復讐は、火の国で
翌日、天野冴子への尋問が始まった。城戸と山辺が担当することになった。
「まず、御主人の死から四ヶ月経った今、復讐を始めた理由を詳しく教えてください」
城戸が、質問した。
「はい。私の友人の収集家の方から話を聞いたのがきっかけでした。その方が、東京にいる田島という収集家仲間がいて、その人が『肥後の鶴』を持っているという妙な話を聞いたといったんです。刑事さんもご存知の通り、『肥後の鶴』が人手に渡っているはずはないんです。そこで、探偵を雇って田島という男を調べさせたんです。結果、確かに田島は『肥後の鶴』を持っていたんです」
「御主人が、告訴の準備をしていたとおっしゃっていましたが、それに気づいたのも同じ頃ですか?」
「はい、そうです。私は、他人が『肥後の鶴』を持っているという話を聞いて、心配になったので、家に保管してあった『肥後の鶴』を確認したんです。その時、その額縁の中に隠してあったのを見つけました。告訴状の被告人のところに、細谷という名前と藤川という名前がありました。細谷というのは、夫の絵を取り扱ってくれていた画商で、藤川というのは同じ阿蘇を拠点にしている画家だというのは、私も知っていました。家に本物があったので、その細谷と藤川の二人が、夫の絵の贋作で悪事を働いたんだと思いました」
「では、御主人は細谷に殺されたというのは、どうしてわかったのですか?」
この質問は、山辺が冴子に訊いた。
「その告訴状を夫と一緒に作成していた弁護士に話を聞いたんです。すると、夫は、『贋作の件が解決するまで、俺は、筆を握らない。それぐらいの気持ちで訴えてやる』と、言っていたそうです。夫は、頑固な人間でした。そんな夫があの日、あの崖まで絵を描きに行ったというのは、四か月後の今になって信じられなくなってしまいました。それで、私は確信したんです。夫の死は、ただの事故ではない。細谷か藤川が、告訴されることを恐れて夫の口を封じたのだと」
冴子は、力を込めて言った。
「それでは、いくつか質問しますので、細谷さんを殺害した時の詳しい話を聞かせてください」
城戸が、そう切り出して、質問をした。
「まず、細谷さんが殺害される前日、つまり、八月四日。あなたは、田島さんを誘拐しましたね?」
「はい、そうです。東京の田島さんを誘拐した後、そのまま阿蘇へ向かいました」
「阿蘇にある宿泊施設のほとんどで、田島さんが細谷さんを探していたという証言がありましたが、これについて説明をお願いします」
城戸が、冴子に訊いた。
「それは、私が田島さんに指示しました。車で私がホテルとか旅館まで運転して、細谷の居場所を調べるように命令したんです。実は、私は、細谷がどこに居るか知っていたのですが、わざと田島に聞きに回らせました。そうすれば、細谷の居場所を調べていた田島が、容疑者となると考えたからです」
「我々の調べによると、藤川さんは、細谷さんに脅迫され、強請られていました。それは、ご存知でしたか?」
「はい、知っていましたよ。私が雇った探偵から聞きました」
冴子は、肯いてから答えた。
「それで、あなたは、藤川さんに阿蘇へ呼ばれた細谷さんを殺害したのです。つまり、あなたが細谷さんを殺害したタイミングは、藤川さんが細谷さんを呼び出したタイミングと同じだったのです。それでお聞きしたいのですが、藤川さんが細谷さんを阿蘇へ呼び出したことは、ご存じだったんですか?」
「知っていたというか、私が藤川さんを使って細谷さんを阿蘇へ呼び出したのです。それは勿論、細谷さんに復讐するためにです。細谷さんは、藤川さんの指示には必ず従っていたようです。細谷さんの弱音を握っている藤川さんは、細谷さんを自分の思い通りに動かせたんです。私は、それを使おうと思い、藤川さんに接触し、八月五日の午前二時に草千里に細谷を呼び出して欲しい。用件は、四ヶ月前のことについて話があると伝えてもらいました。細谷さんは、確かに指示通りに草千里まで来ていました。その細谷さんを私は殺したのです」
「藤川さんを殺害したのも、あなたで間違えありませんね?」
「はい、間違いありません。藤川さんは、私の指示通り細谷さんを呼び出してくれた報酬を払うと言って、熊本城に呼び出しました。報酬というのは、勿論嘘で、藤川さんを私が殺害しました」
「最後に、田島さんを殺害しようとしましたね?」
「はい。田島さんが、本物の『肥後の鶴』を手に入れようとして動いていると見せかけるために、先ほども言った通り、田島さんを誘拐しました。二人の殺害を終えた後、私は、警察に出頭して刑事さんたちに誘拐されたと証言しました。本物の『肥後の鶴』を要求されたと証言すれば、犯人は田島さんに絞られると思い、それを狙ったのです。そして、実際に成功したので、次は田島さんを自殺に見せかけて殺害しようとしました。あの手紙は、自殺に見せかけるために、私が用意したんです」
「キャンピングカーにナイフが落ちていて、それには田島さんの指紋が残っていました。それについて、説明をお願いできますかね?」
山辺が、訊いた。
「それは、私が田島さんにナイフを握らせたんです。そのナイフは、細谷さんと藤川さんの殺害に使いましたが、その時私は手袋を使っていました。犯行を終えた後、田島さんの指紋を付けておいたんです。それが、私の犯行のすべてです」
冴子は、自分の供述をそう締めくくったが、
「すみません。あともう一つ、私なりの疑問があります」
と、城戸が止めた。
「被害者は、藤川さんを除きますが、東京在住の方たちです。ですが、あなたは、わざわざ東京から呼び出してこの阿蘇で犯行に及んでいます。それは、何故なのでしょうか?」
「夫は、熊本の生まれであることを自身の誇りとしていました。俺は、火の国の男だ。そう誇らしげに言っていたことがあります。そんな夫の復讐を決心した時、復讐は、火の国で。私は心の中でそう思いました。それも、夫の傑作と言われていた、『肥後の鶴』の舞台での復讐を思いついたのです」
冴子は、落ち着いた口調で答えた。
田島の事情聴取も、城戸と山辺が担当した。
田島は、逮捕当時と態度を一変させ、反省の弁を何度も述べていた。
買い取った『肥後の鶴』が鑑定の結果、贋作と判明した時、確かに告訴という手段はあったのだが、つい金儲けを思いついたという。騙されて、贋作を本物の値段で取引させられたので、ムキになってしまったところもあったと反省していた。
そこで、田島は、城戸たちの推理通り、自分は贋作のことを知らないふりをして、藤川に「『肥後の鶴』の贋作の件を田島に告発するぞ」と、細谷に脅迫させた。それに従った田島から、五十万を手に入れ、内十万円は藤川への報酬とした。つまり、田島は四十万円を毎月手に入れていた。
「確かに、刑事さんの言うことは正しかったと今になって痛感するよ。俺の選択ミスで、一人の画家が死んで、こんな事件が起きてしまったんだ。あの時の俺はバカだった」
そう、何度も嘆いていた。
それから数ヶ月が経って、天野冴子は、起訴された。
田島に関しても、殺された細谷の自宅で脅迫状が見つかり、更に田島と藤川のメールでのやり取りが決め手となり、起訴されることになった。
つまり、阿蘇署の山辺は、やっと『肥後の鶴』の一連の事件から手を放すことになったのである。
それを知った城戸は、再び阿蘇へ向かった。
阿蘇くまもと空港のターミナルを出ると、もうあの時の暑さはどこかに消えていた。どちらかと言うと、寒いくらいである。
迎えに来てもらっていた山辺の運転する車に城戸が乗り込むと、空港から東に進み、阿蘇へ向かった。
二人の目的地は、大観峰である。
先日、十年ぶりの再会を果たした城戸と山辺だが、細谷の死体が見つかってしまい、二人は別れざるを得なかった。なので、今度こそはという事で、再び大観峰へと向かうことにしたのだ。
大観峰は、多くの観光客がいた。それは、前に行った時の大観峰と同じである。
二人は、雄大な阿蘇五岳を眺めていた。やはり、前回と同じで、空は青く澄み渡っていた。違うことはと言えば、日差しが少し優しい感じになった。
「なあ、城戸。あの事件を振り返ってみて、少し思った事があるんだ」
と、山辺が話し出した。
「細谷も天野冴子も、二人とも似ていると思ったんだ。二人共、愛する人のために罪を犯した人間なんだ」
城戸は、静かに肯いた。
確かに、山辺の言う通り、細谷も天野冴子も愛する人のために犯罪を犯し、逮捕された人間達だった。細谷は、恋人の木下巴が引き起こした横領事件の示談金の為に田島を騙し、天野冴子は、殺された夫の復讐のために罪を犯したのだ。
「ところで、私は定年で退職したら、妻も連れてこの阿蘇へ帰ろうと思っている。まあ、若い頃の様にとはいかないかもしれないが、また二人で楽しもうじゃないか」
城戸が、笑顔でそう言うと、
「そうか?そうなったら、こちらこそ宜しくな」
と、山辺は言った。どうやら、山辺は、城戸が冗談を言っていると思ったようだ。
城戸は、それを察して、
「さっきのは、まったくもって本気だぞ。死ぬときは、この阿蘇で死にたいからね」
と、言った。
「俺だって、人生の最期は阿蘇で迎えたいと思っているさ」
山辺は、そう声を張り上げた。
すると、山辺は直ぐに、興奮してしまった自分を恥ずかしく思ったのか、頬を赤くして、
「まあ、阿蘇っていいところだもんな」
と、照れながら言った。
城戸は、雄大な阿蘇五岳を眺めながら、山辺の言ったことを改めて認識した。




