30 階層ボス戦終了と俺
転移魔法陣は使えない。
アダムさん達のパーティが奮戦してくれてるみたいだけど、きびしいらしい。
「最初にいた階層ボスのサイズより、かなり小さくなってる。アースドラゴンくらいの大きさだ。だがそれでも、挑発が使えねえとなると、アダムが大技を決められないんだ」
ジャクリーヌさんが盾で受け止めるにしても限度がある。クララさんも魔法で援護してるらしいけど、どうしても防戦に徹することになっちゃうんだって。それでも持ち堪えてるのは、上級者パーティだからこそ。
「いつか倒してくれるだろうが、そのいつかまで、他のパーティ連中が生き残れるかはわからないな」
何人か怪我をしてる人たちを救出した結果、そんな話をされた。
そんな、どうしよう。
回復魔法を掛けていたリオが、眉間に皺を寄せている。
「それなら、決定的な隙ができれば、アダムさんたちが倒してくれるんですよね」
「それはそうだが、どうする。五匹の攻撃は他のパーティ連中にも向けられてて、ほぼ同時に挑発させることなんて不可能だぞ」
「広範囲魔法を撃てば、こっちにくるでしょう。アモニュスの洋燈は灯りをつけている状態で攻撃すると、勝手に消えてしまいます。魔物除けの効果は切れるでしょう」
「それで引きつけられたとして、倒せなかったらどうするんだ。完全に潰されて終わりだぞ」
「…………リオ、撃ちもらしは俺がやる」
「うん、ルカ。よろしく」
リオが俺の手を取った。何をする気なんだろう。
「ロータ、もしもの時は、一緒に死んでください」
あんまりな笑顔でいうのものだから。
「うん、いいよ」
思わず頷いちゃった。
「というわけで、『火焔殺の魔導書』の専用魔法を撃とうと思います」
確かそういうのあったね。でもその魔法、リオだと魔力が足りなくて撃てないんじゃなかったっけ。
「魔力増幅薬というものがありましてね。前回の地図作りの探索の時に、提供されたアイテムに入ってました」
そういえばメルコールさん達から、回復薬と魔力回復薬、それから増幅薬を一人一本ずつもらった。使わないから、アモニュスに預けておいたけど。
「三本全部飲めば、専用魔法を撃つくらいの魔力まで跳ね上がるので」
「リオが魔法を撃つ準備をしている間集中すれば、強い攻撃ができる。見て覚えた、大丈夫できる」
見て覚えたんだ。なんか本当にできそうな気がするよ。
「おい、ちょっと待て」
怪我して動けなくなってた人たちが、集まってきた。
「おい、魔力増幅薬があれば、どでかい魔法をぶっ放せるんだってな」
「は、はい、そうです」
「ならこれを使え」
大量の魔力増幅薬だ。
「冒険者ってのは備えが大事なんだ。金は取らない、使っていいぞ」
怪我をして動けなくなった人たち曰く。このままじゃ終われないとのこと。ただ階層ボスの暴れっぷりを見ると、戦線に復帰してもすぐに倒されて終わってしまうのが目に見えているとか。
「死ぬより、あの野郎を倒せる可能性に賭けるのが、冒険者ってやつだ」
「ありがとうございます」
というわけで、リオは魔力増幅薬をがぶ飲みし始めた。途中むせてたけど、背中をさすってあげたら、半泣きで飲んでる。魔法撃つ前に倒れそうだけど、頑張って。
「おい、身体能力強化の魔法をありったけ掛けてやるんだ」
「付与魔法の重ねがけだ!」
ルカの方もめちゃくちゃ魔法を掛けられまくってる。
「ではロータ、後ろに下がっててくださいね」
「が、頑張ってね」
「もちろんです!」
リオが魔導書を構えて、呪文言語を唱え始めた。聞き取れない言葉だったそれが、だんだんと周囲に響き渡る声へと変化する。
「【蝨ー縺ョ蠎輔h繧頑コ「繧後@辟斐?邇九h縺昴?縺セ縺ィ縺?@轤弱r謌代↓縺九@縺ゅ◆縺医◆縺セ縺すべて燃やせ焔の……】」
魔導書が赤く光ってる。
それとともに熱風がリオへ集まっていくのがわかった。
「【ここに焔の救済を】」
赤い光が階層ボスへと放たれた。途端、周囲が炎に包まれた。普段の火の魔法なんか比べ物にならないくらい、とんでもない威力の魔法。
ただ階層ボスはそれを喰らっても、焦げながらこっちに突進してきた。
「次は俺がやる」
ルカが斧を持って飛び上がる。
その跳躍はいつもとは段違いに高い。そして回転しながら、強烈な一撃を階層ボスに放った。アダムさんがやってた斬撃を飛ばすような、とんでもない一撃だ。五匹まとめて後ろへと下がるが、すぐにまたこっちに向かってくる。
けど。
「よくやった、ストレイル兄弟」
いつの間にか目の前に移動してきたジャクリーヌさんが、剣を地面に突き立て、盾を構えていた。階層ボスの攻撃は、ジャクリーヌさんが防いでくれたのだ。
そうして。
完全にこっちへ攻撃のターゲットをうつした階層ボスの背後から、アダムさんが最後の一撃を放った。
大剣が振り下ろされて、轟音と共に階層ボスが真っ二つになる。大量の土煙と地響きと共に、階層ボスの体が崩れ落ちた。
「やったー、勝った!」
「やりましたね、ロータ、ルカ」
「…………やった」
至る所で歓声が上がってる。勝てて良かった、本当に。
「ええ、本当に良かったです。……ロータ」
リオが微笑みながら佇んでるけど。なんとなく次の言葉は予想ができた。
「魔力増幅薬を飲んで限界超えた魔法を撃ったので、私はもう限界です。あとは頼みました……ゲフウウウッ!!」
「わあああ、口からだけじゃなくて目とか耳とか鼻からも血が出てる!!??」
「すまないロータ、俺も限界が……」
「アモニュス、持ってきたフライドチキン全部出して! 今すぐルカの口に突っ込んで」
「ピョエエエエ!!! 我のチキンが目減りするのだぁ!?」
「後でプリンあげるって言ったでしょ! ご飯抜きにするからね!?」
「ご飯ほしいのだ!? だします、だします! 我に感謝せよ眷属よ!!」
勝利の余韻に浸ることなく、やっぱりこうなった。でも生き残って倒せたから、いつもの光景に戻れたんだけど。
魔法陣が使えるようになったので、他の人たちより先にリオを連れて帰ることになった。だって血反吐を吐いてるどころじゃないんだもん。
家のベッドに寝かせた後で、医者に診てもらった。そしたらやっぱり、無理に魔力増幅薬を飲みすぎて魔法を放ったせいだって。二、三日寝れば治るそうだ。良かった。
ルカはさっきから無言でフライドチキン食べ続けてる。これいくら食べても終わらないのでは。
「……すまない。腹が減って腹が減って、食べてないと暴走しそうだ」
「フライドチキン無くなっちゃいそうだし、お肉焼くよ」
「頼む」
この状況で暴れられても困るし。厨房には店長が毛ガニ漁で貯めたお金で、冷蔵庫買っちゃってあるし。破壊されたら泣く。間違いなく泣く。
昨日、もしもの時用に豚汁つくっておいて良かった。追加でお肉焼いてると、お店の方に来客があった。店長が対応してくれてたら、俺に用事があるって。え、誰だろって思ったら、アダムさんたちだった。
「慌てて迷宮から出て行ったから、ドロップ品を分けることができなかったので」
「え、もらえるんですか?」
「今回は特別参加だったのですが、最後の最後は助けられましたので。他の参加パーティからも、分配しようという話になりました」
それはありがたいお話だ。
「良かったね、ルカ」
「…………」
無言で頷かないで。口にパンパンにごはんを貪ってる状態なのはわかるけどさ。アダムさん達見てるよ。なんかごめんなさい。
「……いえ、ストレイル兄弟が元気で安心しました。これ、お見舞いにチョコレートをどうぞ」
やっぱりチョコレートくれるんだ。ジャクリーヌさんからお菓子もらったよ。クララさんはアイス。本当にくれる気だったんだ、これ。冷蔵庫買っといて良かったね、店長。
「それにしても、ストレイル兄弟が迷宮探索を始めたと聞いた時は、驚きましたが。……君みたいな人が一緒にいてくれるのは、きっと彼らにとって僥倖なのでしょう」
それってどういう意味で。
「いやあほんと、ロータはいい子でいい子で、感動しかないんですよ」
店長、いきなり話に入ってきたよ。え、どうしよ。これは褒められてるのか。やばい、照れる。
「料理に効果付与ができるのは、珍しいですからね。作れば作るほど、伸びると思いますよ、そのスキル」
それじゃあと言って、アダムさんたちが去っていった。
けど、あれ、料理に効果があることなんて、言ってないのに。なんで知ってるんだろ。
「上級者になれば、他人のスキルとか見れたりする?」
「さあ、できる奴はいるんじゃないか?」
なんかアダムさんたちならわかってそう。それにしても今回も、冒険者の人たち二人に優しかったな。同年代からは遠巻きにされてるっていうけど。
「…………それは、罪悪感もあるからだ。二人がストレイル兄弟の名を継いだ時、誰もが仕方ないって納得しちまったからな。子供達には一時的に名前を継がせるだけ。金を稼いで世話をするんだっていう話を、誰もが信じて、子供が苦しんでいるのを見過ごした」
先代のストレイル兄弟が稼いで世話をするなら、暴食と虚弱の呪いを持っていても大丈夫だろうと、そう思ったんだって。
「結果は、相棒は逃げちまって、呪われた子供だけが残されたってわけさ。あの時の苦々しさは、誰も忘れられないさ」
そして誰もが、呪いを引き継ごうなんて言い出せなかった。冒険者として稼いでいるのなら、あまりにもリスクが高すぎるから。
「……店長はすごい人だね」
「なんだ、そうか? 俺は上級者にもなれなかった、しがない冒険者だぞ」
店長は照れ隠しなのか、頭を撫でてくれた。
「ロータ、ロータ! ドロップ品はなんなのだ!? 確かめようぞ! 我の供物!!」
雰囲気をぶち壊すかのごとく、アモニュスが叫んでる。全くアモニュスは、これだから。
アダムさんたちが置いていったのは転移魔法陣の紙。使えばここに、分配されたドロップ品が出てくるんだって。
「ええっとリストが載ってる。迷宮南瓜30、黄金バナナ20、黄金メロン15、迷宮林檎20、…………なんか果物多くない?」
「ウヒョーーッ! プリンアラモードできるのだ! 我に捧げよ!」
「アモニュス、ドロップ品になんか細工した?」
「そんなのできぬぞ! できるなら最初っからやってるのだ!」
それもそうだね。果物諸々の他にはなんか分厚いお肉があった。この前のステーキ肉より厚い塊肉だこれ。
「角煮?」
「煮卵入れるのだ!」
アモニュスはどこまでもアモニュスなんだろうな、うん。
というわけで翌日、果物類を使って作ったのは、アモニュス待望のプリンアラモード。カボチャプリンも作ったけど。
「うまいのだ! おかわりを所望するのだ! 我の供物ぞ!!」
すごい勢いで食べてるよ。
なくなる前に寝込んでるリオに持ってこ。カボチャプリン好きみたいだし。
部屋に入ると、リオがベッドから起き上がった。
「大丈夫?」
「……ええ、いつもの血反吐を吐くのとは違って、だいぶマイルドな具合の悪さです」
具合の悪さにマイルドもそうでないのもあるの。まあ顔が土色じゃないならいいか。プリンを持ってきたよというと、目に見えて喜ばれた。うん、こういうところは年下だと思えるよ。
「……何で笑ってるんですか」
「えー、別に。なんていうか、階層ボスに魔法撃った時はすごい格好良かったから、ギャップが可愛いっていうか」
「ギャップ……かわいい……」
「いやでも本当に、魔法を使ってる時のリオは格好良いよ」
本当のことだしね。
そういうとリオは手を握ってきて、名前を呼んだ。
「やっぱり、貴方がいると、なんでもできるって気になります。それから、もっともっと、色々とやりたいことが増えてくんです」
それは良いことだと思うよ。
「ロータ、あなたのおかげです。本当にありがとう」
リオは笑っている。揶揄うような嫌な笑い方じゃない。優しい、温かな目で、俺を。
俺を──。
ぽろっと、涙がこぼれてちゃった。
「ろ、ロータ!?」
リオが動揺した声をあげて、ルカが様子を見にきたけど止められなかった。
だってそんなことを言ってもらえたのは、初めてだったのだから。
おばあちゃん以外に、誰かから認められるなんて。
「うええっ、嬉し……、ひっく、うれしい……よぉ」
いつかの夜のように、リオとルカの前で大泣きしてしまった。でもあの時とは違う、寂しさからじゃない涙だから、いいよね、きっと。




