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歴史人物浅評  作者: 張任
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灰被る煤姫

銃と言う代物は力の象徴として現在扱われている。

相手を威嚇するかの様に厳つい凶暴な物も有れば、掌の中に収まり敵意を覆い隠す物も存在する。

そして、その何れもが一度火を吹けば人間の命なぞ簡単に奪う、圧倒的な暴力を内に秘めていた。

其の為に現代では此れ等は軍隊や警官が持つ抑止力、危害を加えようとする者への対抗手段として用いられる事が多い。

或る意味で恐怖を与える道具と化した銃器だが、此の武器を人を愉しませる為に使おうと考える者達が居た。

彼等が存在したのはアメリカの大地、まだ混迷を極める開拓時代。一振りの銃を手に、街々を渡る芸人の群。

今回紹介する人物はアニー・オークレイと言う女性。

そんな激動の時代を生きた、小さな女狙撃手についてだ。


「可愛げの無い女と呼ばれて」


アニーが生きたのは19世紀初頭、アメリカ全土に点在する黄金の鉱脈を夢見た者達が流れ込んだ、西部開拓の時代。

未来への希望に満ちた光の側面と、土地を巡る抗争が続く陰の側面が綯交ぜとなった混迷の歴史の中で生きていた。

当時の彼女は早期に父親を亡くし、母親と共に質素な暮らしを行なっていた。此の際に苦しい家計を助ける為に狩猟を行なったのが長きに渡る銃との関わりの始まりとされる。

実際に触ったのが6歳か9歳か定かでは無いが、10の時には森を駆け回り獲物を仕留めていた記録が有るので、幼年期から銃器に慣れ親しんでいたのは間違い無い。

開拓時代の銃は其れ迄と比べて技術や材質では大幅な進化を遂げていたものの、当然ながら現代の物と比べて精度、装填部分は大きく劣っていた。

そんな不安定な飛び道具で自由自在に飛び廻る鳥を見事に撃ち抜くのだから、アニーの飛び抜けた技量が分かるだろう。


そんな彼女の腕前は、なにもライフルだけに留まらない。


拳銃を握れば拳銃で、散弾銃を握れば散弾銃で。

どんな銃器だとしても、アニーはそれを見事に使いこなす。

其れは狩猟のみならず、射撃大会でも遺憾無く発揮された。

並居る強豪と呼ばれた銃士達を蹴散らして連戦連勝。

アニー・オークレイと言えば稀代の銃撃名人との評判も得、勢いそのままに当時天才と謳われた人物を接戦の末に倒し、アメリカでも有数の大会で頂点に立つ事となる。

此の際に倒された銃士が彼女に恋心も撃ち抜かれた様で、大会終了後から熱心なアプローチを掛け、半年後に其の人物とアニーは結婚をした。

時にオークレイ、16歳。彼との出会いを切掛に、彼女の人生は劇的に変化していく。田舎娘から天下の大スターへと。


「男女の別に関係は無く」


アニーの夫で在る銃士は、ショウ専門のガンマン。

自慢の銃撃の技で路銀を稼ぐ、旅芸人の一人だった。

当初の彼女は夫の助手として其の仕事の手助けをしていたのだが、此れに不満を持つ人物が一人居た。夫自身だ。

彼は自分よりも数段上の実力を持つアニーこそが舞台の華と成るべきだと考え、自ら主役の座を降りて助手の道を選ぶ。

初めこそ不安な心情だった彼女だが、生来の明朗快活な性格と卓越した銃技、何よりも献身的な夫からの補助も有り、アニーのショウが評判を集めるのに時間は掛からなかった。

コイン程度の極小の的でも百発百中と当てる精度。

宙に舞う無数のガラス玉を総て撃ち墜とす迅速な装填。

遥か遠方のトランプの同箇所を6発も貫く技量。

皇太子の咥えた葉巻の先を吹き飛ばせる超人的な度胸。

様々な要因が有るが、何よりも人々の心を掴んだのは。


小柄で可愛らしく、誰の眼にも魅力的な彼女自身だった。


軈て彼女の噂は当時、最高の銃士を集めて最大のショウの開催を画策していた人物の耳にも届く事となる。

全米でも指折りの実力、日毎に増していく風評、そして女性の身で有りながら『ガンマン』でも在る意外性を買われたアニーは件の人物にスカウトされた。

此の興行に於いてアニー・オークレイと言う人物を無数の人々が知る事となりアッと言う間に人気爆発、数多の民衆が熱愛する花形銃士へと彼女は成長していく。

観客の誰もが彼女の銃撃の絶技に酔いしれ、熱狂した。

銃士の誰もが彼女の銃撃の妙技に舌を巻き、沈黙した。

世間の誰もが彼女の銃撃の神技に驚愕して、注目した。

何時しかアニーの評判は単なる一銃士の枠を超え、国家を護る軍人への射撃教官としての地位を与える迄になっていた。

まるでシンデレラの様に絶頂な人生の階段を登る彼女。

だが、そのシンデレラが12時の鐘で魔法が解けた様に。

彼女の人生を激変させる出来事が、突然に訪れる。

幾度目かのショウの為に目的地へ向かう途中、乗っていた移動列車が不幸にも貨物列車と衝突。

アニーを含む乗客は宙へと投げ出され、甚大な被害を被る。


事故が起きた其の日、彼女は生死を彷徨う大怪我を負う。

辛うじて命を繋いだが、代償に有る物を喪う事になる。

全身の麻痺。銃士に於いての、死刑宣告も同然だった。


「夢を追って、失敗しても」


アニーは身体が麻痺した後、計5回もの大手術を敢行。

普通の人々には一世一代の大事を幾度も行い、其の甲斐も有って自身の身体の動きを阻む麻痺は次第に弱まっていく。

しかし回復までに随分と掛かり、日常生活が不便無く行える頃には、彼女の名前は過去の物となって忘れ去られていた。

其の後、アニーは残りの人生を穏やかに過ごす…事は無い。

再度皆を喜ばす銃士に戻るべく、彼女は射撃練習を始める。

手術の後遺症は思ったよりも大きく、往年の神懸かった銃撃の技は見る影も無し、引鉄を引くのも苦労する有様。

最早、銃士としての彼女の復活は絶望的に思われた。

…だがアニーは諦めなかった。伴侶で在る夫も同様に、だ。


1922年、オークレイ、62歳。彼女は再び銃を手に取る。


射撃大会に出てくる人物が皆一様に若々しい中、出場者の中で彼女一人だけが老人と言う異様な状況。

皆、アニーが稀代の天才だと言う事は知っていたが、同時に其の能力が事故によって喪われた事も分かっていた。

まして彼女は銃を使うには年齢を重ね過ぎている。

鷹の様な眼光も、機械の如き腕前も期待が出来ない。

そんな彼女を見る観客の眼には、何処か哀れみの色が映る。

でも銃を使える迄に動けるんだ。伝説の復活として喜ぼう。

そんな彼女への同情の想いすら読み取れる程に。

そして、遂に誰からも期待されていないアニーの番が来た。

さて、どれくらい回復したのだろうか…そう皆が思った時。

彼女は静かに、往年の優しげな微笑みを浮かべた。


一閃。


轟音と共に放たれた銃弾は真っ直ぐに飛び続け、15メートル先の標的を見事に撃ち砕き、観客の眼の色が変わる。

此れだけでは終わらない。アニーの射撃は未だ続く。

彼女の放つ弾数は其の日の誰よりも多く、狙う照準も同様に正確で、遠方に立てられた標的を次々に撃ち抜き続けた。

銃声が雷鳴の如く鳴り響き、漸くと音が静まった時。

100も有った標的は総て、彼女によって砕かれていた。

本大会文句無しの、最優秀選手だった。

そして其の成果は世に名を轟かせた全米一の銃撃名人、アニー・オークレイのショウが再び始まる事を表す。

不可能と思われた復活劇は、今此処で正に開演されたのだ。


_____________________


アニーは生涯を通して銃器と関わりを持っていたが、手に持った其の力で人を傷付ける事は無かった。

彼女にとって銃は商売道具で有って、武器では無いからだ。

では彼女は誰とも争わずにいたのか。それは違う。

アニーが当時闘っていたのは人では無く、時代その物。

偏見と、無理解と、嘲笑で出来た『差別』の壁とだ。

貧困、女性、人種、老齢。様々な要素を以って世の人々は彼女を差別した。貴様は浅ましくて卑しい、劣った者だと。

アニーだけでは無い。当時のアメリカでは此の様な差別が至る所で起きており、日常茶飯事とも言えた。

彼等の存在は唾棄されるべき。其れが当時の良識だった。

彼女は、アニーは、世を支配する此の常識と闘う道を選ぶ。

途轍もなく強大で、途方も無い数量の、そんな敵を相手に。

一人では挫けたかも知れない。だが彼女には味方が居た。

最高の好敵手で最愛の伴侶、そして、最大の理解者の夫が。

苦難の末に彼女は自分の能力を天下に拡め、自身と同じ様な存在、謂れなき暴力を受ける者に光を示した。


『己自身を信じよ、他人の支配に流されるな』と。


現在、場所を問わず、世界では未だに差別が蔓延っている。

しかし、其れと同時に。

彼女の光の意思を受け取った者も、此の世には存在する。

世界に謂れなき差別を受ける者が存在する限り。

人の心に闘う気力が一欠片でも残っている限り。

アニー・オークレイのショウは終わらない。

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