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歴史人物浅評  作者: 張任
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亡雄ヶ忠義

自らの意見を曲げない、自分の正義を疑わない人が居る。

何時の世も、男女を問わず、年齢に関わらず。

得てして其の様な人物は煙たがられる物で在り、実際の所、そう言う扱いをされるのも仕方が無い部分も有る。

ならば彼の人は悪人なのかと問わば、それも違うだろう。

彼等には彼等の、確固たる思想が存在するからだ。

其れが例え、誰にも理解されない様な思考だとしても。

群雄割拠の三国時代。我を何処までも貫き通した漢が居た。

彼の名は魏延。後世にて裏切者の烙印を押された者で在る。


「嚇々の武勇」


魏延は三国志の登場人物としては中々に有名な人物だ。

其の名実の大半は、物語後半の悪役としての物なのだが。

天才軍師・諸葛亮を相手に無謀な軍略を語り、身の程知らずにも孔明を臆病者だと誹り、最期は謀反の末、信頼していた筈の人物に自分が裏切られて命を落とす愚か者。

三国志演技に於いて、魏延の立場はこんな所だろうか。

散々と愚痴と暴言を吐き、あまつさえ後半の主役たる諸葛亮を実質的に死に至らしめた行為は何時の世でも憎まれた。

現代でも其の影響は根強く、線路の敷設中に彼の墓が見つかった際、本来ならば歴史的遺物なので迂回するのが常なのだが『此奴のなら良いや』とでもばかりに工事が続行。

墓石は跡形も無く破壊され、魏延の亡骸の上には喧しい電車が走る様に成った、なんて小話も出てくる程。

真偽はどうであれ、如何に彼が嫌悪されているかが分かる。


では実際の魏延も、其の様な人物だったのか。


演技での彼は劉備の元々の配下と言う訳では無く、中盤に出てくる地方役人の部下、つまり敵役で登場していた。

しかし正史での魏延が出てくるのは此処から少し後。

三國の一つ、蜀を得る為に劉備が軍を動かした時で在る。

大将の劉備の一軍に配属された彼は蜀内での戦闘で幾度か戦功を挙げ、其の甲斐も有って将軍の地位へと出世した。

此の時に劉備は魏延を初めて知り、彼を大変に気に入って重用し始め、また魏延も無名の者でしか無い自分を高く評価してくれた劉備に深く感動し、絶対の忠誠を主君に誓う。

粗野、軽率、裏切者との悪印象が強い彼だが、実際の魏延を調べると豪胆、勇猛、律儀者の一面が此の様に窺える。


「巧成名遂の忠臣」


前述したが、魏延と言う漢は主君に兎に角愛されていた。

将軍と成ってから数年で古参の武将と肩を並べられる程に異常な昇進をしている為、劉備の寵愛振りが分かるだろう。

優秀な武将で在る事も理由の一つだが、劉備が其処まで肩入れした最たる要因は魏延の抱く大志を気に入ったからだ。

かつて並ぶ者の無い『無双』の渾名で呼ばれた大将軍、此の高みへと己も辿り着き、更に其の上へと登り詰めたい。

こんな余りにも大それた夢を魏延は幼少時より想い、尚且つ本当に叶う物だと信じて努力を今も続けていた。

そんな彼の姿に劉備は自分自身を見たのだろう。己もまた、何も持たぬ裸一貫の身で天下を真剣に狙う群雄だった故に。

そんな主君の力強い後押しも有り、遂には最重要拠点の守護を任せられる程に成長した魏延。


だが、そんな彼への周囲の評価は芳しい物では無かった。


魏延は高い目標を持ち鍛錬を行う、妥協を許さない人間だ。

其れは戦場では良き資質と言えるが、平時、特に人間関係に於いては問題を引き起こす要因に成り得る。

魏延は己に課した厳しさを、自分以外の他人にも求めた。

確かに彼の様に鍛錬を重ねれば、成長するのは間違い無い。

だが誰もが皆、己の強化に躍起になる訳でも無い。

自らの能力を見極め、相応しい場所に留まる者も居る。

夢破れて、それでも国の為に働こうとする者も居よう。

魏延は其の様な根元の部分が違う人々にも実力を求めた。

当然ながら、双方の思考が交わる事など有り得ない。

魏延は成長を求めない者の思考は分からないし、相手としても現実を考えない彼の思考は理解し難いからだ。

結果として魏延と其れ以外の者達との間には深い溝が出来てしまい、互いが互いを嫌悪する環境が構築されてしまう。


此のお互いを信頼しない人間関係が魏延の破滅、ひいては蜀の滅亡を招く元凶と化すとは当時の誰も知る由は無い。


「烈士殉命の闘士」


他の者達との軋轢は多少有ったにせよ、魏延は敬愛する主君の元で華々しい活躍を続けていく。

だが充実の日々は此処まで、夢は最悪の形で終焉を迎えた。

自分の才覚を認め、愛してくれた主君の劉備が死んだのだ。

魏延は此の訃報を聞いた時、抑え切れない哀しみから大量の涙を流す。ただでさえ人との付き合い方に難の有る彼の事、余りにも希少な自身の理解者を喪くすのは半身をもぎ取られたかの如き激痛だったのだろう。

戦場で雄々しく叫ぶ英雄は、弱々しく哭くばかりだった。

…しかし、悲哀に甘んじて闘う事を辞める訳には行かない。

魏延は今は亡き主の御恩に報いようと、より一層の鍛錬に励む。劉備の遺した大望を自らが叶える為に。

だが此処で或る問題が彼の前へと壁となって現れる。

言わずもがな、冷え切ってしまった同僚との仲だ。

戦争にしろ何にしろ、国が動くには大量の人員が必要。

幾ら個人の能力が優れていても、和を乱す者は敵視される。

其の道理は三国時代でも変わらず、魏延も例外では無く。

孤立無援の状態に陥った魏延は、敵と闘う前から味方に誅殺され兼ねない絶体絶命の状況に追い込まれた。

味方も一切現れず、本懐も果たせずに犬死するかと悔しさに顔を歪ますと、意外な人物から救いの手が差し伸べられる。


其の人物とは当時の国政を担う者、諸葛亮その人だった。


演技だけで無く、正史に於いても仲は悪かったとされる魏延と諸葛亮。ならば何故、孔明は彼を助けたのだろうか?

其処には諸葛亮の徹底した合理主義が関係有る様に思う。

諸葛亮は現代でも稀有な、自分の思考から感情を一切排する事の出来る人物だ。

例え思想、性格が自分と反りの合わない人物だとしても、決して色眼鏡で人を見る事無く正確な能力を測る事が出来た。

此の孔明の能力査定の資質が魏延の圧倒的な武勇に至上の価値を見出し、彼の軍権を維持させる決断を下す。

しばしば話題となる魏延と諸葛亮の不仲だが、実際の彼等は性格の不一致から信頼はせずとも、互いの能力は認めて信用をする位には悪くない関係だった。

そもそも魏延は孔明だけで無く、其の性格から大半の同僚から疎まれていた。其処を鑑みれば諸葛亮との仲は寧ろ良好とすら言えるだろう。

兎も角、魏延は孔明の後ろ楯を得て再度、現場に復帰。

善く闘い、善く護る、変わらぬ活躍を見せた…かに見える。


だが実際には此の時、魏延の評価は激変していた。


行動、戦果こそ劉備が存命の時と変わらぬが、実際には一箇所、絶対的に異なる部分が存在する。

其れは評価者の資質。劉備と諸葛亮の人物眼の違いだ。

劉備は人間そのものを、孔明は能力のみを指標とした。

例として後の敗北の原因、馬謖の評価の違いが有る。

劉備は馬謖を知識に囚われた者として危惧を覚え、諸葛亮は其の知識を能力の一貫と見做して重用していく。

上記の結果から分かるのは劉備が結果よりも原因を気にするのとは対照的に、諸葛亮は結果を出せば人格を気にしない、極めてドライな思考をしている事。

此の両者の違いが、魏延の運命を破滅へと誘う事となる。


「兵どもが夢の跡」


時代は進み敵国・魏との戦争中、諸葛亮の死亡直前の事。

魏延を除く諸将が集められ、孔明から或る遺言を託される。

話された内容は自分の死亡後の蜀軍行動について。

其処には今や諸葛亮の次に権力を持つ迄に至った魏延、そんな彼への今後の対応も含まれていた。


『撤退中、魏延に敵の進軍を食い止める様に伝えよ』

『もし不服とするならば彼を戦場に置いていく様に』


酷薄な言葉だが、此の時の孔明の言葉は的を射ている。

魏延は行動に妥協を許さない漢だ。しかし戦争と言うのは時に全力を出さない様にする術も必要となる。

今後訪れるかも知れない好機を待つ事が可能になる故だ。

諸葛亮は魏延には其れが出来ないと判断したに過ぎない。

そして実際に、魏延は撤退しようとしなかった。

其れどころか全軍で進撃しようとすらしていた。

彼の反発を見た他の者達は魏延一軍のみを残して撤退。

結果、魏延の軍勢は強制的に殿を務めて味方を逃がす。

疲弊した状況で本国へと戻れた際に彼を待っていたのは、蜀に対する反乱疑惑から編成された討伐軍。

魏延の軍内部への影響力を恐れた諸将の策略だった。

さしもの魏延も度重なる連戦に耐え切れず、敗北。

息子ともども斬首され、志半ばに生涯を終える。

同僚の間でも取り分け仲が悪かった人物に頭を踏み付けられ、此れで悪さも出来まいと嘲笑される無惨な最期だった。

_____________________


魏延は悲劇の名将だと現代では言われる事が有る。

冒頭で記した過剰なまでの悪評の反動もあるのだろう。

確かに彼は一貫として蜀の為に闘い続け、多大なる功績を残した名将で在る事は間違い無い。

たが自身に訪れた悲劇は元を辿れば己の人間性にも原因が有り、魏延自体には咎が無いとはとても言い切れない。

少なくとも悲劇の人物だとは手放しには言えないだろう。


彼自身が憧れた無双の人物がそうで在った様に。


魏延は、魏延の憧れの人物もだが、名刀の様な存在だった。

威力は正しく絶大なれど、使い手によっては周囲の者、場合によっては自分にも致命傷を与える諸刃の剣。

扱える者が居れば良いが、存在しなければ害悪でしか無い。

魏延は恐らく三国時代でも指折りの名刀だった事だろう、故に扱える者とも劉備と諸葛亮にしか出逢えなかった。

彼等二人が死すれば至高の武器も、只の刃物に成り下がる。

となれば魏延に降りかかった災難も悲劇では無く、必然だったと言える。彼は後年願った大望、蜀の安泰を脅かしてしまう程に力を付けてしまったのだから。


狡兎死して、良狗煮らる。


皮肉にも魏延は憧れた英雄と同じ道を進んだ。

其れは当時の人物が魏延の事を無双の人物だと認めた証左。

もしも悲哀に満ちた後年の彼の人生に救いが有るとすれば。

最期の最後に己が夢を叶える事が出来た事だろうか。

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