俄 雨
どれくらい時間が経っただろう。
集中豪雨は、にわか雨となり、涙は枯れたところで人が来た。
テレビ番組で見る時代劇で見るような、赤い和傘を持っている。
こんな、辺鄙なところで?
向こうもそう思ったらしい。
あたしに気付くと、走って近づき傘を差し出した。
……姐さんと呼びたくなるような、勝気な顔つきの女性だった。
「あや、こんなところに若い娘さんが、どうして? 風邪引くよ!」
傘に合った臙脂色の作務衣を脱ぎ、あたしにかぶせる。
「くっさいけど我慢して。とりあえず、これがタオルがわりね」
においについては、ひどいというわけでもなかったので黙っておく。
むしろTシャツ1枚となったその女性は寒いだろうに、その親切心がありがたい。
彼女は、きったないとこだけど家にご招待するよと言う。
抵抗してみるも遠慮しないでと言って、ぎゅうぎゅう力いっぱい、あたしを抱きしめた。
力が強くて逃げようと思っても、に、逃げられない……っ。
見知らぬ人を、いくら同性とはいえ抱きしめるなんて。
怪しい。
ありえない。
そんな単語が、頭にチラついた。
けれど彼女は、おくびも見せずにアハハと笑うだけだ。
何の歌かはわからないけれど鼻歌交じりで、スキップする。
「それにしてもあなた大概ベタね、元気出して」
女性の言っていることがよくわからないまま、あたしは連れだされた。
彼女の名前は、トウ。
後から聞けば、ここは「恋逃れの山」と呼び名がつくくらい悲恋ものの逸話が多いそうだとかで。
1年に4,5人はフラレタ、もしくはワカレタ理由から、ひとり訪れることがあるという。
あたしも、そういうひとたちと同じと思われていたみたいだった。
トウさんは思い込んだらどうもその考えから突き進むようで、そういう理由で山にいたわけじゃないと真っ先に否定したけれど、聞いてくれなかった。
「いいのいいの。聞かないし、しばらくここにいていいし。でもバカなこと考えちゃだめよ」
はやまっちゃだめよと彼女はそう言って温かいお茶を差し出した。
……何をはやまると?
トウさんの家は山小屋と呼べばいいのか、素朴な小さな家だった。
中は、くしゃくしゃとに丸まった紙と筆がそこらかしこに散らばっており、お世辞にもキレイとは言えない。
色が染みついている小さな皿が、たくさんある。
皿がひっくり返り、こぼれているものもあるけれど。
よほどじろじろと、部屋を眺めていたらしい。
「ん? 私、絵師よ。驚いた?」
何も言わなかったけれど、彼女は言った。
失礼だったと反省して謝ると、彼女はいいのいいの、と手を振った。
「興味、ある?」
きらりと、彼女の目が光った気がした。




