第14話 今更愛すると言われましても
その後、プリシラの担当医の男は警察の取り調べによって、違法な毒物の売買と偽造診断書の作成の罪によって逮捕された。
そしてその偽装診断書の作成を依頼していた者の中にプリシラがいることも露呈したのだ。
彼女がこれまで内々に担当医に金品を渡し偽装診断書を用意させ、親をも騙して、体が弱いふりをしていたことが社交界で明らかになった。
また当の本人であるプリシラはオズモンド伯爵夫人アルテシア・オズモンドに、致死性はないとはいえ毒物(それも生殖機能に影響を及ぼす)を飲ませようとしたとして、警察ではなく城の憲兵によって捕らえられることとなる。
生家であるノートン子爵家は今回の事件に全く関与していないと証言したものの、オズモンド伯爵家はともかく生家ルーヴェン子爵家の怒りにふれ、多額の賠償金を支払うこと、またプリシラ・ノートンの処分(大方修道院送りだろう)によって決着は着いた。
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前世の記憶を思い出す前の私は生家ルーヴェン家に対して、オズモンド家での冷遇を一度も口にしたことはなかった。
それを口にしてしまえば離縁させられると思い「フェリクス様にはよくしてもらっている」といつも誤魔化していたのだ。
しかもフェリクスがパーティーでプリシラのエスコートを正当化するために、アルテシアがいかに悪妻であるかという悪評を流していたこともあり、生家ルーヴェン家はフェリクスに対して「うちの我儘娘が申し訳ない」というスタンスであった。
───ただし、それは今日までである。
「───今回行われたプリシラ様の事件により、我が生家ルーヴェン家から事の顛末とオズモンド家での生活について詳らかにするよう求められましたので、正直にお話しいたしました。
………その結果、やはり離縁が望ましいかと。オズモンド伯爵家への援助を打ち切り、ノートン子爵家及びオズモンド伯爵家から一切の干渉を受け付けないという結論に達したそうです」
プリシラの事件から数日後。
オズモンド家の屋敷の応接間にて、目の前に座り込むフェリクスに私はルーヴェン家で話し合われた内容とその沙汰を告げる。
プリシラがあの事件を起こしたことによって、私の中で離縁が確定したのだ。
そのためこれを機に今まで私がオズモンド家でどんな扱いを受けてきたのか。生家ルーヴェン子爵家の現当主である実兄、そしてすでに隠居している両親や親戚筋にまで話した。
私がこの5年間、隙間風のふく物置小屋のような部屋で過ごしていたこと。
屋敷のメイド達から虐められ、私物を盗まれてきたこと。
夫であるフェリクスが愛人である幼馴染のプリシラを社交パーティーでエスコートし、故意に妻である私の悪評を流したこと。
ルーヴェン家からの援助の一部がプリシラのドレス代に消えたこと。
そういった内容を一つずつ丁寧に説明し、果てに愛人のプリシラに毒を飲まされそうになったところで───隠居したはずの父が壁に飾られている剣を振りかざし「フェリクスを殺すか」と言ったのには大分焦ったものだ。
また前世の記憶を思い出してから今日まで。領地の浄化以外で、フェリクスがどれだけ援助金を好き放題使っていたかという内訳のリストを作成していたのだ。
ルーヴェン家現当主、私の実兄であるセドリック・ルーヴェンがその書類に目を通した時、これでもかと眉間に皺を寄せたのは言うまでもない。
───なるほど。これだけの額を私欲のために使っていたのか。
過去5年を遡り、詳細に記憶しているもののみをリストとしてまとめたものだから作成に随分時間がかかってしまった上に、実際にこれが役に立つかは分からない。
けれど、兄のことだからうまく使ってくれるだろう。
そういった経緯もあり、生家直々に離縁するよう求められたわけである。
「…………というわけで、フェリクス様。今までお世話になりました。今後もし何かあった場合は我が家の専属の弁護士を通してお申し付けください。それでは私は外にルーヴェン家の馬車を待たせているので、これにて失礼いたしますね」
正直兄夫婦のいる生家へ身を寄せるのは、兄の奥さんに気を遣わせてしまうだろうから申し訳ない。
けれどもしかしたら妻に先立たれた貴族の後妻として、運が良ければ再婚できるかもしれないし、それが難しいのなら働きに出て生家の屋敷を後にするつもりだった。
(セドリック兄様の奥さん、マーガレット様は「いくらでも居て良い」って言ってくれるけど………)
もし私がマーガレット様の立場ならめちゃくちゃ気を遣う。それを思うといつまでも生家に身を寄せるのは、自分の心情として耐えられそうにないのだ。
するとこれまで怖いくらいに静かだったフェリクスがぽつりとこぼした。
「………………本当に、俺と離縁するつもりなのか?」
「ええ、ルーヴェン家で決まったことですから」
「俺が、お前のことを愛していると言ってもか………?」
そんなフェリクスの言葉に目を丸くする。
一体この人は何を言い出すのだろう。
そしてフェリクスは縋るように私を見つめ、堰を切ったように口を開いた。
「君の話を聞く限り、ルーヴェン子爵家からは離縁を勧められているだけだろう? 君の意思次第で離縁の決定は覆すことが出来るんじゃないか?」
それは、その通りである。
生家ルーヴェン家では、あくまで被害者である私の意思を尊重すると言ってくれた。
私が離縁しないと言えば、援助額の大幅な減額とルーヴェン家から監視を残すことに決まっている。
しかし、私の意思は離縁一択だ。
そんな私にフェリクスは続ける。
「今まで俺はプリシラによって騙され続けていた。彼女に操られ、何の罪もないアルテシアを追い詰めてしまった。この件について、君に改めて謝罪したい」
そしてフェリクスは真剣な表情で告げる。
「あんな地獄の中でいても、アルテシアはこの5年間俺を愛してくれていただろう。もう君にその気持ちはないかもしれないが、今度は俺が応えたい。君がそうしてくれたように、俺がアルテシアを愛したいんだ」
「………………」
「もう一度、夫婦としてやり直さないか」
その言葉を、私はよく知っていた。
小説の終盤、プリシラの病弱設定が偽りだと判明し、アルテシアへの想いに自覚したフェリクスが彼女に対して告げる言葉だ。
小説のアルテシアはようやく想いが報われたことに感激し、涙を流しながらフェリクスの愛を受け止める。
そして第一部の物語はハッピーエンドで終わるのだ。
「…………フェリクス様」
「それに君も一度は離縁を撤回してくれたじゃないか。君を甚振るメイドもいない、豪奢な部屋へ移動した、プリシラも消えた───そして俺は君を愛すると決めた。あの時よりもずっと今の環境の方が良いと思うが」
その瞬間、途方もないくらいの虚無感に襲われた。
この人はまだ自分が差し向ける愛に、それ程までの価値があると思っているだろうか。
前世を思い出す前の私はこの人のどこを愛していたのか、心から疑問に思ってしまった。
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