双つと無き者
歴史には戦争の天才と呼ばれる人物が度々登場する。
不敗の大王、マケドニアのアレクサンドロス3世。
帝国最大の版図を築いた青き狼、チンギス・カン。
権謀術数を巡らせ他家を喰らい尽くす、毛利元就。
居るだけで眩い光を放ち、観衆の目を独り占めにする彼等は歴史の華形と言え、今なお人気を集めている。
しかし光が強ければ、同時に影も濃くなるのが常。
自身が産み出した闇に呑まれて、功績とは裏腹に悲劇的な結末を迎える歴史人物達も数多い。そう。
韓信。
今回は国士無双と謳われ才覚を高く評価されながら、それ故に破滅を迎えた軍神について記そうと想う。
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1.
韓信は紀元前2世紀、中国にて活躍した武将である。
当時の王朝は秦。始皇帝が興した国であったが、かの人物が死亡した後は後継者争いにより混迷を極め、国家の機能が完全に麻痺。
治安は乱れ、悪徳が蔓延り。強制労働によって領民が疲弊し、先代が必死で構築した政治機構も瓦解寸前の、謂わば滅亡まで秒読みの崖淵に立っていた。
天下が風雲急を告げる中、当の韓信は何をしていたかと言うと特に何もしていなかった。無職という奴だ。
それに加え貧乏で金を持たず、ならば人柄が良いのかと問えば腹が減ったら他人の家に転がり込み、情に付け込んで飯を食うので大半の人間に嫌われていた。
こんな三重苦を背負った人物なのだから、当然の如く周囲からの評価は著しく低い。特に彼が住み着いて以来、毎日毎日タダ飯を食わせていた夫婦の嫌悪は凄まじく、遂には堪忍袋の緒が切れて叩き出している。
悪評塗れの韓信に敢えて接近する者は居らず、増して門戸を開く人間なぞ在りはしない。空腹で辺りを彷徨い、力尽きて地に伏せようと気にもしない。
野垂れ死にしようが大した事でも無い、寧ろ村が綺麗になって清清すると暗に示された惨状だったが、流石に見兼ねた老婆が一人、飯を携えて介抱を行う。
この事に痛く感激した韓信は老婆に対し『必ずや御礼をする』と、非常に珍しい事に礼を述べた。
老婆は自分が勝手に行っただけ、見返りなんて求めていないと断りを入れた。そも大法螺吹きと真面目に受け取らなかった節が有る。それは老婆のみならず、村の者全てが思っていた事だった。
いつも仕事もせず、のんべんだらりと過ごしている男に何が出来ようよものかと高を括っていたのだ。
その言葉を吐き出した、当の韓信本人を除いて。
2.
秦の始皇帝が没した後、急速に腐敗していく政治に辟易した民衆の中には不満を爆発させ、王朝に反抗する勢力へと身を投じる者達も数多く現れた。
そんな彼等が増え続け、遂に大規模な反抗を起こしたのが以前にも紹介した『陳勝呉広の乱』である。
この大戦の顛末を乱暴に約すと初期こそ上手く行っていたものの、権力を巡って次第に内部抗争が勃発。
連合は散り散りとなり、孤立した所を反撃に出た秦軍によって逐一撃破され、呆気なく鎮圧されてしまう。
この一件で大概の反抗勢力は滅した訳だが、地方には未だ王朝の手が行き届かず存続した者等も居た。
韓信は、この生き残りの軍勢の中に身を投じていた。
自らの才覚を証明する好機と思っていたからだ。
かつては仕事をしない怠け者と評され、凡ゆる人々から見下されていた彼だったが、実際の所は日々何もせずに過ごしていた訳では無い。
兵士の運用や戦術、全体的な戦略を学ぶ為に兵法書で様々な軍事知識を学んでいたのだ。
日々の糧を得る仕事を絶ち、只管に学問に明け暮れた事で得た韓信の軍略は曰く『如何な大軍とて操るのに造作も無い』と豪語する程で、実際に彼の実力は他に比肩する者は居ない程に高められていた。
が、才能が有ろうが意見を採用されるかは別の話。
韓信はとにかく感情の機微に疎い人間だった。
飯を食う為だけに他人の家に不躾に転がり込む、この逸話からも窺えるが、彼はどうにも自分の事だけを考え、他人の不利益に無頓着な節が見受けられる。
他者の動向に無関心という事はつまり、他者に理解される努力する気が皆無という事へと繋がっていく。
実際、韓信は勇んで軍に参加したものの献策が用いられる事も無く、延々と兵卒程度の扱いに留まる。
武芸も鍛えていたので戦場で死ぬ事は無かったが、自身の才能を発揮出来ない場に居るのは我慢出来なかった。結局、彼はこの場からも離れてしまう。
その後、韓信は各地を転々とするが上手く行かない。
彼の性格が何時如何なる時でも災いし、誰にも重用される事は無かった。そも職歴無しの実績無し。
高年齢で胡散臭さ抜群、口を開けば苛つかせる事しか言わないとなれば丁重に扱われる訳も無し。
折角の才能も活かす事は出来ないまま、宝の持ち腐れに終わる…かに思われた。しかし転機とは何時起きるか分からない物。韓信は或る事件が切掛で、一人の人物と出遭う事となる。
劉邦。後に中国全土を支配する、初代皇帝とだ。
3.
韓信と劉邦の邂逅は全く以て普通では無かった。
なにせ仲間内の不正に巻き込まれ、連座して処刑される所を堂々たる姿勢と答弁をし劉邦陣営の重臣に気に入られ、その流れで配下となったのだから。
劉邦は他の人物と違い出自や派閥よりも能力を重視し、他者に仕事を任せる度量と人気を持っていた。
そんな彼から信頼を得、大軍を任せられた韓信はめきめきと頭角を表し、全土へと勇名を馳せていく。
秦を打倒し天下を手にした覇王が政治的センスの欠如から内乱を起こされると予見、不満を抱く諸将を纏め上げ五十万を超える大連合を結成。
敗戦時、苛烈な追撃にも動じる事無く対処して立派に殿を務め、主君・劉邦の命を助けている。
遂には相対する敵軍を自身が軍略の粋を尽くして撃退、陣営に天下を齎すという大戦果をも挙げた。
才覚を評価した人物をして『国士無双』と謳われた韓信は、その渾名に恥じない快挙を成し遂げたのだ。
しかし、彼の人生はここから暗雲が立ち込めていく。
皮肉にも敵を滅ぼし、自らの役割を終えた事で。
敵を討ち滅ぼし中国全土を手に入れた劉邦は、次第に韓信を恐怖の対象として捉え始める。攻める際には圧倒的な力を誇る頼もしい戦力も、護る側に移ればいつ爆発するやも知れぬ爆弾を抱えるも同然。
増して韓信は比肩する者無き軍事の天才。国に仕える兵士の中には彼に心酔する者も数多く、もし反乱でも起こされたら政権は容易く転覆するだろう。
その恐怖は劉邦の心に暗い陰を落とす。如何に韓信が忠誠を誓おうとも、重臣が反乱はしないと説こうとも、その疑惑を払拭する事は出来なかった。
単なる杞憂だと笑い飛ばすには不安が過ぎる程、韓信の力は余りにも影響が大き過ぎたのだ。
そして。紀元前201年、決定的な事件が起きる。
自分達が滅ぼした亡国の臣を、同郷の友人だからと主君の断りも無く勝手に保護したのだ。
王自らの意思なぞ関係無しとばかりの行動は劉邦の不興と、それまで感じていた闇を呼び寄せた。
そんな主君の感じる恐怖の事なぞ露知らず、韓信は友人に自害を求めていた。自分の主が彼を匿った事で謀反を疑っており、忠義の証を欲した為に。
友人は与えられた剣を首に当て、絶命する前に呟く。
『王が私を殺すのは、私の能力を恐れているからだ』
『自分が死ねば、今度は貴方の番となりましょう』
そう言い放つと彼は首を飛ばし絶命した。韓信はその死に様を見ながら、心中では馬鹿な事をと罵る。
自分は主に尽くし、才を幾度も発揮してきた。
実績有る有能な自分を誰が手放そうものかと。
この後。韓信は自らの主君に裏切られ、兵権を奪われてしまう。裏切りの怒りと失望から自らの居宅に引き籠る中、彼の胸中に溜まるのは主君への憤怒のみ。
その怒りは反乱計画として現実となり、あわや国家転覆が起きる寸前まで行くも寸前で阻止される。
紀元前196年。韓信は反乱を企てた咎で処刑。
国士無双の英雄は家族諸共、刑場の露と散った。
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『狡兎死して良狗煮られ、高鳥尽きて良弓蔵され、敵国敗れて謀臣亡ぶ』…韓信が主君・劉邦に裏切られた際に放った言葉である。
素早い兎が死ねば犬は役を終えて鍋の具となり、鳥を狩り尽くせば良い弓は蔵に納められ、敵対国が居なくなれば策謀を尽くした家臣は誅殺されるだろう。
役割を終えればお払い箱とされる、そういう意味だ。
この発言、実は韓信が初めて放った言葉では無い。
過去の賢人が話した言葉を引用しただけである。
とは言え咄嗟にこの発言が飛び出す所からも韓信の知識の深さが窺える逸話なのだが、同時にそんな言葉を識りながらこんな有様になるのかと驚いてしまう。
正しく賢人が忠告しているのに、それを全く身に付けず言葉通りの顛末を迎えているのだから。
韓信は自らの才能を知ってはいたが、その才能がどんな影響を与えるか、他人にどう見られるかについては知らなかった。知る気すら無かった。
自分には才能が有るから。才能を発揮し続けていれば、誰からも必要とされるだろうと信じていた。
誰かに実績を妬まれるとか、主君に立場を脅かす存在と思われているとか、そんな事は考えもしなかった。
良狗とて餌が無くなれば餓えた獣と化し手向かう。
良弓を他人に奪われれば致命の一撃を射たれる。
謀臣を生かせば如何な陰謀が産まれるか分からない。
『力』はそこに存在するだけで『暴力』となる事を、韓信は理解していなかった。その事を鑑みれば、残念ながら彼の最期は妥当な物だと言えよう。
韓信には類稀なる才能が有った事は間違いない。しかし悲しいかな、彼はその才能を操る立ち振る舞いが出来なかった。彼がもし自分の存在と対を為す鏡の様な人物と出逢っていれば、双つと無き者でさえ無ければ未来は変わっていたのかも知れない。




