前編
◆プロローグ
──「英雄家の伯爵令嬢、そなたとの婚約は、今この場をもってして破棄する!
そして新たに、ローズ・カクタス子爵令嬢を私の婚約者に据える。」
今まさに、中世ヨーロッパのどこかの王城を思わせるサンフラワー王国と呼ばれるこの国の豪奢な雰囲気の建物で、盛大な祝賀会が行われていた。
今”私”に対して怒鳴ってきたのは、目の前にいる絵に描いたような金髪碧眼の18歳になるイケメン王太子のクレマティアス・モーニンググローリーで、怒りに拳を震わせつつも、半分自分の発言に陶酔した表情を浮かべている。
その腕に縋りつきながら、胸を押し付けて媚を振りまきまくるふわふわの綿菓子みたいな桃色茶目の王太子と同じ18歳のビッチな子爵令嬢ローズ・カクタス。
その周辺には王太子の側近の、眼鏡のイケメンで濃い青い髪と鋭そうな緑の瞳の持ち主の20歳の宰相子息でオーキッド・ナルキソス小公爵と、銀髪で紫の瞳の25歳の宮廷魔術師兼魔法指南教師ジーニア・ペリウィンクル小侯爵に、赤毛で明るい橙の瞳の28歳の王太子の護衛騎士アッシュ・ホーソーン士爵。
対峙する”私”は先程王太子がご紹介してくれたように、英雄家とか言う特殊な貴族家の血筋のせいで、日本人には馴染みの黒髪黒目という平凡極まりない容姿の16歳になったばかりのアイリス・ボトルゴード。
そんな彼らと私たち、それらを取り巻く祝賀会に参加した、異世界の王立学院という大抵の貴族の子女なら12歳から18歳までの6年間入学し在籍していた学院の同級生たちや、国王・王妃を始めとする父兄など貴族の面々という顔ぶれ。
そうそう、異世界の王立学院ね。
”私”は先ほども紹介したように特殊な血筋のせいで、モーニンググローリー王家は何としてもボトルゴード英雄伯爵家を国に繋ぎ止めておきたいという政略のために、”私”の物心がつくかつかないかの8歳の時に、無理矢理というか強制的に王家と婚約を結ばされた。
王家の子息は、当時立太子を済ませたばかりの10歳になった王太子一人だけ。
最も、ナルキソス公爵家のようなサンフラワー王国の4つある公爵家の四大公爵家の血筋を辿れば、過去王族が嫁いだり降家しているので、王子が既に既婚者で愛人か側妃にするのさえも断られれば、貴族は側妃を認められないので、唯一独身の令息がいるナルキソス公爵家のオーキッドの婚約者にされていたかもしれないが。
まあそれも結局、こうして婚約者である王太子から婚約破棄を宣言された”私”が8歳の時に、王太子が10歳の時に婚約を結ばされたわけだが。
その婚約のおかげで、本来12歳から入学する予定の王立学院には婚約者である王太子の勉強や仕事の補佐をする雑用兼下僕として婚約者である”私”は王太子が入学後の1年後の、11歳で早期入学をしなければならなかったが、記憶力がよく、実践においては一度見た物を即覚えて体現することができるチート的な能力のおかげで、1年の飛び級で今年無事に卒業している。
一方、王太子は帝王学に生徒会に学院試験に、16歳のデビュタントを終えてからは王家と王太子の執務の多忙のせいで卒業見込みが許可されず、さらに未だ成績最下位の退学ぎりぎりの子爵令嬢と仲良く1年間の留年が決定している。
それと眼鏡のオーキッド・ナルキソスは、12歳に罹った病気のせいで1年半もの闘病のおかげで学院への入学が2年遅れた上に視力が下がり眼鏡が外せなくなったが、飛び級で見事に”私”と共に無事に卒業し、今や宰相見習いとして文官業務を頑張っている。
しかし確か今日は本来、ここサンフラワー王国における、王太子殿下であるクレマティアス・モーニンググローリーの18歳の誕生日祝いと、”私”の16歳のデビュタント、そのめでたい祝賀の席で正式な婚約発表があるはずだったのだが。……
……ああ、そうかなるほど。これは前世の知識で息抜きに遊んでいた乙女ゲーム? で遊んだ物語だったかな?
確か? ……『燃える恋の華』とかなんとか平凡極まりない、もはや何百番煎じだ? という内容のゲーム内容で、主人公であるヒロインが特定の攻略対象者と恋愛関係を繰り広げて楽しむ物語だったはず?
そんなヒロインが恋愛を進めていく横で攻略対象者たちの、政略上の婚約者がいるが生徒会に入ったことで仲が急接近する王太子、頭の良さを競い合う友人、魔法の勉強を通しての師弟、幼馴染の年上お兄さん的な騎士、……だったヒロインの恋路を邪魔する悪役令嬢と呼ばれるライバルの妨害に合いながら、恋愛を成就させるという物語だったはず。
と薄ぼんやりと”私”は、覚えている知識から記憶を引きずり出した。──
◆前世(乙女ゲーム)
── 本来の乙女ゲーム? の内容ではヒロインであるローズの母親は、庶民出身ながらもその美貌から花売りで生計を立てていた時に、カクタス子爵に見初められ、ヒロインが生まれる。
ライバルであり当て馬の悪役令嬢アイリス・ボトルゴードに攻略対象たちとの恋の行く末を邪魔されながらハッピーエンドを目指す王道? の恋物語。
しかしこの悪役令嬢とまで呼ばれるようになるアイリス・ボトルゴードの扱いがまあひどい。
俺様王太子クレマティアスルートでは、ヒロインが生徒会での親睦を深めつつ婚約者であった悪役令嬢から王太子を見事奪うと、無償奉仕で脂ぎった変態どもや、悪役令嬢を王太子妃教育で城内で見かけた文官や騎士・兵士たちから凌辱され嬲られ、身体中だけでなく精神まで犯され傷つけられ、ボトルゴード親族郎党一人残らず国軍に囲い込まれて斬り殺されたり射殺され、家族も処刑された後、悪役令嬢は十字架に括り付けられて火刑にされる。
ヤンデレ宮廷魔術師兼王立学院のおいての魔法学の教師でもあるジーニア・ペリウィンクルルートでは、ヒロインの魔法の才能が認められて見事師弟としての関係を築くと、修道院行きで虐められ毒殺。
脳筋騎士アッシュ・ホーソーンルートでは、ヒロインが幼少の頃住んでいた近所の孤児院出身でよく怪我をしていたお兄さんで幼馴染だったアッシュが母親の売れ残りの花に癒されたり、怪我の手当をした思い出と共に唯一の騎士になりたいと誓いを交わすと、国外追放されて辺境の地へ追いやられた後、盗賊などに凌辱・輪姦・腹ボテ後、国境付近のため辺境と隣国の討伐兵たちに盗賊とともに弓矢で射殺される。
腹黒眼鏡宰相子息オーキッド・ナルキソスルートでは、王立学院で首席の座を取り合って頭の良さを競い合う友人として友情を育むと、娼館に落とされ性病にかかり死亡。
という……どのルートでも悪役令嬢アイリスはヒロインを虐め、時には誘拐させたり大怪我を負わせて攻略対象たちに睨まれ、必ず死ぬ、かなり殺される悪役令嬢、どんだけスタッフに憎まれてんだ、という内容だったのだが。…… ──
◆異世界転生後
── 勇者と聖女の子孫という英雄家であるボトルゴード伯爵家の長女として生まれた”私”。生まれた時から、英雄家の血筋を表すこの異世界ではかなり珍しいらしい黒髪黒目が特徴だけど、日本人離れした外人の血がどこかで混ざったみたいな容貌で、己惚れではないが釣り目で悪女っぽいけどかなりな美人に生まれ変わった私だった。
『おおー異世界転生。やったー。』
なんて最初のうちは浮かれていたものだけどね。……
そう、今は亡き先々代国王陛下だった現国王陛下の父親フォーオクロックと、同じく”病”で亡くなられた前国王だった王兄フォルスバインドウィードが王太子だったころ、英雄家の当主である父リンデンとの3者の名のもとである”契約”が交わされた。
その後、私が生まれると同時に、本来は別に”私”と現王太子との婚約まで行う必要はなかったらしいのだが、乙女ゲームという物語の強制力のなせる技なのか、それとも王家の他の思惑なのか、先代の王家と英雄伯爵家とで交わされたらしい契約に基づき、英雄家の血筋をなんとしても王家に繋ぎ止めておきたいと願った現国王のクレイプマートル陛下は、政略ながらもクレマティアス王太子殿下との婚約を結ばせた。
”私”なりに、物心の判断がつき始める8歳くらいの時であり、前世の記憶を認識したのもそのころ。
婚約者として紹介された2歳年上の10歳になったばかりの王太子と対面させられた。
天使のような見た目なのに、王太子は終始渋面で不機嫌そうな顔をしていたけど、前世の良識がある”私”の知識と、伯爵家の母ナスターシャから厳しく躾けられた礼儀作法に則って、王族が相手ということでかなり譲歩してお愛想笑いしてみたり、努力してきた……つもりだったのだが。……
なにしろ第一声が、
『こんな醜いヤツが俺様の相手なんて。叔父上は何を考えていたんだ。』
だったからねえ。……
その後、王太子の執務と”私”の王妃教育のスケジュールの調整で、月に1回お茶会が行われたが、王太子はいつも時間に遅れ結果その場で解散。
それ以降、騎士と訓練していた方がよいと一度も参加することなく、お城の教育係リリーや侍女ポピーたちと待ちぼうけを食らうお茶会とは名ばかりのぼっち放置。
王太子の母でありお茶会を開催してくれたメアリーゴールド王妃様の気まずそうな顔が諦観に変わるのにそう時間はかからなかった。
王太子の誕生日や国の行事では、私からは贈り物や儀礼的ながらも手紙などを贈るけど、相手からは”私”の誕生日に贈り物の1つも一度としてなく、手紙すら届いたことなんてない。
当然、行事の参加もエスコートなんてされたこともなく、王太子が城下町を散策中に出会ったらしいローズ子爵令嬢との蜜月を過ごしていたらしく、行事の会場で王太子の腕にしなだれかかるローズ子爵令嬢のエスコートをするのでお忙しかった様子だったのよね。
王太子が12歳になると、貴族と魔力が強い庶民のみが通える学び舎の王立学院に入学し、そこでもローズは王太子の一番のお気に入りのもはや公認の恋人で、1年遅れて婚約者として11歳で強制入学させられ王太子の勉強や執務の補佐という名の下僕で後始末まで任された”私”は、いつの間にか最初は馴れ馴れしく慕ってきてたはずの取り巻き令嬢ピアニー侯爵令嬢とデイジー辺境伯令嬢たちから疎がられ、気が付けば孤立していた。
級友だけでなくジーニア含む教師たちや、王太子の側近たちであるオーキッドや、英雄家の騎士団と親しくなった幼馴染のアッシュなどからも蔑ろにされるようになっていた。
”私”は色々本当に頑張ったのだ。それこそ、前世知識まで駆使してアチコチに布石を蒔き、時には自ら率先して頑張ったのだ。
でもどうやら、ヒロインのローズも転生者だったらしく、”私”はことごとく罠に嵌められ、証拠まで捏造され、逆ハーレムエンドに突入だわと喜んでいる頭お花畑のビッチにしてやられた。──
◆悪役令嬢
── 結果、婚約させられてから8年後の今日この日、気が付けば、”私”の晴れの16歳のデビュタントの場で、ローズの計略で冤罪と悪役令嬢の濡れ衣を着させられ、婚約破棄され断罪されているらしい。
「差し支えながら、いかなる理由で、とお聞きしてもよろしいでしょうか。」
ここまできたらまあ無駄かもしれないけど一応疑問に思わせることなく体裁を整えさせなければならないだろうと、聞いてみる。
「英雄ボトルゴード家の威光を笠に着て、庶民出身の母親を持ったローズ子爵令嬢のことを、散々虐めたあげく、水を頭からかぶせる。ドレスを切り裂く。持ち物や教科書を盗んで隠したり粉々にする。階段から突き飛ばして怪我まで負わせたそうだな。
未遂とはいえ親族を使って誘拐・暴行まで画策した罪、万死に値せん。そなたのような傲慢で強欲な女と婚約していたことこそが間違いであった。
ええい、存在するだけで虫唾が走るわ。死をもって償うがいい!!」
次から次へと提出される偽物の証拠品や、証言者たち。
信用していたはずの使用人リリーやポピーたちもグルだったようだ。
アッという間だった。”私”は、忠誠を誓われたはずの騎士アッシュに腕を捻りあげられて床に捻じ伏せられた。
「これが英雄の子孫とは、無様だな。」
学び舎で取り巻きだった人たちや使用人だった、ピアニー、デイジー、リリー、ポピーたちが言う。
「「「「いい気になっていたからよ。」」」」
最初は親しげに近づいてきて親友だと思い込んでいたローズ子爵令嬢が王太子に腕を絡め、胸を押し付けながら壇上でいう。
「本当はあなたのこと嫌いだったのよね。」
英雄家として莫大な魔力に憧れたという魔術師教師ジーニアが言う。
「稀代の英雄の子孫として尊敬していたのに残念です。」
眼鏡がクールなテストで首位を競い合った宰相の子息オーキッドが言う。
「あなたには失望させられました。」──
◆バッドエンド?
── そのまま集まった兵士たちに連行されて、”私”は貴族ではない極悪な罪人が入る牢に放り込まれた。
家族だけでなくボトルゴード親族一族郎党すべて、王太子の新たな婚約者となり王族の一員となったローズ令嬢を襲撃したという”名目”で、国軍の騎士や兵士に囲まれて斬り殺されたり矢で射られて皆殺しにされた。
残ったボトルゴード伯爵家の家族は、6歳の幼児の弟ロータスが最初に目の前で毒薬を無理やり飲まされて血反吐を撒き散らしながら苦しみぬいて亡くなった。
母ナスターシャは、勇者と聖女の子孫の分家でありボトルゴード家にとっては遠戚となるジャンシェン家出身な上、さすがその美貌で邪な目を向ける不届きものが多かったらしく、兵士たちの褒章だと散々凌辱され慰み者にされたあげく、首を吊られる。
父リンデンは拷問で”英雄家の秘宝”? の隠し場所を吐けとか、わけのわからない理由で拘束され散々拷問にかけられた上、最後まで何も頑なに語らずギロチンで首を堕とされて処刑。
”私”は、牢獄で手も足も出せない状態のまま刑が執行されるその日まで何人もの男たちに汚され、親族や家族の死にざまを散々見せつけられた後、薪を根元に大量に置かれた十字架が設置された刑場まで引きずり出された。
デビュタントの為に誂えたドレスが見る影もなく無残に破れ薄汚れていてまるで乞食のような様になっている。
見世物のように見物に来た国民や野次馬たちが、早く悪女を処刑しろ。血を流させろ。と、刑の執行を今か今かと待ち望んで集まっていた。
かつて栄華を誇ったはずの英雄伯爵家であり、勇者・夕凪 勇(イサム・ボトルゴード)と聖女・聖護院 菫(後にヴァイオレット・ジャンシェンと改名、婚姻後はヴァイオレット・ボトルゴードに)の血筋の最後の一人となった”私”の無様な様子を見て、使用人だった人、教師だった人、取り巻きだったはずの人、親友だと思い込んでいた子爵令嬢だった人、婚約者だった人、みんなみんなが嘲笑っている。
そうして十字架に括り付けられた。
やがて神官みたいな恰好をした人が近づいてきて言った。
「火刑の前に何か言い残したいことはあるか? 」
「……いいえ。……何も。……これこそが本懐です。他に何も望みませんわ。……」
”私”は、国王の合図で点けられた燃え盛る炎から上がる煙で喉を傷めたが、酸欠状態になったおかげで早々に気を失った。そのまま眠ったまま焼かれて……死亡した。……
……そして最後のガラスが砕けるような音がどこか遥か遠い彼方で聞こえた気がした。…… ──
◆ハッピーエンド?
── その後、英雄家の全ての血筋が潰えたのを確認すると、英雄家とは名ばかりで直轄する領地はなく、王都にあるつましく建っている邸に、王太子と新たな婚約者になったローズは、英雄家が代々伯爵家に甘んじながらも王家から優遇され続けたのはなぜか?
亡くなった前国王の叔父上が、そういえば英雄家には特別な”秘宝”があるとかなんとか幼少のみぎりに聞いた気がする?
と、”噂”の、どれそれほどの宝玉か財宝があるに違いないと、”秘宝”を入手するために邸を隅から隅まで隈なく捜索し、それでも見つからないために、とうとう邸を全て破壊しつくして撤去までしてまっさらな土地を探索した。
「ねえ、クレマティアスさまあ~。秘宝を手に入れたらあ、あたしに新しいドレスと、避暑地に素敵な別荘を建てて、二人で新婚旅行にいくや・く・そ・く。忘れないでくださいねえ~ん。」
「ああ、もちろんだ。わかっているよ。あの女にかけた無駄な時間をたっぷりとローズのためにかけてあげるからな。
で、どうだ? その隠し扉は開きそうか?」
邸の跡地の地下に埋められ隠されていたらしい特殊な入口と扉を発見したのだが。……
「は、はい。ここに仕掛けがあるようです。では開けますから、地盤が崩れやすくなっているのでお気を付けください。」
「……なんだこれは!?」──
◆前世(職場)
── 前世らしき世界での、自分の名前は覚えてないが、容姿も格段優れていると己惚れていたわけでもないけれど、働いていた会社内の総務部の下っ端だったが、営業部署で人気の独身でイケメンな上に仕事もできる男性に妙に気に入られたせい?
で、お局を筆頭に女性陣たちから執拗に虐められるようになり、あげく横領の濡れ衣まで着せられ、とうとう追い詰められた屋上で”私”は突き落とされた。
『なぜ? どうして? 私が何か悪いことしたわけじゃないよねえ……? でもそうね、……どうしてここまでひどい目に合うのならいっそ死んだほうがましかもしれないわね……
でも死ぬことでしか逃げられないなんて ……私の命ってそんなに無価値だったのかな? ……』…… ──