世紀末救世厨伝説
宗教と言うのは良くも悪くも大きな力を持つ物で在る。
人生に於いて大きな要素を占める『価値観』を構成するのに宗教は欠かす事が出来ない。前の話でも書いたが先人が学んだ宗を教える事は、常識や礼節の基と成るからだ。
他人と協力して社会を構築するには何らかの指針が必要、そして其れに宗教は打って付けの物だと言えるだろう。
しかし価値観と言うのは人其々、しかも正解が幾多も存在する厄介な代物でも在る。中には相反する主義主張も屡々。
結果として何方が正統、何方が異端の平行線の議論を続けた後、不毛な戦争が起こってしまう。今も、そして昔もだ。
十字軍然り、ISIS然り。日本で言うならば此の人周り。
日蓮。
多種多様な宗教に喧嘩を仕掛け、世の破滅を殊更に叫び続けた仏教界きっての異端児について今回は記そうと想う。
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「面壁九年 自戒一生」
日蓮は13世紀、主に千葉で活動していた宗教家の一人だ。
当時の日本は鎌倉時代末期、仏教が国内で広く浸透し始めて民衆の間でも興味を持つ者が現れる謂わば黎明期。
是迄に抱いていた膨大な苦悩を解決する価値観は瞬く間に人々に受け入れられ、普段の生活に着々と根付いていく。
と同時に信徒獲得の好機と視た数多の宗教家が競い合い、独自色を出そうとして多種多様な宗派が出来た時節でも有る。
農耕等で忙しく修行の時間が取れない民衆の事情を考察し、特定の言葉を唱えるだけで良いと手軽さを武器にした者。
従来の教義では救われない者…殺生を行う人々を対象とし、如何な人間でも救われると説いて新規の信者を得る者。
只管に自問自答を続ける者や踊りながら念仏を唱える者、果ては教義の理解や神仏への信心すらも必要無い、ただ神様仏様の名前を呼ぶだけで救われると訴える者も出てくる始末。
そんな混沌とした勢力模様の中に、一人の漢が飛び込んだ。
彼の名は日蓮。永年の修行の末、指導者へと目醒めた僧侶。
何の変哲も無い、力を持たない一個人。此の漢が後に日本を揺がす宗教戦争を巻き起こすとは、誰が予想しよう物か。
話を戻そう。貧しい身分の生まれだった日蓮は11歳の頃に仏門に入り、様々な寺院で遊学した末に僧侶として能力を発揮。軈て仏教を拡める伝道者として世に認められた。
とは言っても此れは免許を取得した様な物で、認められたからと言って直ぐに力を発揮する類の物では決して無い。
日蓮もまた例外では無く、信徒を集めるべく鎌倉で説法を行なっている。此処までは他の僧侶と大して変わりは無い…が、彼の唱えた主張には壮絶に問題が有った。有り過ぎた。
なにせ自分以外の宗派を信仰する者は破滅する、安寧を真に願うのならば俺の所に来やがれと言う物だったのだから。
「意馬心猿を憂う」
日蓮は修行する以前、幼少期に於いて差別を受けていた。
自らの出自が貧しい漁民で在り、見窄らしい身形と暮らしに加えて魚類の殺生を生業としていた事が要因で、徒らに命を弄ぶ悍ましい存在だと人々に忌み嫌われていたのだ。
此の時に経験した苦難が彼に仏道を歩ませる切掛と成り、かつ厳しい修行にも耐える精神を授けたのだが、同時に厄介な性分も備えてしまう。原理主義…狭窄に過ぎる視点で在る。
日蓮は仏教を学んだ事で精神の安定と理解を得た。其れは素晴らしい事なのだが、何時しか彼は自身の宗教観に反した考えを持つ僧侶を明らかに敵視していく。
子供の頃に体験した理不尽な境遇に加え、一点の光も見えない人生に光を授けた『神』に依存していたのかも知れない。
兎も角、此の様な人物が信徒を募ろうと説法を始めれば、自身と異なる宗派を徹底的に糾弾してしまうのは半ば必然。
そして、話を聞いた他宗派の者の怒りを買うのも当然の事。
日蓮、三十半ばの歳。大乱の戦火が燃え上がる前、未だ小火程度の火勢なれど、狂気染みた矜持は既に持ち併せていた。
1260年。日蓮は或る書物を記し、時の権力者へと送った。
送られた相手は中身を読んで驚愕する。当時の主だった宗派を軒並み扱き下ろし、最終的に自分の所に改宗すべきとの立場を弁えない衝撃的な内容だったが故にだ。
悪魔の宗教、国家衰滅の元凶、信者は無限地獄に堕ちる、世に一つの利益も齎さない代物と、まぁ次から次へとよくぞ湧いて出てくる物だと感心の念すら抱く罵詈雑言の嵐。
如何に日蓮が排他的な宗教観を持っていたかが窺い知れる逸話だが、しかし此の書物贈呈に依る改宗は失敗してしまう。
彼が批判した宗派の中に、件の人物が信奉した物も含まれていたからだ。自らの信仰を侮辱されたと感じた権力者は憤慨、流刑の処罰を下す事態に。更に付随する形で書物の内容が公にされた為に、他の批判された宗派も激怒。
四千人もの大人数で日蓮の住処に押し寄せ、焼き討ちと言う一応は神職なのにどうなんだそれはと言う蛮行に至る。
さて此処までの仕打ちを受ければ普通は宗教から手を引くのが常だろうが、逆に日蓮は更に宗教へのめり込んでいく。
信徒拡大の打算で動いていたならば退きもしただろうが、いかんせん彼は救世救民の感情で動いていた為に効果が薄く、寧ろ己の意志を頑強にする起爆剤と化したのだろう。
世を救えと神託を受けたと強く信じ、周囲の反抗すら幸福の為の試練と捉える日蓮を止められる者は最早存在せず、彼は襲撃の後も活動を継続。布教の方法も益々過激な物に変貌し、日本史上最大級の宗教大戦の引鉄を引く事と成る。
「地獄極楽は心の中」
和を以って尊しと為す、とは聖徳太子の言葉で在る。
自分の意見のみならず他者の意見にも耳を傾け、議論する事は有っても争乱に発展させない様に和らいだ心を持て、との意味の言葉だ。良き言葉だが言うは易し、行うは難し。
現在紹介している日蓮に至っては無理難題も同然で在る。なにせ彼が行う布教方法が他宗の論破だったのだから。
相手の所にズカズカと乗り込み、剰え信者の眼前で論争を吹っ掛け、小さな矛盾でも見つければ執拗に攻撃し、言葉に窮すれば即座に勝利宣言。まるで某巨大掲示板の住民を想わせる所業で在る。増して信徒も奪うのだから尚更性質が悪い。
こんな事を続けていれば敵が増えるのも当然で、日蓮の宗派は他宗派を悉く敵に回し、諍いが絶えないので幕府からも眼を付けられて再度流刑される始末。因みに流刑先でも普通に布教し続けた為、日蓮に打撃が有った訳でも無かった。
口を開けば騒乱の火種。脚を動かせば混乱の拡大。彼に向けられる憎悪は増加の一途を辿り、遂には治安維持を目的として設立された僧兵で武力衝突が起きる異常事態に。
異国、特に近隣で猛威を奮っていたモンゴル帝国が日の本へ侵略するかも知れないのに、非常時だと言うのに内輪揉めで貴重な国力を消費する訳にはいかない。
混迷を極める自国の宗教界を安定させる為、元凶たる日蓮の処刑を決意。即座に彼を拘束し、準備を進めていく。
命運、此処に尽きるか。絶対絶命の危機に陥った日蓮だが、其の事で命乞い等の行動は決して起こさずに、只管に布教活動を行なった。此処まで来ると大物と言わざるを得ない。
しかし、幕府から賜われる刑死は最早逃れられない運命。
日は瞬く間に過ぎ去り、遂に処刑当日を迎えた日蓮。
其の時を迎えても落ち着き払う彼の首に、ぎらりと鈍く光る鉄刀が添えられる。一瞬の静寂の後、振り下ろされる武器。
終わりか…皆がそう思った時。人々は奇跡を識る事に成る。
振り下ろされた筈の鉄刀が飴の様にぐにゃりと曲がり、日蓮の躰を飄々と避けたのだ。まるで神が守ったかの様に。
余りの事態に狼狽える幕府側。処刑を中止して臨時の評定を設け、長々と話し合う。神を宿す者を切れば神罰を受けよう、されど放免とすれば国の威信は落ち世は乱れん。
八方塞がりに陥った幕府は、仕方無く日蓮を流罪に処す。
其れは一個人が権力を打ち克つ、世にも稀な出来事だった。
後年。流刑先から帰還し、幕府に招聘された日蓮は今後の日本が歩むべき道を国の大臣達から聞かれ、一言発す。
「先ずは国の皆、私の宗派を信じる様に。」
直訴、流罪、襲撃、戦争、処刑。様々な苦難を受けた日蓮だが、彼の抱く信条は幾年経とうとブレる事が無かった。
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日蓮は日本に於ける仏教に多大な貢献をした人物では在る。
後半の文章、彼が処刑を中止され流罪に処されたのは歴史上の事実。ただし取り止めた理由が神の奇跡と言うのは、まあ…伝聞していく内に色々と尾鰭が付いた話なのだろう。
現実的な所では当時、既に大量の信徒を獲得していた彼を公に殺害すれば強烈な反発が起こる事は必至。情勢を鎮静化させるのが目的なのに拡大させては元も子も無いと幕府が考えて、慌てて処刑を中止したと言うのが妥当だろうか。
日蓮の宗派は熱心な布教活動の甲斐も有り、猛烈な速度で勢力を獲得している。其れは彼の説法に人々が感銘し、信奉する宗教にも同意した事も意味するのは間違いない。
国に仏教を拡めたとの意味で、日蓮は偉大な僧侶で在ると考えても特に差し支えは無いだろう。其の点だけでは。
と同時に、彼は日本宗教界に混迷を招いた元凶でも在る。
理由は言わずもがな。上記の文章だけでも解る通り、日蓮は兎に角と他宗派に喧嘩を吹っ掛けてばかり居る。
適当に彼の生年を追っかけているだけで無数に存在する対決だの、数多の死傷者が出ているだの、処刑に流罪に弾劾に襲撃と、普通の宗教家なら先ず出てこないで在ろう言葉が掃いて捨てるほど記されている。如何な人間性か窺い知れよう。
調和と共存、平穏などの言葉が浮かび易い宗教界の人物に於いて、こうも闘争ばかりする激しい性分の人物は珍しい。
彼の行動だけを見ると狂犬と言う言葉しか浮かばない物だ。
と言えど日蓮の行動だけを観、彼の評価を定めるのは早計だ。なにせ当時の日本は彼以外も大概だったからだ。
思い返して欲しい。幾ら日蓮が喧嘩を吹っ掛けたとしても、ブチ切れて襲撃して焼き討ちしたのは向こうだ。手法が乱暴に過ぎるし、どう考えても遣り過ぎで在る。
対決にしたって相手が居なければ始まらない。そもそも治安維持の為に編成した僧兵で戦争とか如何かしてる。本気で。
此の様に日蓮以外の宗教家も大分と頭の螺子がぶっ飛んでる。其れは同時に黎明期故に理念・組織・関係が未だ未熟だった事も意味している。仏教に対する理解も同様だろう。
真面目に修行、勉学に励み続けていた日蓮には赤子の如く無知な民衆相手に、楽なだけの方法で身にならぬ布教を続ける者達を許す事が出来なかったかのかも知れない。
なれば彼の過激に過ぎる行動も或る程度は理解が出来る。救うべき人々を堕落から守る為に戦っただけなのだから。
とは言え。幾ら何でも周囲に戦闘を仕掛けまくり、相手の言い分も全く聞かないままに突っ走り続けたのは如何な物かと個人的には思った事は此処に記しておく。




