて、シアを見つめた。
「そんなことない。ぼくのほうが……クレアお姉ちゃんのことを大事に思ってる」
フィルとシアはにらみ合い、しばらくして互いにぷんと顔をそむけた。
どうなってるんだろう……?
なんか……シアにフィルをとられるって心配は必要なさそうだ。
シアは「フィル様のいないときに、また会いに来ますね」といって、わたしに柔らかく微笑むと、部屋から出ていってしまった。
残されたわたしとフィルは顔を見合わせた。
「……ぼく……やっぱり、お姉ちゃんはクレアお姉ちゃんだけでいいよ」
「あ、あはは……そうかもね……」
フィルは怯えるように体を震わせていて、そして、わたしにぎゅっとしがみついていた。
そろそろフィルのライバル(?)のショタキャラクターが登場します。
日間ランキング上位になるように更新を頑張ります。
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