第20話 お披露目の夜会
後半、第三者の視点となります。
結婚式を執り行わない代わりに、周辺貴族達に向けて夜会が開かれることとなった。
バージェス辺境伯家の分家や親戚筋、また近隣領地の領主一族にノルヴァルデン領に仕える者。そんな彼らの名前や身分はもちろん、このバージェス家とどのような繋がりを持っているか事前に頭に叩き込まなければならない。
またバージェス辺境伯夫人の初仕事として夜会を成功させるべく、屋敷の内装や楽団の手配、それから食事の趣向等、家令のヤコフに助言をもらいながら一通り取り仕切った。
「新しく来た夫人がどんな人間か、今回の夜会で見定められるでしょうね」
夜会の準備をする最中、ヤコフにそう声をかければ、彼は「そうでしょうな」と正直に答える。
屋敷で執り行われる催しの企画や準備はその家の妻の役目だ。フェリクスの妻だった時はそういったことはやらせてもらえなかったが今回は違う。
するとその時、ヤコフがぽつりとこぼした。
「…………今回の夜会ではこの土地に先祖代々住まわれる貴族が多くいらっしゃいます。もしかしたら、気に病まれることがあるかもしれません」
そんな彼の言葉に「そりゃそうだよな」と思う。
対外的に私は一度結婚に失敗した貴族の女だ。歴史ある土地にそういった経歴を持つ女が嫁ぐのは色々と思うところはあるだろうし、またその分厳しく評価されるだろう。
(まあ、腹を括るしかないわよね)
そうこうしている内に、あっという間に夜会当日となっていた。
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バージェス辺境伯家の屋敷、そのホール会場にて。
総勢20名程の近隣領地の一族らが一堂に会し、私はグレンにエスコートされながら順に挨拶していた。
ノルヴァルデン領周辺の土地柄の文化として、男性は黒い毛皮の装飾品、女性は寒色系の色の濃いドレスを纏うのが通例らしい。
私もそれに倣って濃紺のドレスで参加しているのだが、やはり招待客の視線はこちらを見定めてやろうという色を帯びていた。
「───都会からいらっしゃったご婦人はやはり洗練されていますね。この過酷な土地はさぞ厳しいでしょう」
「寒さが染み入りますが、空気の澄んだ素晴らしい土地だと思いますわ。夜空にはっきりと見える赤星も美しく、このバージェス辺境伯家に迎え入れていただき幸運だったかと」
「まあ、ここを気に入ってくださったようで良かったわ」
周辺領地の貴夫人がふくふくと笑みを浮かべながら言うのに対し、私も当たり障りのない返事を返す。
表だって嫌味を言ってこないあたり、敵意はないのだろう。けれど私がいざボロを出した時、それがグレンに対する評価にも繋がるため気は抜けない。
そして今回の夜会で分かったことが一つあった。
それはというと………
(………………グレンって、やっぱり綺麗な顔をしているわよね)
ぼさぼさな黒髪とうっすらと見える目元の隈のせいで、普段の彼からは野暮ったい印象を受ける。しかし今回「せっかくなのだから」と夜会用に髪を丁寧に撫でつけ、軽く化粧で隈を隠してみたのだ。
するとどうだろう。
少し影のある美丈夫が出てきたわけである。
(学園にいた頃はバージェス辺境伯家の悪評とか対立するフェリクスの存在とかで、あまり騒がれてはいなかったけど………)
原作小説の悪役としてフェリクスの華やかさに隠れがちだったが、高い上背に引き締まった体躯がよく目立つ。あまり表立ってモテることはないけれど、一部の界隈でものすごく人気がありそうなタイプだ。
(招待客もグレンの顔を見て、少しだけびっくりするのよね)
「? どうした?」
「いえ、今日のお姿も素敵ですよ。お召し物もよくお似合いです」
挨拶の間に、グレンが不思議そうな顔をして尋ねてくる。
そんな彼に正直に答えてみせれば、グレンはきょとんとした後苦笑した。
「俺がめかし込んだところで、いつもと変わらないだろう。変なことを言うんだな」
(ん?)
しかしそんな自己肯定感の低い言葉にこっちがギョッとしてしまう。もしかしたら学生時代フェリクスに負けすぎて、自身に対する客観的な評価を下せなくなってしまったのだろうか。
(いや、それよりもっと根が深そうな………)
周囲をさりげなく見渡す。
私だけでない、グレンにまで注がれるその妙に舐め腐った視線に対して、ふと彼の背景とバージェス辺境伯家への悪評を思い出した。
するとその時、ホールの隅で一人の令嬢がじっと私を睨みつけているのに気付く。
(あれは確か、バージェス家の遠縁の………)
何だか嫌な予感がした。
その令嬢の瞳が嫉妬するプリシラの瞳に似ていたからだ。
そんな新たな火種になりそうな存在に、私はどうしたものかと思案した。
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自分だけがグレンの良さを分かっていると思っていた。
グレンの亡父はその融通の利かなさで周囲との対立が多い領主だった。そんな男に育てられたグレン自身も真面目一辺倒で内向的な青年に成長したのだ。
そのため成績優秀者のみが入れる王都の学園に入学した際には相当苦労したと聞いていたし、成人してこのノルヴァルデン領を継いだ後も、その評判の悪さから嫁取りに苦戦しているようだった。
だからこのイレーネ・ブレアウッドはグレン・バージェスの遠縁であり、年齢の近い異性ということで、こう言われてきたのだ。
───将来グレン様に奥様がいらっしゃらなかったら、貴女がバージェス辺境伯夫人になるかもしれないわね、と。
私は元々社交的な性格で、陰気なグレンのことを遠目から見ていつも頼りなく思っていたのだ。
もっと前髪を上げて、背筋を伸ばしたら素敵なのに。
きっと私だけが彼の良さを知っていて、将来は頼りないグレンを支えていくんだろうなと。
───全く、グレンってば本当に頼りないわね。私が代わりにサポートしてあげるんだから!
幼い頃、彼にはっきりとそう言ってしまったのだが、グレンはきょとんとするだけで何の反論もしてこなかった。
それを見て、本気で私が彼を何とかしなきゃと思ったものである。そしてそうなるに足りうる存在だと自負していた。
なのにその女は何だろう。
そんな都会から呼び寄せた顔だけの、しかも初婚じゃない年増の女なんて絶対に役に立たないでしょう。ちょっとからかっても何も言い返せなさそうじゃないか。
(噂によると………メイドに紅茶を被せられても怒らなかったんだっけ?)
なんて甘えたな。そんな柔な精神じゃこの過酷な北の大地でやっていけないだろう。
するとその時グレンが他の招待客に呼ばれて、女───アルテシアの側を離れた。
会場の柱の隅に佇む彼女のもとへ、そろりと近寄る。
「ご機嫌よう、アルテシア様」
そう声をかければ、アルテシアは驚いたように目を丸くした。そしてそれを誤魔化すように遠慮がちな笑みを浮かべて会釈してくる。
一度結婚に失敗した女。
どうせここでもやっていけなくて、すぐに生家の暖かい土地へ帰っていくだろう。
皆口にせずとも理解しているし、そういった予感を感じさせる女に苛立ちが湧く。
そしてアルテシアの隣に佇み、そっと囁いた。
「───都会育ちのお姫様にこの北方の領地の暮らしはさぞ骨が折れることでしょうね。どうか、ご経歴に新しい傷が増えないことを祈っておりますわ」
くすくすと笑みが溢れてしまう。
こんなあからさまに言われたら、流石に歓迎されていないと分かるでしょう。
この場を荒らさず黙って耐えるか、年不相応に真っ赤になって怒るかもしれない。どちらに転んでもアルテシアの評判は下がる一方だ。
しかしそんな私に向けて、アルテシアはごくごく自然な顔をして言い放った。
「何がそんなに面白いのかしら」
───あれ?
見れば先程の気の弱そうな婦人はいない。
口元に僅かに笑みを携えた、得体の知れない雰囲気を放つ女がそこにいた。
そしてアルテシアが口を開く。
「今、貴女が言ったことを一語一句間違えることなく、もう一度言ってごらんなさい」
声量を出していないにも関わらず、アルテシアの声が会場に響き渡る。
女はキロリと蛇のようにこちらを見つめていた。
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