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父 親

勉強は、友達のあの話から、もうやる気がでなくなった。


否定したいけれど、わかっている。


リューオーが8回トリップするたびに、あたしに逢ったというのだから、またトリップするだろう。


勉強したとしても、無駄なんじゃないだろうか。


そこに何の意味がある?


トリップして、その後はどうなるんだろう。


また、ここの世界の時間は止まったまま?


今度帰ってきたときどうなるんだろう。


浦島太郎みたいになったとして、帰るまでその間、家族は、いなくなったあたしをどう思うんだろうか。


考えたら、きりがない。


不安だらけ。うつうつ。


部屋に引きこもっているとノックの音が聞こえ、珍しく父が声をかけてきたようだった。


何の用か尋ねた。


父はあたしの部屋に入ってもいいかと聞いたけれど、それはどうやら父の中で決定のようで、返事する間もなく入る。


勉強机用のキャスター付き椅子を、父はベット側に寄せて座ると、あたしにベットに座るよう促した。


しばらく黙ったままの状態で、気まずかった。


父は、おもむろに口を開く。


「ここ数日、挙動不審だね」


「普通なんだけれど……そんなに変だった?」


父の目を見る。


相変わらず何を考えているかわからないその表情は、しかし優しいと感じる。


「変だった、珍しくヨリが心配してたから」


「お母さんに? うわ、相当だね」


「僕は面白かったけれど、ヨリが見てられないって」


「……だから、お父さんの出番だってこと?」


「そういうこと」


あたしの様子を見た、父の感想について、あえて何も言わない。


口うるさいけれど真面目な母が、普段物をあまり言わない父に、よくからかわれたというのは聞かされている。


兄は父に似たと、兄が何かするたびに母は言う。もはや母の口癖だった。


父は、言うだけ言って黙る。


「何か、話をするように、促されている気分、なんだけれど……」


「だったら話せばいい。 キミがいてほしくないと言うまで、ここにいることはゆずれないよ」


別にあっち行って!というほどではないけれど、気まずいのは確かだ。


黙っているあたしをよそに、しばらくかかるかなあと言って父は本棚に行った。


敷きつめられていた本にある書かれていた背文字を眺める。


……本当に居座る気だ、このひと。


というか少女マンガ読むのか、真っ先に純文学を選ぶと思ったけれど……似合わない。


思わず笑った。


「何で途中から?」


「家にある本という本は読む性分だからね」


今まで勝手に読んでいたということ……?


ちょっと腹が立った。


「この、活字中毒」


「本の虫と呼んでいただければ、更に光栄だね」


あたしの悪態に、さらりと受け流した父は、マンガを読み始める。


大人の展開になっているマンガであれば読まないように止めていただろうけれど、恋愛よりも人間成長重視な物語のためにそこは安心して親に見せられる。


まず、父親が少女マンガを読むということは、ないはずなのだけれど。


変な光景。


……。


「お父さんはさ」


「ん?」


「もし、あたしが、いなくなったらどうする?」


気づけば、こんなことを質問した。


父は本を閉じ顔をあげて、あたしを見る。


そういえば、父が読んでいた少女マンガの主人公は家出したんだっけ?


……好きな、ひとのために。


あたしの場合は、何のためにトリップしてるんだろう?


「今?」


「たぶん、今」


父は、顔をしかめて黙っていた。


考え込んでいるからか、読んだページにしおりがわりに指を挟み持ちながら、腕を組む。


癖付くから本棚行って元の場所に戻せ、と言いたかったけれど黙った。


真剣な父を、あまり見たことはなかった。


「……君を探すかな? うん、将来で嘆くならキミが納得いくまで付き合う、恋愛沙汰であれば男を殴る。事件に巻き込まれたのであれば……どうするかわからないけど、これが僕にとって一番怖い」


「そこまで考えつく?」


「親とは、そういうものだよ」


「……探しても、見つからなかったら?」


「成人になった頃には僕はあきらめる。 無事だろうって思う事にする」


「潔いっていうんだか、薄情っていうんだか」


「子供は巣立つものだろう? 僕なんか滅多に両親に連絡を入れないから……どっちが薄情かって思うよ」


「ああ、だからお祖母ちゃん」


「いやあれはキミたちの声が聴きたいだけだと思うけど」


可愛くない息子だったと、キミたちを見て会うたび言うからね、あのひとは。


ときどきかかってくるお祖母ちゃんの電話を思い出しながら呟くと、父は苦笑した。


母の声が聞こえる。


ああ、もうすぐご飯か。


「さてと行きますか」


「うん」


部屋の扉を開けると、いい匂いがしてきた。


今日はハンバーグのようだ、ソース独特の匂いが辺りをただよう。


階段を下りる、父の背中を見てふと泣きたくなった。


ヨリが作るなんて珍しいねと関係ないことをしゃべる父は、笑って頭を撫でる。


いつまでもずっと。


ずっとこの世界にいたかった。

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