不思議な夢
遅くなってすみません! 第二章の一話目です
今、僕は夢を見ているようだ、と白夜は思った。
何故かと言うと自分の身体が半透明で、ふわふわと風船ように宙に漂っている。
そして今、目の前に広がる光景がそう思わせるからだ。
青空の下に、緑の絨毯ような地面と木々。そんな青々と生い茂る場所で、
「あああああああああああーーーー!」
天に吠えるように牡牛の角を持つ白銀髪の美少女。【緊箍児】を使う前――元の姿のクロアが泣いていた。その腕の中に、血塗れた白い髪、微笑みを浮かべ息を引き取った青年を強く抱きしめて。
そんなクロア達を囲むように平原を埋め尽くす程の兵士達。数万とも言える兵士達が剣や槍を油断なく構え、弓や魔法をいつでも放てるように備えていた。
そんな状況で、兵士達の中から一人の男性が前に出てくる。
肩まである純色の髪に、褐色の肌と長耳、額に一本角を持つ赤茶色のリアルファーコートを着た男だった。そして彼はその端正な顔がニヒルな笑みを浮かべ、クロアから少し離れた場所に立ち止まる。
「……いつまで泣いておられるのですか閣下?」
クロアの背中に心配そうに話し掛ける彼。だが、その声も目も全て嘲笑っている感じだった。
――しかし、
「シロ……シロよ……う、うぁあ……」
クロアはシロと呼ばれる青年の亡骸を抱きしめ、彼の声に興味を示さず、涙を流し続けていた。
そんな彼女の反応を見た彼は、
「………はぁ~」
と溜息をつき左手を掲げ、パッチンと指を鳴らした。
次の瞬間、シロと呼ばれた青年の身体から光が盛れ――
ドオォォォォォォォォンンン!!!
抱きしめていたクロアを巻き込み爆発した。
「なぁ!?」とそれを見ていた僕の口から驚き声を漏らす。
爆心地に白煙が立ち上る中、シロと呼ばれた彼の亡骸に爆発系の魔法を仕込んでいた男はその場所をじっくりと眺めた後、チッと舌打ちする。
何故? と思い僕はそっちに視線を向けた。
爆煙が晴れていくその場所には、[耐久]の高さか、それとも【仙丹八卦炉】のお陰なのか。無傷のクロアが左手に血で汚れた赤いバンダナを握りしめて固まっていた。
そこに、彼はうんうんと頷き、パチパチと小馬鹿にするような感じの拍手をする。
「いや、流石ですよ閣下。流石は今代の七罪魔王の中で〈最強無敵〉と称されるだけはありますね! この程度では傷すら負わないとは……しかし閣下」
彼がクククッと嗤い。
「ようやく、ゴミが消えたんですから、私の話を聞いてもらえませんか?」
クロアは彼が「ゴミ」と言った辺りでピクッと反応した。
「ああ、それと――」
ナニかを忘れていたように彼は自分の懐からダークグリーンの宝石を取りだし、クロアの足元に叩きつけた。すると、そこから複雑な文字が刻まれた魔法陣が展開し、彼女を包んで消えた。
「どうですか閣下? あの御方に頂いた特別な魔道具の力で、ご自慢の異能やクラスを封じられ常人になった気分は?」
「………………」
彼の問いに、クロアは沈黙で返す。
「ふぅ、黙りですか……まあ、良いでしょう。これでただの小娘になったので話を戻しますね」
大袈裟に肩をすくめ、彼は胡散臭い笑みを浮かべると、
「単刀直入に言います閣下。私から奪った魔王具《傲慢》を返してもらえませんか?
アレは本来……俺が父上から受け継ぐ筈だったモノなんですから」
さも当然ように魔王具を自分の所有物であると語り、彼は一方的に話し続ける。
「もちろん、タダでとは言いません。魔王でなくなった貴方にはコレを付けて、そこの人族の為に働いて下さい」
そう言うと彼は懐から分厚い黒い金属で作られた首輪を取り出す。それは奴隷が付けるような武骨な首輪だった。
「なんでも彼等は隣国との戦争に勝つために戦力が要るとのことで……それにしても」
彼はその首輪を片手に持ちながら、やれやれと言った感じで首を振る。
「……まったく理解できませんね人族とは。魔族の隸属から解放されておきながら自分達は〝罪人の首輪〟と称して奴隷を作り、同じ事をするのだから」
〝罪人の首輪〟――罪を犯した犯罪者を管理するための魔道具である。
その効果は女神の恩恵を封印し、管理する者の命令に従わせる。なお、反抗的な態度や逃亡などを実行すると罪人の身体に激痛が走るらしい。そしてこの首輪は重犯罪者の証であり、重犯罪以外で着けることを法律で禁止されている物でもあった。
だから、彼が言う奴隷はあくまで罪人であって、奴隷とはニュアンスが違うのだが、どうやら彼はその違いが解っていないようだ。
「しかし……ふふ、ははははっ! 簒奪者であるお前に相応しい姿じゃないかクロア! お前は確か、貧相な見た目だが一応女だったな。ならその身体を使って隸属種族どもを慰めてやれよ。くっははははーーッ!!」
豹変とばかりに紳士的な態度をかなぐり捨て、彼は愉快そうに嗤う。
あれが彼の内に秘めた本性なのかもしれない。
「……………仮面が外れおるぞペイン」
ユラリと立ち上がるクロアはそう指摘した。
「おっと、いけませんね。それで閣下、ご返答は?」
「ペインよ……二つ訊かせろ。何故………同胞であるシロを殺したのじゃ?」
俯くクロアは、背後にいる彼――ペインに問う。
「同胞? ふっははは! ご冗談を、私が今まであのゴミを同胞などと思ったことは一度もありませんよ。アレを殺した理由はそうですね………絶望する貴方の顔が見たかったからですよ」
ニタリと嗜虐的な笑みを浮かべ、ペインはそう問い返した。
グッとクロアは震えながら拳を強く握りしめる。
「クククク、あ、怒りました? でも仕方ないじゃないですか。〝弱いものが死に、強いものが生きる〟それが魔族の真理。そう、ルールなんですから、弱いアイツが悪いんです。仮にも魔族の王であった貴方が一番理解している筈ですよね」
ペインは強気に、力を封じられたクロアを見下す。
孤立無援。味方の兵士達がクロアの周囲を囲む。その状況にペインは、自身の絶対的優位を疑っていないのだろう。
「それでもう一つはなんですか?」
ペインは優越感に満ちた顔でクロアに尋ねた。
「………何故、魔王の座にこだわるのじゃ」
「アッハハハ! 何を訊くかと思えばそんなことですか? 当然、俺の方が傲慢の魔王に相応しいからに決まっている! あの御方も魔王具を持つべきは優秀な俺だと仰っていた」
「……それがお前が《傲慢》を欲する理由か?」
「ああ、そうだ! たかだか隸属種族の格闘技を誇りとほざく。お前ごときには文不相応なモノだからな!」
そんなペインの言い分を聞いたクロアは赤いバンダナを、左腕に巻いてある黒いバンダナに重ねるように強く巻きつけ、ぽつりと呟く。
「……………らん」
「はあ? おいクロア、今なんと言った?」
「くだらんと言ったんじゃペイン。お前はそんなものの為に、我からシロを奪ったのか……『魔王武装』」
そう唱えるクロア。すると頭上から黒い光が漏れる。神秘的かつ背徳的な純白と漆黒が入り混じった十字架。その十字の中心にオニキスのような黒い宝石が嵌まった十字型の大盾が姿を現した。
「ああ! それこそ私の魔王具《傲慢》だッ!」
ペインは宙に浮かぶその魔王具を見て興奮する、その刹那。クロアがシューンと視界から消え――
「さあ、クロア。それを俺に(ドスッ!)――ガハッ!?」
次の瞬間、彼の懐に出現したクロアは、左拳をペインのみぞおちにめり込ませた。
ペインは「おおおっ……」と手で腹を押さえながらよろよろと後ずさり、信じられないという顔をする。
「な、何故クラスの恩恵や異能がないのにそんな動き(ドゴッ)――グウッ!?」
そんなペインの頬をクロアは殴りつけ、続けざまに左手で彼の髪を掴むと、
「お前は………どこまで愚かなんじゃペインよ。我が強さの本質は貴様が貶した魔闘術、すなわち武術じゃ。恩恵や異能など我にとっておまけに過ぎん。故に……」
赤い瞳に憤怒と憎悪を宿らせ――クロアは叫んだ。
「我がその気ならスキルに頼らずとも同じ動きぐらいできるのじゃぁぁぁぁ!!」
ドゴォォォォオォォン!!!
その顔面に強烈な膝蹴りを叩き込む。「グハッ!?」と鼻を潰れたペインは赤い雫を散らし、後ろに吹き飛んだ。そのままクロアは右手を手刀のように構え――
「死ねペイン。死んであの世でシロに詫びておけ!」
尻餅をつくペインの心臓目掛け突きだす。
「ヒィィィィ!? きゃ『キャスリング』!」
悲鳴をあげるペインは咄嗟にスキルを唱える。すると、彼と入れ替わるように緑色の小鬼みたいな魔物が現れ、クロアの貫手を代わりに受けた。
「………クラススキルで逃げたか」
ピクピクと痙攣する魔物から右手を引き抜きクロアは、唖然とする兵士達の方に視線を向ける。
「ハァハァ、こ、殺せ、あの化け物を殺せッ! お前達、何を呆けているッ! 奴を、クロアを今すぐ殺せぇッッ!!」
そこから数十メートル離れた場所。兵士達の中でペインは冷たい汗を流しつつ、指揮官らしき豪華な鎧を纏った男に言った。
「し、しかしあの魔王の身柄は我々に引き渡すのが契約だった筈だ! それに奴は貴殿の魔道具で力を封じたのではないのかッ!?」
「ふざけるな劣等種族! 奴を生かして置くことがどれだけ危険なのか解らないのかッ!?」
恐慌するペインと指揮官が言い争う。この事態に周囲の兵士達がざわざわと戸惑い始めた。
――そんな時だった。
「器に宿りし、無垢なる女神の一欠片よ」
クロアの口から、謳うように、美しい言霊が奏でられる。
「咎人たる我は願う、傲慢を背負いし黒の欠片、汝に秘められし真の名を解き放たん――」
それは天の祈りであり、懺悔もあった。
「神の座より高き者、曙の子たる堕天の覇王よ」
謳うクロアの頭上に浮遊する《傲慢》が転移。
「我、汝の罪を此の身に宿し、天上の反逆者と成りて――」
《傲慢》の宝石から漆黒の輝きを発し――
「暁の明星と共に、覇道を示そうッ!」
漆黒の光に包まれながらクロアは、最後の起動コードを唱える。
「真名解放――『天に反逆せし明星の覇王』!」
『認証確認―――MATERIALIZE』
機械的な音声とともにクロアの身体に変化が起きる。漆黒の粒子が籠手、脚甲、黒い宝石が付いた純白と漆黒が組み合わせた甲冑、兜を形成していく。
そして背中に六対十二枚の黒い光の翼を広げた反逆の戦女神。
神にも等しき美貌を持つ白銀の堕天使が、万の軍勢がひしめき合う戦場に降臨した。
その神々しいクロアの姿に、周りにいた兵士達は「おおお~!」と感嘆の吐息を漏らす。そんな中、ペインだけは冷や汗を流しながら青ざめていた。
「あ、あ、ああ、あり得ない、制約を無視していきなり《第六天翼》だと!? それに何故、クラスを封じているのにそこまで魔王具の力を引き出せ……」
はっと気づき、ペインは潰れた顔を憎悪で更に醜く歪ませる。
「そうか……お前か《傲慢》! 道具の分際で俺よりもクロアを選ぶというのか!!」
「何をしているお前達ッ!? 早く攻撃を開始しろッッ!!」
焦る指揮官の命令に、弓の持つ兵士達は慌てて矢を放ち。杖を構えた兵士達は攻撃魔法を雨のように降らせ始めた。
しかし、クロアの胸甲に填まる黒い宝石が輝き、飛んでくる矢を、魔法を、彼女に届く前に見えない壁に阻まれ弾かれる。または砕け、塵に変わる。
「……無駄じゃ、この《傲慢》――その真の姿たる真名武装《堕星覇王》の前ではそのような攻撃は届かん」
そう言うとクロアは背の黒き光翼をはためかせ、ふわりと天高く浮き上がった。
同時に、ズン、と衝撃が平原にいた全ての者を襲う。
兵士達は悲鳴やら怒声やらをあげながら地面の上に這い蹲っていた。
この光景は、まるで最後の審判に描かれた絵画のようでもあった。
そして《堕星覇王》を纏うクロアはある程度、高度に止まり、両腕を広げる。
「愚か者共よ。貴様らが誰に喧嘩を売ったのかその身で味わうのじゃ」
クロアの右腕の籠手から焔の玉が生まれ、内部で膨張と圧縮を繰り返し、紅蓮に燃え盛る星を創り出した。
そして左腕の籠手には風が一点に集まる。そこから暴風は加速し白い光球が生まれ、段々と膨張し、放電を撒き散らす白い恒星に成長する。
強力な重圧で地面に膝まずくペインはその光景を目撃すると、
「か、か、閣下! いえ陛下!? 先程の無礼をお詫びします! 今後は心を入れ換えて貴方様に仕えますから、どうか同胞である私をお助けくださいっ!!」
動けない身体でペインは必死にクロアに命乞いした。
クロアは地上に天の裁きを与える使者の如く、そんな彼を見下ろし――
「………〝弱きものは死に、強きものが生きる〟それは貴様が言った魔族の真理じゃったのうペインよ」
その言葉を聞いたペインの顔から血の気が失せ、青を通り越して白にまでなっていく。ガタガタと震えながら、彼は愛想笑い浮かべた。
「そ、それがどどうかししましたか?」
「……今、貴様が死ぬのは我よりも弱かった。――ただそれだけじゃ」
因果応報。ただ、その一言だった。
無表情なクロアは断罪を下すようにそう告げる。
「あ、あ、あああああああああああああふざけるなぁぁぁッッ!!!!」
絶望に染まるペインは奇声を上げながら、死に物狂いで複数の魔法障壁を張り巡らし――
「この俺がぁぁッ! 次代の魔王たる俺がこんなところで死んでたまるかッッ! 絶対に生きて……貴様に復讐してやるぞクロアァァァ!!」
ギョロりと真っ赤に充血した目でクロアを睨みつけた。
「お前の仲間や友人、地位や名誉、居場所も貴様がこれから手に入れるもの全てを奪って奪って奪ってぇぇぇ! 再び、絶望の底に叩き落としてやるぅぅぅ!!」
「………『日輪雷霆』」
ペインの怨念のこもった叫びに、クロアは無慈悲に両腕を降り下ろし、紅蓮に燃える星と万雷の白い恒星を地上に落下させた。
二つの星が地上に激突する。解放された爆大な焔と稲妻によって生み出された破滅の光が、這い蹲ってでも逃げようとする兵士達を飲み込んでいく。
「クロロロロアアアァァァァァァァァァーーーーーー」
そんなペインの怨嗟は、凄まじさい熱と破壊の爆風でかき消された。
平原全域に鼓膜を焼く雷光と曝炎が渦を巻き、埋め尽くす。
――数分後、超高熱の閃光は徐々に霧散していく。
そしてその跡地には擂鉢状に変貌した灼熱の世界が現れた。
紅く爛れた溶岩が池のように溜まり、地上に紅蓮の煉獄を創り出されたのだ。
そんな地獄に生きていたのは半透明な僕と空中に停滞するクロアだけだった。
「…………………」
すると、クロアは黒い光の翼を羽ばたかせて、その爛れた大地に降り立った。
次の瞬間、そこを中心に赤黒い大地が急速に冷やされ、黒い岩石で出来た舞台が作られる。
そこにクロアは、じっと見つめていた僕に向かって《堕星覇王》の籠手を突きだすと、
「……おい、そこに隠れている奴、出てくるのじゃ」
そう言って構えた籠手から巨大な火炎弾が放たれた。
音速で飛ぶ炎の砲弾は、「ええ!?」と驚く僕を通りすぎ、背後にいた人物に――
「おいおい、魔王さんや! そんなもんをか弱いジジイに向けちゃいかんよ」
そう呟き、自称か弱いジジイが槍の一振りで炎の砲弾をかき消した。
僕は渋い声がした後ろに振り返る。
そこには月光色の着物を羽織る、仙人ような白い髭とサムライヘアーの中老ぐらいの男性がいた。そして手にはどこかで見た覚えがある白い宝石が付いた長槍を持ちつつ「カカカ」と笑っていた。
「………誰じゃ貴様」
「あ~~儂か……そうじゃのう。若い連中の蛮行を止められなかった愚かな老兵じゃ」
クロアの問いに、老人はガシガシと頭を掻きながら恥ずかしそうにそう答えた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。




