01. 美、降臨。
世界は、いつだって醜さで満ちている。
暴力、怠惰、無関心――人間が積み上げてきた“汚れ”は、朝の光すら曇らせる。
だが、その曇りを切り裂く存在が一人だけいる。
鳴紫恋。
自らの美を絶対と信じ、その美学をもって世界の乱れを正す。
この物語は、屋上から舞い降りる絶対美の執行者が、
世界という小さな箱庭で美学を突き通す物語。
朝の光は、まるで俺を照らすためだけに存在しているかのようだった。
スマホの画面を鏡代わりに覗き込み、前髪の角度を微調整する。完璧。今日の俺も世界基準で美しい。
ここは旧校舎の屋上。三階建てで高さはないが、校門と通学路がよく見える。
俺は毎朝ここで“治安維持”をしている。もちろん有志だ。いや、勇志か。美しいこの俺、鳴紫恋が見守ることで、この学校の朝は保たれるのだ。
そんな俺の優雅な時間を、耳障りな声が遮った。
「おーい、ちょっと待てって。そんな急ぐなよ、可愛い子ちゃん」
どうやら校門の少し手前、三人組の不良が一人の女の子を囲んでいるようだった。
女の子は小柄で、肩までの黒髪が乱れ、片方のリボンがほどけている。
手から落ちた教科書がアスファルトに散らばり、ページが風にめくられていた。
不良の一人が彼女の腕を強く掴み、もう一人は彼女のカバンを足で踏みつけている。
三人目はにやつきながら、彼女の顔を覗き込んだ。
「朝からこんな可愛い子に会えるとか運命じゃね? ちょっと遊ぼうぜ」
「いいじゃん、話すだけ。な? 怖くねぇって」
「ほら、笑ってみ? その方が絶対可愛いって」
女の子は必死に腕を引こうとするが、力が入らない。
「や、やめてください……返してください……」
震える声はかすれて、ほとんど聞こえない。
「返してほしいならさぁ、ちゃんとお願いしてみろよ」
「なぁ、どこ行くかはお前の態度次第なんだよ。わかる?」
……景観が悪い。
俺は小さくため息をついた。
周囲の生徒たちは、ちらりと視線を向けるだけで足を速める。
誰も助けようとはしない。
まぁ、それが当たり前だし、それが正しい。――普通の人間ならな。
「……だっせぇ」
思わず、呟きが漏れた。
俺はため息をつき、フェンスにもたれながら声を張り上げた。
「おい、そこの安っぽいドラマ三人組。俺の視界で何してんだよ」
その一言で、校門前の空気がピタリと止まった。
不良たちの肩が同時に跳ねる。
「……は?」
「誰だよ今の」
「上……?」
三人がゆっくりと顔を上げ、屋上に立つ俺を見つける。
驚きと苛立ちが混ざった、濁った視線が一斉に向けられた。
「……は? なんだあいつ、屋上から叫んでんの?」
「お前、朝から暇すぎだろ。鳥かよ」
「てか、なんでそんなとこにいんだよ。学校の見張り番でもやってんの?」
三人はまだ余裕の笑みを浮かべている。
完全に“面白いオモチャを見つけた”という顔だ。
俺はゆっくりと前髪を整えた。
「美しい俺の朝を汚すなって言ってるんだ。理解できるか?」
一瞬、三人の表情が固まる。
“理解不能”という顔が、実に滑稽だ。
「……は? 美しい? 自分で言っちゃうタイプ?」
「やべぇ、こいつ本物だわ。キャラ濃すぎ」
「おい、動画撮っとく? ネタになるぞこれ」
リーダー格が舌打ちしながら前に出る。
「降りてこいよ。ぶっ飛ばしてやるからよ」
俺は肩をすくめた。
「オーケー。どうせ降りるつもりだったし……ほら、朝のストレッチも兼ねてな」
不良たちが「は?」と眉をひそめる中、
俺はフェンスに片手をかけ、軽く体を預けた。
次の瞬間、三階の高さから――まるで重力を無視するように――
ひらり、と風に乗るように飛び降りた。
着地の音は驚くほど静かだった。
アスファルトに触れた足元から、ほんのわずかに砂埃が舞うだけ。
「……は?」
「今、飛んだ……よな?」
「え、普通死ぬだろあれ……」
不良たちの余裕が一瞬だけ揺らぐ。
その隙に、女の子の怯えた瞳がこちらを捉えた。
「……た、助け……て……」
かすれた声が、風に溶けるように届く。
必死に絞り出したその一言は、俺の足を止めるには十分だった。
だが、不良たちは鼻で笑った。
「は? 助け? 大げさだろ」
「遊んでるだけだって。ちょっと話そうって言っただけじゃん」
「そうそう、ビビりすぎなんだよ。なぁ?」
女の子は首を横に振り、涙をこらえるように唇を噛んでいる。
その姿が、俺の胸の奥にある“美学”を静かに刺激した。
俺はゆっくりと視線を不良たちへ向ける。
「……なるほど。君たちは“遊び”のつもりか」
ポケットに手を突っ込みながら一歩、また一歩と近づきながら、口元に笑みを浮かべた。
「なら――俺の美学に反する遊びは、排除しないとな」
拝読してくれたあなたは最高のヒーローです。




