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宇宙エレベーター見学ツアー  作者: ぜんしも
12/41

(11) 宇宙太陽光発電所

今日は天体観測です。大気圏を離れ真空中から見る天体は、地上で見るものとはまるで別もののようにあざやかに見えます。同時にギルバートさんの観測も、兄妹は行うつもりでいます。きれいによく見えるでしょうか。

ギルバートさんの鬼気迫る説明を聞いた後、僕たちは思いがけずギルバートさんの「真実」に迫ることになった。まあ、別に大したことではないんだけどね。


ということで、今後「彼ら」と会った時には、よく観察して明快に区別できるようになることを目標にしようと思う。まあ、別に仕返しするとか反撃するとかを考えているわけではないんだけど、気分的な問題でね。


でも、なんとなくだけど、どんな過程を通ったとしても結局は、フェルデンさんがうまく難を逃れて、ギルバートさんが割を食ってしまうような結末になるような気がする。ギルバートさんって、そういう星のもとに生まれてるんじゃないかなあ、アーメン。


さて、思いがけず人工衛星の話も聞けたんだけど、午後のプログラムはしっかり予約してある。「大気圏外天体観測体験」だ。読んで字のごとく、大気圏外から天体観測をしようってことらしい。あれ、よく見るとこのプログラムの講師はギルバートさんだ。さっそく天体だけじゃなくて、ギルバートさんも観察できるってわけだね。なんて都合がいいんだろう。


プログラムリストを眺めていて、ふと気が付いた。まず、ギルバートさんの名前が「ギルバート・ヨハンソン」となっていること。そうか、彼の姓はヨハンソンっていうのか。ヨーロッパの出身かな?それにしては東洋人っぽいけど、まあ今どき珍しくない。それと、プログラムの講師の名前に、フェルデンさんというのはどこにもない。彼は講義は持っていないんだな。ふうん?


「ギルバートさんって、ファミリネームはヨハンソンって言うみたいだね」


パーリャに、今発見した事実を言ってみる。するとパーリャは、


「別に『ギルバートさん』で十分だよ。『ヨハンソンさん』なんて呼んだら、ますますフェルデンさんと区別がつかなくなっちゃいそうだし」


うん、その通りだ。そんなことを言っていると時間になったのでパーリャとコンパートメントを出る。もうすっかり微重力には慣れたように感じる。全く違和感はない。慣れた頃が危ないって、誰かが言ってたな。何のことだっけ?


部屋は第2食堂だ。申し込み者が多いのかな。行ってみると、本当だ。10人くらいはいるようだ。いつも食事に使うテーブルは、今は片づけてある。この車両は重力のないところに行くのだから、どの家具も設備も簡単に動いたりしては危険だ。だからちゃんと床に固定できるようになっているわけだが、今は取り外してどこかにしまっているらしい。この車両自体、組み換えの自由度を高くしているようだし、結構凝った設計のようだ。すごいすごい。「うちのスタッフはすごいんです。」そう自慢するアリシアさんの声が聞こえたような気がした。


「人、多いねえ。人気のプログラムなんだね」


「いやでも、多いわりに混雑してるでもないねえ。テーブルを片付けてるからかな?」


こないだ、車内見学をしたときの最初の集合時は、確かにもう少し人数がいたけれど、それ以上に部屋が広くなっている気がする。そう考えていて、気が付いた。ああそうか、もうほとんど無重力だから、人の向きが必ずしも一定じゃないんだ。さすがにひっくり返っているような人はいないけど、壁の天井近くの場所にもたれているような人もいれば、天井や床に平行な角度で話している人たちもいる。


これはつまり、空間を効率的に使ってパーソナルスペースを広くとれるように、自然に広がっているんだな。無重力環境下における社会心理学なんて研究分野も、これから出てくるのかもしれないな。なんて妄想が広がった。しかし、例えば自分の目の前に人の足が見えてるのも、あまり気分のいいものでもない。靴底を人に見せるのは失礼、というようなマナーもあるわけだから、なんらかの秩序は必要だろうな。ついでに、こう人の目線がいろんな角度からくるようになると、ファッションチェックとか、お掃除なんかは大変だな。人の目から隠れる部分がとても少なくなる。


そんなことを考えているうちに、突然いくつかの声が同時にした。


「やあ、君たちもここかい?」


「マエーク君、ご無沙汰だね」


「パーリャちゃん、こんにちは」


見ると、ボシュマール夫妻とそしてタンさん、ベゼルさんコンビもこのプログラムを受けに来たようだ。


「こんにちは、ボシュマールさん、ガスパールさんと……タンさん」


「こんにちは」


「なんだい、マエーク君のその間は。私の名前をまだ憶えてくれていないのかい?」


「違いますよ。以前はキュウさんって呼んでたので、それが出そうになっただけですよ。特に含むところはありませんって」


僕はわざとにやりとしながら、そう言い訳をした。みんなくすっと笑ってくれた。


ボシュマールさんは、本当に楽しみであるように、目をキラキラさせながら期待を表明した。


「いや、僕はこの時間が楽しみでねえ。空気のないところからだと星雲や星団、惑星なんかはどんな風に見えるんだろうってね。ワクワクしてるよ」


「もう昨日からその話ばっかりだったんですよ。いい風景が見えるといいですねえ」


ボシュマール夫人も、結構楽しみにしているようだ。するとガスパールさんが付け加える。


「ここで、どんな光学系を用意しているかですね。まさかメートル級の望遠鏡なんかはないでしょうけれど、7~80センチ級のがあるとうれしいなあ」


「でも、ちいさな望遠鏡でも宇宙で見るんなら地上とはたぶん段違いですよ。空気も水蒸気もないんですからね」


「うん、だから大いに期待している。楽しみだなあ、早く始まらないかなあ」


そう言いながら、ボシュマールさんは興奮を抑えきれないようにむずむずしている。夫人はそれを見ながら、優しそうな目で見守っている。いい夫婦だなあ。そう思っているとパーリャも、


「ふたり、なかよしさんだね。見ててほっこりするね」


そんな感想をもらしていた。


ボシュマールさんが年甲斐もなく(って、他人が言うことじゃないな。すいません、ボシュマールさん)、ワクワクしているのもわかる気がする。天体観測をしたことがある人の多くは、空気がない場所での観測に憧れるものなのだ。それはもう別世界と言ってもいいくらいの違いがあると聞く。


地上から天体観測をするとき、空気の存在は実は邪魔ものでしかない。水は透明だけれど、水の中のものははっきりと見えないし、色も変わって見えたりすることを僕たちは常日頃から経験している。それと同じように、空気自身も少ないとはいえ光を吸収したり反射したり屈折させたりして、宇宙そのものの姿をゆがめて伝える性質がある。まして水蒸気が含まれていたり、ばい煙や花粉などの微粒子もときどき濃度が高くなることがある。また空気自身が温度差によって揺らぐのも、観測の邪魔になる現象だ。昼間の空が明るくて、天体観測ができなくなるのも空気が存在するせいだしね。


そんなわけで、今回の大気圏外からの天体観測は、宇宙好きの人みんなが待っていたイベント、と言っても過言ではない。だからこそ全員に近いくらいの人たちが集まっているのだろう。みんな一様にワクワク感をほとばしらせているのが、面白い。


そうこうしているうちに時間になったようだ。少し前からスクリーン横に待機していたギルバートさんが、たぶん大勢の人前でしゃべるのは苦手だろうに、意を決したようにスクリーンの前に立って、みんなに呼びかけた。


「お待たせしました。時間ですので本日のプログラム『大気圏外天体観測体験』を始めたいと思います。本日のガイドを務めます、ギルバート・ヨハンソンです。スタッフのネイネイ・リーもお手伝いします。よろしくお願いします」


ギルバートさんの横にはネイネイさんも立っている。ギルバートさんと身長はあんまり変わらないなあ。二人一緒にぺこりとお辞儀をした。


「まず、機材と、それで眺めた主な天体の写真をご紹介します。説明の後に、みなさんには三つのグループに分かれて、星空を自由に探訪していただきますので、これからの説明をよく聞いてください。今回の使用機材は3種類あります。それらを3つのグループで順番に使用していただきます。それぞれのグループの中での順番などは、そのグループ内でお決めください。必要でしたらこの、くじ引きアプリも使えます」


そう言って、ギルバートさんはスクリーンの端にくじ引きのアプリを表示した。周囲からちょっと失笑がもれた。使うグループはあるのだろうか。ギルバートさんはさらに続けた。


「3種の機材のうちの一つは本機がドッキングしております『マーキュリー』の先頭部分に備え付けられた40cm屈折望遠鏡です。こちらで事前に撮影した写真がこちら。有名な、M31 NGC224アンドロメダ大星雲です。」


パッとスクリーンが変わり、見慣れたアンドロメダ銀河の姿がスクリーンに三つ並んで表示された。ちなみにM31というのは、メシエというすい星の研究者が、すい星と紛らわしい星雲に番号を付けてすい星観測の邪魔にならないようにと整理した際の番号で、NGC224は同じく天文学者のハーシェルらが作った天体カタログのバージョンアップ版New General Catalogueでの番号で、どちらもアンドロメダ大星雲を表す記号のようなものだ。


「これから、この食堂のスクリーンを3分割して同じものを表示していきますので、お近くのスクリーンが見やすい位置に移動してください」


僕たちも、三々五々手近なスクリーンの前に移動した。一つのスクリーン当たり4~5人で見ることになる。上からも下からも見えるし操作もできるので、割と広々しているように感じる。僕ら兄妹とボシュマール夫妻が左側のスクリーンに集まり、タンさん、ガスパールさんは中央に行った。


「ああ、やっぱりここだと見え方が違うねえ。地球上だと、天文台の大望遠鏡で撮影したのに匹敵するんじゃないかな?口径40cmの屈折と言えば、アマチュアで持っている人もたまにはいるくらいのものだけど、使う環境は地上ではありえない好条件だからねえ」


僕はそこまで天体観測には詳しくないが、確かにそこらで見かけるものよりずっと細かくて鮮やかな映像が見えている。パーリャも息をのんで、言葉も出ないようだ。


「続いて2つ目の機材は、同じくマーキュリーの、これは最後尾に備え付けられております65cm反射望遠鏡です。こちらは太陽望遠鏡としても使用することができます」


ギルバートさんがそう言ってスクリーンに映し出したのは、太陽表面の拡大映像だった。今度は動画像だ。太陽の表面の細かい模様がゆらゆら動き、よく見ると黒点も、細かく活動しているのが鮮やかに映し出されている。今度はボシュマールさんも、そう簡単に言葉が出てこないようだ。ほう、と感嘆のため息をした後は、黙ってスクリーンを見つめている。


「この太陽表面の映像は、現在撮影中の映像をリアルタイムに近い状態で投影しています。これら2台の望遠鏡はマーキュリーに搭載されておりますが、現在本機はマーキュリーとともに、時速400kmで走行中です。したがっていかに振動の少ない宇宙エレベーターと言えど、天体望遠鏡に与える振動は避けることができません。」


そう言えばそうだ。走っている電車の中から天体観測しても、激しくぶれてきれいな映像が見えるとは思えない。しかし目の前に展開している太陽表面の映像は、そうとは思えないほど鮮やかで、ブレなどみじんも感じられない。


「これらの望遠鏡は、メカトロニクスによる免振効果を持った架台に設置されているのはもちろんですが、本機ではそれに加えて、望遠鏡の心臓部であるCMOS受光部からのデータを、振動によるブレを補正し美しい映像を得られるバリアント社製の画像処理GPUを使用して処理しております。このGPUが振動によるブレをリアルタイムで補正しており、このような鮮明で美しい映像が得られるというわけです。これらの望遠鏡の設置と運用につきましては、同社からの惜しみない技術供与とご指導をいただいております。」


広告じみた言い回しだが、たぶんそういうことなんだろう。ギルバートさんはもともと感情豊かな人ではない。特にさっきからどうも棒読みが激しいと思っていたが、やっと腑に落ちた。GPUの提供を受けてバリアント社の宣伝をさせられているということに違いない。よりによってバリアント社製か。僕はパーリャと顔を見合わせた。うちの系列のバリアント・フォトセンサー・テクノロジー社が、営業に入っているのだろう。博物館関係に強い会社だからなあ。


「最後のこれは本機の設備ではなく、現在私たちが向かっているGEOステーションに設置された遠隔望遠鏡です。口径144㎝の反射望遠鏡です。遠隔操作で方向や画角、フィルターなどを操作でき、映像の遅延は0.2秒程度です。これが月齢21.8の月面をバックにした、インド洋上の宇宙太陽光発電所の現在の映像です」


そう言って、またスクリーンの映像が変わった。半月ごろの月面が大写しされている中に、小さな粒のような四角形の無数の集合がシルエットになって表示されている。


「これが、太陽光発電所……」


パーリャが小さくつぶやいた。もっと拡大された、いかにも太陽光パネルに見える映像やCGはこれまでに何度も見ているし、教科書にだって載っている。今目にしているこれは、そんな着飾ったものではなく、シルエットになった何の変哲もない四角い粒の集合でしかない。だがこれは、まぎれもなく今まさにエネルギーを太陽から受け取って、地上の何万人もの生活を支えている発電所の姿なのだ。


なにか、神聖なものを見ているような気持で、声が出なかったが、ギルバートさんは次の映像を映し出した。


「最大でここまで拡大できます」


画面を切り替えて映し出された映像は、さっきまで小さな粒でしかなかったものが、四角いパネルであり、その周囲にはたぶん姿勢制御装置だとか送電のケーブルに見える、細かい部品がたくさん付随しているのがありありと映し出された。そうして1枚のパネルがスクリーン全体に大写しされるところまでズームされた。もしここで作業している人がいれば、そのシルエットが人間のものであることがはっきりわかっただろう。残念ながらこのパネルの大きさが比較できるようなものは画面にはない。


「現在、我々の上空にある『The 1st STAR』からこのインド洋上の太陽光発電所まで、直線距離で約5万3000kmほどです。そしてこの太陽光パネルの1枚が、おおよそテニスコート半面の大きさです。現在この太陽光パネルによって発電された電力はマイクロ波として地表に送信され、インドネシアの電力受信設備で受信されて、アジア、オセアニアに送電され、約6億人分のエネルギー消費を支えています。」


宇宙エレベーターは、これを建設するために作られたと言っても過言ではない。もちろん宇宙旅行や他のことにもこれからも使われていくんだろうけれど、宇宙エレベーターの第一の利用目的は、この宇宙太陽光発電所の建設だ。


太陽光発電は、地上でも昔から行われているし、実際に実用されている地上の発電所がまだ何か所も存在している。しかし、地上での太陽光による発電は、様々な点で効率が悪いのだ。


そもそも太陽光を受けるための太陽電池パネルを設置するのに、広大な土地が必要になる。そしてそうやって設置した太陽光パネルは、昼間しか発電できないし、天気が悪いと発電効率は落ちる。つまり安定した電力とはお世辞にも言えない。パネル表面に砂やほこりが積もるとそれも効率を下げることになるので、できるだけきれいにしてやらなければならない。最終的な地上での発電効率は30%程度が関の山だ。パネルをメンテナンスするコストも弾んで、不安定なだけでなく、高価でもあるわけだ。


結局、発電量が不安定で、意外とコストのかかる地上太陽光発電は、どうしたって主たるエネルギー源にはなりえない。何か別のものを主たるエネルギー源にした上の、バックアップの役割が関の山というわけだ。だから、天気や時刻の影響を受けない、強力で安定したエネルギー源である原子力発電所とか火力発電所を、人類はいつまでも根絶できなかったのだ。


人類の夢である、強力で安定した発電量が確保できて、しかも資源を消費しない再生可能な初めてのエネルギー供給源となりうるのが宇宙太陽光発電なのだ。


言うまでもなく宇宙には、地球上とは比べ物にならないほど、太陽光パネルを設置するための広大な空間が確保できる。そして地上と違って夜もなく、雨が降ることもない。砂やほこりも地表と比べると微々たる量である。宇宙は地上とは違い、24時間365日にわたって100%の安定した発電量が確保できる空間なのである。ただし、その夢のエネルギー源が、安価で建設できるかどうかは別問題である。


この発電所を静止衛星軌道上に建設する場合、仮にロケットによって資材や機材を運ぶとすると、数十年間にわたって、年間何百機ものロケットを打ち上げ続けなければならない。そのコストは膨大になり、それは電力の利用料金に跳ね返る。つまり、安価な電力にはなりえないことになる。しかも場合によっては、ロケットの噴煙による環境汚染の心配までしなければならない。ロケットの中では比較的安価に作れる固体ロケットの燃料は、実は猛毒の成分が含まれていることもあるのだ。


逆に言えば、宇宙太陽光発電の唯一のネックである、建設費用が膨大になるというところさえ解決できれば、この夢は実現可能なアイディアとしてキックオフを待つことができると言うことでもある。そしてそのコストの大部分は、地表から建設資材や補修機材を運ぶための輸送コストである。そこで、その輸送コストを劇的に下げるため、宇宙エレベーターの建設に乗り出したという流れになるわけだ。


もちろん宇宙エレベーターには、太陽光発電所の建設が終わったとしても、まだまだ多様な仕事が待っている。しかし、最も初期の段階で、最も膨大な量の輸送を喫緊に必要としている仕事、それが安定したエネルギー資源の確保であり、つまり宇宙太陽光発電所の建設だったのである。


僕がそんなことを考えている間にも、ギルバートさんは説明にノッてきたようで、だんだん饒舌になってきている。うーん、スロースターターなだけで、結構話好きなのかもしれないな。あるいは話の内容に依存するってことかも。僕らがそんな感想を抱いているとはつゆ知らず、ギルバートさんは話を続ける。


「只今紹介したのは、もちろん観測対象のほんの一例です。現在地上の時刻も、本機の内部時刻と同じく14時20分です。宇宙から地表を観測するのにも適した時刻ですし、月や他の天体も地表からでは見られない、鮮明で美しい姿を見せてくれるものと思います。」


そう説明し、ギルバートさんは天体カタログの使用法、望遠鏡の操作方法を説明していった。注意点としては、みんなでケンカしないように順番に楽しんでください、ということだけで、タイマー機能の使い方もついでに説明してくれた。


ちなみに、40cm屈折望遠鏡は、太陽観測ができる仕様にはなっていないということで、太陽の方を向けようとするとエラーがでるように設定されているらしいが、他の反射望遠鏡は、太陽の観測もOKだそうだ。太陽の方に向けようとすると、確認ダイアログが出て、その後自動的にフィルターや絞りが調節されるとのことだった。もちろん天体の追尾装置も付いているらしい。


「三つの望遠鏡を各グループ、それぞれ30分間ずつお使いください。それでは各グループで使用順番を決めて、観測を始めてください。本プログラムの終了時刻である16時まで使用していただけます。本日は、へびつかい座の一部は地球のちょうど反対側にあるため、地球の影になって観測できませんが、それ以外の、ご希望の天体のほとんどは十分にお楽しみいただけるはずです。また、何かわからないことや、やってみたいことなどがありましたら、私かリーにどうぞご遠慮なくご相談ください」


そういってギルバートさんは、端の方に移動して望遠鏡の使用を促した。僕らもさっそく見る順番を決めようとしたら、ボシュマールさんは「こういう時は、年の順だろ?」と言った。一瞬、意図をつかみ損ねた僕が、首をかしげると、夫人が言った。


「まあ、あなたお優しいこと。若い人から先に譲ってくれるんですって。パーリャちゃん、どうぞ先に好きな星をみてちょうだい」


ボシュマールさんは、ちょっと驚いた顔をしたがすぐに


「ああ、もちろんだよ。パーリャちゃんは何が見たいかね?」


そういって、パーリャに操作を勧めた。パーリャも、文字通り受け取ったようで、「はい!えーと、私はやっぱりオリオン座の大星雲からですね!」と操作を始めた。


天体観測の場合、観測機材と観測対象は割と関連が深い。我々が肉眼で見る星座の全体は、望遠鏡ではもちろん観察できない。望遠鏡は、視野が狭く、逆に拡大率が高い。一般的に望遠鏡での観測対象は、星団、星雲、月、惑星、すい星といったところだろう。ただ、現在太陽に接近しているすい星のうち特に明るいものはないようだ。そんなわけで、それらの中からパーリャが選んだのが、肉眼でも見えるけれど、望遠鏡で拡大するとさらに見ごたえのある、オリオン座の大星雲ということだ。


僕たちが最初にさわれるのは、40cm屈折。2番目が、65cm反射、そして最後に144cm反射という、ギルバートさんが紹介してくれた順番だ。僕たちはかわるがわるいろんな星を見ていった。


オリオンの大星雲も見事で、その中にある新しい星の集まりであるトラペジウムもくっきり見えていたし、ついでにその横にある馬頭星雲も見ることができた。


だいたい天体望遠鏡で天体を見ると、写真で見たときとはかなり印象が違うものだ。特に星雲など、濃い部分と薄い部分があるような天体は、望遠鏡で見ても写真のイメージ通りにはまず見えない。なぜなら、望遠鏡はその場でその時に届く光だけを見ているのだが、写真は画像データの中に、来る光を蓄積していくことができる。10秒間の光を蓄積したデータは、リアルタイムで見ているよりはるかにたくさんの光を集めているわけだ。そして大抵の天体写真は、数分から時には1時間以上の光を集めて撮影することもあるのだ。


ということで現在の望遠鏡には、蓄光モードという観測のしかたがあった。10秒間とか1分間とか時間を決めて、その間にとらえたすべての光を一枚の写真データに蓄積していくと、そのままでは暗くて見えない天体やガスの光の濃淡も、ちゃんと画像として捕らえることができて、僕らが天体写真でよく見知っている天体の姿に近づくのだ。


ただ、今回のように限られた時間しかないと、あんまり光を蓄積するのも時間がもったいない。馬頭星雲を、我々が写真で慣れ親しんでいる形に見えるようになるまで蓄光するのに30秒以上費やしたパーリャは、時間がもったいなくて結局蓄光モードをやめてしまった。


そんな感じで僕たちはいろんな天体を見た。ボシュマールさんは「もう一度見たい」と言って、アンドロメダ大星雲だけを割り当て時間いっぱいになるまで、144cmでじっくり眺めていたし、夫人はもっぱら地上のいろんな場所を眺めていた。天体望遠鏡で地球の景色を眺めるってのも、ある意味面白いもんだ。そして、パーリャはオリオン大星雲の後はプレアデスやかに星雲、ばら星雲など有名どころを眺めていたし、僕は月と惑星を主に眺めた。火星と天王星は残念ながら太陽の向こう側にあって、天王星なんて点にしか見えなかったけれど、逆に水星、金星、木星、土星は方向も観測に適していて、なかなか見ごたえがあった。土星の輪もカッシーニ間隙もきれいに見えていて、かなり満足したのだった。


楽しい時間はいつもあっという間に過ぎるわけで、まだまだ見たいものがあったけれど、今日のプログラム時間は残念ながら終了してしまった。


そして、僕もパーリャも、コンパートメントに戻った時点で、ギルバートさんの見分け方を観測するってことをすっかり忘れていたことに気づいたのだった。


                * * *


「よし、ディナーでは必ずギルバートさん兄弟の秘密を探るぞ!」


「おおー!」


そんな風に気合を入れて、僕たちはいつもよりかなり早めに第1食堂に向かったのだった。


打ち合わせはちゃんとしてある。第1に、まだ僕らはギルバートさんしか知らないし、双子だということも知らない。ムスッとしてようが、明るくて元気だろうが、ギルバートさんとして接する。


そして第2に、それぞれの特徴をつかむこと。性格ははっきり違うようなので、ちょっと会話を交わせばすぐに見分けはつくのだが、決定的な証拠にはならない。できれば身体的な特徴をつかまえること。ほくろとか、傷とか(あるかな?)、指輪とか、一目で見分けられるポイントを見つけておきたい。


最後に、指摘して相手をやり込められる矛盾点を見つけること。知らないはずのことを知っていたとか、知っているはずのことを知らなかったとか。だが、この最後のやつは、あからさまに見つけることができた時だけのことでいい。わざわざひねり出す必要はない。まだ時間はあるのだし、できれば、最大の効果(何の効果だ?)を得られる時まで待ってもいい。


ということで、今やるべきことは身体的特徴を捕まえることだ。おそらく食堂にいるのはフェルデンさんだろうから、今日手に入れるのはフェルデンさんの特徴ということになるだろう。そして明日の午前には、またアリシアさんの「宇宙エレベーター講座」があり、たぶんギルバートさんもまた見学に来るだろう。そこで二人の違いを確定できれば、こっちの勝利だ。そんな打ち合わせを昼食に出る前の短い時間でさっと済ませたのだ。


もう無重力にもすっかり慣れたので、オートステップから降りたとたんに、僕はマグのスイッチをオフにして、漂うように第1食堂に入っていった。壁や天井に設置してある手すりを頼りにしながら、食堂を目指して移動していった。


その気になれば、マグのスイッチをオンにして壁や天井を床にして歩いていくことも簡単だ。正直ちょっとだけ、そんなことをやってみたくもある。だが床以外のところを歩くというのはなぜか抵抗がある。なんだろう、倫理観?よくわからないが、そんな感じで僕は空中を漂う移動方法を選んだ。後ろからはパーリャも同じようについてきている。


案の定、食堂にはまだあまり人はいない。ギルバートさんっぽいスタッフの人はその数少ない別のお客さんを席に案内したところだろう。すぐにこちらに気づいて、僕たちも案内するために近づいてきた。


「こんにちは。今日はお早いですね。まだすいていますのでお好きなお席におかけください。パーリャさんも、こんにちは」


「こんにちは、ギルバートさん。先ほどはどうもでした」


ギルバートさん(ではなくてたぶんフェルデンさんだろう)は椅子を引いてくれて、パーリャから席につくのをフォローしてくれる。僕たちは席に着くと、すぐに今日のおすすめドリンクを聞いた。


「今日のディナーは何かな。おすすめのドリンクがあったら教えてくださいよ」


ギルバートさん(?)は、ちょっと首をひねった後、にこやかにこう答えた。


「今日のディナーは、ハンガリアンシチューですよ。お酒でしたら白ワインがおすすめなんですが、お酒は召し上がられませんでしたね。でしたらお好みのソフトドリンクで大丈夫ですよ。この料理はどんな飲み物にも合いますから」


この愛想の良さは、やはりフェルデンさんだ。だが、ドリンクのおすすめは聞けなかった。


「じゃあ、コーヒーでいいかな。パーリャはどうする?」


「私もコーヒーをお願いします」


そういうやり取りの間にも、何気にじっくり観察して、どこか特徴がないかを探してみる。目立ったほくろは見当たらない。パーリャも観察するような目つきで見ている。そこまでジトっとした目で見てると不審がられるぞ!


「かしこまりました。少しお待ちください。」


そう言ってギルバートさん(を装ったフェルデンさん)が去っていったので、声を潜めながらパーリャに聞いてみた。


「なにか特徴的なところ、見つけたか?」


僕は正直みつけられなかったのだが、パーリャはどうだろう?


「うーん、わかんない。態度は明らかにフェルデンさんなんだろうけど、特徴は見つけられなかったなあ。お兄ちゃんは?」


「僕も、見つけられなかった。まあ、もうちょっと観察してみよう。くせなんかがあるかもしれないし」


「そう、うまくいくかなあ?」


そういいながら料理とギルバートさん(に見えるフェルデンさん)を待っていると、一人の女性が近づいてきて、声をかけてきた。


「失礼します。相席させていただいてよろしいですか?」


若い、というほどではなさそうだが、かといってもちろんお年寄りというような年齢ではないことは明らかだ。ただ、正直女性の年齢なんてまったくわからないし、興味があるわけでもない。あまり正確ではないことがわかっている僕のカンでは、30歳から40歳の間のどこか、くらいしかわからない。とにかくそのくらいの年齢の女性だ。あまり僕らと接点もなさそうだが、どうして僕らのところに来たのだろう。まだ空いている席もあるのに。


「どうぞ、ご遠慮なく。おひとりですね?」


僕は確認して、一人増えたことをテーブルに告げる。


「ごめんなさいね。前からずっと声をかけたいと思っていたんですけれど、チャンスがなかなかなくて。あ、『私はコーヒーで』」


テーブルが飲み物を尋ねてきたのでそれに答えながら、女性は自己紹介する。


「カリン・パーシバルといいます。アメリカで農場を経営しています。けど星が大好きで、今回のツアーも真っ先に申し込んだら、なんとか抽選に当たって、大喜びで参加したんですよ。だけど……」


そこまで言った時、三人分の料理が来た。


「料理が来てしまいましたね。まずは食べましょう。お水で残念ですが、これで乾杯して」


そう言って、僕は吸い口のある水のグラスを軽く差し出した。カリンさんもグラスを合わせてくれた。パーリャも一緒にグラスを上げた。


「ありがとうございます。僕はマエーク・カンパーネン。商社に勤めています。こちらは僕の妹、パーリャです。大学生です」


「パーリャです。私も星が好きで、宇宙エレベーターにどうしても乗りたかったんですよ」


「ああ、だから声をかけたかったんですよ。もちろんここにきている人はほとんど宇宙好きの方ばかりなんでしょうけれど、男の方が多いでしょう?女性の方もいらっしゃいますけど、みなさんご主人と一緒に来られている方ばかりで、私ひとりで寂しかったんですよ。それでパーリャさんとお友達になりたくって。ついずうずうしく声をかけてしまいました。ごめんなさいね」


「いえ、私もここんところずーっとお兄ちゃんばかりと話してたんで、たまには女の人と話したかったんです。だもんで、アリシアさんの所にいってお話ししたりしてました」


パーリャがそう言ったとたん、カリンさんが大声……を出したそうな顔いっぱいの表情をしながら、小声で言った。


「ああ~、いいな~!私もアリシアさん、なんだかお友達になれそうって気がしてたんです。どうやってお話しするようになったんですか?」


僕は、もう出番がなくなってしまったので、ふたりの話に相槌を打つ係に徹することにした。で、ハンガリアンシチューをスライスしたバゲットに載せながら、もくもくと食べていった。付け合わせは温野菜のチーズソース掛けだ。例によって小さく刻んで食べやすくなっている。でも、無重力料理には、ナプキンは必須だね。今日のシチューも、やたらと口の周りにまとわりつく。


「どうやって、って特に……。以前、全員参加の訓練がありましたよね。あれが終わった時を見計らって、思い切って話しかけたんです。インターンシップに申し込みたくて……」


「ああー、あの時ですか……。あの時は私の組は、セルゲイさんっておじさまと、フェルデンってお兄さんが説明してらしたんです。そうか、上の組はアリシアさんだったんですね……ええ?インターンシップ?」


フェルデンさん、そんなところに登場してたんだ。この狭いクライマーなのに、しょっちゅう会う人もいれば、なかなか会えない人もいるんだなあ。そういやあの時に僕らの組にいた、なんとかって名前の男の人、あれからぜんぜん会ってない。裏方さんなのかな?そんな感想を持ちながらも、僕はただ会話を聞くだけの役目を果たしている。


「私、実は大学3年生で、本当はインターンシップに行く予定してたんですけど、この抽選に当たっちゃったんで、当然、こっちを選びますよね!?だもんで、代わりにここでインターンシップ受けられないかなーって思って、ネットで調べたんです。ねえ、知ってましたか?あの人、下の博物館を運営している会社の社長さんだったんですよ!私、ホームページで見てびっくりしちゃいました。」


「私は、前に説明会の時に社長として紹介されてたのを聞いてたので、知ってたんですけど、添乗員として同乗されるのだとは知りませんでいた。お若いのに大変なんでしょうねえ。それで、インターンシップ、申し込まれたんですか?」


「いえ、まだ。この旅行が終わった後で、まだその気があったら声をかけてって、言われました。ねえ、それってもうほとんど採用って考えていいですよねえ?」


カリンさんは、びっくりして答えあぐねている。しかし、結局はこう言った。


「それは……ちゃんと確認した方がいいと思いますよ。そうは簡単に採用なんて出せませんから、ふつうは」


もちろんそうだ。ちゃんと勉強しろ、パーリャ。


「えー、やっぱりそうなんですか?お兄ちゃんもそんなこと言うんですよね。でもまあ、アリシアさんとお話はできたので、結構満足です。アリシアさんも、まだ宇宙のことは勉強中なんだそうですよ。それでアリシアさんの『宇宙エレベーター講座』も毎回聞いてるんですけど、すごくわかりやすくって、楽しかったです。明日も予約してるんでよかったらご一緒しませんか?」


「ええ、実はわたしも聞いてみたいと思ってたんです。でも1回目も2回目も、裏が『無重力メイク』になってたでしょう?それでそっちを優先せざるを得なくて……。でも明日はまだ予約は入れてないんです。ご一緒してもよろしいかしら、パーリャさん?」


「ええ、ぜひ!私も知り合いがいる方が楽しいです」


パーリャは、男でも女でも誰にでも気軽に話しかけて、すぐに友達になることができる。カレンさんも、まんまと餌食になったようだ。でもまあ、アリシアさんの講座が閑古鳥なのもちょっと気の毒に思ってたんで、人数が増える分にはちょうどいい。


そんなことを話しながらほぼ食事も終わろうかという時、食堂の入り口にそのアリシアさんが現れた。パーリャとカレンさんは気づかずにまだ話がはずんでいる。僕がふたりに声をかけようとしたちょうどその時、照明が変わって、アリシアさんにスポットが当たった。食堂にいる人たちは一斉にアリシアさんに注目した。


「ご歓談中失礼いたします。本日の夕食はいかがでしたでしょうか。チーフパーサーのアリシア・ナカイです。」


そう言って、アリシアさんはいったん言葉を切る。照明が変わったとき、同時に壁のスクリーンは別の映像を映し始めた。どうやら1階層下の第2食堂の映像のようだ。そして第2食堂のスクリーンには、アリシアさんの姿を含めて第1食堂の様子を映しているみたいだ。2つの食堂が、スクリーンを挟んでまるで鏡の世界のようにつながっている。へえ、こんなこともできたんだ。アリシアさんは2つの部屋で静寂が広がるのを確認して、そして続けた。


「地上のアースポートを出発して、今日で4日が過ぎようとしております。地球を遠く離れての旅も、これまで特に事故も遅延もなく、順調に時を重ねてまいりました。本機での運営に関しましてみなさまにはご理解とご協力をいただきまして、ありがとうございます。」


「すでにご承知の方もいらっしゃると思いますが、いよいよ明日の午後には、旅の第1中継点、地上3万5800キロにあります『The 1st STAR』GEOステーションに到着する予定です。そのため、本機内でのプログラムは明日の午前のもので、いったん中断することとなります。予定では明日の午後2時ごろにはGEOステーションに到着し、いったん皆様にはステーションホテル内の居室に移っていただき、そこで2泊をお過ごしいただくこととなっております。」


そんなスケジュールは、前々からも何度も聞いている。だが、ただワークシートの上だけだった予定が、ちゃんと実際に消化されていくと、前に進んでいる実感になる。いや、上に進んでるんだけれど。


「もちろん、GEOステーション滞在中には、クライマーの中ではできないさまざまな体験プログラムをご用意しております。GEO農園体験や、無重力スポーツに興味をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。」


「明日の昼食後にもう一度ご案内を差し上げて、移動のご説明をさせていただきます。コンパートメントに荷物などを置いたままにしていただくことも可能ですが、その場合は2日後の出発まで、荷物をお出しできない場合がございます。必要なものや、特に壊れ物、貴重品は必ず持ち出していただきますよう、お願いいたします」


「以上、GEO到着についてのご案内のため、貴重なお時間をいただきました。これにて今回の説明は終了させていただきますが、ご不明な点などございましたらお近くのスタッフか、AIアシスタントまでお尋ねください。ご清聴ありがとうございました」


アリシアさんがあいさつすると、それで照明も元に戻り、スクリーンもあいかわらず外の風景を映すようになった。そうか、もうGEOステーションか。まだ昨日乗ったばかりのような気がするけど、よく考えたらいろんなことがあったよなあ。でも、まだまだ旅の序盤である事には違いない。そんなとき、パーリャが突然椅子をスライドさせて席を立った。そして「ちょっと失礼しますね」とカレンさんに断った後、天井の手すりをたどりながらアリシアさんのところに、文字通り飛んで行った。


パーリャはアリシアさんを捕まえて、なにやら話をし始めた。それを見ていたカレンさんは、


「うわー、パーリャちゃんって本当に行動的ですねえ。お友達がいっぱいできるわけねえ……」


「同じくらい迷惑も振りまいてると思いますけどね」


僕は正直、あのパーリャの大胆さは、うらやましくもあるけれど、危なっかしくて見ていられないのも本当だ。でも、そのうちアリシアさんを連れてこちらに戻ってきた。喜んでいいのか、あきれてしまうべきか。


「ほら、カレンさん、アリシアさん連れてきましたよ。アリシアさん、こちらカレンさん、えっとファミリネームなんでしたっけ、私もさっき自己紹介されたばっかりで忘れちゃいました!」


てへぺろっと笑いながら、パーリャはアリシアさんとカレンさんを引き合わせた。


「カレン・パーシバルさんですね。アリシア・ナカイです。もちろん存じ上げていますよ。直接お話しするのは初めてですけれど」


「まあ、ありがとうございます。でもパーリャちゃん、なんていってお連れしたのか、申し訳ありません。私がアリシアさんとお友達になりたいなんて言ったもんですから」


「いえ、私もお客様とできるだけ直接ちゃんとお話ししなくてはと思ってはいましたので、パーリャちゃんが引き合わせてくれて、助かりました。ありがとね、パーリャちゃん」


「いえー、どういたしまして。えへへ……」


ただ、衝動的に動いてるだけだよ、と言いたかったりもしたけれど、わざわざ水を差すのは悪手だ。僕はまだまだ背景になって女三人の会話を聞き続けた。


その後しばらくは、仕事のこととか出身地のこととか「無重力メイク」のこととか、いろんなところにポンポン飛んでいくとりとめない話が続いていったのだが、ふと気づいたパーリャがついにこう言った。


「お兄ちゃん、こんなところで立場ないよね。先に戻ってていいよ。すぐ帰るから」


「パーリャちゃん、そんな言い方は、……ああー、カンパーネンさん、申し訳ありません、長居してしまって……」


「そんなことないですよ。お仕事がお忙しいんでなければ、パーリャにもっと付き合ってやってください。僕は先に戻っておきますから。パーリャ、今度はちゃんと戻れるよな?アリシアさんとカレンさんに迷惑かけてるんじゃないぞ」


そう言い残して、僕は退散することにした。あれでパーリャは、必要な時には気遣いができる方だ。そう迷惑をかけることもないだろう……と信じたいけど。


ギルバートさんの正体に迫る作戦、真空中で見る惑星の表情、女三人のかしましい会話まで、今日もいろんなことがあったと思いながら、トレッドミルの運動とシャワーを済ませた。パーリャが放心したような顔で戻ってきたのは、たっぷり2時間は過ぎた後だった。


「あー、久しぶりにいっぱい話した。デザートもおごってもらっちゃった。満足満足」


そんなことを言いながら、パーリャは今日も楽しい一日だったらしい。明日はいよいよGEO到着だ。期待に胸を膨らませながら、無重力のベッドにもぐりこんだのだった。

おやすみなさい。


ツアー4日目も終わる 現在地点:高度2万9900km 明日にはGEOに達する 重力は0.01G

4日目の午後は天体観測をしました。宇宙エレベーターでの観光事業を立ち上げるとき、無重力以外に売りにできるものはないか、と考えて用意したうちのひとつがこれらの天体望遠鏡だったんですね。宇宙を昇っていくとき、大半の時間は景色もほとんど変化せず、退屈してしまいがちです。いろんな楽しみを用意しようと、スタッフは知恵を絞っています。


あとは新キャラのカレンさん。実は31歳で、3人の中では一番お姉さんです。でも次回のパーリャちゃんの話でも紹介されますが、アリシアさんとは境遇が似ていて、すっかり意気投合してしまいました。おかげで話が弾んでしまって、明日の講義の準備をする予定が見事に吹っ飛んでしまいました。アリシアさん、大丈夫かな?


明日は「宇宙エレベーター講座」の3回目。そしていよいよGEOステーションに到着です。まだまだ旅は序盤です。

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