第1話 天才と名高い男
「君は天才だ! いつか村一番の実力者になるのは確実だ」
こんな言葉、どれだけ聞いただろうか。
「王都に呼ばれてからがスタートだぞ、アルド。お前が魔王を倒すのだから」
俺はいつだって魔王を倒すための第一候補として、村では扱われてきた。
「勇者なんかいなくても、魔王は死んでしまうかもしれないな」
俺は勇者ではないから。
驕るわけではないけれど、俺もそうなれるように頑張った。
汗を流して剣を振り、魔導書を読んでたくさんの魔法を習得した。
今年で17歳。もうそろそろ王都へと向かう心の準備くらいは始めなければいけないだろう。
「ふぅ……今日はこんなもんかな」
三百回目の素振りを終えて一息つく。
一日の中で一番暑い時間帯はすでに過ぎ、空も微かにオレンジ色へと変化を始めていた。
木々の間を吹き抜けていく冷たい風が、肌上の汗を優しく撫でて身体から体温を奪っていく。
……早く家に帰ってシャワーを浴びたい。
このまま外に居続ければ、きっと風邪を引いてしまうので、足早に村へ帰ろうと足を踏み出したまさにその時――。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
空気を切り裂くような甲高い悲鳴が俺の背中側から聞こえてきた。
若い女性の声。
盗賊に襲われているのか、悪漢に襲われているのか。
あるいは、魔物――モンスターに襲われている可能性だってある。
俺はすぐさま身体を反転させ、右足裏で地面を強く蹴った。
日差しが届かないから、地面はぬかるんでいて、足場がとても悪い。
その上、木の幹から飛び出てきている枝が行く手を遮っているので、とても走りにくい。
だからといって走るスピードを緩める訳にもいかないのだが。
女の子の断片的な叫び声と激しい物音が近づいてきて、ついに草むらの先にその姿が見えた。
見たこともないような異質な服をまとった女の子と、その子を三匹のゴブリンたちが襲っている図。
何とか間に合ったようで良かった……。
女の子はゴブリンたちから目が離せないようで、俺が来たことには全く気がついていない。
一方のゴブリンも女の子に夢中で、こちらに目線のひとつも寄越してこない。
「来ないで……来ないで…………」
震える声とともに、後ずさりを続ける女の子は地面から飛び出た木の根っこに足を引っ掛け、盛大に転んだ。
それを見てゴブリンらは「ギャハハハ」と汚い笑い声を上げ、距離を詰めていく。
そこで、まず俺は一気に一人と一匹の間へと割って入り、木刀でガラ空きになっているゴブリンの腹を強打した。
ゴブリンの口から粘り気のある唾液が飛び出て、俺の頬に付着する。
不快だったが、こんなもので動揺はしない。
何度も練習してきた動作で、今度は木刀をゴブリンの頭頂めがけて振り下ろした。
「ぐぎゃ!?」
うめき声を出してゴブリンが力なく地面に転がる。
致命傷を与えたわけではないので、きっと気絶しているだけ。
とはいえ、しばらくの間は動くことができないだろう。
残り二体。
俺を完全に敵認定したゴブリンたちが、左右から飛び掛かってくる。
焦る必要はない。
冷静にゴブリンの間を転がり抜けると、背後を取ることは簡単に成功した。
慌てて振り向いてきたゴブリンめがけて木刀を一閃すると、手首にクリーンヒットし、何かが砕けたような鈍い音を響かせる。
そして、握りしめていた棍棒を取り落としたゴブリンにとどめを刺そうとしたところで、背後に嫌な気配を感じ取った。
すぐさま膝を折りたたんで屈むと、背中方向から飛び出てきたもう一匹のゴブリンの棍棒が、手首を粉砕されたゴブリンの顔面に叩きこまれた。
見事なまでの味方討ち。
そんなつもりは毛頭なかったゴブリンは、弱弱しい声を上げて倒れたゴブリンの様子をうかがう。
だが、今は戦闘の最中。
俺からすれば最大の隙、絶好のチャンスを作ってくれたことになる。
今度は正面に回って、顎下に強めの一撃、喉元への突きで勝負を決めた。
木刀を構えた臨戦態勢を解除することなく、周囲に他のゴブリンがいないかを確認してから、ようやく女の子の方へと向き直った。
「怪我は?」
返事がない。
女の子は地面に座り込んだまま、俺のことをじっと見上げていた。
黒髪は乱れ、頬には涙の跡、髪の毛で少しだけ隠れた瞳からはまだ恐怖の色が抜けきっていない。
「安心しろ。今のところは安全だ。だから、早いうちに村へと向かおう」
「……君が、助けてくれたの?」
「? ああ、そうなるな」
「私、私また死ぬかと思った……」
「大丈夫だ。ちゃんと生きているから」
こんな話を長々としている場合ではないんだけどな。
ゴブリンだけじゃなく、他のモンスターたちが騒ぎを聞きつけて集まってくる前に移動を始めたい。
「どこかも分からないし……」
「ここはディベ村近くにある森だ」
どうやってこんな場所にまで来れたのかは不明だが、森の奥だから自分の居場所が分からなくなってしまうのも納得ではある。
納得できないのは、女の子が未だに怪訝な顔をしているということだ。
遠く離れた地で「ディベ村だ」と言って誰にでも通じるとは微塵も思わないが、近所の村の名前くらいは誰でも把握しているはず。
珍妙な服装から考えても、何か訳ありな様子だ。
「詳しい話は村に帰ってから聞こう」
手を差し伸べると、女の子は何度か目をパチクリとさせた後、静かに手を握り、ゆっくりと立ち上がった。
だが、足がまだ震えているようでよろけてしまう。
「おっとっと」
慌てて手を彼女の背中側へと回して、身体を支えてあげる。
自然と俺が見下ろす体勢になり、彼女の若干潤んだ目を見た瞬間、「お姫様のようだ」と思ってしまった。
自分でも意味は分からないけれど、とにかくそう思った。
「い、いつまで触っているんですか……」
「あっ、すまん」
彼女の白い肌は桃色に染まっていた。
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