想像神は何者ぞ
ID論。日本では余り馴染みの無い言葉だ、知らない方も多数居る事だろう。斯く言う自分もその中の一人で在る。
内容について乱暴に記せば、人間等の生物が偶然誕生したとは考えられない、何か高次の存在が介入した事で必然的に創られたのではないかと主張する、一種の学説だ。
凄まじく飛躍し過ぎな、空想小説か何かの設定かと疑う話だが、これは何も何処ぞの変人が提唱した物では無い。
なにせ一時、学校教育に喰い込む寸前まで至ったのだから。
ボビー・ヘンダーソン。
今回は宗教観を教育に捻じ込まんと画策する勢力と、それに対してユーモアで対抗した人物の話を記そうと想う。
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1.
ボビー・ヘンダーソンは米国はオレゴン州、国内に無数と存在する学校の一つで物理学を専攻した卒業生である。
同時に、或る高次的存在について最初に言及した人物だ。
彼は別に博士でも学者でも無い、極々平凡な学生である。
1980年に産まれたばかりの、何の変哲も無い男性だ。
そんな人物が何故、歴史の舞台に立つ事になったか。
それには先ず、当時の米国宗教事情を識る必要が有る。
前回にて進化論云々を扱った際、最上位の存在たる法王が直々に『進化と信仰は矛盾しない』と語ったと記した。
それは間違いでは無い、事実として公に進化論を認めてはいる。しかし、これはあくまでも教会内部…しかも上層部に限っての話。末端の信者の中には依然として創造論を唯一とし、進化論を唾棄すべき物と忌み嫌う者が多数存在。
今現在も影響は根強く、極近年に行われた調査では国民の半数近くが創造論を支持するとの驚くべき結果が齎された。
支持者の彼等曰く、神の存在を否定する事は容認出来ない(進化は別に神を否定している訳では無いのだが)として反対の立場を取っている。信仰の強さ故にと言う訳だ。
それ自体は別に問題など無い、何を信じるかは人次第なのだから。が、この理論は絶対に正しいのだと信じるだけに留まらず、異論を排し始めると途端に大問題と化す。
冒頭で紹介したID論、正式な名称をインテリジェント・デザインと呼ぶ学説などはその典型で、進化論に敵意を向ける創造論者が対抗する為だけに考えた物に過ぎない。
もっともらしい言葉を並べつつも、その実は創造論を言い換えただけの話、謂わば疑似科学と呼ぶべき代物なのだ。
そして、この疑似『科学』と言う部分が曲者なので在る。
なにせID論が登場して以来、以下の意見が現れたからだ。
進化論は単なる仮説の一つに過ぎないのに、学校ではさも事実かの様に教育されている。これは由々しき事態だ、公平さを保つ為にも他の学説も教える必要が有る、と。
2.
進化論は仮説で在る。それは間違いでは無い、なにせ現物は遠い遠い過去の、最早確認出来ない事柄なのだから。
が、だからと言って信頼性が揺らぐかと問えば答はNOだ。
化石、地層、遺跡etc…現代まで遺る様々な情報を集め、精査し、仮説を幾つも立て、進化論と照らし合わす。
反証。仮定が真実でないことを立証する行為を、絶えず行ったからだ。余計な贅肉や明後日の方向に伸びる枝木を落とし、論理を更に純粋で洗練された代物へと昇華させている。
対してID論は進化論と対立する仮説と銘打ちながら、語る内容は事実だと明らかに断定する。結果ありきなのだ。
世界を覆う大洪水は起きた『事』だと既に前提を置き、そこから如何に起き得る状況だったかを思案したとして。
そんな結果が定まった物で出てくるのは屁理屈だけだ。
答を探すのが科学であって、引き寄せるのが科学では無い。
学校での教育とは今現在での常識・事実なりを教える為の物であり、決して一つの物語を聞かせる場所などでは無い。
そんな訳で件の学説は『疑似科学』と呼ばれるに至ったのだが、だからと言って勢力が弱まる事も無かった。
『神』を記せば明らかな宗教要素と弾かれる為、言い方を変えて『高次存在』としたのが功を奏し、その高次存在を自宗の神に当て嵌める他宗教からも支持を得たからだ。
彼等は勢力を統合させて数を増していく。そうすると今度は数を目的とした者達が擦り寄る。票田が欲しい政治家だ。
政治家達は投票に依る自らの立場を磐石とする為、創造論者としては自らの思想を常識とする為と利害が合致し、両者は手を取り助け合う事となる。悪い方向にだが。
1980年から2000年代、現在に至るまで創造論者が教育現場に出張り、ID論を捩じ込もうとする事件が幾度も発生。
教育委員会や議員達を自陣に抱き込み、反対を押し切ってでも導入せんと実に強引で身勝手な活動を行っていく。
無論、相手方とて黙ってはいない。科学を私物化する事に反対する教師、宗教観を植え付ける事に抵抗を感じた両親、創造科学に辟易していた判事が反対の声を挙げていく。
単なる学生に過ぎなかったボビーもまた、その一人となる。
3.
2005年のカンザス州では先述した創造論者と政治家との間で癒着が進み、教育委員会を通しての行動が一層激化。
その勢いは留まる事を知らず、現地の学校に対して委員会がID論を公的に教える様に強制する段階にまで至っていた。
教育に関しては今現在での正しい知識を教えるべきで、推論を教えて混乱させるべきでは無いと数多の教員が抗議するも委員会は聞く耳を持たず、一切合切の反論を封殺。
実に強引に導入しようとするも、今度は騒ぎを聞き付けた学生側からも『専制的過ぎる』と抗議の手紙が届く。
この手紙を記したのが、ボビー・ヘンダーソンで在る。
しかし、この手紙に対しても委員会は無視を決め込む。
自分達に反する意見は存在してはならないと言う訳だ。
が、この不遜な態度が彼の反骨心を強烈に煽る事になる。
憤慨したボビーは一連の流れをSNS上に書き記すと、米国中に存在するネットユーザーに向けて問題を提起した。
同時に或る秘策を思い付き、大掛かりな準備に取り掛かる。
1年後の2006年、全ての準備を終えた彼はこう宣言する。ID論は素晴らしい、大いなる存在を讃えているからと。
そう、偉大なる『空飛ぶスパゲッティ・モンスター』様の。
考えてみて欲しい。何故、人間のDNAは螺旋状なのかを。
これはスパモン様が自らの身体を模して我々を創り出したからに他ならない。現にフォークに巻き付けたパスタと螺旋状の構造が酷似しているのが確固たる証拠ではないか。
あと何か単細胞生物にゾウリムシが居るが、あいつらの周りに付いてる毛っぽいのもパスタだ。きっとそうだ。
以上から、スパモン様の実在を疑う余地は無い。(断言)
となるとID論で語られる生命を創り出した『何者』かとは、スパモン様を置いて他に誰が居るのか。否、誰も居ない。
つまり彼等はスパモン様の実在を証明する為、皆に存在を認知させる為に働く熱心な同志なのだ。嗚呼、素晴らしき哉…
とまぁ突然と怪文書を書き連ねた訳だが、別に頭が変になったのでは無い。真面目も真面目、真剣に件の存在を創り出したのだ。創造論者への強烈な皮肉として。
空飛ぶスパゲッティ・モンスターは凄まじく奇妙な存在だ。
世界を酒に酔った勢いで『うわあああ』と創り出し、空に遍く拡がる銀河を酔い醒ましの風呂として捏ねくり出す。
ミートボールに似ているからなのか地球を何となく創り、煮えたぎる海に調味料として塩を振り掛けた。これが海水がしょっぱい理由だと言う。…実に納得の行く話だ。
その後はパスタに欠かせない小麦(と諸々の植物)を産み出し、ビールの火山を噴き出させて宴会をしていたのだが、悪酔いして山頂から転落し大規模なエネルギーを放出。
これが原因となり恐竜が絶滅したのだ…とまぁ荒唐無稽な話が雨霰と飛んでくるのだから。当然、ID論者はこんな出鱈目な存在が『何者』かで在る筈が無いと猛抗議した。
それに対し、ボビーは事もなげにこう答えたと言う。
『違うって言うなら、それを証明すれば良いじゃないか』
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証明困難な事を証明させる、これを悪魔の証明と呼ぶ。
進化論を唱える科学者に対しての、創造論者の反論は基本的にこれに近い。所詮は自分達の預かり知らぬ過去の事、生物の進化が事実だと誰が確信を持って言える?
どんなに声高に叫ぼうが仮説に過ぎぬのならば真実とは限らない。ならば他の可能性…ID論についても同時に教えるべきだ、違うと言うなら進化論を事実だと証明してみせろ。
今、我々が暮らしている身近な場所とて10年も経てば姿形を大きく変える。100年も遡れば大昔、痕跡が無い事も珍しくない。これが何億年となれば何を言わんや。
物証となる骨だって何万年と経てば塵と化すのに、確実な証明なぞ土台無茶な話なのだ。それを分かっていて彼等は意地が悪くも、こんな言葉を投げ掛けるのである。
そして、その悪魔の証明をやり返したのがボビーなのだ。
『何者』かの条件に当て嵌まるのは神様だけの筈が無いじゃないか、見てみろ空飛ぶスパゲッティ・モンスター様にだって可能性は有る。違うと言うなら神を証明してみせろ。
宗教はあくまでも道徳を説く為、疑問への解答をする為に神と言う存在を創り出した。進化論を容認した教会側は考えを変化させ、人類へと進化する軌跡にこそ『神』を見出した。
しかし創造論者は絶対に神は文書通りの形で存在すると語る。説明された話と矛盾した事が現実にあってもだ。
何だかんだと屁理屈を捏ねて神を証明しようとあれこれと論理を立てたのだ、そのまま文字通りに机上の空論を。
その揚げ足を取られた。しかも自分達がやって来た方法で。
しかし。この揚げ足取りには大きな違いが一つ有った。
彼等が行った行為への、周囲の反応の違いで在る。
教育界への宗教進出と見做され反発を受けたID論に対し、ユーモアを以って対抗するスパモン様は好意で迎えられた。
そして人間とは楽しい方にこそ流される物。無論、この場合とて例外では無い。と言うかID論はこれを切掛に衰退の一途を辿る。スパモン信者がしゃしゃり出てくるからだ。
何処其処で何者かは実在する!と言うと他所から突然現れて『そうだ!スパモン様も実在するぞ!』と言う風に。
某映画にて政府高官にUFOの存在を問い詰める際、熱狂していく空気が『UFOを見たぞ!あと雪男も見た!』と語る酔いどれのオッさんの一言のせいで空気が一気に冷えた。
適当を抜かす人々は時として熱狂する人の心を醒ます。
そして冗談は人々の心を解し、俺も俺もと輪を創り出す。
結果、創造論者の勢いは衰退して教育界から撤退。
対してスパモンを讃える者達は増加の一途を辿る。
そう言う意味ではID論者はスパモン様の実在を証明する学説と言うボビーの言い分は、間違いでは無いのかも知れない。




