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11話 力関係に介入しよう

「このバカ、よりにもよってリリベルとパーティを組むですって!? カトリーナ様のおかげでこの学院に通えていることを分かってないのかしら!? 頭おかしいんじゃないの!?」

「きっとおカネ目当てですよ~。リリベルはおカネを数えるしか能のない商家の出身ですから、たかろうとしてるんじゃないですか~? 本当に卑しい考え方をする子ですね~」


 カトリーナに続いて、彼女の左右を固める取り巻きと思わしき少女らが、モニカに罵声と蔑みの言葉を浴びせかけた。


 青ざめた顔で身を震わせるモニカが弁明でもするかのように小さく口を動かすが、恐怖からか言葉は出てこない。

 だがそこで、リリベルがモニカを庇うように前に出る。


「はっ! なに言ってるのよ、カネ目当てでご主人様に媚びを売ってるのはあんたたちの方じゃない!」

「フン、バカなんじゃない? 私たちは媚びを売ってるんじゃなくて、お仕えしてるのよ! まあ、商家の出のあなたじゃあ、この高貴な役割は理解できないでしょうけど!」

「ぷっ……ふ、ふふふ、ただの金魚のフンが高貴!? ふふふ、あんた、すごく面白い冗談を言うのね!」

「な、なんですって!? 私たちを相手になんて無礼な言葉を!?」

「私たちを侮辱するってことは~、その(あるじ)であるカトリーナ様のこと侮辱するのと同義ですが~、よろしいんですか~?」

「はんっ! それってカトリーナの威を借りなきゃなにもできないってことでしょ? そんなザコどもに用はないわ! 引っ込んでなさい!」

「しょ、商人の娘風情がっ……!?」


 リリベルはカトリーナの取り巻き二人を果敢に相手取り、ついには言い負かして黙らせた。

 だが、そのやり取りを見ていた取り巻きたちの主人は、当然黙ってなどいない。


「ふふふ、リリベルさん、キーキーとやかましいので少しお黙りになって。あなたにこそご用はなくてよ。わたくしはモニカさんに話をしているのです」

「あんたが私に用はなくたって、こっちにはあんたに言いたいことがあんのよ!」

「あらあら、そんなに声を荒らげてどうしたというのです? 淑女としての品が感じられませんわよ?」


 うすら笑いを浮かべるカトリーナにリリベルが食ってかかるが、カトリーナの余裕な表情は崩れない。


「そもそもこれは、主人であるわたくしと従者であるモニカさんの問題ですのよ。無関係な貴方がなぜ口を出すのでしょう?」

「そんなの、明らかに私に関する話だったからよ! ……そ、それに……わ、私とモニカが友達だからに決まってるじゃない!!」


 少し恥ずかしそうに赤面しながら言い切ったリリベル。

 だが、カトリーナはそれがおかしくて仕方がないといったように笑いだす。


「貴方とモニカさんがお友達? ふ、ふふふ、とてもおかしなことを言うのね、貴方」

「な、なにがおかしいってのよ!?」


 ひとしきり上品そうに笑い続けるカトリーナだったが、突然、感情が抜け落ちたかのように冷徹な表情となり、リリベルを見下すように睨みつける。


「そんなこと、このわたくしが認める訳ないじゃありませんか」

「……っ!?」


 カトリーナの底冷えのするような声に、リリベルが息をのむ。


「あの子はデルデトル侯爵家のもの。つまり、わたくしの所有物なのです。わたくしが駄目だと言えば、あの子は友達なんて作れないのよ? お分かりで?」

「……いくら金銭的に支援してるっていっても、学院の生徒は貴族の奴隷じゃないでしょ!?」

「建前上はそうでしょうが、実質的には似たような権利を持っているのですわよ」

「くっ……! こ、これだから貴族ってやつは……!」


 悔しげに歯噛みするリリベルに、カトリーナは冷笑しながら追い打ちをかけ始める。


「貴方がデルデトル侯爵家の従者に不届きな干渉をするというのでしたら、それは侯爵家とフラウゼル商会の間で大きな問題になるかもしれませんわね。それだと、貴方のお父様はお困りになるのではなくて?」

「……そ、そんなの、望むところじゃない! うちの商会を簡単につぶせるとでも思ってるの!? なめんじゃないわよ!!」

「あらまあ、威勢がいいこと。なら、こんな話はどうかしら? わたくしの一存で、貴方の大好きなモニカさんをこの学院に通えなくさせることだってできるのよ? 学院を卒業できなかった場合、侯爵家が入学を支援したときの契約に基づいて、モニカさんは一生わたくしの実家で奴隷同然の生活をすることになるでしょうね」

「こ、このっ……!?」


 カトリーナの容赦ない脅しに、リリベルは苦々しげな表情で押し黙ってしまった。


 リリベルにはその脅しに対抗できる手段がないようだ。

 このままでは、リリベルは友人としてモニカに関わることができなくなってしまうだろう。


 だがそのとき、そんな結末を望んでいない人物がひとり、静まり返ったギルドの中で声を上げた。


「面白い話じゃないか。できるものならやってみればいい。ただし、できるものならな」

「……っ!?」


 ギルド内にいる全員がギルドの隅、突然の介入者の元へと視線を向ける。

 そこにいたのは、中性的な容姿をした銀髪の男。


 モニカたちのやり取りを見守っていたアレスが、彼女たちだけでは対処できない問題だと判断して口を挟んだのだ。


「……誰だ? 誰かの護衛をしてる冒険者か?」

「……っ!? あっ、あいつは……き、昨日の……ゆ、夢じゃなかったのか……?」


 アレスの姿を見た野次馬たちの反応はおもに二通りだ。

 たいていの人はアレスの素性が分からず首を傾げていたが、一部の学生は恐れおののくように顔を引きつらせている。


 対して、騒動の中心にいる少女たちの反応は様々だった。

 縋るような目で見つめてくるモニカと、警戒心むき出しで値踏みするように睨んでくるリリベル。

 取り巻きの二人は緊張した面持ちで冷や汗を垂らしているが、カトリーナはなぜか嬉しそうに笑みを浮かべている。


「まあ! 貴方は昨日の、モニカさんを助けた召喚獣じゃあないですか! お会いしたかったのよ!」


 やたらと楽しげに笑いかけてくるカトリーナに、アレスは理由が分からず眉をひそめる。


「学院の講師すら相手にならない強大な戦闘力に、主人を完璧に守る忠誠心。それに、連れて歩くにも申し分ない見た目。素晴らしい召喚獣ですわね。さあ、早くここに(ひざまず)いて、わたくしに忠誠を誓いなさい」

「……は?」

「分からないのかしら? 貴方はとても便利そうな召喚獣ですから、このわたくしが貴方の主人になって差し上げるということですわ。これからはモニカさんではなく、わたくしの言うことを聞きなさい。よろしくて?」

「なにを言ってるんだ、お前は?」

「……お前? 小間使いでしかない召喚獣の分際で、口の利き方がなっていないようですわね。まあ、それくらいは大目に見ましょう。これから、わたくしがしっかりと教え込んで差し上げますわ」


 カトリーナの態度は完全に、アレスを便利で都合のよい道具として見下しているそれである。

 そして、アレスが自分に服従すると心から信じ込んでいるようでもあった。


 そのあまりにひどい勘違いぶりにイラつき、アレスは露骨に顔をしかめる。


「俺が、なんで、お前の言うことを聞かなきゃいけないのか、ってことを聞いてるんだよ。なんなんだお前は?」

「あら、ご存じありませんでしたの? わたくしはモニカさんの主人です。ですから、モニカの下僕(げぼく)である貴方も当然、わたくしの言う通りに行動する義務があるのですわ。さあ、跪きなさい?」

「断る」

「……はい?」


 冷え切った表情のアレスが一言で切って捨てると、カトリーナの笑みが固まる。


「お前のような頭のおかしい勘違い女を主人にするなんてお断りだ、って言ったんだよ」

「……本当に、しつけがなっていないようですわね」


 アレスがせせら笑うように断言すると、カトリーナは無表情となり、視線をモニカへと向けた。


「モニカさん、この理解力の足りない哀れな召喚獣に命令をしなさい。わたくしの命令を忠実に聞け、と」

「え、ええっ!? わ、わたしにはそんなことできません……」


 突然話を振られ、モニカが怯えながらも拒否すると、カトリーナの目が怒りの色で染まる。


「……どういうことかしらモニカさん? まさか、貴方までわたくしの言うことが聞けないというのかしら?」

「え!? ち、違います! そ、そういう意味じゃなくて、わたしがアレスさんになにかを命令できる契約じゃ――」

「この召喚獣が言うことを聞かないなんて嘘はおやめなさい!! 貴方みたいな出来損ないを律儀に守るくらいなのですから、しっかりと制御できる契約をしていることは分かってるのよ!!」

「ひっ……!?」


 カトリーナの少し前までの余裕な表情はすでに影もなく、怒りに身を任せるようにモニカを怒鳴りつけている。


「――いい加減黙れ」


 そのとき、アレスが短くひとこと声を発すると、周囲の空気が一変する。


 ギルド内にいる全員の顔色がわずかに悪くなった。

 カトリーナの症状はとりわけひどく、顔を真っ青にして身を震わせ始める。


 その原因は、アレスの発する魔力だ。

 アレスは自身の持つ魔力に精神的な重圧をかける効果を付与し、周囲に少量だけ垂れ流したのだ。


「俺は俺のやりたいことををやるためだけにここにいる。誰のだろうが命令なんて聞くつもりは一切ない」


 アレスがそう宣言すると、カトリーナの顔色はどんどん悪くなっていく。

 カトリーナにはアレスが魔力を意図的にぶつけているためだ


「それから、俺は今の生活が気に入っている。だからモニカに余計なちょっかいはかけるな。さっき脅していたようなことをしてみろ、お前を実家ごと消し炭にしてやる。これからはよく考えて行動することだな」


 アレスが魔力の投射を強めながら脅しつけると、カトリーナは顔色を黒に近い青に染め上げ、パクパクと口を開閉する。


「……かっ……あっ……!?」

「どうした? なんとか言ったらどうだ? ああ、息ができなければ返事もできないか」


 その直後、カトリーナはじたばたともがき苦しみながら床へと崩れ落ち、ブクブクと泡を吹き始めた。


「か、カトリーナ様っ!?」

「し、しっかりしてくださいっ!?」


 取り巻きたちが顔を真っ青にしながら駆け寄ったところで、アレスは魔力の放出をやめる。


「それを連れてさっさと消えろ」

「ひ、ひいっ……!? か、カトリーナ様にこんな狼藉を働いて……た、ただで済むと思うなよ!?」


 二人の少女は怯えた様子で安っぽい捨てゼリフを吐き、大慌てで気絶したカトリーナの肩を抱えると、ずるずると引きずりながらギルドの外へと逃げていく。


 ギルドの中には凍り付いた空気が残され、アレスには畏怖の視線が大量に突き刺さった。


「じゃあ、モニカ、俺は外で待ってるから、依頼を受けるのは任せるよ」


 この空気はもう二度目のアレスは、慣れた様子で何事もなかったかのように振る舞い、ギルドの外に出るのだった。

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