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記憶を失った修道女と地下室の少年  作者: Sy
槍の王 第1部
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20/22

第20章 鳴かない赤ん坊

ソフィアの過去の記憶その2です。

ソフィアは大広間でアルフレッドが慌てて右往左往しているのを見つけた。


「アルフレッド!?何か大きな物音がしたけれど、何があったの?」


「お、お嬢様!セレステ様が産気づけられたのです。今、医者と助産婦たちがセレステ様のお部屋に。私は必要なものをかき集めております。」


ソフィアはそれを聞くと少しホッとした。セレステのお産が近づいていることに心の準備はできていたからだ。しかし、その安心はすぐに打ち砕かれた。


「きゃーーー!!!」


それは甲高い悲鳴だった。赤ん坊の鳴き声ではなく、女性たちの絶叫だ。その悲痛な叫びはただ事ではないことを表している。そして、叫び声はセレステの部屋から聞こえてくる様だ。


「な、何かしら?」


「様子がおかしい様ですね。急ぎましょう。」


ソフィアとアルフレッドはセレステの部屋へ走って向かった。ソフィアの胸騒ぎは焦りと恐怖へと変わっていった。



「お姉様!!」


ソフィアがセレステの部屋のドアを勢いよく開けると、中の惨状に愕然とした。


セレステの部屋はしんと静まり返っていた。部屋の絨毯は血の海に代わり、人の形をした血の塊がその中に幾つも横たわっている。その中には父、弟、医師や助産婦がいた。ある女は体を左右に引き裂かれている様に見えたが、ソフィアは恐怖のあまり視線を逸らした。


途端に足に力が入らなくなりガクッと膝を床に落とす。それでもソフィアは手で体を引きづりながらベットの側に倒れている弟に近づいて手を置いた。


「そ、そんな・・・。どうして!?」


今朝頬をナプキンで拭うソフィアを嫌そうに見つめていた弟は、大きく目を見開き絶命していたのだった。その恐怖に引きつった顔にソフィアは小さな弟を救えなかったことを悔いた。


しかしソフィアが現状を理解するのは難しかった。そこには出産を終え赤ん坊を抱えている筈の大好きな姉の姿があるはずだったのではないか。そしてそれを囲んで喜ぶ家族と使用人達がいたのではないのか。


ソフィアは恐怖と混乱、悲しみで涙がこみ上げてきた。


「アルフレッド、これは何?一体何があったというの。」


「お、お嬢様!」


ソフィアが見上げるとアルフレッドが血まみれの塊を手に抱いていた。涙を拭いよく見るとそれは赤ん坊だった。


「せっかく生まれたこの子も死んでしまったというの?」


ソフィアはアルフレッドから血まみれの赤ん坊を抱き上げた。


「なんてかわいそうな子。せっかく生まれてきたのに…」


ソフィアは再び涙を流した。


アルフレッドはソフィアの肩にそっと手を置き静かに懇願した。


「お嬢様、せめてお名前を。」


ソフィアは少しだけ間を置き、その生まれたばかりの赤ん坊の名前を囁(ささや)いた。


「ぎゃーー!」


すると、その赤ん坊は突然鳴き始めたのだった。驚いたソフィアはアルフレッドを見上げて言った。


「アルフレッド!生きてるわ。この子、生きていたの!」


そう言ってソフィアはようやく産声をあげたその赤ん坊を泣きながら抱きしめた。


「どうして、どうして、こんなことに…」


「お嬢様、どうか忘れるのです。この様な悲惨な光景を覚えてはなりません。私が必ず、あなたとこの子をお護り致します…」


アルフレッドは赤ん坊を抱きしめるソフィアの肩を支えながら額に手を置き、小声で何かを囁き始めた。


そしてソフィアの意識は次第に遠のき、赤ん坊の鳴き声さえもソフィアの脳裏から消えていった。




——————————



そして漸(ようや)くソフィアは目覚めた。


そこはいつもの教会の自室だ。ソフィアは自分がラミエラの幻想を破り戻ってきたことを悟った。窓の外を見るとすでに日が下がり始め空が緋く染まっていた。


(いけないっ、儀式はすでに始まっている筈!)


ソフィアは教会の地下室へと急いだ。

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