純白の刃と開闢の星
天輪を背負う魔神のはるか上空に、炎と風の二つ球体が生まれ、徐々に大きく成長していく。やがて、その二つは紅蓮に燃え盛る焔の星。そして放電を撒き散らす白い恒星へと変貌を遂げる。
それは、かつてクロアが《傲慢》の権能で生み出し、この場所に集まった軍隊と裏切り者の魔族ペインを消し飛ばし、この爆心地を作った二つの星だった。だがしかし、今、目に映っているのは、明らかクロアが生み出したモノよりも規模が数百倍ぐらいあるサイズだった。
すると、その天雷と爆炎の巨星が互いに交わるようにゆっくりと一つの恒星へと融合していく。
その現象を目にしたアルサスは歴戦の勘で危険を察知したのか、振り向きざまに持っていた《希望》を空に放り投げると――
「『変化・哮天犬』!」
スキルの名を叫ぶ。アルサスの身体が発光し、真っ白い毛皮のオーストリアン・シェパード――大型犬に変身した。
そしてそのまま白い犬はフリスピーをキャッチするように落ちてきた《希望》を口にくわえ、爆心地の端に向かって疾風の速さで疾走。
『お! 変身スキルとは珍しい。それも見た目だけでもなく能力まで完璧に模倣しているね』
アルサスの変身姿を称賛する大先輩。
どうやら彼には変身・変化系のスキルを持っているらしい。
そこに大先輩が『このままじゃ見辛くなるな……ほいっと』と間の抜けた声で、いきなり半透明な白夜を上空のドローンようなカメラ目線まで移動させた後、アルサスの変身スキルについて解説してくれた。
上位クラスのスキルや魔法、魔導技には、人や動物に変身する系の能力や効果があるそうだ。
それ以外に、獣人が持つ固有能力【獣化】。身体の一部や全身を獣に変身し身体能力を跳ね上げる、という獣人だけが持つ能力らしい。
あと他に、大先輩は固有能力についても語ってくれた。
固有能力は異世界に住む各種族が産まれた時から持っている能力らしい。
ちなみに人族の固有能力は【交配】。簡単にいえば他種族とのハーフ、子供ができるというなんとも能力なの? と判断に困る能力だ。しかも、産まれてくる子供は他種族の親が持つ固有能力は半減するそうだ。
白夜と大先輩がそんな会話をしている内に――
天空に燦々と輝き、灼熱の業火を撒き散らす第二の太陽が顕現した。その激しく燃える太陽が放つ数千度の高熱で、ひび割れた大地がだんだんと融解し、真っ赤に煮えたぎる大海へと様変わりした。
――さらに、そこに魔神が失なった左足を黒いもやで修復し、立ち上がった。同時にその巨大な腕を振り払い。マグマの津波を起こし、第二の太陽をゆるやかな速度で地上に落下させる。
◇ ◆ ◇
一方、その熱波が弱い場所まで距離を取った白い犬――アルサスは《希望》を口から放ると、犬から人の姿に戻り――
「月夢の女王よ、今一度、我に不死の加護を貸し与えたまえ!
――『不死の衣を羽織りし夢魔の女王』!」
魔導技を発動。月明かりのように輝くベール型の障壁がアルサスを包み込んだ。そのベールは第二の太陽から放出する極熱の太陽風を遮断。
そして月光のベールの中でアルサスは精神集中するように目を閉じ、《希望》を胸の前に構え――
「降魔調伏せし神仙よ。我が刃に破邪顕正の霊験を与えたまえ」
言霊を唱え始めるアルサス。天地に宿る厳かな霊気の奔流が《希望》の刃に収斂、先端が三又に分かれた光り輝く三尖両刃刀を形成すると――
「必勝の王剣よ、希望へと続く道を切り開け――」
光が集う。まるでこれから放つ魔導技に呼応するかの如く、この地に散っていた兵達の想いが、あの穢れなき純白の燈火にさらなる輝きを呼び集め、眩き無辺光な刃へと研ぎ澄ませていく。
アルサスは柄を握りしめる両腕に渾身の力と魔力を込めて、《希望》を担ぐとともに腰をひねり、独特の構えをとる。
一の太刀を疑わず、二の太刀要らず。
一撃必殺の意思が伝わってくる構えだった。
そしてマグマの大津波がアルサスを覆い隠そうとした……刹那。カッとアルサスは目を見開き――
抜刀解魂
「――『希望を灯せし三尖の焔王光剣』ッ!!」
彗星の如く放たれた純白の閃光が――
白く。
真っ白に。
焔の世界を照らし尽くす。
それは悪鬼羅刹、魑魅魍魎を調伏したる真君が宿りし霊刀でもあり、
白亜の国と最古の名で呼ばれた大地を平定せし王の証にして魂の剣。
本来、交わることもない東西の象徴が交叉し編み出された一つの奇蹟。
『希望を灯せし三尖の焔王光剣』の一撃は、この世の穢れを浄化する如く、押し寄せる溶岩流を瞬時に焼滅させ、その衝撃で業火の海を吹き飛ばし――第二の太陽を斜めに一刀両断。湯けむりのように霧散させた。
そして、止まる事なく延長線上にいる魔神に純白の極光が奔る。
『!?』
咄嗟に魔神は身体をひねり回避する。
が、左腕が間に合わず切り落とされ、宙に舞う。
『ガァアアアアアアアアアアアアア――――ッ!?!?』
肘の所まで綺麗に切られた魔神は、再び空に響き渡るほどの絶叫を上げた。同時にその左腕が真一文字の傷跡を残す熔岩の海に落ちてきた。
◇ ◆ ◇
空中で太陽と魔神を切り裂いた魔導技を目撃した白夜は、
「今の――多重魔導技!?」
自然と口からその言葉が出てきた。
〝多重魔導技〟とは、魔闘術の技術によって編み出した二つの絶技の一つ。
スキル又は魔法を魔導技に組み合わせ、威力を上げる絶技である。
この多重魔導技の利点は二つ。
一つは魔法又はスキルがエンチャントされることで、その効果・能力・特性を持った合成魔導技を放てること。
もう一つは、強化された魔導技の威力は1.5倍以上になることだ。
恐らくアルサスは【三只眼】であの太陽を形成する〝核〟を見極め、その多重魔導技(【二郎刀】の特性+魔導技)で切り裂き無効化したんだろう。
ちなみに、クロアの『迦楼羅天凰脚』はこの技術を用いた技だ。……というよりクロアの方が本家本元である。
『へぇ、今の時代ってあんな魔導技の使い方があるんだね。さっきの、威力だけなら準神話級に匹敵するよ』
その多重魔導技を分析したらしい大先輩が感心した声で呟く。
大先輩が言った準神話級とは魔導技の種別のことである。
魔導技は威力や効果、能力によって戦闘級、戦術級、戦略級、神話級に分類される。
準神話級とは、戦略級と神話級の間ぐらいの威力ということだ。
白夜がそう思考していた時だ。魔神――無くなった左腕の部分に黒いもやが渦巻き、やがてそれが新たな左腕へと再構築される。
「なあ!? 腕で生えた! 先もそうだけど、一体あの魔神の身体はどうなってるの!?」
『まぁ、今のアレは高密度のマナが半物質化した状態だからね。腕を切り落とされても体内のマナを消費すれば新しい腕を再構築できるよ。尤も消費したマナの分まで体積を減らしているようだね』
その光景を見て混乱する白夜に大先輩がそう教えてくれた。
確かに全長一五メートルあった筈の魔神が左足と左腕を再構築した後、十一メートルぐらいまで縮んでいた。そこに切り落とされた黒いもやの巨大な左腕が光の粒子と化して魔神の元に――
『ん? 消費した分のマナを回収するつもりか?』
不思議そうな声を出す大先輩。ところがその光の粒子は魔神の胸元、クロアを縛る光の鎖に吸収されいく。
(……アレが大先輩が言っていたマナの回収?)
何処か違和感があるその光景に白夜が首をひねると、
『…………ふむ。なるほどね。わざわざあの子達を暴走状態にしたのはそれの為か。……見た感じだと三割くらいは奪われたか……ふふ、随分とまぁ悪辣な手段をとるもんだね』
何か色々と理解したらしい大先輩は怒気を含んだ口調で独り愚痴る。
そこに、あの光の鎖がまるでクロアに何かを囁いているように怪しい輝きを見せた。すると、
『……ソウスレバ……カカ様……師父……トズット一緒ニ……』
虚ろな目をしたクロアの意思に従うように魔神は両手を前に突き出す。
『……創世セヨ………我ガ宇宙……』
『あ! ヤバいな、主導権を向こうに奪われたかもしれない』
魔神は詠唱を始めた時、大先輩は焦りを感じさせる声音でそう呟いた。
『……虚無ヨリ生シモノ……其ハ混沌ナリ』
規格外のマナが魔神の両手の先に集まり、直径数十メートルの暗黒の渦を創りだした。その暗黒の渦は最初はゆっくり回り、そして徐々に回転を高速に加速させた瞬間、暴風が発生した。それは吹き飛ばすためではなく、渦の中に吸いこむための強風であった。
『我……天ノ理ヲ紡ギ……地ノ理ヲ紡ギ……開闢ノ秘儀ヲ……』
天が鳴動し、地が震撼する。周囲一帯を颶風の嵐がうずまく。溶岩の山河から炎を、熱を失った黒い地平から砕けた大地の欠片を、大気や光さえも、この世に存在するありとあらゆるものが暗黒の渦に吸引されていく。やがて、その渦の中心には宇宙開闢と云うべき力を内側に閉じ込めた球体――開闢の星が生まれつつあった。
「大先輩っ! なんですかアレ!? さっきからひしひしと危険が伝わってくるんですけど!」
万物を引きよせる暴風が吹く中、白夜はその開闢の星を見ただけで自身の中にある原初の感情――恐怖が濁流の如く沸き上がった。
アレは駄目だ。アレは滅亡だ。アレは終焉だ。
アラートのごとく危険を本能的に理解させられる。
今までこの世界で起きた事象の影響を一切受けないのに、安全な筈なのに。
此処から今すぐ逃げろ、と恐怖に支配された心が告げる。
『〝最終奥義〟――無垢なる女神の欠片が司る象徴、神秘、根源。〈神に至る者〉に到達した者のみが行使する究極技みたいなものさ。……しかしまあ、まさかあの状態でも最終奥義が使えるとは、私も予想外だよ』
どうやら暴走状態の魔神が現在、行っていることは博識な大先輩でも予想だにしなかった展開だったらしい。
「あの大先輩。さっき言った司る象徴? それって《傲慢》に宿る傲慢のことですか?」
魔王具に宿る概念のことかと? と白夜は訊ねる。すると――
『うん? ……あぁ、違う違う。そっちは不安定な存在だった欠片達を安定させる為に行った後付けだよ、白夜くん。私が言っているのは無垢なる女神の欠片が本来司っている世界の摂理の方だよ』
あっさり否定する大先輩がさらっりとトンデモないことを言った。
それは一体どういう事ですか? と白夜が言及する前に、
『無垢なる女神の欠片が司る世界の理。俗に言う権能は本来〝神格〟のない人の身では扱うことができない。それどころか身を滅ぼしてしまう程の代物だ。
……だが、無垢なる女神の恩恵であるクラスを得ることで〝器の進化〟――云わば霊格を上げることである程度の力を引きだし扱うことができるようになるんだよ』
大先輩が『でもこれはあくまでも扱えるだけで使いこなす訳じゃないんだ』と最後に付け加え、話を進めてしまい、タイミングを逃してしまう。
(……まぁ、この話題は今訊かなくても落ち着いた後にでも訊けばいいか)
機会があれば尋ねてみようと胸に刻んだ白夜だった。
「大先輩、その霊格ってもしかして【ステータス】のことですか?」
『うん、そうだよ白夜くん。霊格とは魂――自身の存在そのもの。
謂わば【ステータス】とは、自分自身の〝霊格〟を認識できるようにグラフ化したものなんだ』
そして、と一息入れ大先輩はどこか陰りのある声で言う。
『〈神に至る者〉とは……壁を越え、欠片達と同じ神の領域に到達することで資格……初めて無垢なる女神の権能――その力を完全に扱えるんだ』
その声音を聞いた白夜はどことなく大先輩が寂しげな笑みを浮かべていると思った。だから――
「そ、その権能って聖王具と魔王具が持つ能力の事ですよね? 今まで僕が見てきた鍵の力は全力じゃなかったってことですか」
『……うん、《傲慢》が持つ権能を全力に使えば〝星〟を創るぐらいできるからね。
なにせ――』
「穢れなき不落の城塞を築きあげろ!」
大先輩がその事を口にしようとした時、大音響で叫んだアルサスに話を遮られた。
『あ~どうやらこの話をする時間ないようだね白夜くん。もし《傲慢》の権能が気になるなら現在の所持者であるあの子に訊くといい』
大先輩がそう言うとアルサスに視線を向ける気配をさせた。白夜もアルサスの方を見ると――
周囲にある全てを引きよせる嵐の中、アルサスが《希望》の石突きを地面に突き立てた。すると、彼の足元に極大の魔法陣――円卓を模したとおぼしき刻印、その円卓の上に、誓いを立てるように十二の剣の切っ先が向かい合う魔法陣が出現し――
金城鉄壁
「『疑似・理想より築かれし守護の城塞』」
ゴゴゴゴゴォォ! と、地鳴りような音を立てて、魔方陣からゆくっりと巨大な建造物が浮上する。
それは、幾千幾万の兵が攻めても落ちることなく、力なき民衆を守り続けた堅牢にして堅固な楕円形の城壁。その中心に曇ることなく、永遠の輝き放ち続ける白亜の城。
戦場の勝敗を左右する力を秘めた鉄壁の城塞が――
――暗黒の渦に吸い込もうとする重力嵐が吹き荒れし、黒くひび割れた大地に顕現した。
戦略級陣地形成系魔導技『疑似・理想より築かれし守護の城塞』。
《希望》の能力によって模倣した、何千万という人々の理想が築いた絶対守護の幻想を顕現させる魔導技である。
その白亜の城塞が一瞬強く光を発し、城塞を覆う半球形の防護障壁が形成。
動かざること山の如し。まさにその言葉通り、その半球形の防護障壁は、虚空に誘う引力の嵐から白亜の城塞を守りきる。
白夜は浮遊霊の如く、その様子を上空で観戦していた。
「大先輩、あの人はどうやらあの結界で最終奥義を防ぐつもりですよ」
『う~ん、それはどうだろう。あの最終奥義は使い手が暴走状態のせいで、本来の威力の四割ぐらいしかない不完全なものとはいえ、一応神話級レベルの攻撃だからね。戦略級の魔導技じゃあ防ぐのは難しいよ』
戦況を観察していた大先輩が落ち着いた声で自身の見解を言う。
『それにどっちかって言うとあの魔導技は時間稼ぎだろね』
白夜が「時間稼ぎ?」と首をかしげていると、白亜の城壁の上で魔神を鋭い目で見据えるアルサスが――
「器に宿りし、無垢なる女神の一欠片よ」
聖王具に宿る無垢なる女神の欠片――《希望》。
その力を解放する聖句をつぶやいた。
最後まで読んでくださってありがとうございます。そして更新が遅くてすみません。色々と勉強や実力が足りず遅くれてしまい本当申し訳ないです。まだまだ未熟ですが、それでも頑張って更新していくのでどうか今後、よろしくお願いします。