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昼下がりの兵舎裏。
木箱が積まれ、干し肉の臭いと汗臭さが漂うその場所で、王国兵士たちは奇妙な光景を目撃していた。
「……何してんだ、あいつ」
「さあ……」
「昼飯食ったあとからずっとあれだぞ」
兵士たちの視線の先。
そこには、地面に転がる一人の大男がいた。
身長一九三センチ超。
筋肉の塊。
獣人族特有の鋭い犬歯。
ぼさぼさの銀髪。
無駄に整いすぎた顔面。
そして――。
「のだぁ……違うのだぁ……もっとこう……悲しそうに転がるべきなのだぁ……」
レイは地面でごろりと寝返りを打った。
「追放された男はぁ……もっと哀愁が必要なのだぁ……!」
そう言うと、彼は両手を広げ、片脚を妙にくねらせた。
「のだぁ……仲間に裏切られたのだぁ……ぐすんぐすん……」
しばらく沈黙。
レイは片目だけ開けた。
「……どうなのだぁ?」
「いや知らねぇよ」
兵士の一人が真顔で返した。
レイはむくりと起き上がった。
「困ったのだぁ……最近、人間族はすぐ追放するって聞くのだぁ……」
「どこでそんな知識仕入れてんだよ」
「酒場なのだぁ!」
レイは得意げだった。
「追放された男は森で暮らしてぇ! 美少女に囲まれてぇ! なんか急に大成功するらしいのだぁ!」
「お前もう強いだろ」
「うむ!」
レイは胸を張った。
「吾輩、世界最強なのだっ♡」
「なら追放されても困らねぇじゃねぇか」
「違うのだぁ!」
レイは大真面目な顔で叫んだ。
「追放された時にぃ! かっこよく不貞寝できないと困るのだぁ!!」
「何が困るんだよ」
「雰囲気なのだぁ!」
兵士たちは頭を抱えた。
ちなみにレイは本当に強い。
本当に、本当に強い。
王国最強騎士団ですら「まあ正面から戦うのは無理だな」と普通に諦める程度には強い。
三日前も単独で大型魔物を殴り殺して帰ってきた。
しかも本人は途中で拾った木の枝を使っていた。
理由は「剣持つの重いのだぁ」である。
そんな化け物が今やっているのは、追放された時の寝相研究だった。
「のだぁ……やはり片腕で顔を隠すべきかぁ……」
ごろん。
「いや、これはナルシスト臭いのだぁ……」
ごろん。
「むむっ! こっちは“俺は本当は悪くない”感が強すぎるのだぁ!」
「お前普段からその空気出てるぞ」
「のだぁ?」
レイは首を傾げた。
獣人族はとにかく頭が悪かった。
武力だけなら人類史上最強種。
だが、それ以外が壊滅的だった。
食料庫を見つければ限界まで食べて死ぬ。
酒を見つければ飲み過ぎて死ぬ。
詐欺師に「この石は食べると強くなる」と言われれば食べて死ぬ。
滅んだ。
本当に滅んだ。
種族単位で滅んだ。
しかも割としょうもない理由で。
獣人族最後の生き残りであるレイが比較的まともだった理由も単純である。
「吾輩、昔からお腹いっぱいになると眠くなるのだぁ!」
ただそれだけだった。
だから限界まで食べる前に寝ていた。
結果、生き残った。
獣人族の中では知性の怪物扱いだった。
なお人間基準では普通にドアホである。
「レイ」
呆れた声が飛んだ。
騎士団長ガルドだった。
四十代半ば。
傷だらけの歴戦の男。
そのガルドが腕を組みながらレイを見る。
「……お前、今日の巡回サボって何してる」
「追放対策なのだぁ!」
「対策になってねぇ」
「甘いのだぁ!」
レイはびしっと指を突きつけた。
「人間社会ではいつ裏切られるかわからないのだぁ!」
「誰に聞いた」
「酒場のお姉さんなのだぁ!」
「絶対適当言われてるだろ」
「でもぉ! “最近流行ってる”って言ってたのだぁ!」
ガルドは深々とため息を吐いた。
「……お前なぁ」
「のだぁ?」
「普通は追放される前に仕事で失敗したり問題起こしたりするんだよ」
「むむっ!」
レイは目を見開いた。
「つまり吾輩は危険なのだぁ!?」
「お前は既に十分危険だ」
「のだぁ……」
レイは少し傷ついた顔をした。
しかし三秒後には復活した。
「まあ吾輩、顔が良いから許されるのだっ♡」
「腹立つなぁお前」
実際、顔は良かった。
異様に良かった。
兵舎の女兵士たちが遠巻きに見ている程度には良かった。
ただし言動が全部台無しにしていた。
「のだぁ……しかし問題なのだぁ……」
レイは真剣な顔になった。
「追放された時のセリフも必要なのだぁ……」
「いらねぇよ」
「“ククク……今さら戻ってこいと言われても遅いのだぁ……”とか言うべきなのだぁ?」
「お前絶対言われない側だろ」
「むむっ!?」
レイは衝撃を受けた。
「なぜなのだぁ!?」
「お前一人抜けたら国防崩壊するからだよ」
「のだぁ?」
「この前お前が休暇取っただけで西砦壊滅しかけたんだぞ」
「あーはっはっは!!弱すぎなのだぁ!」
「お前基準で語るな」
ガルドは本気で疲れた顔をした。
実際、レイは異常だった。
大型魔物の群れを見れば「うむ! ご飯なのだぁ!」と言いながら突っ込む。
崖から落ちても「のだぁ?」で済む。
矢が刺さっても「くすぐったいのだぁ!」で終わる。
しかも本人は努力していない。
本当にしていない。
筋トレすらしない。
「面倒なのだぁ!」
の一言で全部終わる。
なのに強い。
理不尽なくらい強い。
「……なあレイ」
「のだぁ?」
「お前、本当に追放されたいのか?」
「されたくないのだぁ!」
「じゃあ何で練習してんだ」
「備えあれば憂いなしなのだっ♡」
ガルドは天を仰いだ。
その時だった。
若い兵士が慌てて駆け込んできた。
「だ、団長!! 北門付近に大型魔物群です!!」
空気が変わる。
兵士たちの顔色が一斉に青ざめた。
「数は!?」
「確認できただけで三十以上!」
「クソッ……!」
ガルドが剣に手をかける。
だが。
「のだぁ?」
レイだけが不思議そうだった。
「三十だけなのだぁ?」
「大型三十体だぞ!?」
「少ないのだぁ」
レイは首を傾げた。
「獣人族の子供の遠足レベルなのだぁ」
「お前ら昔どうやって生きてたんだよ」
「いっぱい食べてたのだぁ!」
「だから滅んだんだろうが!」
「のだぁ!!」
レイは突然立ち上がった。
「吾輩、行ってくるのだぁ!」
「待て! 部隊編成を――」
「面倒なのだぁ!」
次の瞬間。
地面が爆発した。
レイが走っただけで石畳が砕け散る。
「のだぁあああああああああ!!!!!!」
銀髪の巨体が北門へ消える。
兵士たちは静まり返った。
「……なあ」
「なんだ」
「あいつ追放したらどうなると思う?」
「王国滅ぶな」
「だよな」
一方その頃。
レイは全力疾走しながら考えていた。
「のだぁ……もし今後追放されたらぁ……」
真顔。
「魔物いっぱい狩ってぇ……」
真顔。
「森でお肉焼いてぇ……」
真顔。
「ふかふかの布団で不貞寝するのだぁ……」
完全にピクニック感覚だった。
そして十分後。
北門の外では、大型魔物三十体が地面に埋まっていた。
ほぼ素手。
レイはその真ん中で寝転がっていた。
「のだぁ〜〜〜……」
片腕で顔を隠しながら。
「ククク……今さら戻ってこいと言われても遅いのだぁ……」
練習だった。
なお城壁の上から見ていた兵士たちは全員思っていた。
(絶対追放できねぇ……)




