三日目 9
とりあえずあれこれ回ってから宿に戻ると、急にホッとしてきた。何とか耐えしのいでやったぜ……。
「ねえ、今から二人で抜け出せない?」
「え?いや、さすがに今はちょっと……」
「あっ、そうね。夜のほうがロマンチックよね。じゃあ夜にこっそり私が迎えに行くから。またね」
「えっ、あ……」
やばい、あの人、暴走してやがる……。
あの暴走特急を停車させる方法を俺は知らない。
夕暮れの空をカラスがのんびり飛んでゆくのが視界の端に見えると、こちらを馬鹿にしてるような鳴き声が聞こえてきた。
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そして就寝時間を迎えた。
とりあえずこっそり私服に着替えて布団にくるまってはいるが、果たしてどうするつもりなのだろうか?
もしこっそり外出したのがバレたら、下手すりゃ連帯責任で自由行動なしとかになるかもしれない。先生が言っていたわけではないが、そういう他校の話を聞いたことがある。もしそうなったら修学旅行どころか残りの学校生活が終わりを告げてしまう可能性がある。
……よし、ここははっきり断ろう。
気持ちを強く持て。そういうのは明日にしましょうと言って、これ以上のリスクは避けるんだ。
すると、扉が開いて誰かが無音で忍び込んでくるのに気づいた。もちろんツアコンさんだ。
彼女は真っ暗な部屋の中を猫のようにしなやかに、それでいて真っ直ぐにこちらへ向かってきた。夜目が利く方らしい。
「お待たせ」
「こ、こんばんは……」
お互いヒソヒソと言葉を交わす。
すると、窓から差し込む月明かりが彼女の姿をぼんやりと映し出した。
なんと彼女は……峰不◯子みたいなライダースーツを着ていた。
もちろん胸の谷間を露出している。
お、おお、これは想像していたよりずっと……すごい。
「さあ、行きましょ」
「はい」
うん、なんかもうどうにでもなれ。
……思春期なんだから仕方ねえだろ。
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さすがに22時を過ぎると、あちこち店も閉まっていて、 さっき外に出ていた時の喧騒が嘘みたいに思えてくる。
夜風はひんやりとしていて、そう遠くない冬の気配がそこにある。
「少し冷えるわね」
「……そんな格好してるからじゃないですか?」
「これは……君が好きそうだから」
「大概の男子は好きですよ。ていうか、よく見つからずに来れましたね」
「大丈夫。先生方の弱みは握ってあるから。それに潜入するのは得意よ」
「…………」
今聞きたくない情報が入ってきたわ。なんだよ、弱みって……模範になってくれよ……いや、ウチの担任は既にヤバい奴だった。
そうこうしている間に夜は更けていった。