第31話 愚か者の最期
フェリクスの行方不明により裁判の事後処理が長引いているものの、とりあえず一段落したとして、バージェス家の屋敷に兄───セドリック・ルーヴェンがやって来た。
相変わらずの無表情でにこりとも笑わないが、心配してここまでやって来てくれたのだろう。
グレンは気を利かせてくれたのか席を外しており、応接間には私と兄しかいない。
「───大体の顛末は理解した。………お前をあのような家に嫁がせて悪かったな」
「いえ、兄様も親戚達からの突き上げがあり拒否権はなかったでしょう。結果的に離縁し、バージェス家へ嫁ぐことができたので問題ありません」
兄の謝罪に首を横に振る。
ルーヴェン子爵家は歴史が浅いものの、親類達はこぞって向上心があり───前世の言葉で言えば意識が高い。
そのためルーヴェン家を盛り立てるためならばとあらゆる手段を講じるのだが、その内の一つとして私とフェリクスの結婚があった。
あの結婚は何も兄だけの決定ではないため、彼からの謝罪は見当違いである。
すると兄はあっさりと「そうか」と切り替えた。
そしてそんな兄に私はずっと言いたかったことがある。
「ところで兄様、こちらのネックレスですが………」
バージェス辺境伯家に嫁ぐと決まった日、餞別として赤い魔鉱石のアクセサリーを受け取ったのだ。
お披露目の夜会において星辰投影機だけでなく、この土地に住む者の信仰する紅星のごとく、赤く瞬くこの魔鉱石のネックレスは大いに役立ってくれた。
「こちらのネックレスのおかげで、周辺領地に住まう貴族の方に受け入れられることができました。この土地の信仰である紅星から着想を得た品なんでしょう? 我がルーヴェン家でも同じ星を信仰しており、その共通点からお近づきになることができ………」
「いや、違うが」
「……………はい?」
表情は一切変わらないものの、どこか不思議そうにする兄にこちらも「ん?」と首を傾げる。
「確かに我がルーヴェン家とここらの土地に住む者は紅星信仰を持っており、共通しているが…………別にそれが理由でその装飾品を贈ったわけではない」
「…………ではこれは、何のために? まさか本当にただの餞別の品で……」
「そんなわけないだろう」
そんな私に兄は「まさか知らずにそれを受け取ったのか?」と呆れた様子で溜め息を吐く。
そして彼は気を取り直したように口を開いた。
「いいか? この赤い魔鉱石は───」
◇
バージェス辺境伯家及びノルヴァルデン領魔導具工房の開発した星辰投影機は、商業施設への提供だけでなく、教育現場や海路を利用する商人の間でも話題に上った。
そしてその目新しさと投影される星空の美しさから余興としても評判で、数カ月後に行われる王家主催の夜会にて献上し披露することになったのだ。
王家へ献上するのであれば通常の仕様では物足りないだろう。
星図の精密さは勿論のこと、余興として神話時代に作られた星座を動かしたり、流星群を降らせたりしてはどうかという案が持ち上がった。
そして現代日本では映像として投影したものを魔術の力で解決しなくてはならず、目下グレンと工房の職人達は改良を重ねている最中だ。
またグレンはそれと並行して領地運営を当然しなくてはならず、大変忙しい。
そのためグレンの仕事を私のできる範囲で肩代わりしていた。
(つ、つかれた………)
中庭に出て、ぐっと伸びをする。
魔導具協会と商人イゴールから投影機に対する質問の文の返事を返したり、周辺貴族から送られてきた手紙の返事等を一通り終え、気分転換に庭先に出る。
傍にはメイドのマーサが控えており、ガーデンテーブルの上でお茶の準備をしてくれていた。
「ひどくお疲れのようですね」
「ええ、でも王家主催の夜会を乗り越えれば落ち着くわ。それまで頑張らないと」
マーサの言葉にそう返す。
希望的な観測だが、これを乗り越えれば楽になる………と思いたい。
そして私の気持ちを察したのか、マーサは「お疲れ様です」と苦笑した。
(気分転換に外へ出たいとは思うけど、フェリクスが捕まっていないという懸念がある限り無理でしょうね)
そんなことをぼんやりと考えながら、マーサが紅茶の準備をしている間に植え込みの花を眺める。
するとその時、すぐそばの茂みからカサリと木の葉がこすれる音がした。
鳥だろうかと顔を上げる。
しかしそこには一人の人間がいつの間にか立っていた。
茂みの奥から現れた幽鬼のような男。
簡素なシャツとスラックスを纏い、草臥れたコートを羽織っている。
そして傷んだ金の髪は肩まで伸びており、そのせいで顔は隠され表情が分からない。
けれどその立ち姿に見覚えがあった。
まさか───
「フェリクス・オズモンド………?」
思わず声を出してしまえば、男の身体がぴくりと震える。
そして私に焦点を合わせると、彼は不自然に引き攣った笑みを浮かべた。
「あ、あああ、アルテシア………! ようやく、ようやく君に会えた………! ここまで来るのはすごく大変だったんだ。屋敷にある調度品を金に換えて、着の身着のまま逃げて、やっとノルヴァルデン領に辿り着いた。追手の憲兵に見つからないように逃げ回るのは、本当に骨が折れたよ」
ふらふらとした足取りでやって来ようとする男、いやフェリクスにぞっと背筋が凍る。
フェリクスが捕まっていないということで屋敷の周辺は護衛の兵士が巡回しているはずだ。そんな彼らの目を潜り抜けてここまでやって来たとは思えない。
その時、フェリクスの手に何かがあるのに気付く。
───血に濡れた短剣だった。
柄の部分には黒く濁った魔鉱石が埋め込まれ、その刃は血を滴らせながらも鈍く光っている。
この世界には魔術的なものがいくつもあって、その筆頭に魔鉱石や魔術式で動く魔導具が挙げられる。そしてそれと対になるように呪具も存在するのだ。
呪いによって効果や威力を増幅したそれらは殺傷能力が総じて高く───素人でも熟練の剣士が乗り移ったかのような、呪われた剣も存在する。
おそらくフェリクスの持つ短剣もその類の物だろう。
するとフェリクスは私の視線に気付いたのか、その短剣を掲げてみせた。
「ああ、これか? これが一番高かったんだ。有り金全部取られてしまった。だがコイツのおかげで動きやすくなったよ。外の兵士も楽に倒せた」
「まさか殺したんじゃ………!?」
「ん? ああ、まだ生きているんじゃないか。だが時間が経てば血を流しすぎて死ぬだろう。…………そうだ! 交渉しよう! 君は交渉が好きなんだろう? 兵士にトドメを刺さない代わりに君は俺と一緒に来るんだ!」
狂っている。
譫言のように話すフェリクスに後退る、が。あまりのことに体が硬直し、とっさに動くことができなかった。
すると隣に佇んでいたマーサがぐっと私の腕を引っ張った。
「相手にしてはなりません! お逃げください!!」
そしてそのままマーサが盾になろうとするのに冷や汗が流れた。
彼女はここに残ってフェリクスを止めようとしているのだ。
「マーサ! 貴女も来なさい!」
私は慌ててマーサの手を取り、彼女を引っ張って屋敷へ続くガラス戸を閉める。
そして震える手で鍵を閉めた瞬間、フェリクスは弾かれたように駆け出し、けたたましい音を立てながらガラス戸にぶつかった。
「お前がいれば全部うまくいくんだろう!? 俺と一緒に来い! アルテシア!」
「ッ!」
「お前が俺のもとに残っていれば、裁判に勝つことはできたし、憎きグレン・バージェスを辺境に追い立てることができた! お前がいれば俺はうまくいくはずなんだ!」
幽鬼のような恐ろしい形相で絶叫するフェリクスに血の気が引く。
確かに原作通り私がフェリクスのもとに残っていれば、裁判には勝てたかもしれないし、彼は身を滅ぼすことはなかったかもしれない。
一人の人間を破滅させることはなかったかもしれない。
けれどそれと引き換えに、今まで彼にされた数々の非道な行いに目を瞑って、誤魔化しながら生きていかなければならないのだ。
前世の記憶を思い出す前の私にはできても、目が覚めた今の私には決してできない。
するとフェリクスはだらんと手を下げ、ぼそりと吐き捨てた。
「……………俺のもとに来ないと言うのなら、外の兵士だけでなく、グレン・バージェスも殺そうか」
「は、」
「最初からアイツに復讐するために、この呪具を手に入れたんだ」
その言葉に絶句する。
フェリクスが恨んでいるのは私だと思っていた。
けれど実際はグレンが───
(そんなの───ッ!)
しかし次の瞬間、私の首にかけられている赤い魔鉱石のネックレスが強い光を放った。
同時に呪具の短剣が蒸発するかのように白い煙が上がり、フェリクスの手が焼け爛れる。
「ああああああッ!!!!」
そのまま彼は地面に倒れ伏し、悶え苦しんだ。
そんなフェリクスをガラス戸の向こうから眺め、ふと先日兄の言い放った言葉を思い出す。
───いいか? この赤い魔鉱石は呪いを跳ね返す力がある。お前はオズモンド家で酷い目に遭っただろう。
物理的な攻撃は証拠が残りやすく、訴えることは容易だが、魔術的な攻撃は証拠が出にくい。もしバージェス家で呪いでも受けたらこれを使って反撃しろ。
───もし反撃してバージェス家の者が訴えてきても、お守りのネックレスの魔鉱石が偶然発動したと言い逃れできるだろう。
───お前は今まで、俺が暗闇の中で光るだけの石を贈ったと思っていたのか?
呆れた様子で溜め息を吐く兄の顔が脳裏を過ぎる。
するとその時、中庭に人影が現れた。
「アルテシア! マーサ! 無事か!?」
「グレン!」
グレンの後ろから続々と兵士が集まってきて、倒れ伏すフェリクスを一斉に縛り上げる。
フェリクスが捕縛されたのを確認し、私とマーサはガラス戸を開けた。
「これは一体…………」
「魔導具工房からの帰りに、屋敷前に血だらけの兵士を見つけたんだ。早急に他の兵士達を集め、屋敷の周りを調べていたら男の叫び声が聞こえて………」
グレンの言葉に「そうだったのか」と納得する。
ノルヴァルデン領の兵士によって捕えられているフェリクスの顔は苦痛に歪み、手は火傷したように爛れていた。
「あの、これは兄から頂いた魔鉱石の力で………」
フェリクスの状況をグレンに説明しようとする。
けれどグレンは話を全て聞く前に、そのまま掬い上げるように私の身体を抱きしめた。
「グレン?」
「良かった………。本当に、君が無事で良かった」
力加減している様子もなく、ぐっと私に身体を寄せてくる。
ほんの少し身動ぎをし顔を上げてみれば、グレンはきゅっと眉を下げて心底安堵したような表情をしていた。
そんな彼の背に手を回す。
(…………良かった。この人がフェリクスに傷付けられなくて)
どっと安堵が押し寄せる。
恐怖によって硬直していた身体の力が、ゆっくりと抜けていく。
そして私はグレンに身を寄せた。
・
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あれからフェリクスは憲兵に引き渡された。
爵位が没収され平民となったフェリクスは、今後然るべき処罰を受け檻の中で過ごすこととなる。
しかし貴族である私に襲い掛かったのだ。
おそらく処刑は免れないだろう。
原作小説においてアルテシアを冷遇し、自分の犯した罪を清算することなくアルテシアの度量に甘えていた男は───この世界ではそれを許されることなく、破滅していった。
読んでいただき、ありがとうございました!
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