4話 3人の雪女
時たまに更新いたします!
もう既に物語の方向性が元の原作とは変わっております。
明日はpixivにて投稿いたします!
秋が過ぎ、雪が冬の訪れを告げたあの日。僕の目の前にはあの人がいた。
『健人。ごめんね……こんなつもりじゃ……‼︎』
震える声で赤く塗りたくられた何かを手に持ち、涙して状況の理解を拒むあの人は悲しみに怯えていた。
僕は倒れていた。普段感じないドロっとした感触が頭からじんわり感じる。雪の冷たさのせいか、やけに温かさがより強く感じる。
ゆっくり頭のソレを掠め取るように触る。ヌルッとした水とは思えない赤色の液体が付着していた。
殴られたんだ。あの人が持っているソレで……
ハンマーだ。古い錆びた鉄塊で打たれた僕の後頭部は骨が砕けてしまったみたいだ。意識が朦朧として、あの人の顔が見えない。
『な…んで?』
『ごめんね。御免なさい……本当に、私は——』
如何して謝るのだろうか?ソレを使ったのは君なんかじゃないんだ。分かっている。あの人は僕を傷付けようとは思っていないことくらい。
なのに、僕の声はそれ以上出ない。ただ一方的にあの人の引き攣る声が耳に入ってくる。
『私のせいでこんな目に。私、健人のこと……嫌いになりたくない!お願い!好きでいさせて‼︎健人が死ぬなら私も死ぬから‼︎』
僕をそこまで想う人なんて初めてだった。思わず涙を流してしまうほどにあの人の悲痛な訴えは心に沁みる。
でも、ごめん。君のことが分からないんだ。如何してもあの人の顔が全く思い出せない。
でも、吹雪に吹かれるその髪色はよく憶えている。純白の白髪を靡かせて『雪女』を彷彿とさせる。
そして、その瞳の色は真紅に染まった畏怖を抱かせる力強い瞳だった。僕はその瞳が神秘的に思え、あの人の瞳が目に焼き付いて離れない。
なのに、顔の輪郭や一部の容姿を除いて思い出せないんだ。
サイレンの音が遠くから聴こえる。音に反応してあの人は怯えて僕から離れていく。
如何して逃げるんだろう…。けど、声帯がやられているのか声すら発せれない。
逃げていくその背中は何度もこちらを振り返る。哀しげに。何か言い残したいとばかりに離れるあの人は噛み締める様に僕に呪いを言い放った。
『——永遠に私は忘れないから』
明朝、僕はいつもより早く起きた。
起きるとあの日の夢の内容の殆どを忘れてしまう。妙に身体が疲れていたのか、早く起きたのに快調だ。
僕の部屋は2階にある。もうリビングでご飯の支度をしているお母さんと父さんの部屋は1階にある。この部屋以外に2階には2つ部屋が空いている。僕が将来、この家で過ごす時用に開放するらしいのだが……。
絶対にないな。だって、僕は恋愛で彼女が出来たのは小学生の頃だけで、ソレ以降はまったく興味すらなくなった。
あの日、僕はあの人に………
「健人か?早いな」
ソファーで寛いで新聞を読む父さんと目が合った。
「おはよう父さん…。昨日は迷惑かけて御免なさい」
昨日のことは覚えている。何故か眠くなってしまい、沙雪さんに運んで貰ったこと。連絡先を交換出来ず残念だと思ったが、両親に迷惑を掛けた名目上、しっかり謝らなければならない。
父さんはこっちをもう一度見るも、何事もなかった様に新聞に目を戻す。しかし、何か思うのか父さんは新聞から僕の方へ視線を向ける。
「……災難だったな。あんまり夜道に人探しは行くなよ?」
「え?怒らないの父さん?」
「怒る?お前が無事なら怒る理由はないだろ。勝手に外出したのなら兎も角、お前はちゃんと帰ってきたんだ。これ以上言うことはない」
父さんはよく怒る人とは言えない。あの日以来に父さんの逆鱗に更に触れることはなかった。
優しい人ではない。激情家で、何かあればちゃんと物事をはっきり言ってくれる。なのに、今日は僕が沙雪さんに送って貰ったことには一切触れる気がないらしい。
僕は沙雪さんにお礼を言いたかった。だから、住所くらいは聞いているのだろうと謙って訊ねる。
「父さん!昨日沙雪さんに送って貰ったんだ。お礼がしたくて…でも、その先輩の住所僕知らなくて……」
別に怒らないだろうと思った。だが、父さんが新聞を乱雑に机に放り投げる。一瞬の静けさが父さんの機嫌を損ねたと理解する。
「健人。もう彼女には関わるな!お前はまた痛い目に遭いたいか?」
「っ…⁉︎でも、沙雪さんは悪い人じゃない!あの人は僕の——知り合いなんだよ」
「健人っ‼︎」
一喝され、僕は本能的に身を引いてしまう。
「……父さん」
「彼女に恋をしたいのか?また、あの苦しみを味わって苦しみたいのか?」
その言葉の意味を、僕は思い出す。胸が痛み、激しい苦しみに侵蝕される。立っていられなくなり、父さんはそんな僕を見て背中を摩る。
「お前は優し過ぎる。だからこそ、本当に憎めないんだろ?忘れろ。あんな先輩を好きになったって結局は来年大学に上がって忘れられるだけだ。お前が好きなわけじゃないなら……忘れるんだ」
何故か引っ掛かる。
父さんはこんな事を本音にする人じゃない。理不尽に怒りはしないが、父さんが人を蔑むことなんてしたところは一度も知らない。
なのに、彼女を諦めろと想いを蔑ろにされた。
別に父さんが悪いとは言わない。これは僕の問題で、僕があの日に遭った最悪を避ける事ができればこんな事にはならなかっただけ。怒る必要なんてない。
冷静に考えれば、父さんは余計な一言を口にした。それが父さんが感情的になっている証拠だった。
沙雪さんは高校生であるが、何年生までとは両親は知らない筈だ。あの人は確かに口が軽いかも知れないけれど、僕との関係を恋人とは絶対に言わない。何なら、まだ先輩後輩という関係でしかないのだ。
何故決めつけられる?僕をあからさまに沙雪さんから引き離そうとしている。
父さんが感情的になる原因。それは意外にも僕は知っている。
会社だ。仕事の話はしない普段の父さんが唯一、僕達に明かした恨み言葉の籠った思い。数ヶ月前の夜中、父さんの怒鳴る声が聞こえ、目覚めた僕は酔い潰れた父さんの机にある書類をこっそり見たことがある。確か、父さんが契約にまで漕ぎつけたとある大企業の関係者の仲前が“里山さん”だった気がする。
里山沙雪。あの人は確かにそう名乗っていた。確証はないかも知れないが、それと関係があるのかも知れない。
でも連絡先はない。沙雪さんと連絡を取る手段は多分あの神社では出来ないだろう。外出は禁止され、夜遅くに抜け出せないように玄関も施錠されてしまえば動けない。
ただ、僕はもう1人の沙雪さんに出会える場所がある事を知っている。
図書室でその人を僕は待つ。昼休みに来る可能性は低いが、あの人が沙雪さんでなければまた来る筈だ。
期待はしたい。沙雪さんと会える手段がない今、学校内なら両親の目を盗んで密会出来る。
ただ、相手が沙雪さんではないのは分かっている。どういう意図で偽って僕に接しているのかも分からぬまま、見覚えのない女性と会う。
胸が痛み出す。緊張なのか恐怖なのか判別出来ない。あの痛みが襲うのが怖い。
まだ、僕はこの恐怖に抗えない。
「ケント君?どうしたの?」
聞き覚えのある声を聞いた途端、押し潰されそうな胸の痛みが消える。顔を上げ、彼女の方へ視線を向けた。
ウィッグはしている。以前会った彼女とは少し風貌が大人びていて、ウィッグの髪の長さもかなり短かった。でもその優しい声は彼女のモノとは違う温もりを感じた。
何と言えば良いのか分からない。僕の見ている現実は夢なのかと。そう思わずにはいられなかった。
ずっと待ち焦がれていた哀愁漂う表情に歪んでいるに違いない。もどかしい想いが、僕の直感が訴える。
「沙雪さん!」
「ふふっ。学校では初めてね、ケント君。やっと、ちゃんと会えた」
僕は此処が図書室でなければ抱き付いてしまっただろうが、理性で踏み留まる。そして、僕は沙雪さんの手を力いっぱい握る。
「良かった。また…知らない人かと……」
けど、想いは溢れる。沙雪さんに情けない表情を見せてしまう。それでもこの想いは押し殺せなかった。
好きなんだ。やっぱり、この人を考えてしまう僕が居る。
「ごめんねケント君。あの子は私の知人……いいえ、もっと身近で血縁のある人だったの。本当に狡賢い妹でごめんね」
僕は何となく察してはいた。会っていた彼女の正体が沙雪さんの妹と分かり、漸く腑に落ちた。
「やっぱそうなんですね。でも、如何して聞き出せたんですか?」
「昨日君と連絡交換出来なかったでしょ?君のお父さんとお母さん……とても怖かった」
「…あ、本当にすいません沙雪さん。やっぱり父さん達が沙雪さんの事を脅していたのですね?」
「聞いたの?」
「いいえ。何となくです」
詳しくは聞かなくとも、発言や表情から読み取れた。沙雪さんにはとても悪い思いをさせてしまった事を謝る。
「本当に御免なさい!僕のせいで沙雪さんに怖い思いをさせてしまって‼︎」
図書室であるのに全力で頭を下げた。沙雪さんはたじろぎ、口元を抑えて僕の行動を制止しようとする。
「お願い……せめて、人のいないところで、ね?私、あまり目立ちたくないの」
「あ、すみません。つい…」
「……あと、お願いがあるの。放課後、あなたの教室に行っていい?」
沙雪さんがポケットから取り出したものを僕の手に握らせ、そのまま図書室を出て行ってしまった。
沙雪さんは言葉では伝えないんだ。でも、そう言う潮らしい姿が可愛いと思ってしまう。毒されたと少し笑った。
渡された紙をゆっくり見て、僕の表情は一変して寒気に襲われる。
「え……?あいつ…誰なんだ⁉︎」
血で滲んだ様な文字。まるで呪術で俺を呪い殺さんという殺意の感じる書き殴った文字だった。
場所は書いていない。ただ、そこには僕への一言が添えられていた。
——私はお前を赦さない。
僕は恐怖の表情を引き攣って、その紙をぐしゃりと握り潰した。
結局は本物の沙雪さんには出会えなかった。あの後、僕に手紙を渡してきた彼女を探してみたが、何も手掛かりが掴めずに無駄に終わった。
「……はぁ」
「おい健人。なに溜息吐いてやがる?幸せ逃げちまうぞ?」
「郷太か…。悪いが、今日は幸せを逃しているから関係ねえよ」
僕の傍で肩を叩いてくる郷太。面白そうに揶揄ってくるから対応も雑になる。
しかし、今日はそんな雑な対応にも僕の心が表れてしまう。郷太が僕の変化に気付き、肩を揺らす。
「おい健人…。お前、何かあったか?」
「……アイツがこの学校に居るんだ」
「っ⁉︎まさか⁉︎いやお前!そいつはどっか他所へ行ったって…」
「違う。アイツは俺に今日接触してきたんだ。沙雪さんの姿をして俺に…接触してきたんだぁ…」
僕の声は驚く程に恐怖に震えていた。嘗て抱いたトラウマとも呼べる出来事を思い出した様に、得体の知れない恐怖と出会いたくない人に出会ってしまった恐怖に心が押し潰されそうだった。
1人では抱え切れない…。僕の心はそこまで砕かれかけていた。
「なぁ健人。俺はお前の手助けになれるか分からねえ。ありゃあ冗談かと思ったが、今はそんな悠長に出来ねえよな?」
「郷太?」
僕の腕を掴み持ち上げ、僕の顔が見える様に動かされる。郷太の表情を見て、僕は胸が締め付けられる。
本気で怒っている顔を見た。友達である僕の為に、普段は気遣いが難しそうなこいつが、僕の気持ちに寄り添う様に優しく、そして激しく怒ってくれた。
「お前をこんな目に遭わせたクソ野郎に一杯食わせてやる!健人、俺を頼れ!」
「郷太…!」
信頼出来る友達が居ると有難い。郷太は人想いで情に熱い奴だから、僕はこれ以上にない親友を友達に出来た事に誇りに思う。
僕は放課後、教室で待った。
郷太からは「俺も残るぜ!」と言われたが、俺の方から断っておいた。
心強いが僕は一度彼女と話さなくてはならない。
沙雪さんでもないその人物と。僕は恐怖で体が震えてしまう。
席で待って20分が過ぎた。異様に長い時間を待たされている様な焦りと不安が心身を疲弊させていく。待っているだけで精神が追い込まれていく様な錯覚に見舞われる。
僕は待った。手足に汗が滲み、首筋には寒さのせいか冷たい風が当たって気味が悪かった。
ガラッと教室の扉が開けられる。僕はガタッと椅子から立つのではという勢いで動揺してしまう。
来るっ…来た!アイツが来るんだ…
教室に入ってくる足音が冬の冷たい空気を圧するように軋む音がする。教室の独特な音が奇怪な音になる。軋む音とは違う、不気味な音を響かせる。
目があった。彼女の瞳は僕の知る蒼瞳だ。とても不気味に思えないほどに美しい瞳だった。
拐かされていると分かっていても、彼女の瞳には吸い込まれる様な魅了に警戒心が解けていく。
いや!惑わされるな。アイツなんだ。僕を陥れた初恋の——
扉をそっと閉め、僕が座る隣の席に無言で座る。
「………」
「………」
沈黙が過ぎる。
何を話しかければ良いのか。怒り、喜び、恐怖、悲痛、非情と過ぎるも、どれも意味としては成り立たない。感情任せになれば、彼女の逆鱗に触れてしまう恐れがあった。
恐怖が蝕む。心臓を鷲掴みにされた様な強迫に冷や汗が出ている。
でも、勇気を振り絞って何かを言わないと。そう思い、僕は震える口で声を発する。
「……あ、あの——」
「御免なさい」
声を被された様に彼女から何故か謝られた。
僕は呆気に取られ、そこからの言葉が出なかった。
「……え?いや、誰なんだ?あんたは」
彼女はこちらを見て、涙目で黒髪のウィッグを外す。外された拍子に晒される長い銀色の髪を見て、僕は目を見開いて尻餅を付いた。
綺麗に整えられた雪色にも近い染色。いや、地毛以上に着飾り気のない手の行き届いた長髪。美しい美顔に2つある蒼瞳はこちらに涙を浮かべながら見つめていた。
沙雪さんと同じ瞳。紛れもなく血縁を感じさせる既視感を彼女は発していた。
ウィッグが地面に落ちる。そして、彼女は自己紹介に踏み切る。
「ユキ姉ちゃんの妹の里山雪美。アンタに私達とデートをお願いしたい!」
「はぁあああっーーー⁉︎」
腹から出した声で1番出した瞬間だった。




