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歴史人物浅評  作者: 張任
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旧き誠の勇士

何者で在れ忠誠を誓う人間に、世の人はよく美徳を感じる。

如何な苦境に立たされようとも折れぬ雄姿に感嘆を、甘言を弄されようとも懐柔されぬ鋼の心に憧憬を、何物にも勝る宝を其の身に宿しながら悲劇に見舞われる歴史に同情を。

好まれる理由は千差万別だが傾向として、世に忠義者と呼ばれる人達は『自分には出来ない事を果断に行う』からこそ人気が出ている様に想える。極端な話、処刑寸前でも味方を鼓舞し続けた武士の如き、意地を通す者に美学を感じる様に。

実際に彼等の行動は英雄的で魅力に溢れ、此れに悲劇性を伴う顛末まで加われば如何に凄まじい人間だろうかと酷く感動し、好ましく想うのも当然の話と言える。

しかし側から見れば美しい忠誠の心も、当人にとっては如何な物だったのだろうか。重き荷物と化していなかったか。

時は今より遥か古の時代。遥か遠き遠方にて、篤き魂を宿す己が身と心に苛まれ、幾度と無く苦しんだ武人が居る。


ティトゥス・ラビエヌス。


有史以来最大の英雄と供に幾度も闘い、其の右腕として存分に力を発揮し信頼を得ながらも、或る地にて袂を別つ事に成った悲劇の律儀者について今回は記そうと想う。


_____________________


「敢えて次席を望め」


ティトゥス・ラビエヌスは紀元前のヨーロッパ地方、隆盛を極めつつあったローマにて活躍した軍人の一人で在る。

当時のローマは君主制の以前、皆で合議する事で国の行先を決める共和制で動いており、件のラビエヌスは其の体制を守護する一介の軍人として幾度も活躍していた。

不満を抱いていた剣闘士による集団蜂起、周辺に存在していた他部族が結集し反抗を試みた大戦など、ローマを揺がす一大事を解決出来たのは偏に彼の類稀なる軍事能力、を有効に活用した一人の指揮官の存在が非常に大きい。

ラビエヌスの上官にして、国を窮地から何度も救った英雄。


彼こそは旧習に縛られ腐敗が進むローマに新風を齎し、故国に更なる発展を促したガイウス・ユリウス・カエサル、後世に其の名を永遠に刻み付けた英傑たる其の人で在った。


カエサルとラビエヌス、両者は体躯に家柄や性格など、凡ゆる物が真逆の対照的な存在だったが、不思議な事に彼等は馬が合い、親友と呼んでも差し支え無い間柄だったと言う。

ラビエヌスはカエサルが持つ非凡な才能を評価し、彼が想う大志に敬服の念を抱いた。一方でカエサルはラビエヌスの実直で質実剛健な性格に好意を持ち、武勇に優れ大軍を統率し得る軍事能力に全幅の信頼を置いていた。

互いが互いの長所を理解し褒め称える事が出来、自らが至らぬ部分では嫉妬をせずに頼りにする素直さを持っていた事が友情構築に於いて功を奏したのだろう。

しかし彼等の絆を繋いだ性分と言う要素が、後に両者の立場を完全に別ける引鉄と化すとは未だ誰も知る由は無い。


「時代の夜明け前」


ローマに降り掛かる数々の災禍を攘い続け、日毎に民衆からの支持を上げていくカエサル一行。成果を出し続けた事で市民、兵士、商人と凡ゆる人々から好意を得た彼等だが、かと言って総ての者が手離しに彼を支持した訳では無い。

功績を瞬く間に積み重ねた事で嫉妬を強める者や、独断で動く気の有る彼等に一抹の不安を抱く者も居た。

特に敵意を向けていたのが国の上層部、実際にローマの行末を協議して定める立場に居た元老院議員の者達で在る。

彼等は自らが下した裁決に度々従わずにいるカエサルに苛立ち、にも関わらず民衆から絶大な人気を獲得した事、元老院への批判も憚らない言動に大きな恐怖を感じていた。

彼が以前所属していた勢力が元老院に対して常々不満を抱いていた事も疑心を強める要因と成ったのだろう。


ーあの禿頭は統治者たる自分達を葬り去る事で、総ての権限を握る絶対的支配者の地位に就こうとしているのでは。


何時しか元老院の間では此の様な噂が実しやかに囁かれ、産まれた疑念は日頃の偏見や嫉妬、何よりも財産や既得権益を喪いたくない一心から軈て歪んだ確信へと変貌していく。

カエサルに叛意有り…そんな妄執に囚われた元老院の者達は協議の果て、遂に手段を選ばずに排除へと乗り出した。

軍を率いる司令官としての任を強制的に解任、及び兵力等を喪った状態で自分達の巣たる元老院議会への召喚を発令。

其れは誰が観ても政敵を討ち滅ぼさんとする姦計に他ならなかった。素直に要求を呑まば忽ちカエサルは謀殺の憂き目に遭い、支持者の者達も虐殺されるのは間違い無い。

なにせ前回に同じ宣告を受けた者が抗戦の意志を見せずに降伏したにも関わらず、一族郎党を滅ぼされたのだから。

だからと言って命に従わなければ名実共に謀叛人と化し、ローマの全てが敵に周り同様に討ち滅ぼされるのは必定。


退路を全て喪い、絶体絶命の窮地へと陥るカエサル一行。

しかし当人は寧ろ此の事態を、危機では無く転機と考えた。

敢えて虎口に入る事で油断している相手から先手を取れる。

首都への電撃的侵攻で、致命の一撃を与える事が可能と。


カエサルの此の思考に配下の者一同は賛同し追従する。

今迄の貢献を無碍にして排除しようとする元老院に対し、闘い続けていた彼等もまた憤怒を感じていたのだ。

画して元老院へ奇襲を仕掛けんと進軍していく一行。

…しかし、其の中に一人だけ存在しない人物が居た。

ラビエヌス。副官で在り親友として支え続けた漢の姿が。


「総ての道はローマに通ず」


ラビエヌスは苦悩していた。他ならぬ己の往くべき道に。

元老院が下した命令は厚顔無恥の極み、大義なぞ見当たらぬ私欲から来ているのは誰の目から見ても明らか。

こんな指示に従う事なぞ出来はしない…だが…しかし。

此の命に反すれば、いよいよ以て武力衝突は避けられない。

内戦の炎は瞬く間に国中へ拡がり、騒乱と流血の絶えぬ日々が始まるだろう。其れは、其の惨劇は、己が民を護るべき者として到底見過ごす事が出来ない事案だった。

大義を貫けば無辜の命が無為に喪われる無常の日々。

大衆を想えば正義は死に絶え、人面獣心が蠢く国へ。

答え無き問答を彼は何時迄も考え続けた。納得が行くまで。


そして、遂に彼は一つの決断を下す。悲壮な訣別の決意を。


カエサルの元に居る者はカエサルが必ず護るだろう。彼には其れに耐え得る大器と成し得る才気が存在するのだから。

しかし元老院側の、首都に住む民草は如何だろう。私利私欲に塗れた者が他者を救うなぞ、信じられるだろうか。

災禍から人々を護る存在が必要だ。例え道義に反しても、永年の戦友と刃を交えども、民を護る者が如何しても。

穢れ役へと周る事を決めたラビエヌスは、己が決意をカエサルに話した。親友はただ眼を閉じて、彼を送り出す。

内情を知る者を敵の許へ引き渡せば、不利になるだろうに。

叛乱の首謀者が首を土産とすれば、英雄とされただろうに。

両者はただ静かに言葉を交わし、永劫の別離を遂げた。


カエサルに幾許かの俗悪さが有れば、元老院の顰蹙を買う事は無かっただろう。しかし、彼は己が大志に従い続けた。

ラビエヌスに犠牲が致し方無いと思う器用さが有れば、一人去る事は無かっただろう。だが、彼は己が大義を貫いた。


双方が双方を理解し、互いに尊重したからこそ。

結果的に彼等は別々の道を進む事になったので在る。

両者が共に、互いが理想とする世界を護る為に。


_____________________


ラビエヌスは此の悲劇的な離脱劇の後、元老院派の将軍としてカエサル軍の前に幾度も立ちはだかる事に成る。

敵軍から唯一降伏してきた事に対する不信感、連携の取れない友軍に電撃的侵攻に混乱するばかりの上役など、実力を発揮出来ない要素に囲まれ続けた事で彼は敗北し続けた。

それでもラビエヌスは闘う事を止めず、軋む躰に鞭打って戦場を駆け続けていく。それこそ死ぬ間際までだ。

友軍が早々に撤退を始め、孤軍と化してもなお戦闘を続けたラビエヌス。彼の戦意を支えた物は何だったのだろう。

国家への忠節。其れは確かに含まれているだろうが、総てがそうだとは想えない。当時の元老院は創設時より時間が経っていた事で腐敗の真っ只中に居たからだ。

上役を尊敬した訳では無いとすれば、残るはただ一つ。


国家の理念。共和と言う制度にこそ忠義を尽くしたのだ。


皆が皆の意見を持ち、全員で合議し、尊重し合った結果、皆が納得する政治、依り良き統治を行う事が出来る。

今でこそ喪われた理念ではあるが、此の考えが有ってこそ国が躍進し、平和と発展を享受出来たのは紛れも無い事実。

過去から紡がれ、現代にて歓喜し、未来へと渡すべき幸福。

其の理念を受け継ぐ人々、延いては平穏なる世界を護る為に、彼は闘う事を諦めずに抗い続けたのでは無いだろうか。

其れはカエサルの抱く新世界よりも大それた志、ともすれば妄想に近い物だとも言える。既に腐敗が進みつつ有るのに、今後良くなる保証も存在しないのだから。


それでも。理想を追うのを止め、現実だけを生きる事をラビエヌスは善しとしなかった。もしかしたら其れは、親友の夢に立ち塞がる者として自らも矜持を持つべきだと考えたからなのかも知れない。

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