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歴史人物浅評  作者: 張任
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妄想的現実症候群

誰かに認められたい欲求は、それこそ誰にでも存在する。

この感情は承認と呼ばれ人生に於いて多大な影響を及ぼす。

創作活動は言わずもがな、仕事の出来や日々の仕草にもだ。

自己や個性は他者を介して違いを理解して初めて生ずる。

誰も居ない世界で自分を表現した所で己を確認は出来ない。

故に人間は承認欲求を募らせるのだろう。遺伝子を遺す生物の本能的にも、縁を失くして孤立する社会への恐怖的にも。

しかし。時にこの感情は歪んだ形で我々に牙を剥く。


ルカ・マグノッタ。


動物虐待を撮影した張本人にして、史上稀に見る奇妙かつ残虐な犯罪を犯した彼について今回は記そうと想う。


 _____________________


1.

ルカ・マグノッタは、一言で言えば凶悪な犯罪者だ。

罪状は殺人。極めて重大な事案だが、それだけが『凶悪』の所以では無い。もっと別の、悍しい理由が存在する。

1982年7月。カナダの地で三兄弟の長男として生を受けたルカは、潔癖症の母親によって幼少時から世間から隔離。

何時如何なる時もゴム手袋とマスクを着用し、何度と無く手洗いを強いられ、小学校にも通わせない異常な日々を送る。

そんな生活を六年もの間続けた後、父親が精神を患って離婚。母方の祖母が住む地域へ向かい、そこで漸く学校___と言っても中学なのだが___兎に角、通う事が出来た。

外出や交流をあまり好まず、映画鑑賞や女児用のバービー人形で遊ぶなど内向的な面がやや見受けられたが引き籠りとなる程では無く、破滅的な幼年期とは異なり平々凡々の日々を享受した…かに思われたのだが、しかし。


1999年。普段のルカの言動に違和感を覚えた祖母が心配からか、彼を精神科に連れて行き医者に診断をして貰う。

結果、ルカは或る精神疾患を発病している事が発覚する。

統合失調症。奇しくも自身の父が罹患したのと同様の病を。


彼は時折として大声を急に出したり、些細な物事や発言に異常な恐怖を抱く事が有った。曰く、自らの思考や行動が他人に逐一監視されていると。政府が自分に目を付けて電話すらも盗聴し個人情報を暴こうとしていると、そんな風に。

無論だが単なる一般人にわざわざ政府までもが出張る筈も無く妄想に過ぎなかったのだが、ルカは頑なに信じ続けた。

医者に服用を薦められた薬剤に碌に手を付けず、自らの名前すらも改名してまで周囲の『監視』から逃れようと奔走。

いずれ来る狂気の所業へと至る道を直走り始めていく。


2.


自身の創り上げた妄想に囚われ、高校を中退したルカ。

時が経ち病状が悪化していくに連れ、彼の意識に或る変化が訪れた。強い自己性愛、ナルシズムへの傾倒で在る。

世界から他人が居なくなれば残るのは自分だけ。そう考えてみれば自然の成り行きで、自己への偏愛は強まっていく。

軈て感情は同性愛のような物へと変化し、ゲイバーでの仕事やAVへの出演にまで発展する。…ここで『のような』と言う物言いになったのには理由が有り、行動等を観察すると如何にも通常の物とは性癖が異なる風に見受けられたからだ。


本来ならば他者の容姿、性格、行動に何らかの魅力を感じ、これが恋愛感情へと成長していくのが一般的だ。

これは異性間だろうと同性間だろうと変わらないがルカの場合は少々趣きが異なり、自分に興味を持っている事が先ず大事で、自分を賞賛するのが次に大事と言う有様だった。


その性格を表す物として一つの動画、彼がTV番組のオーディションに応募した際の過剰とも言える自信が挙げられる。

ルカは番組スタッフと挨拶をした際、わざとらしく片眉を上げて衣服を肩に掛ける俳優気取りの仕草をし、如何に自分が努力をし目標を達成してきたかをべらべらと喋り出す。

顔に声やら肉体などを一頻り自慢すると、彼はこう言って話を締めた。合格は確実だねと、判断する役の人物の前で。

自らの身体を商売道具とする者にとって自信とは欠かせない代物では有るのだが、最早ここまでいくと自惚れに近い。

面接官も同様に思ったらしく、彼は敢え無く不合格となる。

さて、自身を客観視された際の結果が芳しくない場合。

普通ならば挫折か努力か愚痴か、そんな行動を取るだろう。

しかし、彼の取った行動はまるで違う。夢を諦めるでも、自らを研鑽する訳でも、増してや相手を批判するのでも無い。


只管。ただ只管、己を賞賛する記事や動画、写真にレビューを書き続けたのだ。他の誰でも無い、自分自身の手で。


成功者の写真に己の顔を貼り付け虚構の自分を創り出し、複数のアカウントを用いてSNSで自画自賛を繰り返す、自分のファンサイトを自分が運営し自分にラブコールを飛ばす。

無為で、無意で、無異なだけの行動を続ける内、倫理観が零れ落ちるのに然程時間は掛からなかった。

最初から、そんな物は存在しなかったのやも知れないが。


3.


2010年12月。ルカは最初の虐待動画を投稿した。

反応は前回の項でも記した通り、激烈な物。しかし彼はこれを喜ばしく思っていた。なにせルカがそれまで投稿していた動画は殆ど再生すらされず、無名のままだったのだから。

負の感情であれ誰かに関心を持たれる事に快感を覚えて以降、彼の行動は極めて急激な勢いで過激化していく。

二度目、三度目の動画投稿は勿論の事、自分を特定しようとするネットコミュニティに入り込み、挑発や誘導を実行。

事件が鎮静化しそうな際には自分の名前を『犯人』として公表してまで燃料を投下した。証拠不十分で立件出来ないと考えていたとは言え、異常な行為なのに違いは無い。


ルカにとって最も恐るべき事は事件が風化する事だった。

無関心な状態に戻るのを忌避していた彼は、遂に最後の一線を越えてしまう。社会での絶対的禁忌、殺人行為を。


2012年5月。ネット上で知り合った男性を睡眠薬で昏睡させてベッドに縛り付けた後、アイスピックを模したドライバーで幾度も刺して殺害し、遺体を刃物を用いて複数に分解。

生気を喪った生首をバスタブで玩具の様に洗いながら、愛おしそうに撫で回していく。そんな動画を彼は投稿したのだ。

事件は忽ち世を駆け回った。それが犯人を狂喜させる。

犯行現場に連続殺人を仄めかす血文字を残して恐怖を煽り、解体した各部位を政治団体等に送り付けて混乱を招く。

一挙手一投足にマスコミが反応する度、ルカは高笑いをした事だろう。彼が夢見た世界がそこに在るのだから。

例えそれが本来とは違う、歪んだ形を成していたとしても。

2012年6月。ルカ・マグノッタは逃走先のドイツで逮捕。

特例として空軍での搬送が行われ、本国へと送還される。

自分の騒動が如何に大事になっているかを知りたくなり、耐え切れずネットカフェに来店した事が要因だった。


自滅。世を突如混乱に陥れた怪物の最後は驚く程呆気無く、そして人の生々しさに満ち満ちた幕切れとなったのだ。


______________



ルカ・マグノッタと言う人物は、果たして如何な人物か?

異常者___それは間違い無い。歪に進化した自己愛から倫理観を投げ捨て、挙句の果てには殺人まで犯したのだから。

ただでさえ一人の人間を分解した上に、剰え世の中にばら撒いて恐怖を呼ぶ。これを狂気と呼ばずに何と言うのか。

しかしだ、彼の最も忌むべき部分は残虐性では無い。


ルカ・マグノッタが持っていた、最も悍しい気質。

それは凶行を行いながら『正気』を保っていた点だ。


彼は遺体の一部を政治団体へ送る際、普通に郵便局へ向かい、普通に職員と応対し、普通に荷物を渡す、極めて異常な行動を実行出来た。素面で無くば不可能な芸当だ。

普通は生物を殺すだけでも多大なストレスを人間は感じ、それが同種ともなれば平静で居られよう訳も無いのに。

そこから導き出される思考とは、彼にとって周囲の人間は『主役』では無い…自分を盛り上げる為の脇役____言ってしまえば単なる道具程度にしか感じていないと言う物だ。


ルカは子猫を窒息させた際も、人間を凶器で殺害した時も、顔等を優しく撫で回す仕草を何処かに必ず入れている。

それは傍目からだと歪んだ他者への愛情にも見えるが、実際にはそうでは無い。この行為はこれから行う虐待や殺害によって注目を浴びる事に震え喜ぶ、醜悪な自慰行為なのだ。


そも彼は幼少期に周囲から監視されている事を恐れていたのに、成長すると注目を浴びようとして凶行に走っている。

その矛盾から察するに、彼は自分自身に自信なぞ最初から持ち合わせていなかったのではないかと個人的には想う。

誰からも相手にされない自分、世界にとって無関心な存在だと言う現状を受け入れられず、さりとて抵抗もせず。

価値の有る人間だと信じたくて、荒唐無稽の妄想に縋り。

自分の能力を信じない故に、他者を犠牲にして価値を奪う。

唯一として自らが為した殺人とて映画からの模倣に過ぎず。

脅迫文や異常な行為すら、過去の犯罪者の真似でしか無い。


ルカには自分が無かった。自分と言える物が無かった。


過剰な自信と歪んだ自己愛は防衛反応の裏返し。

誰かの反応が無ければ自意識すら不確かな精神。

そんな性質が誰も彼もを破滅させる狂気を呼び寄せた。

自分を大切だとは思わないから、他人も平気で傷付ける。

己に価値を見出せない故に、他者の価値を認識出来ない。

そして、その弱さは誰の中にでも確かに存在するのだ。

私にも。貴方にも。


だからこそ彼は悍しい。

傍に在る可能性として。

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