迷想する恐怖
世界には様々な国家が存在する。アメリカや中国と言った大国や、日本やイギリスの様な海洋国家、石油等の天然資源で潤う所も有るし、変わり種では資源であるリンが枯渇して国民全ニート状態の国や小さな海上拠点を占拠した『自称』国家(国産品は爵位売買)なども存在する。
実に様々な国家が有る一方、それらは他の物事同様に成功と失敗の概念も存在する。経済、技術、外交、そして政治。今回紹介するのは政治面で国家を失敗に導いた人物。
ヤヒヤ・ジャメ。
誰も知らない興味も持たない国、そんな場所で行われた狂気的で衝動的な政治について今回は記そうと想う。
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1.
ヤヒヤ・ジャメは大統領で在る。在った、と言うべきか。
彼が統治した国の名はガンビア、アフリカ大陸の西部地域に居を構える小さな国だ。細長い国土を持ち、周囲をセネガルと言う国に囲まれている以外は特筆すべき点も見受けられない、はっきり言って有象無象の国の一つだと言えよう。
資源や特産品が有る訳でも無く、国家の歴史としても数十年程度で新設も新設。特段語るべき所も、注目すべき魅力も見当たらないガンビアに国際社会が目を向ける事は無かった。
誰もそこで何が起きているか知らなかった。興味も持たなかった。利益になる代物が何も無い場所だったから。
その無関心が、かの国に狂気を蔓延らせた要因とも言える。
1994年7月。ガンビアで政権に対しての軍部クーデターが勃発。当時の大統領は亡命し、国の統治権は軍部へと移った。
事実上の軍閥政治が始まった訳だが、当時の国民は意外にも歓待気味だったという。と言うのも前政権も褒められた物では無く、賄賂が横行する腐敗した政治だったからだ。
そんな訳で国民としては軍部は武力で権力を簒奪したというより、悪者から自分達を守ろうとした英雄の類に捉えられていた。その象徴たる軍部、特に大統領の位置に収まった人物…ヤヒヤ・ジャメは神様の如くに見えた事だろう。
その彼が寧ろ情勢を悪化させるとは夢にすら思わずに。
国家の舵を握ったジャメが最初に行ったのは国境封鎖。
次いで現行憲法の停止と、国民が持つ権利の放棄だった。
外部からの侵入と情報を徹底的に遮断し、活動を妨げる煩わしい要素を取っ払う。最後に文句を言う事すら許さずに、国民の財産や労働力を自由に扱える様にする。
彼が行った政策。それは誰がどう見ても独裁への、更に言えば最悪な類に属する筋書き…カルト宗教的な閉鎖空間を創り上げる準備に他ならなかった。
2.
初手からして実にあからさまな専制、増して暴虐を予感させるジャメの行動。これに対しガンビアの人々は何もしなかったのだろうか。当たり前の事だが、そんな訳が無い。
腐敗した政権を打倒した存在とは言えど、それはそれ。
碌でも無い政治はさせまいとする勢力が次々と現れていく。
ガンビアは民主政治を主としていた事もあり、政治に明るい知識人や反対意見を担う野党の政治家も存在した。
彼等は自身の知見と経験から危機感を感じ、横暴な大統領の政策を痛烈に批判した。その結果、どうなったか。
どうにもならなかった。
ジャメは行動を自制しようともせず、当初の通りに閉鎖空間の構築へと邁進した。批判なぞ何処吹く風と気にもしない。
抵抗する勢力は以前と変わらず存在したが、実に不思議な事に彼等は時が進むに連れて数を減らしていった。
或る者は故国を離れて亡命し、また或る者は犯罪を犯したらしく監獄へと収監された。様々な理由で一人また一人と減った訳だが、最も多いのは『何時の間にか居なくなっていた』者等だった。彼等が何処に行ったのか、知る者は居ない。
居たとしても、話す事は無い。
そうして反対意見を封殺していく内、ジャメの権力は歪んだ形へと成長を遂げ始める。当初は共同で支配をしていた軍部の意向からも外れ、次第に暴走を始めたのだ。
1996年。軍部との間で軋轢が生じていたジャメは軍事政権を突如取り止め、民主的に選挙を行う事を宣言した。
この時の選挙で彼は国民から圧倒的な支持を得て、ガンビアの大統領に堂々と就任した。ただし『圧倒的な支持』の裏側には莫大な賄賂や度重なる暴力、脅迫行為が横行しており、海外の有識者をして自由と公正の欠片も見当たらない選挙だと痛烈な批判を受けている。
幾ら国内では無類の権力を誇るジャメであっても、国外の存在にはてんで無力。上記の一件も有りガンビアは諸外国から監視の目が向けられ、大統領と言えども勝手な行動を取れず多少は平和な日々が訪れる…かに思われた。
しかし。対外に向けては従順な素振りを見せて公平・自由を重んじるかの如く触れ回ってはいたが、その実、国内では狡猾な手を用いて着々と支配力を高めていたのだ。
秘密警察を大量に配備して徹底的な監視を行い、敵対思想を見せれば逮捕か誘拐、場合によっては殺害も厭わない。
過度な罰責を設けて国民の不安を煽る一方、密告を奨励して恐怖に駆られた者を呼び寄せ、民衆の信頼関係を粉砕。
何時、何処で、誰が聞き耳を立てているか分からない状況は国民の心に憔悴を呼び、戦う気力をへし折っていく。
隣人すらも疑わねばならない日々は人々の心を急速に蝕んでいき、遂には悪意に屈する日を迎えてしまう。
2001年、1月。外部からの影響で出来上がった公正な選挙にてヤヒヤ・ジャメは多数の支持を得て大統領当選を果たす。
諸外国は投票結果に些か驚きはしたが、選挙は公正に行われた事だし国民の総意がジャメを選んだのだと考えた。
秘密裏に行われた脅迫行為も、奪い尽くした財源から繰り出される暴力的な賄賂にも誰も気付かず、気にもせず。
民主主義が戻ったと安心をして、監視する事を止める。
それは、ガンビアが世界から孤立した事を意味していた。
3.
軍部のコントロールを離れ、国際的に認められた方式で___工作を行った結果だが___権力を掌中に収めたジャメ。
曲がりなりにも組織の利益となる風に行動していた初期と違い、彼個人が舵取りを担う様になると混乱は益々加速した。
ガンビアで行われた失政・失策は多岐に渡るのだが、中でも代表的かつ明らかに異常な物から記していこう。
一つ。難病に対し、自家製治療薬の使用を強制。
自らが調合した物のみを薬と認め、それ以外を禁止した。
偽りの希望を持たせる悪質さ、民間療法だけが広まる事態は実際に効果の有る薬品の信頼性を損なうと批判が為されたが、ジャメは聞く耳を持たずに寧ろ不快感を示す。
これに反対した専門家は物理的に沈黙され、政策を強行。
結果は当人曰く『素晴らしい成果を挙げた』らしい。
因みにだが、件の薬に治療効果は見受けられなかった。
二つ。同性愛及び性同一性障害への凄まじい糾弾。
彼は2008年に所謂LGBTの者等に対して厳しい罰則を処す法律を制定、自国に存在するゲイやレズは汚らしい異物だ、見つけ次第に頭を切り落としてやると発言。
同国のニュースでも盛んに同性愛者は全員処刑すると吹聴させ、幾度も追い詰めて強制的に国外へと追放した。
余りに非人道的な為、この行為は世界から非難を浴びたものの、彼はLGBTを『人間社会に於ける絶対悪』『世界に巣食う害虫』と言い放ち、非難を一蹴している。
三つ。現代で文字通りに魔女狩りを実施。
2009年に自らの叔母が死亡した際、ジャメは原因を魔女が呪術を行ったのだと断定。異国から呪術師100人を呼び寄せると『犯人』を片っ端から逮捕していく。
多数の国民が特別施設に拘留され、尋問と称して呪術師が拵えた薬剤を強制的に飲まされる。この薬は幻覚性を持ち、彼等は中毒症状で心身に大変な負担を強いられてしまう。
それだけでは無く、身体の自由が効かないのを良い事に呪術師から強姦の被害にも遭っている。この騒動での被害は1000人以上に及び、8人もの死者を出す大惨事と化した。
これ以外にも隣国・セネガルとは幾度も国境問題を起こし、相手国の反政府勢力に対して勢力的な支援を実行。
武器・弾薬の提供の他、違法薬物の取引や資金洗浄などの犯罪行為を国家絡みで協力すると言う異常事態に。
共用語だった英語を急遽廃止するとして無用の混乱を呼び、外交では親交の有った他国との断交を次々に連発。
未来を担う学生がデモを行えば『体制に不満を抱いているから』と躊躇無く武力を行使して虐殺。国内のマスメディアを恐怖で支配して事実を覆い隠し、海外からの記者には『従うか、死ぬか』の二択を強制的に選ばせる。
ジャメが大統領になってからの二十有余年。行方不明者の数は増加の一途を辿り、逆に国力は衰退し続けるばかり。
大統領たる彼が就任して以降、政治は徹底的に破壊された。
が…流石にやり過ぎた。過激過ぎる発言に加え、他国の記者をも『行方不明』にしたのが決定打となり、ガンビアは再び注目される事になってしまったのだ。
ジャメが上記の蛮行を繰り返せたのは執拗な裏工作の影響も有るが、それ以上に国際社会が興味を持っていなかった事が大半の理由だった。外部からの批判が存在しなかったが故、彼処まで傍若無人な振る舞いが出来たのである。
しかし幾ら裸の王様と言えども一線を越えてしまえば一気に注目を浴びる。その時に明るみになるのは自分が創り出した虚構では無く、客観的に見て杜撰に過ぎる真実なのだ。
これによって長年続いた彼の支配にも陰りが見え始め、同時に海外からの助力も得た事で政治改革を謳う声も挙がっていく。今迄の様な、偽りの民主主義では無い物を。
2016年12月。活動は遂に実を結び、選挙で現職を打倒。
新たなる大統領を、今度は本当に民意で選び出したのだ。
それは、ジャメの権力が終焉を迎えた事をも意味していた。
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選挙で敗北して以降、ヤヒヤ・ジャメは玉座を守ろうとして足掻きに足掻く。先の選挙には不正が有ったと難癖を付け、自国の裁判所(この際に裁判官を粗方挿げ替える姑息さ)に選挙結果の是非を委ねる時間稼ぎを行う。
しかし裁判官が自らの意に従わない事を知るや、今度は徹底的に邪魔をし始める始末。強制的に服従させる法律や秩序を乱す(どの口が言うのか)者を取り締まる罰則を設けるものの、大勢が変わる訳も無く追い詰められていく。
結局、彼は散々と無様を晒した挙句にそうまでして守ろうとした玉座を、隣国の軍事力を背景に圧力を掛けた新大統領によって手離す事となった。暴力によって傍若無人を為した人物が、より強い暴力に屈するとは因果な物である。
しかしまぁ…流石と言うべきか、呆れると言うべきか。
ジャメは最後っ屁とばかりに、国庫から多額の税金を持ち出す暴挙を実行。最後まで負の遺産を残したのだった。
さて、こんな一から十まで褒める所が見受けられない大統領だったヤヒヤ・ジャメだが、非常に意外な事に国民からの支持率は年々右肩上がりに成長していたりする。
初期は5割から6割、終盤には8割に迫る勢いだったと言う。
無論だが本当に良いと思って投票してはおらず、秘密警察だなんだで入れざるを得ない状況にされていた訳だが、それでも支持者の数が増えると言うのは異常な事だ。
一体、何故そんな事態に陥ってしまったのか?そこには国民の度重なる抵抗と、それに反して何ら変化が見受けられない現実のギャップが原因だと個人的には思う。
実の所、2016年以前にも政権を揺るがす事件は幾度も起きていた。前例宜しく、クーデターは何回も実施されたのだ。
就任初期、疑惑の選挙、海外渡航、学生の虐殺時、果てはそれ以外の何でも無い日にも計画が練られ、時には或る程度の成果を出した事も有った。ずっと以前から、ガンビアの人々は我慢の限界を越えていたのである。
それでもなおジャメが大統領で居続ける事が出来たのは徹底した恐怖政治と民衆に対する分断政策、それにクーデターに関する知識を豊富に持っていた点が大きい。
闘おうにも碌な武器が無く、連携を取るのすら極めて困難。
それでもと行動を起こしても、相手の方が物資も情報も豊富に存在する以上、少しでも戦闘が長引けば必然的に敗北。
後に残るは監獄か死体か、どちらにせよ最悪の結果のみ。
こうも内側からの改革が完膚無きまでに叩き潰された以上、頼れるのは最早外国からの圧力のみなのだが、そちらとてまるで期待が出来ない。なにせ固有の魅力…助ける利点が存在しないのならば関心を持たせる事も不可能なのだから。
学校内でのいじめ、家庭内での虐待などは当該行為を行う当人以上に、周囲の人物が無関心で在る事が問題とされる。
問題が起きていても認識してくれない、助けを求めても手を貸さない。そんな状況こそが被害者の心に絶望を呼び、心を閉ざす原因となる訳だ。誰も自分を助けはしない、と。
ガンビアで起きた支持率上昇の一件はそれを如実に表している。民主化運動も、クーデターもした。でも如何にもならない。他国は何もしてくれない、情勢を知ろうともしない。
この状況で現況を変えようと努力する事に意味は有るのか?
ただ徒らに、無駄な被害を被るだけではないのか?
ならば相手を極力刺激せずに言う事を聞き、貝の様に只管じっと耐えた方が幾分かマシだ。例え今の状況が犬畜生の生活にも劣る物だとしても、更なる苦痛は与えられない。
だって、どうせ何も変わる事など無いのだから。




