第一話
険しい山道を抜け、高台に出ると、一陣の強風が吹き抜け、伸びるに任せた鬢を揺らせた。
まだ十一月の上旬だというのに、何という寒さなのか。慌てて継ぎはぎだらけの綿入れの襟を押さえた。山の樹々はすっかり葉を落とし、一足早い冬の訪れを感じさせる。垂れ込めた鉛色の雲からは、いつ初雪が降り始めてもおかしくないほどだ。
そう感じた直後に思い出した。今年の一月から暦が新しくなり、月日が一ヶ月ほど前倒しになっているのだ。けれど、未だに季節感の変化に頭が慣れることはない。昨年までならば、十一月上旬といえば、まだ山々に紅葉が残っている頃だ。だが、太陽暦に変わった今年からは、下北半島の付け根に当たるこの五戸の地では、少し早い冬を迎えても何の不思議もなかったのだ。
「五郎さん、もうぼちぼち引き上げんか。こったら寒いと猪も出てこねえべ」
その声に振り返ると、狭い長屋で同居している元会津藩士だった初老の男が、後を追って山道を登ってきていた。
思わず天を仰いでため息をつく。
日々の食事にも事欠く厳しい生活のなかで、少しでも足しになればと思い、猪を撃つために山に入った。元々は剣士だったはずだが、薩長との長く激しい合戦のなかですっかり銃の扱いにも慣れてしまった。猪さえ現れれば、一撃で倒す自信がある。けれど、肝心の猪が出てこないことにはどうしようもなかった。
「ああ。もうまもなく日が暮れる。戻るとするか」
戊辰戦争と呼ばれるようになったあの合戦も、すでに歴史の一こまへと追いやられようとしている。それほどまでに明治に入ってからのこの六年は、激動に揺らいでいた。
朝敵の汚名を着せられ、郷土での官軍との決戦に敗れた会津藩は、明治に入ると本州最北端に位置する斗南藩に転封となった。会津の地で終戦を迎えた俺は、越後高田藩での短い謹慎生活の後、会津藩士たちと行動を共にし、斗南藩に移り住んだ。だが、待ち受けていたのは、想像を絶する過酷な生活だった。
会津藩に与えられたのは、中央部に山地が聳える下北半島と内陸部の高原地である。何のことはない。奥羽越列藩同盟に加わり同じく官軍に叛旗を翻した南部藩から、人も住まないような荒蕪不毛の地を割譲されたに過ぎなかったのだ。
禄高三万石と称されたものの、実収はせいぜい七千石がいいところで、かつての会津藩二十八万石からはとんでもない減封となる。まさに流刑と呼ぶに相応しい、新政府による非道な処分だった。米が獲れない地で、人々は山菜を混ぜた稗の粥で飢えを凌いだものの、栄養失調で死ぬ者が絶えなかった。
ところが、その斗南藩は、明治四年の廃藩置県により僅か二年足らずで消滅し、すぐさま青森県に吸収された。斗南に移り住んだ一万七千に及ぶ人々は、その峻烈な生活に堪えかね、歯が抜けるようにこの地を後にし、未だにここに踏み止まっている者はめっきり少なくなっていた。
日が沈み、辺りが薄暮に包まれた頃に、ようやく自宅にたどり着いた。街の外れの原生林に囲まれた狭隘な荒地に立つ粗末な長屋のひとつだ。その玄関先にひとりの男がしゃがみ込んでいた。
「斎藤さん、いったい何処に行っていたんですか?」
俺の顔を見るなり、清水卯吉がなじるような声をあげた。
「何度も言わせるな。いまは、藤田五郎だ」
「……俺にとっちゃ、いつまでも斎藤一なんだけどな」
清水が膨れっ面を浮かべる。
「言っただろう。斎藤一は、会津藩とともに亡くなったんだ」
清水は新撰組にいた頃からなぜだか俺のことを慕っており、戊辰の戦いを生き延びた後も、俺の後を追うようにして斗南にまでやってきた。いまでは、たったひとりの同志なのだ。
清水が歩み寄ってきて、耳許で囁く。
「永岡さんがお越しになってます」
「……あの永岡さんか?」
その問いに、清水は当たり前だと言わんばかりに大きく肯いた。
永岡久茂――
藩校日新館から江戸の昌平黌に進んだ会津藩きっての秀英で、戊辰戦争の時には、家老・梶原平馬の下で持ち前の行動力を活かして奮闘した。その後、斗南藩の小参事に就き、藩が消滅した後は、一時、田名部支庁長を勤めたものの、まもなく職を辞し、上京したと聞いている。
「永岡さんが、今日の夜更けに有志を集めて、秘密の会合を開きたいと仰ってます。藤田さんにも是非出席してもらいたいと」
清水が小声で言葉を継いだ。
「……今更いったいどういうつもりなんだ」
首を捻らざるを得なかった。
「あの佐川官兵衛殿もお見えになるそうですよ。参加しないわけにはいかないでしょう」
清水が、眸を輝かせながら言い募った。
◆
斗南藩時代には小参事を勤めていた倉沢平治右衛門の居宅は、林に囲まれた街外れの高台にひっそりと佇んでいた。
かつて旧会津藩士の斗南移住の陣頭指揮を執った倉沢は、住む場所がない者たちを邸内に受け入れ、共同生活を送っていた。よそ者で会津には身寄りがなかった俺は、随分と長い間、倉沢邸で世話になった。そして、同じように身内を亡くし、倉沢邸に同居していた篠田内蔵の長女・やそと結ばれ、二年前に所帯を持ったのだ。倉沢は、いま屋敷の広間を開放して、中ノ沢塾を開き、青少年の教育に力を入れていた。
屋敷の玄関に足を踏み入れると、倉沢が俺たちを出迎えた。
「遅いぞ。皆、広間に集まっておる」
豊かな顎髭を蓄えた好々爺然としたその顔が、心なしか強ばって見えた。
小さく黙礼を交わし、そのまま奥に歩を進める。
清水の後に続いて広間に入ると、すでに幾人もの見知った者たちが集まり、車座になっていた。誰もが無言のまま時だけが刻まれていく部屋のなかには、張り詰めた空気が漂っている。その隙間に腰を下ろし、床の間を背にして胡座をかいている永岡を見遣る。
視線を合わせた永岡が、小さく笑みを送ってきた。
「ご無沙汰してます」
そう言って、軽く頭を下げる。
「よく来てくれた。まもなく佐川殿がお見えになる。もうしばらく待っていてくれ」
たしか四歳年上の永岡は、まだ三十四歳のはずだ。だが、しばらく見ない間に、その端正な顔立ちには深い翳りが宿り、随分と老けて見えた。
しばらくすると、部屋の外が騒がしくなり、けたたましい足音が近づいてきたかと思うと、荒々しく襖が開き、佐川官兵衛が姿を現した。
久しぶりに見るその姿に眼を疑った。白いものが混じった櫛も入れていないぼさぼさの髪と無精髭、染みが浮いた弛んだ赤ら顔。着古した羽織をだらしなく纏った醜悪な初老の男の姿がそこにあった。老母とともに山奥に隠棲し、酒浸りの生活を送っているという噂は本当だったのだ。
鳥羽伏見の戦いでは、藩の精鋭・別撰組を率いて、薩摩軍相手に一歩も引かぬ獅子奮迅の活躍から「鬼官兵衛」と畏怖され、鶴ヶ城落城後も、前藩主・松平容保の停戦命令が届くまでは城外の大内宿で戦い続けた猛将の面影はもう何処にも残っていなかった。
「よくお越し下さいました」
永岡が表情ひとつ変えずに、佐川に対して深々と頭を下げる。
佐川はよろけるようにその場に腰を下ろすと、永岡を睨みつけ、酒焼けした濁声をあげた。
「いまさら儂にいったい何の用だ」
永岡は、佐川に向かって穏やかな笑みで応えた。そして、参集した男たちの顔をゆっくりと見回した後に、よく通る声で口火を切った。
「皆さま、お集まり頂いたようなので、さっそくですが、本題に入らさせてもらいます」
その言葉に一同の視線が、永岡に集まった。何かとんでもないことを言い出すのではないか。永岡のことをよく知る彼らは、そんな予感に駆られ、固唾を呑んでその顔を見守っている。
「私は、上京してからは、評論新聞という新聞社を立ち上げ、政府批判を続けて参りました。もっとも、ついに政府から発禁処分を喰らってしまい、いまは休刊していますが。ときに、現在の政府の混迷ぶりに関しては、もう皆さんの耳に届いていますか?」
皆が困惑するように、お互いの顔を見合わせる。無理もない。こんな田舎に新聞などという新しいものはない。それ以前に、みんな日々の苦しい生活に追われて、政府のことを気にかける余裕などないのだ。




