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辞別の犬

 滅んでしまった肉体と共に佐倉氏の自宅に戻った僕は、彼に抱きかかえられてお気に入りのソファに寝かされました。荼毘に付すための準備であちこちに電話で役場に問い合わせ、箱詰めが必要だと聞いた佐倉氏だったのですが、明日まではこのままで、と大きなタオルの上に横たえられたのです。

 佐倉氏のお嬢さんや、当時の奥さん、父上や母上が入れ替わり立ち替わり、僕の肉体を撫で別れを告げに来てくれました。そして一人きりになった佐倉氏は大きな声で泣き始めました。「お前は忠実な犬だった」と、涙ながらに何度も魂の抜けた肉体に話しかけていました。あなた方人間が、お通夜と呼ぶ儀式だったのでしょうね。

 そして現在です。一度は全ての拘束から解き放たれた僕だったのですが、何故だか再び犬舎が住処となってしまいました。天上から射しこまれた光芒に飛びこむことを躊躇したせいでしょうか。佐倉氏の足音に反応し、彼が見える場所まで足を運ぶ。おかしなことに意識だけの存在となった僕なのですが、繋がれたワイヤーの許す範囲に行動は制限されてしまっています。佐倉氏が僕の方を哀しげな目で見ています。彼の目には在りし日の肉体を持った僕が映っているのでしょうか。それとも僕の気配、或いは面影だけを記憶の中に投影していたのでしょうか。

 そろそろ、ここを去る時も近いように思われます。先に逝った友人や姉妹、亡くなった佐倉氏の父親や婚約者が手招きをしているのです。「彼はもう大丈夫だから」と。

 以前にも述べましたが、佐倉氏はあなた方がいうところの≪倫理観の破綻した人間≫です。それが原因で多くの人を絶望の縁に追いやり、挙句、その哀しみを全て背負い込んで苦しむような気の弱い人間でした。

 その彼にもようやく新しい家庭が持てるようになりました。彼を苦しみから救いだした女性は、犬の僕がみても、それはキュートな女性でした。正直なところ、佐倉氏のむさ苦しいヒゲ面とは不釣り合いだと思えるほどに。

 僕の役目は終わったようです。

「全ての償いが終わった訳ではないが、心を入れ替える」と佐倉氏は宣言なさっておられました。

 彼のため、また、多くはないでしょうが彼の幸福を願っておられる方々のために、その誓いが守られる事を願うばかりです。

 佐倉氏には二人のお嬢さんが居られます。齢二十歳と十八歳です。彼女達が佐倉氏のような人間の毒牙にかかることのないよう、僕が見守って行くつもりです。

 

 これで僕の独白は終わります。こんなつまらない話に時間を割いて読んでいただいた皆様、厚く御礼申し上げます。


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