第五話 過食獣抵抗戦
この世は弱肉強食という原則によって成り立っている。強者は喰らい、弱者はただ頭を垂れて自らの贅肉を強者へと提供する。これらは自然界のみならず、形態や法則を変えて現代社会にも適応されており、それはゲームの誕生によって娯楽性を身につけるに至った。
《過食獣アデロバルサ》。体表全てに歯肉と牙を纏った異形の生命体であり、舌による体温感知と牙の反響音を介したエコーロケーションによって餌を追従する。さらに黒色で覆われた外殻による迷彩効果も獲得しており、これによって早期発見の可能性を消失させている。
ユーリが第四級冒険者と称号を授与されていながら無残にも食い散らかされたのはこれが原因であり、その補食行動の標的はカイトへと完全に移行されていた。
大江戸線地下連絡通路。地下鉄の中でも有数の深さに代表される本線は、必然として通路の広大さを招き、尋常ならざる体力を消耗させる空間として完成している。
それらは平時ならばまだしも急ぎを要する事態や生殺与奪がかかった場面においてはただの嫌がらせでしかなく、事実、カイトの両足は疲弊を訴えかけていた。
「クソッタレが・・・!考えろ・・・考えろ・・・!」
過食獣の黒皮は伸縮性を内包しており、見掛け以上の攻撃範囲を誇っている。それらは制圧による多量食にあるのだが、攻撃へと転用した場合には反撃の隙をなくしたハメ殺しも可能という性能であり、直線上の通路では文字通り戦闘にさえならない苛烈なものだった。
(キリカに助けを求めたいところだが、距離が離れすぎてるしな・・・それに一樹は借りでも作ろうものなら何を要求されるか分かったもんじゃない・・・)
中学時代、カラオケの採点勝負に負けた代償として専門店でのエロ本購入を罰ゲームにしてきた男である。下手にへりくだればゲーム内財産の無慈悲な徴収もあり得るだろう。
(何よりも真っ向勝負じゃ勝ちようがない・・・なんて保証は何処にもないが・・・)
短剣の技能や技量は着実に向上し、魔法も中級の会得に成功している。武技や魔法での対抗ならば拮抗ぐらいはできるだろう。しかし、孤立の短剣でヤツに勝てるビジョンが思い浮かばない。恐らくは魚の骨よろしくカルシウム扱いされて終わりなはずだ。ならば、
「逃げるが勝ち、だっ!!!」
戦闘エリアは無限ではない。ある程度の範囲から離脱すれば魔物も元のスポーン地点へと引き返す。エリア自体に拘束と制限を設けてくるボスモンスターでなければ、逃走は時として最善と成り得るのだ。
階段を一目散に駆け上る。新宿大江戸線は基本的にエスカレーターと階段の選択制となっているが、∀ROでは一律階段化しているため、ひたすら自前の筋肉のみが頼りとなる。
無論、ステータス強化でその辺りの疲労も緩和できるのだが、数百の技術値ではステータスよりも短剣及び魔法の強化でカイトは手一杯だった。
それでも、収縮と拡散を繰り返す黒皮の翻弄は見極めれば辛うじて回避でき、何とか改札付近の通路までの前進を確認し階段を駆け上ろうとした瞬間、
「―――伏せろ」
確かに、声が聞こえた。
炸裂光弾。光属性中級魔法の一種。専用の魔銃を用いて放たれる凝縮弾であり、徹甲弾と同様に魔力粒子の塊を対象表面に着弾させると同時に数秒遅れで臓腑へと貫通させ、光属性由来の起爆ダメージを提供する。
また、これには着弾と起爆による二度の衝撃を武器にしているため、起爆さえ勘づければ回避は容易に設計されており、事実、それを察したカイトはものの見事に爆風によって吹き飛ばされた。
「あばぁっ!?」
予測可能回避不可能は珍しいことじゃない。むしろゲームにおける凡ミスの代表例だろう。しかしそれがプレイヤーからの狙撃とあれば威力も千差万別であり、階段の壁に激突した自分は爆発の起点となり直下へと叩き落とされた過食獣よりはマシだったのだと遅れて気づいた。
「すまない。注意したとはいえ、銃撃に巻き込んでしまった。謹んで謝罪する」
そう言って眼下に現れ、深々と頭を下げた女性。《ジトローネ》と表記されている頭部には、ベアスキンを想起させる帽子を被っており、軍服に身を包んだ身なりは厳格な気性を錯覚させ、それとは相反する黄金の長髪とサファイアさえ霞む碧き双眸は下手なモデルよりも精美だった。
カイトはその美貌に見惚れるあまりに、挨拶が声帯から発せられるのに時間がかかってしまった。
「・・・・・・い、いえ、元はと言えばこっちの不注意の所為ですし、気にしないでください」
「そうか、そう言ってもらえるとこちらも助かる」
「ところで、こんな所で何をしていたんですか?ここって迷宮区の中でも下層の方っスよね」
「それはこちらの台詞だが・・・まぁいい。私たちは技術値習得目的だ。なので、ある程度狩りを終えたら離脱する」
見れば階段の先にはカイトと大差ない装備の女性が二人、武器点検を終えたのかこちらの様子を覗きに来ていた。
恐らくはカイトと同様の理由によるものだろう。迷宮での技術値効率は外界よりも遙かに利便性に優れている。それは高レベルのプレイヤーによる随伴という条件付きなのが厄介だが、それさえ満たせば短期での成長も夢ではない。
勿論、それは当然として随伴者の実力と突発的な初心者の離脱による、技術値の分散に弱い諸刃の剣でもあるわけだが。
「ッ!お前たち、避けろッ!」
強襲。過食獣の保有する伸縮自在の牙の群れは瞬く間に前方の成分や性質を無視して貪り尽くし、それを回避し損ねた女性たちは蜂の巣になった身体を晒すことなくポリゴンと化して消滅した。
「マ、マジでか・・・」
∀ROは肉体準拠のゲームである。それ故にVRほどの融通はないが、それでも一部分のみをゴーストへと移行させることで、身体欠損の表現を実装させている。
右の踵がまるごと抉り取られている。現実への影響はなく、カイトの踵が実際に咀嚼されたわけではないが、代わりに鉄球が埋め込まれたかの如く右脚の操作が劣悪になったことと、欠損によるスリップダメージが着実にカイトのHPを浸食していた。
「チ、クショウ、がッ・・・!」
段差を利用した過食獣の急襲が停止する。どうやら向こうも反撃やカウンターを度外視していたらしく、こちらの出方を読んでいるのか第二波の気配は今の所は見受けられない。しかしそれも数秒後には瓦解する平穏である。今すべきは自身の生存と隣の女性を如何にして逃がすか―――
「光属性上級魔弾、《光縛一式。華淀ノ先裂》」
その必要性は皆無だった。
過食獣の頭上に裂いた光輪の華によって展開された束縛魔法により、酩酊と光属性付与が成され、周囲に咲き乱れた光の花壇がその苛烈さを削り取っていく。それは色彩豊かな花々に心を奪われた人間さながらであり、過食獣は先の猛攻の継続を中止せざるを得なくなっていた。
「これで多少は保つだろう。仲間の仇だとしても奴自身に悪意はないのだからな。仮初めの花に囲まれるのがお似合いだ」
ふぅ、と息を吐いてカイトの傍に近寄り、未だ傷の痛む右脚へと手を触れる。そこから溢れ出すは不可逆の術式であり、同時にカイトが到達し得ていない神秘でもあった。
「――損壊回復」
瞬時に右脚が再生し、神経感覚が活性化する違和にカイトが慣れる暇もないまま、女性はカイトへと依頼を投げ込む。
「こんな状況に巻き込んでしまって済まないが、奴の注意を引きつけて欲しい。私の魔弾で中心点の複合臓器を貫く。そうすれば、少なくとも一撃で仕留められるだろう」
「・・・俺みたいな新米に囮をやれと?」
「その通りだ。私の装備なら問題なく対処はできるが、君の安全までは保証できない。――まぁ、君がここで死ぬつもりならば無理強いはしないが」
恐らく彼女自身は煽りのつもりで放ったわけではないその言葉は、されどカイトの精神を焚きつけるには充分な火力を発揮し、彼を奮い立たせることに成功した。
「・・・んなわけないでしょう。元はと言えば俺が持ってきた問題なんだ。だったら最後まで務めと責任は果たしますよ」
その返答が意外だったのか満足したのかは不明だが、彼女は薄らと微笑むと手短に作戦内容を伝える。
「もうすぐ魔弾の効果が消える。その間に私は詠唱準備へと入るからその間の隙を形成してくれ。三〇秒あれば問題ない」
過食獣相手に三〇秒。それは逃走のみに従事するのならば可能だが、闘争という意味においては絶死を宣告されるに等しい条件だった。
だが、一度引き受けた以上は引き下がるわけにはいかない。それに強力な魔物ならば技術値も相当に高いだろう。ならば、挑まない理由など何処にもない。
光輪によって彩られた華が散りゆくのと同時に足先へと魔力を集中させて、階段を蹴り上げ、一気に距離を詰める。過食獣に隙の概念はない。三六〇度全てが捕食部位という構成上、下手に間合いを見計らえば自分自身が被食者と成り果ててしまう。
滞空状態のまま過食獣の恐らくは背骨に位置するだろう部位を補足する。体温感知を常備している過食獣はものの見事に目立つ飛行をして見せたカイトに狙いを定め、自前の食腕を射出。
鋭利且つ俊敏性に優れた牙の群れが頬を掠めつつも身体を捻らせ、表面積を減らしつつ側面から切り潰していき、接近。
「ドオラァッ!!」
急激な下降による加重と風属性を込めた短剣の一撃は確かに背中の表面を切り裂くことに成功し、遂に過食獣の咆哮を轟かせることに成功した。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
激痛にのたうち回り、背後に立つ異物を取り除かんと全力で暴れ狂う獣に何とかしがみつき、決死の覚悟で戦闘を続行するカイトの姿はさながら暴れ馬を手懐けようとする馬乗りに近く、前後左右を問わない排除運動はカイトに眠る過去のトラウマを再び蘇らせた。
「は、なすかよ・・・!」
それでも自分本位で自滅したのと現在では状況が真逆なのだ。頼りにされたのならば、それに答えなければならず、そして、この状態のまま三〇秒ならば辛うじて持ち堪えることができる。
――そう判断した矢先、カイトの右腕が肘ごと呑み込まれた。
「ガッ・・・!?」
ぬかった。コイツの前身は捕食器官として確立されているのならば、切創さえ範囲内である可能性に何故気づかなかったのか。
赤ポリゴンが右肘から炸裂する。幸い食いちぎられることはなく口内まで切創を拡大させはしたものの、このままではカイトの身が持たないばかりか、振り切られた挙句、そのまま噛み砕かれる未来が易々と訪れてしまう。それだけは何としてでも避けねばならない。
だが、手段も対策もからっきしのまま飛び出たカイトが切れる手札には限りがある。それでも尚、数秒の時間を稼ぐためには、自己犠牲が前提となる。
「上等だよ、コノヤロー・・・・・・!」
掌に力を込める。無駄に再現度の高いぬめりと生暖かい口内に魔力を収束させ、一気に拡散させる。開口部はその性質上、内蔵への直轄回路でもあるのだ。なればこそ、運任せのクリティカルヒットを自前で演出するのならばこれ以外に方法はない。
「巻き起こる風ッ!!」
弾かれる。拡散した風属性の衝撃波は過食獣の中枢を見事に刺激し、その反動でカイトは盛大に吹き飛ばされ、付近の壁へと激突する。あるいはそれが合図だったのかもしれない。
穿つは光の奔流。闇に蠢くモノを等しく淘汰し、浄化せしめて、二度と邪悪が巣くう暗夜へと誘われることがなきよう願う慈悲の魔弾。術式は聖女の如き隣愛を、魔力は神父の如き慈愛を以て対象を救済する。故に、
「――貫くは黒曜、招くは明星、遍く時空の彼方に誓願し、此処に我が主の慈しみを説く。光属性上級魔弾《願光参式。御霊ノ空咲》」
それは天使が放つ光の矢と同義だった。感知も本能も為す術なく、一切の殺意さえ容認されないただ許しのみが弾痕として君臨する抗いようのない必中攻撃。
その弾は一直線に防御を無視して闇の獣へと命中し、過食獣の臓腑で小さく光り輝くと、そのまま敬虔なる信徒が神の像に平伏すかのように斃れ、あっけなく自身の生命活動を停止させた。
∀ROの素朴な疑問を強制開示するQ&A 第四回
Q:スキルの原理を教えろや
A:∀ROは本編にもあるとおり完全スキル制でレベルや職業は存在しない。基本的にはステータス画面からアクセスできるスキルツリーを使ってHPやパラメータを強化していく。熟練度などもここに含まれる。
スキルには常時発動型のパッシブスキルと操作発動型のアクティブスキルに分けられている。
前者は主に自己の永続強化などが含まれ、スキルツリーにスキルが開示されれば習得が可能となる。後者は基本的に定められた動きを模倣するか、秘伝書を購入して強制的に身体へと叩き込むかのVR方式を採用している。一度覚えさえすれば脳から出力した信号を元にI・フィルターが動作を再現してくれる。
しかし、〇〇流と名付けられた《流派》は様々な条件が強いられる代わりに通常のスキルとは異なる剣技などが習得できる固有のスキルツリーである。
ちなみに、魔法や魔弾はマジックツリーでの習得となる。これはスキルツリーと技術値を共有するが、基本的な内容は上記と変わりない。魔法の持つ独自仕様については数話先の質問コーナーで。




