リクエスト番外編1:ローズの薔薇学習
ベーコンレタス回です。なろうバージョンですが、苦手な方はご注意ください。
ウィリアムのお相手はセドリックだった――。
それを知ったときのマリーローズの衝撃はかなり大きなものだった。
サードオニクス王国では、愛に由来するカップルが主流で、それが推奨されてはいる。それでも、大前提として愛し合う男女にのみ許されたものであり、貴族令嬢として大切に育てられてきたマリーローズには、男性同士の愛は未知の領域だったのだ。
愛は尊いものであり、その基本理念が人々を幸福に導くことは間違いない。ではその愛のかたちは、制限されるべきなのかしら――。マリーローズはしばらく一人で悩んだ。そして、身分を捨て去ってまで己の信念を貫いたウィリアムを知るため、そして今は声を上げることの叶わない人たちが、将来に幸せをつかむための手がかりとなるような意識改革や制度を導入できるか検討するためにも、もっと詳しく知りたいと思うようになった。
マリーローズの意気込みに反して、マイノリティである彼らの実態を掴むことは、至難の技だった。国内でも特殊な恋愛事情を持つ人たちの情報は限られている。マリーローズは、それが「薔薇」や、もっと直接的には「びーえる」と呼ばれるところまではたどり着いたが、そこが限界となってしまい、結局、彼らの心の内や、生活上の苦悩に至ることはできなかった。
そんな状況を一転させたのが、侍女のアラベラの存在だ。マリーローズは思いきってアラベラに声をかけた。
「アラベラは、その……『薔薇』に詳しいのよね? わたくしに……教えてくれないかしら?」
突然、お仕えするお嬢様から花について詳しいのだろう、と話を振られたアラベラは、ポカンとした。
「え、私、お花はあまり詳しくないんです。薔薇でしたら、ミルドレッドさんがよくご存じですよ」
「そ、そう」
素で返されたマリーローズはそれ以上突っ込むことができず、密かに唇を噛んだ。
そしてそれから数日間、マリーローズの部屋は色とりどりの薔薇で華やかになったのだった。
マリーローズは諦めなかった。前情報によれば、アラベラが先生になってくれそうなのは確かなのだ。再び勇気をふりしぼり、アラベラに頼み込む。
「アラベラ、やはりわたくし、あなたに教えてもらいたいのよ、薔薇のことを――その、腐侍女の立場から!」
言い切ったマリーローズは真っ赤になっている。それに対してアラベラはすうっと表情を消し、マジマジと赤面している主を見つめた。
「ま、まさか、お嬢様……! こちらの世界に足を踏み入れるおつもりなんですか!?」
その視線を受け止めながら、マリーローズは力強くうなずいた。
「この世界の萌えは、多岐に渡ります。個人の趣味趣向によって萌えポイントは違いますし、同じ薔薇でも、全く受け入れられないカップル設定もあるんです。ですから、まずはベーコンレタスの魅力について語らせていただきたいんですが、よろしいですか?」
「え、ええ、お願い。愛のかたちは様々だものね」
適当に相づちをうったものの、マリーローズにはよくわからない。とりあえず、ベーコンレタスがサンドイッチではないことは悟ったのだった。
アラベラはそれはもう熱く語った。あくまで個人的見解だとしながら、『薔薇』(女性同士の場合は『百合』と言うらしい)の最大の魅力は、お互いが対等であることなのだ、と。
世の中には性差が存在する。それは、いいもの、悪いものという話ではなく、決然とした事実なのだ。
「この世界には、それがないんです。ですから、私にとっては、カップルの片方が女の子的だと、その良さが半減しちゃうんですよ! 対等でありながら、彼らはさまざまな偏見や障害と戦って、一緒に乗り越えようとする――そこに尊さと感動があるんです!」
「偏見は分かるけれど……障害とはどんなことがあるのかしら?」
「まずは、家族や友人に公表しにくいことでしょうか。一般的な結婚年齢になれば、周囲からの圧力もありますし、結婚して家庭を持つことが社会的評判を上げることにもなります。国は恋愛結婚を推奨してますけど、どんなに女性をあてがわれても、恋愛に発展するわけがないんですよ、性癖ですからね。かと言って、公表しても理解されず、偏見にさらされることになります」
アラベラは眉をひそめてさらに続きを語る。
「もちろん、外的要因だけではなくて、内的な要因もありますよ。彼らは、相手がいつ女性を愛するようになるのか分からない、そんな恐れも持っているんです。いびつな愛であることは重々承知で、それでも止められない……。これは、政略結婚における秘めた恋とか、愛人として寄り添えばいいとか、そういうこと以前のお話なんです。彼らは、性的にも惹かれあってますからね」
「性的に……?」
マリーローズは衝撃を受けた。お互いに男性――というより、パートナーにしか惹かれないとしたら、血統を残すためだけに女性を愛することは難しい。後継者問題は大きな問題となるだろう。
「お気づきになりました? 実子をもうけるのも、養子を取るのも、簡単な話じゃありません。彼らは、そんな肉体的、精神的な葛藤をねじ伏せて、それでも愛に生きているんですよ!」
グッと拳を握り締めて熱弁を振るうアラベラに、マリーローズはハッと気づいたことがあった。
もしかして、ウィリアム様は、身分の上でも対等となることを願って、王籍を抜けられたのかしら?
高貴な血は変えられない。主従関係にあることも。それなら、王籍を返上すれば……?
そこまでの覚悟に、マリーローズは心からの敬意を抱いた。やはり愛は、人々の心を豊かにして、人生さえも一転させる、素晴らしいものだ。
しかし、じぃんと夢のような感動にうち震えるマリーローズに、アラベラは容赦なく現実を叩きつけた。
「ところで、お嬢様はどこまで閨のお勉強をなさってるんです?」
実のところ、お嬢様育ちのマリーローズの閨教育は、さほど高度なものではなかった。母から教示された男女の夜は曖昧で、一般的な知識レベルで言えば、全く足りていなかったのだ。
人は、自分が認識している範囲内での回答をする。マリーローズの「一通りは受けたわ」との答えに、アラベラの話は思いもよらない方向へと走り出した。
アラベラの萌えは、主従関係にあるカップルであるらしい。下位の者が上の者を絡めとり、昼間は護衛騎士が美しい貴公子を守り、夜は立場が一転、貴公子が組み伏せられる。そんなシチュエーションが大好物なのだそうだ。
マリーローズは次々と出てくる新語に軽くパニックを起こした。
攻め? 受け? 言葉責めって何なのかしら?
この機を逃したら、羞恥に耐えられる気がしない。マリーローズはますます赤くなるのをグッと堪えて、アラベラ先生の講義の続きを大人しく聞いた。
その結果――。
「敬語責め……わたくしには刺激が強いわ……」
口元を押さえて真っ赤になるマリーローズの様子に、熱中して語っているアラベラは全く気づかない。さらに畳み掛けた。
「男性同士の閨は、男女のそれとは違いますからね。貴公子の薄く引き締まった肉体を、護衛騎士の武骨な指先が……キャー!」
アラベラは、麗しい男性が恋人の愛撫に堪えきれずに悶える姿を想像したらしい。両頬を手で覆ってのたうち回った。
そして、ずずいとマリーローズににじり寄ると、さらに己の愛する萌えを語りまくった。
~自主規制~
「なんてことなの……!」
アラベラの萌えをたっぷり聞かされたマリーローズは、混乱の最中にあった。ゼーゼーと呼吸を乱し、胸を押さえながら動悸と戦う。
ど、ど、どうしましょう……!? わたくしはどうしたらいいのでしょう!?
そんなに心地好いの? お母様からは、初めは苦痛しかないけれど、耐えなさい、としか……。
わたくしが苦しいのなら、アレクも辛いのかしら。アレクに相談すべきなの? でも、いつ、どうやって!?
こうして、薔薇講習を受けたマリーローズは、アラベラの物語(妄想とも言う)に多大なる影響を受けてしまい、新婚初夜にアレクサンダーを困惑の渦に叩き込んだのだった。
Special thanks:友人T&M