第19話 ここに来て良かったと思えたら
バージェス辺境伯家へ嫁いでから、およそ半月が経った。
ここでの生活はオズモンド家と比べるのも烏滸がましい程違った。
まず使用人達が普通に接してくれる。無視はされないし、私に聞こえるよう陰口だって言ってこない(もちろん裏で色々言っているかもしれないが、それはもう仕方がない)
話しかければ答えてくれる上に、最近だと世間話までしてくれるようになったのだ。
ルーヴェン家のメイド達とも仲は悪くなかったが、彼女達は私が産まれた頃からずっと仕えてくれるベテランでほとんど身内のようなものだ。
だから余所者の私を、こうして迎え入れてくれることに対して何だか落ち着かない。
ちなみにあれからメイドの少女クロエは細々と働いてくれている。
もしかしたら老齢のメイドに脅されて、というのは嘘で彼女自身も私を害そうとする企みがあるのではという懸念もあったが………
(そういう感じでもなさそうなのよね)
マーサや他のメイドともに働く姿は至って真面目で、私に対して何かしようとする様子はない。むしろ紅茶を被せてしまったことに申し訳なく思っているのか、小さな体で一生懸命働いているのが分かった。
「───奥様、おはようございます。朝食の準備が出来ておりますが、先に身支度を整えますか? 今朝は寒いので、必要でしたらお湯も準備いたします」
「おはよう、マーサ。お風呂は大丈夫よ。でも時間があるなら身支度を先に済ますわ」
朝起きると既にマーサが私室の扉の前に待機してくれており、物音で私が起きたことに気付くと中へ入って来た。
そしてマーサが鏡台の椅子に座る私のもとへやって来て、髪を梳かし出す。
赤茶色の明るい髪色を一つにまとめ、人好きする笑みを浮かべるマーサはこの屋敷でも慕われている。私も彼女の仕事ぶりや醸し出す雰囲気に好感を抱いていた。
(至れり尽くせりだなあ…………)
甲斐甲斐しいマーサの仕事っぷりもそうだが、グレンから与えられたこの私室もとても良かった。
ゆったりとした広さの部屋で、大きな窓からは柔らかな日の光が差し込み、室内を明るく照らしている。
冬に使われるだろう暖炉の他に簡易キッチンや浴室も備えられ、不自由はなさそうだ。それにクローゼットには、バージェス辺境伯夫人へと誂えられたドレスがいくつも掛けられている。
(フェリクスの時は交渉しなかったら手に入らなかったんだけどな)
何もしなくとも用意された快適すぎる数々に、オズモンド家のあれは一体何だったんだと微妙な気持ちになった。
「奥様、今日の御予定ですが朝食後はノルヴァルデン領内にある魔導具工房の視察がございます。午後からは旦那様が相談したいことがあると。後ほど執事のヤコフが改めて話されますので、その時に詳細が説明されます」
「ええ、分かったわ。ありがとう」
マーサがはきはきと言うのに対し、頷く。
(魔導具工房の視察か)
オズモンド家にいた頃はなかったそれに、少しばかり緊張した。
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魔導具工房への視察にはマーサと、荷物持ちにクロエが付いてくることになった。
このノルヴァルデン領では魔導具の生産も盛んだそうで、先住民である『北の民』の人達も職人として多く在籍している。
魔導具工房にて。
そんな職人達のいる工房へ顔合わせの視察に向かえば、彼らは何故か嬉しそうに顔を綻ばせ、口々に「ありがとう」と私に礼を言ってきた。
「いやあ、本当にアルテシア様のような方が来てくださって良かったです! 旦那様はいい御方なんですが、信憑性の無い悪評が蔓延っているせいで中々お嫁さんを迎えることができなかったんですよ」
「はあ」
「それがこんなお美しい方を迎え入れるなんて! そういや結婚式は挙げられないんですか?」
「え、ええ。式は挙げないつもりで………」
「ちょっとアンタ達! そんなプライベートなことを奥様に軽々しく聞くんじゃないよ!」
予想外の歓迎モードに反対に私が戸惑ってしまう。
お付きのマーサが工房の職人達に一喝すると、皆ハッとした様子で「失礼しました」と謝るものだから、それに慌てて首を振った。
フェリクスの領地では領民達と顔合わせすることすら許されず、彼らが何を思っていたのかも知らないまま去ってしまったため新鮮である。
(それにありがたいのは私の方なんだが………)
一度結婚に失敗して、この世界の貴族の女として25歳は決して若くない。
(にしても、どうしてこんなに親切にしてくれるんだろう。嫁取りがうまくいかないバージェス家に嫁いだだけで、こんな風に優しくしてもらえるとは思えないわ)
するとその時、年老いた一人の老父がクロエに声をかけているのに気付いた。ふわふわの白髪に、少し赤みがかった肌の色。おそらく北の民であろう。
「クロエ、仕事はきちんとやれてるか?」
「はい。とても良くしてもらっています」
「そうか。良かったなあ」
その光景が何だか異様に気になってしまった。
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「───クロエは元々孤児だったんですよ」
「え?」
工房の職人達から結婚祝いと称して、大量の酒を頂いた(この土地の風習として、祝い事にはお酒が好まれるらしい)
それをそのまま持って帰ることはできないため、クロエが代表して近くの農家からロバを借りに行ってくれている。
そしてそんな彼女を待っている間、メイドのマーサが小さな声で私に教えてくれた。
「クロエの両親はこのノルヴァルデン領に住む腕の良い医師でして、この町の皆はもちろん、更に上に住む北の民のところにも行って怪我や病気を診ていたんですよ」
「そう………」
「ですがあの子がまだ5歳の頃、魔物によって殺されてしまったんです。それからクロエはここに住む皆で育てたようなものでしてね。さっきみたいに声をかける者も少なくないんです」
そんなマーサの言葉に腑に落ちる。
なるほど、だからあの老父はクロエを気に掛けていたのか。
それからマーサはぽつりとこぼした。
「………………だから皆、奥様にも感謝しているんですよ」
「私?」
「ええ。だって私達が何かするたびに『どうしてこんなに優しいんだろう』みたいな顔してお礼を言ってくれるじゃないですか。私達、特に大したこともしてないのに」
そう言ってくすくすと笑うマーサに「ばれていたのか」と居心地が悪くなる。
そして彼女はそのまま続けた。
「聞きましたよ。旦那様によるクロエの解雇処分を止めてくださったんですよね? 貴族相手に無礼なことをしたんだから辞めさせられても文句は言えない。ですが奥様はそれを受け止めた上で、クロエの解雇を取り下げてくださった」
「それは………」
「その話を聞いた時、私含めて皆びっくりしましたよ。これはまた随分と優しい御方が来たもんだって。…………私達使用人も人ですからね。どんな御方でも付き従うのが仕事ですが、出来るなら自分達を雑に扱わない御方に尽くしたいと思います」
マーサが苦笑し、肩をすくめる。
「だから皆で育てたクロエを助けようとした奥様には感謝しています。使用人達もそんな貴女を支えるべき相手だと理解したんです」
するとその時、彼女は私に向かって身体を向けた。
そしてそのまま、恭しく頭を垂れる。
「───奥様、この度のメイドの不始末はメイド長たる私の管理が至らなかったために起こったことです。奥様を害そうとしたメイドや脅迫に屈してしまったクロエの管理不行き届きにより、ルーヴェン子爵家から賜ったドレスを駄目にしてしまいました。いかなる責任も取るつもりです」
「…………………例えば?」
「すでにヤコフには退職届を出しております」
自分の解雇をもって責任を取るつもりか。
正直言って、マーサの対応も分からなくはない。
いくら私が慈悲深い対応を取ったとはいえ、貴族なんて気分一つで何を起こすか分からない。クロエを解雇させなかったものの、私が今後紅茶の件を蒸し返して嫌がらせを行う可能性だってあるのだ。
その上でメイド長たるマーサのクビを切れば、それを盾にクロエへの嫌がらせへの抑止となる。
けれど………
「…………貴女がそうやってクロエの代わりに責任を取ろうとするのは、クロエの亡くなったご両親がこの土地に住む者にとって恩義のある人物だから?」
「いえ、どのメイドであろうとも私の下につく人間であれば責任を取るつもりです」
しっかりとそう話す彼女への印象が更に良くなる。
そして、そんなマーサに私は口を開いた。
「そこまでしなくても良いわ。すでにクロエには減給処分を下しているから、この話はもう決着がついているの。私からヤコフに貴女の退職を取り消すよう話します」
「ですが………」
「……───バージェス辺境伯家に誓って、私が今回のことを蒸し返し、使用人を不当に扱う真似はしないと誓いましょう」
マーサからは打算のようなものを感じられない。
もちろんクロエを守るという意図は少なからずあるだろうが、彼女のその責任感によって自分の身を切るような行いをしているとも窺えた。
そういった人間を辞めさせるのは悪手だろう。
するとマーサは目を見開いた。
そして彼女はしばらく黙り込んだ後、ふふっと笑みをこぼす。
「貴女は………」
「マーサ、これからもしっかりと働いてもらうわよ」
「ええ、もちろんです」
暗い空気が一掃されて胸を撫で下ろす。
そう言えば生家以外の使用人とこうして笑い合うのは初めてだった。
(良かった)
(いつか、ここに来て良かったと思えるようになりたいな)
するとその時、前方から自分の身体よりも大きなロバとクロエがやって来る。
一生懸命ロバを引き連れ、時折ロバに頭の匂いを嗅がれているクロエはカチコチに固まっていた。
そんな少女に私もマーサも思わず噴き出してしまう。
そしてクロエを助けに私達は足を進めた。
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領地への視察が終わり、屋敷に戻るとグレンに呼ばれた。
グレンの待つ書斎へ向かえば、彼はすぐに本題に入る。
「……………夜会、ですか?」
「ああ、俺達は結婚式は挙げないだろう? その代わりに近隣領地の貴族やノルヴァルデン領に仕える者に向けて夜会を開こうと思っている」
グレンが言うに、新たなバージェス辺境伯夫人の紹介として舞踏会とまではいかないが───ちょっとした社交パーティーを開く算段らしい。
これに関して、反対することは特にない。
「ええ、畏まりました」
そう頷けば、グレンが私の様子にほっと安堵した。
(…………カリオストロ伯爵夫人の舞踏会でグレンと再会した時、こういった催しは苦手だと言っていたわよね)
王国最北端という土地柄どうしても引き篭もりがちになり、そういった華やかな場を主催したりするというのもどうにも苦手そうであった。
私もあまり社交的な性格ではないが、おそらくバージェス辺境伯夫人の初仕事として夜会の準備からやらねばならないだろう。
そしてその時、ふと思った。
(フェリクスの魔導具の設計書はいつ渡そうかしら)
バージェス辺境伯家に嫁いでから半月程経ったが、未だに設計書のコピーを彼に渡すことは出来ていなかった。
(裁判が始まってから渡す? でもそれだと遅すぎるか。もしその裁判が原作小説通りグレンによる言いがかりで、フェリクスに何の落ち度も無ければ敗訴は確実だろうし………)
裁判が行われる前に一度グレンに胸の内を確認した方が良いかもしれない。
フェリクスに非がある上で裁判に臨もうとしていることが分かったタイミングで、設計書のコピーを渡すべきだろう。
「? どうした?」
「いえ、何でも」
そう言って首を横に振る。
今はとにかくお披露目の夜会について考えなければならない。
改めてそう気を引き締めた。
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