あなたはそういえば悪党だった
セシリアはたった今自分が為してしまった事に呆然としてしまった。
最高のドレスになるはずの袖部分を失ってしまったのだ。
濡れているリカエルの頭を拭く布として、無意識に使ってしまったから!!
「あああ。布は足りるかしら」
「足りなかったら袖なしで良くないか?この形で考えると、肩を牛並みに盛った淑女が出来上がりそうで怖いぞ」
「そんな布の切れ端で何処のパーツか言い当てられるあなたこそ怖いわ。何でもできるあなたはいったい何者なの?」
「君と結婚したいだけの男だ」
「ぷぷ。男のベッドに裸で潜り込んで結婚を強請る女の話は良く聞くが、男のリカエルがそんな女の真似事をしているとはな。ハハハ」
リカエルは嘘笑いで小馬鹿にして来たイーナに不貞腐れた顔を向ける。
するとイーナはさらに馬鹿にするどころかすぐに笑いを収め、真面目な顔でリカエルに向けて顎をしゃくった。
「――服を着てきます」
「ちがう。体を拭く暇も惜しんでやって来たほどの情報があるのだろ?早く話せ、の意味だ。私は今すぐに知りたい。それとも裸なのは、奪い返せませんでしたって言う謝罪のつもりか?何でも聞くから洗いざらいお前こそ話せ」
「あー、君は本当はいくつなの?ラヴェンダ、ウルグ――」
バン!!
イーナは机を強く叩いた。
リカエルは口を噤みイーナを見つめ返し、イーナこそリカエルを睨み返す。
「イーナ、ちゃん?」
「止めろと言っておる。お前の発音は死んだ男を思い出す。お前と同じ、聞き辛いヘタな発音をする奴だった。そしてそいつは私に伝えるべきことを伝えなかった。だから私は奴を信じ切れなかった」
「――それでどうなった?」
「信じられなかったから私は逃げた。そして彼は死ぬことになった。私は同じ間違いを繰り返したくはない。だから私はお主の言葉を聞きたい」
リカエルは右手で自分の顔を撫でた。
まるでふざけていた仮面を外すようにして。
それから真面目な顔付きとなると、セシリア達に伝えにきた情報を語り始める。
「荷物は奪い返さなかった。あいつらの一人に見覚えがあった。エンガディオ強盗団だ。どこぞのお屋敷に潜り込む手段として、ドラゴネシア伯爵家がパトロンになっているドレスメーカーを名乗るつもりなんだろう。聞き込みによるとね、この二週間で車輪付き衣装箱を引くセシリア・ワーグナーはかなり有名になっているそうだ。すごいな、君」
「まさか」
「本当だよ。ルーファスかレンフォードも言ってた。君を紹介しろって伯爵家への問い合わせが凄いらしいよ。あと、身を引く偽善者こそ実は相手の不幸を望んでいるのだ、なんてイーナちゃんの格言も奴らから聞いた」
イーナは大きく舌打ちした。
彼女の格言についてはジサイエル語のままで語れ、とリカエルに言いたいのに言えなくなった事への舌打ちだろうとセシリアはわかって笑いを噛み殺した。
リカエルは性格が悪い。
「セシリアって悪党を引き寄せるよな」
「じゃな。お主はセシリアにべったりだものな。それでリカエルよ。奪い返さずに手ぶらで帰って来た理由は何だ?これからどこぞに強盗に行くとわかっている相手をお主が潰して来なかったのはなぜだ?エンガディオ強盗団はそれだけ危険な相手だったか?」
「それはですね、イーナ様。俺達こそ奴らを詐欺ってやりたいなって思いましてね、そのお声がけの為ですな」
「ほほう。面白いな。だが、こうしている間に奴らは移動して逃げてしまっているのでは無いかな?」
「おいおい。この家にはルーファスとレンフォードという、未だに親の扶養息子のまんまで楽してる若者が二名もいるんだぞ?奴らを使わないでどうする?」
「わかった。では、私達がどう動けばよいのか言ってみろ」
「ちょっとあなた達!!私をのけ者にして計画を話し合うのは止めてくれる?あと、そんな強盗団の捕り物にイーナを参加させるなんて危険だわ」
イーナとリカエルはセシリアに同時に振り返る。
さらに同じ様に眉を上げ下げして嫌味っぽくまじまじと見つめ返してきた彼らに、セシリアは気まずさを感じた。
そもそもこの状況を招いたのはセシリアだ。
「安心しろ。君達を危険な目には遭わせない。ただ、何も参加もさせないじゃ俺が君達に絞殺されそうな危険になる」
「あら、私は参加できなくても結構よ」
「君の名前で押し込み強盗が引き起こされそうなのに?」
リカエルはニヤリと微笑む。
これは自分を天邪鬼だと見越しての誘いだろうか、とセシリアは考えた。
絶対に関わるなと言われれば、危険な事をリカエル一人に押し付けられないとセシリアは抵抗しただろう。
「あの。いいかしら?」
「どうぞ」
「私があなたに怪我一つ負って欲しくないことは変わらないわ。だから、あなたには強盗団などに関わって欲しくはない。私の荷物を使って強盗が行われることは許せないわ。でも、強盗団でしょう?これは王都の憲兵に委ねる件では?」
「憲兵じゃ後手後手になるだけだって。それと、ドラゴネシアを抜けた俺はこういう仕事で食いつなぐのはどうかなって提案でもある」
「え?」
そう言えば、リカエルはどうして王都に戻って来られたの?
全部捨ててきてしまったの?私の為に?
セシリアはリカエルをまじまじと見つめる。
しかしリカエルは自分の台詞がセシリアを混乱させたことなど全く気が付いていないのか、単にセシリアがノリが悪いと思っただけか、セシリアをのけ者にイーナへと話を振った。
「奴らに動きがあればルーファス達が知らせてくる。まず、奴らが狙いを付けた家にはこっちから内密に接触して空振りさせる。次に、あいつらがなんちゃって男爵を名乗ったならば、こっちは本物のアークノイド男爵家であいつらを誘いこもうと思う。君が男爵令嬢。良いかな?イーナ」
「べつに構わんが、一目で異国人とわかる私で大丈夫か?セシリアの供をしていた私だとすぐに気づかれるのでは無いかな?」
リカエルはニヤリと狡猾そうに笑う。
「君が強盗団にこんにちはをするのは、奴らを罠奥に引き込んでからだよ。君が餌と気が付いた時点で俺が奴らを喰う。俺はね、あいつらの慌てふためく顔を君達に鑑賞させてやりたいってだけだよ」
「あなたは、私とイーナが受けた侮辱を知っているの?」
「――侮辱もされたのか。了解」
セシリアは口元に手を当て、小さな悲鳴を押し殺した。
彼女はリカエルが怖い人だと今さらに思い出したのだ。




