↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万鎖の空と遥かな自由へ ―永遠の塔と絶対自由の叛逆者―  作者: れび
第二章:栄光と勝利に至る星幽路
67/71

特殊個体・放浪残響③

「獲った」


ルキナの口から確信が漏れた。

全身全霊のチカラを込めた短剣は必殺の一撃。それは文字通り、どんなものでも押し切るまでの質量が込められている。

それは今も尚動きを見せない影の頭蓋に墜ちて、それを頭から断ち切る――はずだった。


刃がそれに届く。

切っ先が影のフードに触れた――その刹那。

影がちらりと頭上のルキナを見た。

黒で塗りつぶされた顔が、嗤っている。


そして――影の体が、掻き消えた。


「―――え」


ルキナの口から驚愕の言葉が漏れた。

窮極の集中の中、ゆっくりと流れていく時間。墜ちる体。両手で握りしめた短剣。

あるはずだった影を断ち切る感覚がない。短剣はただただ空を切るのみ。

そして、その切っ先は何一つとして捉えられぬまま、常軌を逸した質量を纏った刃は、影の居た場所を虚しく通り抜け――


そのまま、石畳へと激突した。


轟音。

超重量の切っ先が蒼く輝く石の床へと突き刺さり、その一点を中心に放射状の亀裂が奔る。石畳が砕け、抉れ、粉塵が噴き上がった。まるで、天から巨大な杭を打ち込まれたかのように。

それは、彼女の一撃が、いかに凄まじいものであったかの、何よりの証明で。

そして同時に――その全霊の一撃が、何一つ捉えられなかったという証明でもあった。


――躱された?


界約《カース》を乗せた渾身の一撃を。いとも容易く。

いや、躱されたという単純な話ではない。刃は確かに影に届いていた。最早避けることは不可能なはずだった。

だが――消えた。

まるで風に溶けるかのように、刃が体を切り裂く瞬間に、影の体が消えたのだ。

何が起こったのか、まるで分からない。


石畳深くに突き立った短剣。その柄を両手で握りしめたまま、ルキナは砕けた床の上へと降り立つ。

全ての勢いを真下のただ一点へと注ぎ込んだ体。その姿勢は地に伏せるように低く、深く沈み込んでいた。


そして――その真横に。

消えたはずの影が、いつの間にか、佇んでいた。

足音もなく。予備動作もなく。


ルキナの目が驚愕で見開かれたその時には――影の足は振り抜かれている最中だった。


滾らせ続けた憎悪、憤怒の一切を乗せた一蹴り。

純白の金属靴が蒼い光を反射する。宙に浮いた片足が鞭のようにしなり、纏わりつく風が唸りを上げながら真横へと薙ぎ払われる。


ルキナには分かる。それはただの蹴りではない。


思えばソラの足が断たれた時も、先ほど壁を深く切りつけた時も、影の足が動いていた。

つまり、こ(・)の(・)化(・)け(・)物(・)の(・)斬(・)撃(・)は(・)あ(・)の(・)足(・)の(・)一(・)振(・)り(・)か(・)ら(・)放(・)た(・)れ(・)て(・)い(・)る(・)。(・)

蹴り抜いたその軌道の延長線上を、見えない刃が薙いでいくのだろう。

ならば、真横で振り抜かれていくこの一蹴りの意味も、最早、明白だった。


その足が振り抜かれた後に生まれるのはソラの脚を断ち、分厚い石壁を両断した、あの音もなき不可視の刃。さながら死神の鎌のように、ルキナの命を刈り取るための、必殺の一撃。

それが今、真横から、ルキナの体へ向かって放たれようとしている。


紅い瞳に映る死の軌跡。

思考する暇はなかった。驚いている暇はなかった。

理性すら置き去り、体が勝手に動いて――


解き放たれた不可視の刃が、視界の全てを白く噴き上がる土煙と耳を聾する轟音の底へと呑み込んでいった



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【イエソド九層――朽ち果てし神殿・回廊】


「はー、生き返った、って感じ」


薄暗い石の回廊に、リッキの明るい声が反響する。

八層で腫れ上がっていた足首は、今や綺麗に元通り。その足取りは軽く、痛みの気配もない。

雷甲蜥《ブリッツリザード》に切り裂かれた胴の傷も、最早傷跡すら残っていない。少し前まで瀕死だったはずの彼女は、今やカルデアを出立した時と同じ程度にまで体調が戻っていた。

しかし、そうと言っても怪我をしたことに違いはない。ドールが安堵の表情を見せつつも口を開く。


「あんま調子に乗んなよ?治ったばっかなんだからな」

「分かってるってば。それにこれから戻るんでしょ?帰り道ではゆっくりさせてもらうわよ」

「おう、そうしとけ」


泉でソラと別れてから数十分が経過したころ、リッキは漸く意識を取り戻した。

それから更に少しの時間が過ぎて、案じていたリッキの容態も落ち着き、こうして減らず口を叩けるまでに回復した。

そこで、【高みを目指す者】(アルティオラ)達は一旦、カルデアまで戻ることに決めた。

ポーションも減らしてしまった上に、装備もいくつか破損している。例え、体がいくら"泉"で癒えようとも、万全とは言い難い状況だ。そんな状態で十層の試練に突入するほど彼らは愚かではない。


先頭にガレン、次にドール、後ろにリッキとイズメ。いつもの隊列で、四人は入り組んだ回廊を戻っていく。



「……リッキさん」


元気そうに声を出すリッキの後ろで、イズメが遠慮がちに口を開いた。


「あの……ごめんなさい。もし私がちゃんと動けていたら、リッキさんに痛い思いを、させずに済んだのに……」

「……はぁ? 何言ってんの、あんた」


リッキが、呆れたように振り返る。


「このパーティの要はあんたよ。あんたを守るのは当然のこと。それに、あんたがいてくれたから、あたしは今こうして歩けてんのよ。……礼を言うのは、こっちの方でしょ」

「リッキさん……」

「ほら、湿っぽいのはナシ。あたしは元気。それで、おしまい」


ぐしっと洟をすするイズメの背を、リッキが軽く叩く。それを見て、ドールがからからと笑った。


「っていうか、さ」


気を取り直したように、リッキが口を開く。


「あたしずっと気を失ってたから、よく分かんないんだけど。結局、あたしらを九層まで運んでくれたっての、どんな連中だったわけ?」

「あー、それな」


ドールが、にやりと笑う。


「黒髪の兄ちゃんと、フードを被った…嬢ちゃん?の二人組でな。これが、とんでもねえ化け物どもだったんだよ」

「化け物?」

「文字通りさ。男の方は八層の雷甲蜥《ブリッツリザード》を素手で――素手だぜ? ぐしゃぐしゃに叩き潰しやがった。最後の方にはトカゲどもの方が逃げ出しててな…もうどっちがモンスターなんだかわかんなかったよ」

「それは……何というか、凄いわね。で、女は?」


そんなリッキの質問に、ドールは腕を組んで唸りながら、言葉をひねり出した。


「女の方は……まあ良く分かんねえけど、とにかく強かった」

「よくわからないって……何それ?」

「いや、ホントによくわかんねえんだよ。とにかく速くて、鋭いって言えばいいのか……?瞬きしたら骨兵《スケルトン・ウォリアー》が倒れてんだよな……マジで何が起きたのかわかんなかった」

「ふーん……?」


何とも要領を得ない話に、リッキは腕を組んで唸った。

雷甲蜥《ブリッツリザード》を素手で潰したとか、瞬きしたら敵が倒れてたとか、酒場で聞いていたら鼻で笑うような話だが、ドールが言っている以上、嘘ではないのだろう。

たった二人。にもかかわらず【高みを目指す者】(アルティオラ)の四人を護衛しきった、その実力。

話で聞いただけでも相当優れた――いや、間違いなくイエソドでトップの実力の持ち主だということが分かる。

しかし、果たしてそんなことが出来る冒険者なんて、カルデアにいただろうか――そう思案する、リッキの様子を見て、ドールが、待ってましたとばかりに口の端を上げる。


「お前が知らないのも無理はないぜ。アイツらは数日前に初めてカルデアに着いたル(・)ー(・)キ(・)ー(・)らしい。しかも六層から九層まで、たった一回の冒険で駆け抜けてきたってんだから、笑っちまうよな」

「……嘘でしょ?」

「本当だっての。多分、嘘はついてなかったと思うぜ」


目を丸くするリッキに、ドールが肩を竦める。


「けどまあ」

ドールが、ふっと表情を緩めた。


「強さは正真正銘の化け物だったがな。話してみりゃ、案外、面白い連中だったよ」

「面白い?」

「まあ、いつか話してみれば分かるさ。とんだ、変な奴らだったよ」

「何それ?」


頭に疑問符を浮かべるリッキに対して、ドールの口ぶりは、どこか楽しげだった。

そして、話を後ろで静かに話を聞いていたイズメに、ドールの視線が向いた。


「なあ、イズメもそう思うだろ?」

「……まぁ、そうですね。私はまだちょっと怖いですけど……」

「???」


強くて、怖い、変わり者。

断片ばかりが並ぶその人物像は、話に聞くだけのリッキの中では、どうにも一つに結びつかなかった。

そんなやり取りを、ガレンは先頭で、ただ黙って聞いていた。


――上の景色が、見たいんだ。


そう語った時のあの黒髪の男――ソラの眼を思い出す。

金でも、力でもない。ただ、この窮屈な世界のその先を見たいと願う眼。

あれは確かに、自分と同じものを見ている眼だった。


――変わり者、か。


ガレンの口元に微かな笑みが浮かぶ。ならば自分もきっと似たような穴の狢なのだろう。

次にどこかで会えたなら、借りを返さなければ――

そんなことを改めて思い直した時だった。



ずん、と。



足の裏から、鈍い震動が這い上がってきた。

四人の足が揃って止まる。壁の松明の炎がゆらりと揺れ、天井から細かい砂が零れ落ちる。


「……今の、感じたか」

「ああ。揺れたな」


ドールが眉を寄せる。

一度きりでは、なかった。ずん、ずん、と、間を置いて何度も。遠く、けれど確かに、この回廊の奥から。

自然の地鳴りにしては、あまりに規則正しく――そして、あまりに剣呑だった。


「なんだ……?」

「分からん」


ドールの問いに、ガレンは短く答える。その視線は、震動の伝わる方へと据えられていた。九層で、これほどの揺れを起こす何か。心当たりはない。

だがそれ以上に――首の後ろをあの感覚がちりちりと撫でていた。

八層で崩落を言い当てた、あの予感。


「……嫌な予感が、する」


低く呟いて、ガレンは震動の伝わる奥へと、体を向けた。


「悪いが、少し寄り道だ。あっちを見てくる」

「はぁ!?わざわざ危ねえ方に行くってか?」

「引っかかるんだよ。こういう時の勘は外したことがない。……分かってるだろ?」

「……しゃーねえなあ」


大袈裟に肩を竦めるドール。だが、その手は既に棒を握り直していた。

ガレンの予感が外れて悪い方に転んだことは、ただの一度もない。それは彼ら自身がよく知っている。


「リッキ、イズメ、いいか?」

「……ま、リーダーがそう言うなら」

「はい。気を付けて、いきましょう」


四人は再び歩き出す。今度は慎重に。

鳴り止まぬ震動の、その源へと向かって。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


舞う土煙が広間を満たす。

影の右脚から放たれた一閃。見えぬ刃は文字通り広間にある全てのものを切り裂いた。

断ち切られた列柱が鈍く重い音を立てながら倒れ、石畳を破砕しながら横たわる。切りつけられた壁面は、その表面を斜めに深々と抉り取られ、その深い傷跡は天井にまで及んでいる。

ソラに向けられたものとは比べ物にならない程の破壊の爪痕。

それこそが、広間を無差別に薙ぎ払った一撃に込められた殺意の重さを物語っている。


やがて、土煙がゆっくりと晴れていく。

煙の中に一人分の影が映る。それは白髪の少女の死体――ではなく。


「はっ、はっ―――」


――息を切らせ、顔から汗を滴らせながらも、しっかりと二本の足で立っているルキナの姿だった。


白いフードは袈裟懸けに切り裂かれて、力なく肩から垂れ下がり、端正な顔にも一本の赤い線が刻まれている。

だが、それだけだった。

あの必殺の一撃を受けて彼女が負ったのは、たったその程度の掠り傷だけだった。


――刃が放たれる、その刹那。


思考の一切を手放したルキナの足が、真横から迫る影の脚を下から蹴(・)り(・)上(・)げ(・)て(・)い(・)た(・)。

勿論、無茶な体勢から放たれた蹴りにはそこまでの威力はない。しかし、蹴り上げと同時に界約《カース》を発動し、ルキナ自身の脚の質量を重くしていた。

それによって、威力のないはずの蹴りに威力を持たせ、僅かでも軌道をずらすことに成功していた。


それはほんの、数センチ。本当に少しだけのズレ。


だが、それで十分だった。狙いを逸らされた蹴りは、その延長線上に生まれる刃の軌道もまた、僅かに逸らす。

本来、彼女の胴を薙ぐはずだった死の軌跡はその分だけ上へと逸れ、彼女の背後で風に揺られていたフードのみを断ち切って抜けていった。

紙一重。

文字通り、髪の毛一本ほどの差での生還だった。


生きた。だが、状況が好転したわけではない。


土煙の向こうで、影は既に次の動きへと移ろうとしていた。

仕留め損なったことなど関係ないとでも言うように、纏う風が再びざわりと蠢き始める。

そして、その右足が上がって――


――させない。


その瞬間、ルキナは荒い息のまま、地を蹴った。

影が次の一撃を組み立てるより、早く。石畳に突き立てたままだった短剣を、走り抜けざまに引き抜き――その勢いのまま、影の懐へと跳び込む。

逆手に握り直した刃に、有りっ丈の殺意を乗せて。


「はァッ!!」


普段の彼女からは、考えられない声だった。

蒼い光を曳いた短剣が、闇色の胴へと、吸い込まれていく。

その切っ先が、外套の布に触れる――


「ッ!?」


その寸前。影の輪郭が風に紛れて掻き消えた。

ルキナの一撃はまたしてもただ空を裂く。


「また……ッ!?」


躱された一撃に驚愕の声を漏らしながらルキナは、音を立てて地面に着地する。

そんな彼女から数歩の距離を置いて、影は何事もなかったかのように、再びその身を結び直していた。


やはり、届かない。

何を放とうと、この化け物は、届く寸前で風に紛れ、するりと逃れてしまう。

全霊を乗せた一撃はただ空を斬らされるばかりで、当たる気配が微塵もない。


じり、と焦りが胸を焼く。


このままでは埒が明かない。どれだけ足掻こうと、掠らせることすら叶わないなら打倒は不可能。

そして、ルキナが影の攻撃を避け続けるのも限度がある。いずれ当たってしまうのも時間の問題だ。

握った短剣の柄が、汗で滑る。研ぎ澄ませていた集中の糸がほつれかける。


絶望が、ルキナの頭を埋め始める――その時だった。


不意に、悠然と佇んでいたはずの影の体が、ぐらり、と揺らいだ。


まるで、糸の切れかけた操り人形のように。あるいは、内側から罅割れていく、脆い器のように。

影は揺らいだ体を何とか支えるように、右足を石畳へと踏みなおす。地面と金属靴がぶつかった、ガシャリ、という音が広間に響いて――


その瞬間、ルキナは気づいた。


「……?」


擦り切れた外套の袖から覗く、影の腕。

そこに一筋の、罅が走っていた。


――傷?


ルキナの目がその一点に吸い寄せられる。

傷というよりは、まるで陶器が割れたときのような、文字通りの罅。

それが、いつの間にか影の体を走っていた。


これまで、掠り傷の一つとて与えられなかったはずの化け物。その体に確かに刻まれた、亀裂。

よく見れば、影が身じろぎするたび、その体からは砂のような細かな破片が、ぱらぱらと零れ落ちている。

あれほどの力を振るいながら、いやあるいはあれほどの力を振るっているから――その身は確実に崩れ始めているのだ。


つまり――無敵ではない。

この化け物にも、終わりはある。


その確信が絶望に沈みかけていたルキナの思考を、再び、水面へと引き上げた。






本作品を読んでいただき、誠にありがとうございます。


この作品では、批判批評を自由に受けつけ、それによる展開の変更や内容の修正が起こることがあります。


誤字脱字、読みにくい文体・改行位置、設定の不整合、唐突な展開へのご指摘等、全てをご自由にレビューいただけますと幸いです。


どんな内容であろうと否定は一切いたしませんので気軽にフィードバックいただきたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。