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歴史人物浅評  作者: 張任
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外の道を往く

卑小な悪党とは何時の時代にも存在する物だ。

混乱に乗じて他人の財産を掠め取り、気に食わない者共を殺害し、自分勝手な幸福を享受する連中。

某格闘漫画で言えばモヒカンに肩パッドを装備するタイプの彼等は、時に極悪人よりも性質の悪い悪行を行う。

同時に先を見据える能力に決定的に欠ける為、しばしば滑稽で、愛嬌すら感じる様な失敗を犯す。

今回紹介する悪漢、繰り返すが漢の名は骨皮道賢。

室町時代末期に暴れ回った極悪非道の人物で在る。


「悪から生じる悪は波紋を画く」


時は1467年、日本全土は戦乱の炎に包まれた。

事の発端は当時の統治者、室町幕府での後継者問題。

次代の将軍を誰にするかで家臣の意見が真っ二つとなり、双方が譲る事無く睨み合いが続いた結果、遂には東軍・西軍に別れての抗争に発展。泥沼の内戦状態に日本は突入する。

両軍共に少しでも味方を増やそうと、全国の有力者に対して金銭や地位を餌として交渉を行う。

此の際に交渉を受けた人物の一人に、件の道賢が居たのだ。

彼は単なる木っ端役人に過ぎなかったが、己の仕事、盗賊を捕縛する警官の役割を悪用し、秘密裏に罪人を集めて大規模な軍団を構成していた。其の数、何と300人余り。

盗賊の群れとしては破格の規模を誇り、此の動員力に目を付けた東軍側総大将から道賢は助力要請を受ける。

とは言え、彼は思いっ切り法を犯してはいるが一応は役人、更に言えば敵方で在る西軍側の人間だった。

しかも主君と敵対する動機もまるで持ち合わせていない。

本来ならば味方と成る確率の低い存在、の筈なのだが。


『貴方様こそ真の主君。我が力を喜んで差し上げます。』


欲望に忠実な道賢は余りにも簡単に自軍を裏切った。

金銀財宝に眼が眩み、道理を捻じ曲げ無理を通したのだ。

あっさりと鞍替えをした彼は早速ながら行動を開始。

食料の補給線を断って士気を挫く戦果を出すが、其れ以上に悪辣な行為を幾度と無く繰り返した。

領民を虐殺したり、財産を強奪したりは当たり前。家を打ち壊し、村々を放火し焼野原に変える。女と見れば襲い掛かり、子供を捕らえては奴隷として売り飛ばす。

仮にも公的な人物として過ごしていたにも関わらず、道賢の行った悪行は当時の人物の中でも群を抜いて酷いし、惨い。

戦乱を引き起こしたと言う大局的な意味での悪としては東軍・西軍の総大将が該当するだろうが、実際に害を成した局地的な意味での悪ならば道賢が圧倒的に上だろう。


「悪をなす者は自らにも悪をなす」


無辜の民を虐げ、悪逆無道の限りを尽くす道賢の盗賊団。

此の無法で被害を受けている西軍も、ただ手をこまねいて見ていた訳では無い。彼等を討伐するべく兵を差し向けるも中々良い結果を得る事が出来なかった。

別に道賢の一団が強かったと言う事でも無い。

西軍が来ると彼等が戦闘もせずに逃亡するからだ。

『鬼の居ぬ間に洗濯』とは良く言った物で、突然に現れて目当ての物を奪い去ると直ぐに姿を晦まし、兵士が居なくなった頃合を見計らって再度暴れる。

軍を駐留させれば蛮行を止める事が可能だが、そうなると今度は本命の軍勢への防備が疎かになってしまう。

板挟みとなった西軍の将兵達は歯痒い気持ちで、村々を蹂躙し尽くす盗賊団の非道を黙って見ているしか無かった。

古来より強い者とは戦わず、弱い者を狙うのが常勝の秘訣と言われる。言うは易し、行うは難しの此の行動を道賢は見事に成功させたのだ。

まあ命惜しさに逃げたら、自然とそうなっただけだろうが。

或る意味で連戦連勝を続けた彼は調子に乗り、神社の境内に奪った財宝を蓄え、部下の荒くれ者と一緒に酒宴を開く、何とも罰当たりな行為まで仕出かす。

道賢の裏切りから六日目の事。彼は有頂天になっていた。


だが天罰覿面と言うか、調子に乗り過ぎたと言うか。


ただでさえ目立つ大人数、しかも人が来る事が多々有る神社での酒盛りは周辺住民の関心と不安を集め、其の噂があっと言う間に西軍本陣へと届いてしまう。

煮え湯を飲まされ続けていた西軍の者達は、此の好機を逃すまいと迅速に行動して神社周辺を包囲する事に成功。

今迄の恨みを晴らそうと、降伏を受け入れずに盗賊団全員を殲滅するべく緩やかに、しかし確実に包囲を狭めていく。

夢心地から一転、絶対絶命の窮地に陥った道賢は味方で在る東軍側に救援を要請する。が、相手が此れを拒否。

たかだか300人の、しかも正規兵でも無い連中を助けに敵陣真っ只中へと進むのは危険が過ぎるし、何より彼の悪辣な行為は味方で在る筈の者達にも風評被害を与えていた。

寧ろ助けになど行かない方が自軍の為、世の為、人の為。

敵にも味方にも見捨てられた道賢だが、それでも彼は諦める事が出来ずに助かる手段が無いかと必死に足掻く。

忙しなく右往左往しながら、ふと自分が溜め込んだ物品の方を見ると、金銀財宝の中に埋もれた或る物が目に映る。

其れを見た瞬間、道賢の脳裏に一筋の稲妻が疾った。

現状から逃れる為の圧倒的閃き、奇策を思い付いたのだ。


「悪を想う者に禍い有れ」


総攻撃の時、来たる。

包囲網はどんどん狭まり、遂に交戦が始まった。

便宜上で交戦と言う言葉を使うが、実際には一方的な展開。

戦う事を避けてばかりの盗賊達は此の事態でも覚悟を決めれず、進路は全て封鎖されているのに其れでも逃走を試みる。

しかし彼等の行動は悉く防がれ、正義の一撃を喰らう。

賊の群れとしては多い300人も官軍の前では豆粒同然、民衆を震え上がらせた悪鬼も正規兵の前では赤子の様な物。

極悪非道の名を世に轟かせた連中の最期としては余りにも呆気ない光景が境内に拡がる中、とある西軍側の武将が奇妙な物、いやさ、人を見つけた。

血に塗れた戦場の中をそそくさと歩く、貴人の御輿。

上に座る人は豪華な服を着て、絢爛なる帽子を被る。

其れは高位の女性の出で立ちに見えた。…見た目だけは。


其の服装の主がどう見ても『おっさん』で在る事以外は。


此れが道賢の奇策だった。(策と言うのも烏滸がましいが)

裏切った際に貰った報酬や村々を襲い手に入れた戦利品の中には、金品以外にも金目の物に成り得る服も幾つか有った。

此の服を着て女装すれば、官軍の眼を誤魔化せるのでは。

そんな夢物語を考えての決死の大作戦だったのだ。

が、当然ながら。

女装した際の容貌の異常さ、戦場で優雅に歩き回る貴人の意味不明さ、輿を担ぐ連中から醸し出される胡散臭さ。

此の全てを敵が見逃す筈も無く、道賢は速攻で身元を暴かれて捕縛、命乞いの暇も無く即刻処刑された。

酷く間抜けで阿呆らしい、何とも無様な死に様だった。


_____________________


道賢は当然だが偉人では無い。単なる悪党で在る。

彼が行った行為と言えば略奪と破壊に殺人ばかり。

しかも上記の悪行とて規模は極めて小さく、行動の外道さはともかくとしても実際の被害量は案外と少ない。

善人としては生きられず、悪党としても中途半端。

しかし、そんな彼だからこそ歴史を動かしたとも言えるのではなかろうか。正確には彼の様な存在が、だが。


御恩と奉公の精神を忘れて、己の利権だけを考えて。

村々を襲撃し食料や財産を奪い、民衆の蜂起を招き。

上司に公然と敵対し、後の世に下剋上の風潮を作り。

自己の攻撃すら防げない幕府の権威を地底に陥れる。


道賢が考え無しに行った行為は全て、当時の社会体制を破壊し尽くす危険な物事ばかりで在る事を示す。

件の道賢は先の事を微塵も考えていなかったので誅殺される事となるが、彼が開けてしまった蟻の一穴には同じ穴の狢が集まり、軈て幕府内に特大の風穴を開ける事となった。

此れは室町幕府の終焉を意味し、それと同時に各国が鎬を削る群雄割拠の日々、戦国時代の幕が開いた事をも意味する。

其の事を鑑みると、日本最大の戦乱を招いたのは当時の最大有力者でも、不安に乗じて金稼ぎを目論む銭ゲバでも無く、眼前の快楽のみ求める小悪党とも言えるだろう。…多分。

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