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27 影の冒険者。(三人称)




 山奥の洞窟の中。

 巨大なドラゴンが、静かに眠っていた。

 ぱちっと、瞼を開く。


『……今、嫌な感じがしたが……』


 ぱちくりと瞬いて、地面につけていた顔を上げる。


『……んー……気のせいか?』


 フーッと息を吐けば、洞窟の中の砂埃が舞い上がった。

 実は、気のせいではない。


『リディーか?』


 そう、リディーだ。

 鬼族の従者が、リディーを口説いた。

 その嫌な予感。


『しかし、加護が発動したわけではないな……』


 以前感じたことのある加護が発動した感覚も違う。

 与えたのは、たった一人の娘。

 お気に入りの人間。

 どうにも、頭の中に浮かぶのは、彼女だ。

 かと言って、他に浮かべる者はいない。

 長い時間を生きてきて、竜王というドラゴンとして最強の称号を得た。

 だが、それくらいなものだ。得られたものは、経験と称号。

 ドラゴンの王。

 それでも、城や玉座があるわけではない。国さえも、ないのだ。

 何日もの空腹を満たしてくれたリディーへのお礼は、加護ぐらいしかなかった。

 竜王の加護が、リディーと絆を結ばせてくれたが、リディーの人生もきっとドラゴンにとって瞬きの間。

 そのうち、見送ることになる。


『……そうだ』


 ラグズフィアンマは、思いつく。


『瞬きの間でも、そばにいさせてもらおうか』


 リディーは勇者レベルの冒険者となった。

 そんなリディーのそばにいるのは、退屈しないだろう。

 重たい身体を持ち上げて、翼を広げた。

 羽ばたいて、猛スピードで宙を駆けて、洞窟を抜ける。


『さて、今はどこにいるだろうか』


 ドラゴンは、頬を緩ませて、飛んでいった。




 ◆◇◆




 少年の名前は、リキト。

 先日まで、人身売買組織で働かされていた少年だ。

 リディーが情状酌量を頼んだおかげで、お咎めなしで釈放された。

 勇者レベルの冒険者であるリディーだったからこそである。

 しかし、解放されても、リキトは行く当てがなかった。

 とにかく、リディーにお礼を伝えたいとギルドに来て、リディーを捜したのだ。

 勇者レベルの冒険者。現在一人しかいない。

 そんな彼女を見付けるのは容易いとばかり思っていたが、残念なことに入れ違いだ。

 リディーは鬼族の村に行ってしまい、シゲルの街から離れた。

 最初に対応していたのは気弱な男性だったが、リディーの名前を聞いて、ギルドマスターのジャックが対応。

 リキトは、正直に話した。

 魔法無効の特殊能力持ちのせいで、孤児院から売られてしまい、人攫い組織で働かされていたこと。

 リディー達が捕まえてくれて、その上情状酌量を頼んでくれておかげで、今さっき釈放された。

 どうしても直接お礼が言いたいから、居場所を教えてほしいと頼み込んだ。


「残念ながら、居場所は知りません。だから教えすることは出来ません」


 ジャックは、当然の対応をした。

 最果てに行くとは聞いたが、それを話すことは出来ない。


「そう……ですよね……」


 リキトは、俯く。

 自分のような元犯罪の加担者に、リディーの居場所を教えてくれるはずはない。

 そのまま、立ち去ろうとしたリキトだったが、ジャックは引き留めた。


「失礼ですが、これから、どこに行くのですか?」

「……決めていません」


 行く当てはない。リキトの顔が、物語っていた。

 解放されて自由になっても、居場所がないのだ。


「なんなら、雑用でもしませんか? このギルドで」

「えっ?」


 ジャックの発言に、リキトは驚きを隠せない。


「行く当てがないのでしょう? ならば、ここでどうでしょうか? ここにいれば、いずれリディー様の活躍を耳にするでしょう。何せ勇者レベルの冒険者ですから。もしかしたら、また顔を出すこともありえます。お礼が言いたのでしょう?」

「は、はい……でもいいのですか? オレは……人攫いをしたのに……」

「君はリディー様に、チャンスを与えられたのです。人生をやり直すチャンスを。そして、私からもチャンスを与えます。君はそのチャンスを掴み、まっとうな人生を歩んでいくかどうか。君次第です。どうしますか?」


 優しい笑みでジャックは、そう語るように話した。

 チャンス。これは、幸運なチャンスだ。願ってもない。

 信じられないと目を見開いたが、リキトは掴むことにした。


「は、はい!! 雑用をします!! 迷惑はかけません! どうか、よろしくお願いします!!」

「いい元気だ」


 大声を張り上げて、頭を下げたリキト。

 ジャックが穏やかに笑う。


「もういい? 早く退いてくんね? ガキ」

「!」


 上げた頭を鷲掴みにされたかと思えば、リキトは押し退けられた。

 黒い仮面を被った男が、立っていたのだ。

 黒い仮面は角が生えていて、鬼のよう。目元を覆い隠す半分サイズの仮面。全身黒ずくめ。


「あなたは……!」


 ジャックの顔が、驚きに変わる。


「よう、ジャック。今はここのギルドマスターやってるんだってな。久しぶり」


 にやりとつり上げる口元で喋る黒い仮面の男。

 凍てつく空気を感じて、その男から冒険者達が離れていく。


「あの仮面、まさかっ」

「こんなところに何故?」


 冒険者の何人かは黒い仮面の正体を知っているように、声を潜め合う。


「最果てで活躍してると聞きましたが……何故ここにいらっしゃったのですか? ”冷血の影の冒険者”様」


 ジャックが二つ名を口にすれば、ざわめきは大きくなった。


「おい、まさか、最強の冒険者か!? ”冷血の影”って!」

「当たり前だろ、あの仮面、やつだ!」


 最強の冒険者。”冷血の影”。

 仮面を被った冒険者。


「最強? 今は違うだろ。ほら、勇者レベルの冒険者が現れたんだからよ……ぐわ!?」


 一人の男性冒険者がそれを口にした途端、悲鳴を上げた。

 黒い影がその男性の首にまとわりついていたのだ。


「やめてください。ライセンスを取り上げられたいのですか?」

「長年最果てを守ってきてオレにそんな仕打ちをする気かよ。まぁ虫けらには用はねぇ。ここに勇者レベルの冒険者が出入りしているって聞いたから来た。さっき話してたリディーとか言う名の冒険者、どこ行った?」


 影がするりと、男性を放した。

 仮面の冒険者は、問う。


「リディー、ねぇ。勇者レベルの冒険者が現れたとか聞いたから、どんな男かと思えば……女かよ。全く。で? どこだよ、その女は」


 鋭い声で、急かした。


「ここには、もういません」


 ジャックは、それだけを答える。


「それはさっきも聞こえた。行先を訊いているんだよ」

「……見付けて、喧嘩を売るつもりでしょう?」


 はっ! と仮面の冒険者は笑い退けた。


「当たり前だろう!? オレの最強の座を奪った冒険者を許すかよ! オレの方が強いって証明してやる!!」


 ジャックの予想は、的中する。

 この仮面の冒険者は、最強だった。

 最強の冒険者として恐れられていたのだ。

 なのに、リディーが現れた。勇者レベルの冒険者として、最強の座を奪われたのだ。

 仮面の冒険者は、確かに敵意を持っていた。


「さぁ、ジャック! 行先を教えやがれ!」


 殺気と冷気を感じつつも、ジャックは怖気つかない。


「知りませんね。私が言えるのは、もうシゲルの街にはいないってことだけです」


 暫く仮面の冒険者は、ジャックを睨むように向き合っていたが、やがて踵を返した。


「ふぅん、せっかく戻ってきたのに、いねーのかよ。まぁいい。勇者レベルの冒険者なんてすぐ見つかる。自力で探すさ。じゃあな、ジャック」


 ひらり、と手を振って、仮面の冒険者が去る。


「……だ、大丈夫なんですか? あんな危険そうな人を野放しにして……」

「……君が生まれる前から冒険者をやっているんだ、違反はしないだろう。リディー様を見付けたら、正々堂々と決闘をするはず」


 追いかけようかと迷っているリキトは、ジャックに問う。


「オレが生まれる前から……?」


 そんな風には見えなかった、とリキトが不思議がった。


「……決闘するだけで、済めばいいのだが……」


 ジャックは、心配する眼差しを扉に向け続ける。


「リディー様は勇者レベルですから、負けませんよね?」

「……」

「ギルドマスター?」


 問いに、なかなか答えてくれないジャックに、リキトも心配になって扉を見つめた。



 

 ††††††††††

スランプから抜け出してやっと書けました!\(^^)/


20200926

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