第028話 紫 竜(ヴィオレ)
この宇宙は竜が創ったと言われている。
本当かどうかは知らない。
どうせ神話だ。あることないこと、おもしろおかしく書かれているだろう。信じるかどうかの選択も、もちろん個人の自由だ。ある者は盲目的に信奉しているだろうし、ある者は科学的な根拠がないと否定するだろう。そんなことはどうでもいい。大事なのは、今この瞬間に、俺たちの目の前に竜がいるということだけだ。
体長は約二〇メートル、全長では五〇メートルくらいあるだろうか。その巨大な全身が、ラースガルドの中央管理室にあるメインスクリーンの向こうで、明るい光に覆われている。翼竜とよく似ているが、両者には決定的な違いがある。翼の先に鉤爪がある翼竜に対し、竜は翼以外に独立した前肢を持っていた。
「――ド、竜人族なの⁉」
スクリーンに映る巨大な姿を目を奪われながら、エレオノーラが叫んだ。
爬虫類を思わせる硬い鱗に覆われた紫色の体躯。四本の肢にあるするどい鉤爪と、コウモリのような長くて大きな翼。鬣蜥蜴にも似た頭部には細く長い一本の角があり、下顎からはわずかに弧を描いた二本の長い牙が覗いている。
その頭の両側面にある金色に輝く一対の瞳が、縦に細く伸びた瞳孔で、スクリーンごしに俺たちを見つめていた。
「いや、竜人族ではない。ヤツの肢をよく見てみろ」
ミランダ先輩が、エレオノーラの言葉を否定する。
「竜人族の肢の爪は四本だが、ヤツには五本ある」
先輩に言われてもう一度スクリーンをよく見ると……確かに五本あった。
竜人族ではない竜。アークウェット商会の出入口に描かれた竜の姿が、俺の頭に浮かんだ。
「あれが先輩のいう、伝説の竜なんですか……?」
「わからん。確かなのは……竜人族ではないというだけだ」
ミランダ先輩の顔が、心なしかひきつっているようにも見える。いや、彼女だけじゃない。エレオノーラも、セラフィーナも、そして俺も――おそらくはここにいる全員が同じ表情をしていることだろう。
「……モニカ」
俺は、中央管理室の操作卓前に坐っている文官メイドの名前を呼んだ。
「はい、ご主人様」
「光学迷彩は機能しているんだよな?」
「はい。間違いなく機能いたしております」
あの生き物には効果がないということか。炎でも吐かれて攻撃されると厄介だな。
「迎撃することは可能か?」
「可能です。ですが――」
『『――お待ちください、レーン様』』
モニカの言葉を遮って、中央管理室にユグド=ラシルが現れる。
『『あの方は敵ではありません』』
敵ではない?
どういうことだと訊こうとした俺の頭に、聞き覚えのない声が響きわたる。いや、本当にそれは声だったんだろうか。
《――私の名はヴィオレ。ヴィオレ・ヴァル・ヴォレイグ。竜を統べる者》
ミランダ先輩が、驚いたような顔をこちらにむける。彼女の頭にも届いたようだった。「竜を統べる者」というからには、あれが喋ったんだよな。意思の疎通が可能なのか。
俺はまた、スクリーンを見つめる。
《――代表者と話がしたい。そちらにお邪魔してもいいだろうか?》
頭の中にもう一度声が響く。ユグド=ラシルが敵でないと言うのなら、こちらとしても聞きたいことはある。だけど、あの巨体をどこに案内する?
《――心配には及ばない。では……》
声が聞こえたかと思うと、スクリーンに映っていた紫色の竜の姿がふっと消えた。
そうして次の瞬間――。
功夫服のような紫色の衣装をまとった男性が、俺たちの前に立っていた。
紫色の髪、紫色の瞳、整った顔つき。どこから見ても三〇歳前後の地人族といった感じだ。背は、俺より少し高い。この人物が、さきほどの竜の人間体ということだろうか。
「私の名はヴィオレ。ヴィオレ・ヴァル・ヴォレイグ。代表者はどなたかな?」




