『三角形の同位角』
2039年4月20日午前8時31分。
星ノ宮高等学校2年8組の教室に入ると、新学期が始まって二週間程度しかたっていないのにもかかわらず、それなりのグループが形成されていた。
男子だけのグループや女子だけのグループ。男女混合で話しているところもあれば、少人数で花を咲かせている集団も見受けられる。
「はあ……」
その中には、一年生の頃によく話していた友人があちこちに点在しているのだが、俺はどのグループにも混ざることなく自分の席に着いて嘆息する。
別に俺は高校二年生になって孤高の存在に憧れた痛い人間でも、友達がいると人間強度が下がるからといった具合に孤独を歩んでいる人間でもさらさらない。
中学校では友人が数える程度ではあったが、人間関係は狭く深くのタイプであったし、高校に入学してからはそれなりのクラスメイトと親交を深めていったはずだ。
それなのに、二年生に上がってから友人に声をかけられたのは最初の二日間だけだ。
理由は大いに想像つく。というか、理由がそれしか思いつかない程度には自分の状況は理解している。
しかしどうにも厄介なことで、いくら対処しても離れていってくれないのだ。
頬杖をついて適当に窓から空を眺める。
今日もつつがなく世界は平和だというのに、己の平静を保つことができないのがなんとももどかしい。
そう、こんな状態になっているのは全てはあの──、
「やっほー、真宮くん!今日は!思い出したかな!」
豪快に教室の扉を開けて俺の席まで飛んできた、この破天荒な人間のせいにすぎないのだから。
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──天森ゆり。
クラスメイトにして、たった二週間で俺を孤独の人にさせた諸悪の根源の名前である。
今も俺の目の前で手をぶんぶん振りながら返事を待っているところを見ると、実に可愛らしい高校生であると思われがちだが、実際のところそんな様子は皆無と言っていいだろう。
一度この女に目をつけられたが最後、対象の全てを根掘り葉掘り聞くまで付きまとい、身も心も裸にされた後、強制的に天森親衛隊に加入させられるという噂が校内に流れているレベルでやばい人間だ。
新学期早々こいつに目をつけられた俺は友人にも見捨てられ、現在も睨み合いの状態が続いている。
「……悪いけど今日も思い出していない。というか思い出すも何も、そもそも思い出す記憶がないんだから、そんなことを言われても無理な話だって何回言えば気が済むんだ?」
「いやいやいや~。私の勘は絶っっ対だから、思い出してもらうまでずーっと聞くからね。観念するまでずーっと聞くからね!ていうかもう思い出してるんでしょ、思い出すまでもなく覚えてるんでしょ!」
またこれだ。いくら関係のない話だと答えてもスーパーボールのように戻ってくる。
あまりにも平行線、これでは俺の平穏な学校生活は到底やってこないように思えてしまう。
と、そこでふと思いついた。もういっそ自分から近づいた方がいいのではないかと。
このまま粘着される日々が続くくらいなら、己の身の潔白を示すために行動するべきだ。
己のポリシーに反する動きではあるが、この際やむを得ない。
俺は両手を上げ、さながら警察に突き出された犯人の装いで天森に向かう。
「……分かった。降参するよ」
「お、ようやく観念した?私に隠し事は不可能なんだからね!」
「──ただし条件がある」
「条件?」
この二週間で、天森にただ反論したところで良い成果が上がらないことは理解している。
だからここは、天森に視てもらうことで相手の勘違いを誘うべきだと判断した。
「これは嘘じゃないが、俺は天森が聞きたがっている情報は何一つ持ち合わせていない。本当に、言いたくないわけじゃなく、身に覚えがないだけだ」
「ふーん?まあ一旦それでいいよ。条件っていうのは?」
「ここから一か月の間、お前のその『調査』とやらに付き添ってやる。どうせ俺以外にも、別目的で目をつけている奴がいるんだろ?俺は天森と行動することで身の潔白を証明できるし、天森は俺に目を配りながら別の人の調査に移ることができる。ウィンウィンだろ?」
正直言って、これは屁理屈にすぎない。
なぜなら俺が天森と行動を共にするからといって、俺が情報を持っているかどうかの判断を天森がすることは不可能だからだ。
天森からしたら目の前に確実に情報を持っているはずの人間が、一か月一緒にいるだけで見逃してくれと言っているようにしか見えないだろう。
「う~ん……」
天森は天を仰ぎながら数秒逡巡している様子だったが、すぐ目を開いて笑いかけてきた。
「しょうがないっ。私もさすがに人手は欲しいと思ってたし、一緒に行動することで真宮くんの気が変わって話してくれるかもしれないしね」
「……そーかい、そりゃ助かるよ」
やはりどれだけ説明しても天森の中では、俺がひたむきに内容を隠していることになっているようだった。
まあそれは仕方がないことと割り切ることにする。分の悪い賭けに勝っただけで御の字とすることとしよう。
「俺も不本意だが、お互いの目的のためだ。こっから一か月よろしく頼む」
「うんっ、じゃあ今日の放課後から!よろしくね」
「え?」
「ん?」
あまりにも聞き捨てならない言葉が返ってきて、返答に失敗してしまった。
さすがに冗談だろうと言い聞かせながら、一応念のために問いかけをすることにする。
「ちょっと待ってくれ。今日の放課後からか?というより、天森と行動する日は週何回なんだ?」
「やだなあ真宮くん、毎日に決まってるじゃない。土日と祝日は勘弁してあげるけど、基本は平日の朝と放課後は付き添ってもらうからね!」
「えぇ……」
完全に失念していた。毎日朝の時間や放課後に俺の机に来てる時点で、天森が行動力の化け物であることを悟るべきだったのだ。
己の想像力の浅さと天森の奔放さに呆れつつ、俺は明後日の方向を見た。
……あんまり忙しくないといいなぁ。
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いつもよりも長く続いてほしいと思った授業もむなしく過ぎていった放課後。
俺は憂鬱な気分を抱えながら天森と合流していた。
「で、これから俺たちは何をするんだ?」
「うーんと、やることは決まってるんだけど、その前にもう一人会いたい人がいるからそっち先に行こうかな」
「……もう一人?」
そう言われて少し考える。
この素振りからして、調査の対象ではないだろう。
なら天森についていきたいと願った物好きが現れたのだろうか。
……あまり考えたくないものだ。
向かったのは向かい側にある教室だった。
同階層ということは、同じ学年の者であると想像がつく。
放課後とはいえ、部活に赴く者、友達と過ごす者で教室内はそこまで閑散としておらず。
教室に入ると、その中で一人隅で静かに本を読んでいる人と目が合った。
「──」
ぱっと見ただけでも理知的な雰囲気を匂わせる、文学少女のような出で立ちだった。
ただその中でも特筆すべき点は、目だろうか。
こちらを見る目はどこか値踏みをしているような、心を見透かしてきそうな鋭さを醸し出していて、初対面の人に見せるそれとはどこか異なる質を孕んだものだった。
それに気付いているのかいないのか、天森は何事もなく近づいていく。
俺は嫌な予感をひしひしと感じながらも、仕方なく天森についていくことにする。
「やっほー織本さん、今朝ぶりだね!元気してた?」
「可もなく不可もなくですね、あなたはいつも元気そうでいいですね」
天森が少女に声をかけ、少女が天森に応答する。
少女の名前は、織本と言うらしい。
……まあつまるところ、そういうことだろう。
調査の対象でもなく、天森と面識があり、今日の行動に移す前に会いたい人物となれば、それはおおよそ想像がつく。
「真宮くん、紹介するね。こちら織本さん!私たちと一緒に行動してくれるもう一人のメンバーだよ!」
「……そうか……よろしく」
「……はい、よろしくお願いします」
俺は天を仰いで自らの愚かさを呪った。
あの時の、たった数時間前の自分に今だからこそ言える。
天森に自ら近づこうなんてバカげた考え捨てちまえと。とんでもない厄介ごとに巻き込まれるぞ、と。




