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後編





「……それで、どうなったの?」

「ん?」


 ミルクを飲み終え

 私のお話に集中していた子が訊ねた。


「どうなったも何も、私は気付いたら自分の部屋で寝かされていたよ」


 親父も御袋もさすがに心配したらしく

 怒られるよりも泣かれてしまったが。


 ちなみに他のワルガキ共は

 気付いたら森の入り口に戻されていたらしい。

 そして普通に家に戻り

 こっぴどく絞られたとか。


 いつの間にかいなくたっていた私を

 見捨てて帰っていったのだから

 いい気味ではある。


「あれ? でもさ」


 男の子がふと小首を傾げた。


「じいさん、そのまほうつかいにさ、わすれさせられたんだよな?」

「ああ、そうだよ」

「じゃあ、なんでおれたちにおはなしできるのさ」


 ほほう。

 鋭いではないか。


「あ、そっか! わすれてるならおはなしできないよね!」

「ひょっとしてじいさん、ウソついた!?」


 ブーブーと不満を口にする子供達。

 まあそうだろうな。

 だが私は首を横に振った。


「別にウソじゃないさ」


 そう。

 ウソじゃない。


「言ったろう? あの魔法使いは、本当は人間が好きなんだ」

「うん」

「あの夜以降、村の皆は魔法使いの噂を忘れたさ。それに私達ワルガキも、何となく気味悪がってあの森には意味もなく近づかないようにしたよ」

「それでそれで?」

「でも私だけは思い出すことができたんだよ。忘れても、一ヶ月も経たないうちに魔法使いと天使様のことを思い出せたんだ」

「え、なんで?」

「単純な話だよ。魔法使いが私に飲ませた薬の効き目が切れたんだ」


 そうなのだ。

 確かに私はあの二人のことを綺麗さっぱり忘れていた。

 だだ数日後

 何の前触れもなく

 ふと

 不意に

 私は二人を思い出したのだ。


 他のワルガキ共は

 噂のことすら思い出せなかったのに。


「あの二人のことを直接見ているのは私だけだったし、そのせいかとも思ったんだかね」


 だが実際は少し違った。


「私は記憶が戻ってすぐ、またあの森を訪れた」


 その時はあっさりと魔法使いの隠れ家まで辿り着けた。


 呆れたことに

 そこは隠れ家と言うか

 大きな塔だった。


 こんな大きな塔が

 深い森の中にあるとは言え

 誰にも気付かれずにあり続けていたとは

 さすがに驚きを隠せなかったが。


 だが相手はあの魔法使いだ。

 何があってもおかしくない。


「一応、扉を叩いたんだが返事はなかったよ。で、勝手にお邪魔することにしたんだが……」


 あれは今思い出しても

 苦笑いしか浮かばない。


 何せ魔法使いが建てた塔だ。

 今度は森ではなく塔の中で道に迷ってしまったのだ。


 さすがに叫んだよ。

 出て来い魔法使い!

 ってね。


「それで、まほうつかいはでてきたの?」

「出てきたと言うか、何と言うか……」


 降ってきた。


 うるせえクソガキ静かにしてろ!


 何て叫びながら

 あの魔法使いは天井の隠し扉から降ってきたのだ。


「蹴り飛ばして気絶させようと言う魂胆だったんだろうがな。だが目測を誤ったらしくて私の目の前に着地してんだ。……いや、あれは着地とは呼べんか」


 何せ天井は高かったからな。

 いかにあの魔法使いが常識を逸脱していても

 基本はただの人間なんだから。


 グキッと。


 足を捻っちまったんだよ。


「そこに天使様が駆けつけてな。魔法使いを部屋まで運んだんだよ」


 あのときの魔法使いの顔と言ったらもう……。

 七十年近く前のことだが

 もうあんな表情を浮かべることができる奴とは会う機会はないだろう。


 おっと。

 話が逸れてしまった。


「そこで私は天使様に話を聞いたんだよ」

「え、なんでまほうつかいじゃなくて、てんしさまに?」

「あの捻くれ者が素直に教えてくれるものか」

「あー」


 納得する子供達。

 少ししか魔法使いのことには触れていないのに

 大分その性格が分かってきたらしい。


「そしたら天使様はこう言ったんだ」


 あの薬はすぐに思い出せるように調整してあったそうですよ。


「そして私はこう聞いた。何でそんなことをしたんだろう、って」


 そしたら天使様は


 あなたはこの人に会いに来る言ったでしょう?

 忘れていたらここまで来れないじゃないですか。

 でもこの人は不器用ですから

 自分から会いに来てくれなんて頼めないんです。

 ですからあなたに思い出してもらって

 あなたから来てくれるように仕向けたんですよ。


 終始天使様は

 魔法使いが余計なことを言わないように

 ベッドに寝かせながら口を塞いでいたが。


 まあともかく。


 つまりは

 魔法使いは自分が寂しくなるであろうタイミングに

 私が思い出せるよう薬を調整していたのだと言う。


 ……好きな女子を苛める男子かと呆れたが。


「で、私は調子に乗って次の日も魔法使いのところに行ったんだがな」

「うんうん!」


 女の子が興味津々に頷いた。

 まあ興味を持ってもらってこう言うのもなんだが……。


「また記憶を消されちまった」

「えぇ?」

「二日も連続で来るなうっとうしい、だとさ」


 まあ数週間後にはまた思い出したが。


「かくして、私と魔法使いの、そんな奇妙な関係がずっと続いているのさ。思い出しては遊びに行き、帰るときにまた記憶を消さるの繰り返しさ」

「そうなんだ……あれ?」

「ずっとつづいているって?」

「そうだよ」


 私はニッコリと笑った。


「あの不器用な魔法使いと私の友情は、未だに続いておるよ」


 今年で七十八を迎える私だが

 きこりの仕事よりも

 野山を駆ける方が好きだ。

 王国にまつわる政治の新聞を読むよりも

 子供向けの童話を読むほうが好きだ。

 そして何よりもうろくし始めた他の年寄りと茶を飲むより

 元気の塊の如き子供達とおしゃべりをする方が好きだ。


 そしてそれと同じくらい

 私はあの魔法使いと天使様に会いに行くのが好きなんだ。


 だがまあ

 最近は忙しくて行けていないがね。


 そうだ。

 また久しぶりに

 あの天使様のハチミツ入りのホットミルクが飲みたくなってきたな。


「ねえ、じいさん」

「うん?」


 私がこの話をするきっかけとなった子が目を輝かせていた。


「ぼくもそのもりにいけば、あえるかな?」

「会えるって、あの魔法使いと天使様にか?」

「うん」

「さあ、どうだろうな……」


 あの魔法使いのことだ。

 最初は森に入っただけで追い出してしまうだろうが。


 だが。


「そうだな。優しい心で、本当にあの二人に会いたいと思っていれば、きっと隠れ家に辿り着けるかもしれないな」


 私がそうだったように。

 最初はがむしゃらに走っていただけだけど。


 やはり私はあの魔法使いと天使様に会いたかったのだろう。


 だからこそ

 私はあの二人に会えたのだ。


 人の悪い魔法使いと

 自ら囚われの身となっている天使様に。







ここまで読んでいただきありがとうございます


ほんの少しの温かみと笑いがあなたの心に届けば幸いです



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