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第10章ー2




 ユイカが許可を得ずに王太子宮に行ったことがバレて、こってりと主席女官に絞られてから二日後、エグランティーヌは十分な療養を経て出歩くことも可能になっていた。そしてその瞳にも力強さを取り戻していた。


「ユイカ、これを確認してからアルベルト殿下に届けてもらえる?」


 ユイカはその便箋に書かれた文を見て、目を見開く。


「エグランティーヌ様!?」


「これでいいの。それともうひとつ、お願いがあるの」


「何ですか?」


 エグランティーヌは静かに、しかし覚悟を決めたようにユイカを見据えて口を開いた。



・・・*・・・*・・・*・・・*・・・


 一時間後、ユイカは貴賓宮の先輩女官に付き添われて、王太子宮へエグランティーヌからの手紙を届けに来ていた。


「……今回は独断ではないのだろうな?」


 兵士に疑われたユイカはため息を吐いた。


「お目付け役として、先輩が同行してくださっています」


「フォルンシュタインは間違いなくエグランティーヌ様からの手紙を言付けられております」


 ヴェールを頭から被った女官が静かに言った。


「このような見苦しい姿で申し訳ありません。少し風邪をひいてしまいまして、皆さまにうつさないように、この姿で失礼いたします」


 兵士は了承し、ユイカたちは王太子宮に足を踏み入れた。


「王国の光たる王太子殿下に、貴賓宮ご滞在中のエグランティーヌ・ド・ローラン公爵家ご令嬢より、お手紙を言付かっております」


 頭を下げ、ユイカは侍従にエグランティーヌからの手紙を渡した。侍従は慣れた手つきで封筒にペーパーナイフを入れてからアルベルトに渡す。


「……っ!」


 固い表情で受け取って、手紙に視線を走らせていたアルベルトの動きが止まり、その顔からは表情が消えた。


「エグランティーヌ嬢は……了承したのか?」


 ユイカは深く礼をして肯定の意を伝えた。


 アルベルトは静かに長くため息を吐き、片手を上げた。その合図で侍従や女官、侍女たちが退室していく。ユイカのお目付け役の女官も、黙って静かに退室した。


 王太子宮の執務室には、アルベルトとカイ、ユイカだけが残った。アルベルトが机に肘をつき、難しい顔で目元を押さえている。カイは女官たちが出て行った扉の前で、静かに立っていた。


「殿下のお望み通りに、エグランティーヌ様はお屋敷に戻られるそうです」


 ユイカは頭を下げたままエグランティーヌに言われた言葉をそのままアルベルトに伝える。


「……」


 アルベルトは身じろぎもせず、何の返答も寄越さない。ユイカはたまらず声を上げる。


「殿下!」


「彼女がそうすると決めたのだろう!? それでいいじゃないか!」


 アルベルトは椅子から立ち上がり、ユイカに大声で返した。自暴自棄、という言葉がぴったりだと思えるくらいの様相だった。だからユイカも自分の心をそのままぶつけた。


「エグランティーヌ様が本心からそれをお望みだったとでもお思いですか!?」


 アルベルトは金色の瞳を大きく開いて、一瞬何か言おうとしてやめた。そして静かな声で言う。


「本心からでなくとも……それが彼女の心と体を守ることになるのであれば、それでいいんだ。それで……」


「殿下は……エグランティーヌ様との未来をお望みなのではなかったのですか!?」


 ユイカはまっ直ぐにアルベルトの顔を見つめ、必死で語り掛ける。あの、孤児院で見たアルベルトの幸せそうな顔がどうしても忘れられなかった。あの感情を彼が失ったとは、どうしても思えなかった。


「望んださ。彼女とならばと思った。けれど、あんなに弱らせてまで王族である私に付き従わせる意味があると思うか? 王とは民の為にだけ在る存在だ。王族との結婚は、民の為に死ねと言うのと同義だ。私は彼女にそんなこと言えない……言いたくない。私は……嫌だ」


 ユイカは何も言えなかった。アルベルトは机に手をつき、泣きそうな顔で笑う。


「それに……もしエグランティーヌ嬢がこのまま選定試験のために残ったとして、もし選ばれなかったら? そうなったら、私はきっと死に物狂いで彼女を婚約者にする方法を探すだろう。そんなこと許されないのに。私は王になる。王とは、自分の幸せを求めるべきではない。ならば、まだ理性が働く今のうちに手放してしまえば……」


 震える声でアルベルトが言った後、ユイカは大きな大きなため息を思いっきり長ーく吐いた。


「……殿下、めちゃくちゃ拗らせてますね」


「なっ……」


 アルベルトが言葉を失う。そんな彼を見つめたまま、ユイカは大声で言った。後ろの扉の向こうにいる人物にも聞こえるくらいの大きさで。


「エラ様。ほら、こんなに拗らせまくるくらいに愛されちゃってるじゃないですか。びしっと言って差し上げてくださいよ」


「エ……ラ……だって?」


 アルベルトが愕然としていると、カイが静かに扉を開けた。


 そこに立っていたのは、ユイカのお目付け役として付いてきた女官。彼女が一歩前に出る、そしてヴェールを外すと、紅い艶やかな髪がさらりと落ち、同じ色の強い意思を宿した瞳がアルベルトをまっ直ぐに見据えていた。


「エグランティーヌ嬢? どうして……」


 目を見開いているアルベルトに向かって、女官の制服に身を包んだエグランティーヌはつかつかと近づき、彼が座る椅子の隣で止まった。そして、人差し指でアルベルトの胸元を指した。


「殿下がなかなか本心を話してくださらないから、こんな格好してまで乗り込んで参りましたの」


 アルベルトはエグランティーヌを見つめたまま、足の力が抜けたように椅子に倒れこむ。そんな茫然とした王太子を見下ろして、エグランティーヌが張りのある声で一喝した。


「このエグランティーヌ・ド・ローランを見くびらないでくださいませ!」


「!?」


「この私が人の為に、家の為だけにこんな努力をするとお思いですか? 全て自分のためです!」


 エグランティーヌは、自分の胸に手を当て、アルベルトを見つめたまま言い続ける。


「私は、私の為に、貴方の傍に在りたいとこいねがっております。これだけはお忘れなきよう!」


 言い切ったエグランティーヌにユイカは渾身の拍手を送る。


「でも……だって……」


 戸惑うアルベルトの口元をエグランティーヌが指先で制した。


「『だって』ではございません。何ですか? 『試験で選ばれなかったら』って。次期王たる者、ご自分が選んだ人間を信じてどーんと構えてお待ちなさいませ。私、絶対に選ばれてみせますから」


 アルベルトは呆気にとられたようにエグランティーヌを見つめた。自身の幼馴染であり婚約者候補であり、何よりも愛しい存在である彼女の美しい顔が、その瞳と同じくらいに真っ赤に上気しているのを認め、破顔する。


「そうだったね、君はそういう女性だ」


 そう言ってアルベルトはエグランティーヌの前に跪く。そして、彼女の手の甲を取った。


「で、殿下?」


 今頃になって戸惑うエグランティーヌを見上げて悪戯っぽく微笑んだ後、その手に唇を落とした。


「!?」


 エグランティーヌの頬が更に赤く染まる。そんな彼女を眩しそうに見上げてアルベルトは一言一言、その言葉を刻むように言った。


「……ありがとう。君が君らしくいてくれる限り、私はもう自分が取るべき道を見失ったりしない。どうか、私の隣で同じ景色を見続けていて欲しい。」


 その言葉を聞いたエグランティーヌの微笑みは美しい。


「えぇ、元よりそのつもりですわ。最終選定試験、どうぞ安心して見守っていてくださいませ」


 見つめ合う二人の瞳に、もう暗い陰は見当たらなかった。


 ユイカはこっそり後ろを振り返り、協力者カイと目を合わせて密かに微笑んだ。


 ただ黙って扉を少しだけ開けて女官に扮したエグランティーヌにも話が聞こえるようにしてくれた。その時が来たら扉を開けてエグランティーヌを招き入れてくれた。ユイカとエグランティーヌだけで、誰にも何の相談もしていない、行き当たりばったりのサプライズだったのに、カイは期待通りの動きでユイカを助けてくれたのだ。


 嬉しくて、心が繋がっているように感じて、ユイカはじわりと胸が温かくなるのを感じていた。




次回(2/28)19時、上手くいかないことって重なりますよね~。

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