表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『肥後の鶴』殺人事件  作者: にちりんシーガイア
第十五章
15/16

五か月前の過ち

 城戸が、腕時計を確認すると、午前八時を指していた。

 通潤橋は、平日の朝だったこともあり、観光客などの人は全然いなかった。

 それでも、地元に住んでいるであろう年配の人が、ジャージ姿で通潤橋の上を歩いていた。恐らく、朝の散歩だろう。確かに、辺りは涼しく、今の季節には丁度良い気候だった。

それから三十分が経った、時刻で言うと八時三〇分頃。木陰に潜む刑事たちの横を、二人の男女が一組になり、通潤橋の方へ歩いていった。

 女が男の肩を持ち、男は後ろで手を組んでいる。男の手首を見ると、何やら朝日が反射して目に入ってくる。金属の光沢で、朝日によって輝いているのだ。少し眩しかったが、目をしかめてみると、その金属は手錠だった。

 城戸は、その二人の男女とは、田島と天野冴子ではないかと思った。彼は「いよいよ来るぞ」と、心の中で自分に言い聞かせ、拳銃を手で握った。

 二人の男女は、橋の真ん中あたりで足を止めた。女の方が、辺りを見回していて、こちらに顔を見せた。確かに、天野冴子だった。

「山辺、あいつらは、田島と冴子だ」

 城戸は、小声で山辺に教えた。

 すると女は、来ていたパーカーのポケットに手を入れ、何か先の尖ったものを出した。

 それを見た城戸は、尖ったものが注射器であるとすぐに気付いた。田島を睡眠薬で眠らせて、橋の上から突き落とすつもりなのだろう。

 城戸は、突然木陰から飛び出し、朝の爽やかな空に向かって発砲した。

 他の刑事も、木陰から飛び出した。

 田島と冴子の方は、突然の銃声に慌てふためき、冴子の手に握られていた注射器が、地面に落ちた。

 刑事らは、そんな二人のもとへ駆け寄った。城戸が、注射器を拾い、後ろに居た刑事に手渡した。

「刑事さん、突然どうしたのですか?」

 冴子は、そう言ってとぼけた。

「あなたを田島さんに対する監禁罪と殺人未遂で逮捕しに来たんですよ」

 城戸は、あくまでも落ち着いた口調で答える。

「監禁罪?私は、逆に監禁された身なのに、なぜ逮捕されなければならないのですか?」

「この前、我々に供述した誘拐は、ただの芝居に過ぎませんよね?」

「芝居?とんでもない。私は、確かに田島さんに誘拐されました!」

 冴子が、大声を出して訴えた。

「ちょっと待って下さい。あなたは、誘拐犯は、目出し帽を被っていて犯人はわからないとおっしゃっていましたよね?ですが、あなたは今、『田島さんに誘拐されました』と、言いましたよね?おかしいんじゃありませんか?」

 城戸が、そう指摘すると、冴子が焦っているのが分かった。彼は、構わずに続けた。

「やはり、あの誘拐は芝居だったんですね。あなたは、田島さんを誘拐犯に仕立て上げた。いや、誘拐犯だけじゃない。細谷、藤川に対する殺人の罪までをも押し付けた」

 すると、田島が、

「刑事さん。あの女は、俺を監禁していたんだ。八月四日から、白いキャンピングカーにずっと閉じ込められていたんだよ!」

 と、訴えた。

「ええ、最終的には、あなたを殺害するために誘拐したんですよ。それも、殺人犯に仕立て上げたあなたを自殺に見せかけて殺害し、事件を終わらせるつもりだったんです」

 城戸は、田島にそう言った。

「何だって?俺を殺人犯にも仕立て上げたのか?」

 田島は、冴子の方を向いて声を張り上げた。

 しかし、彼女は動じなかった。顔を俯かせたまま、何も反論できない様子で黙り込んでしまった。

 城戸は、

「冴子さん、この事件は、本物の『肥後の鶴』を手に入れようとする田島さんの犯行ではなく、あなたの復讐劇だった。それで、間違いありませんね?」

 と、念を押すように訊いた。

「はい、間違いありません」

 そう答えると、目に涙を浮かべ、冴子が続けた。

「私は、夫の事でにくく思っていて、夢中で復讐してしまいました」

「しかし、四ヶ月も間を開けたのは、何故ですか?」

 城戸が、疑問を投げかけた。

「夫の死が細谷の仕業だというのを、最近知ったんです。それまでは、私は、本当に夫は事故で死んだと思っていました。『肥後の鶴』のことも全て知りました。夫は、私にも内緒で、贋作を強要した細谷と、実際に制作した藤川を訴える準備をしていたそうです。ですが、それが細谷達に知られてしまい、事故に見せかけて殺されたのです。それを知った時、私は、そんな二人をとても許せませんでした」

「警察に訴えるという選択肢もあなたにはありましたよね?」

「確かにありましたが、それでも、何年か服役した後、どうせ戻ってくるんです。でも、夫が戻ってくることはありません。それを考えた時、あの二人を生かしておくことは許せないと思ったんです」

 冴子の頬に、涙が走る。

「その点、あなたの御主人は、あなたよりも賢かったですね」

 城戸が、そう言うと、冴子は、彼と目を合わせた。

「あなたの御主人は、感情的にならず、法的措置をとることを選択しました。しかし、あなたはそれができずに、罪を犯してしまった。御主人は、そんなあなたに悲しんでいると思いますよ」

 城戸が、そう続けると、冴子は、しゃがみ込んで泣きわめいてしまった。

 後ろで見守っていた、山辺をはじめ刑事達がぞろぞろとやって来て、冴子に手錠を掛け、パトカーへ連れて行った。

 一方、門川等の他の刑事は、田島の手錠を外していた。冴子が、田島を監禁するために掛けた手錠である。

 手錠を外された田島は、何か清々しい顔をしていた。すべて終わり、自分は何も関係ないという感じの表情である。城戸は、そんな田島の様子がしゃくさわった。

 何食わぬ顔でその場を去ろうとする田島を、城戸は、引き留めた。

「田島さん。今回の事件の発端は、あなたのあやまちからと言っても過言ではないと思いますよ」

 すると、田島は、城戸を睨んで、

「何だって?俺が殺人事件になるような過ちを犯した?一体、何をしたというんだ?」

「五か月前の話ではありますが、美術商の細谷から『肥後の鶴』を買い取り、それが贋作だと気付いたあなたは、何をしましたか?」

「―――」

 城戸がそう言うと、田島は、すっかり肩をすくめてしまい、黙り込んだ。

「あなたは、贋作の作者の藤川を使って、間接的に細谷を脅迫しましたよね?」

「それが、どうやって事件になったというんだ?」

 田島が、開き直った。

「あなたが、そこで自分の利益のために走らずに、平和的に法的措置を取れば、今回のような事件は起きなかったわけです」

「それは、あくまでも仮定の話じゃないのか?本当にそう言い切れるのか?」

 田島は、鼻で笑いながら言った。

「四ヶ月前、『肥後の鶴』の作者の天野肇さんが亡くなりました。警察は、事故死と結論を出したのですが、実は、美術商の細谷に殺害されたのです。何故殺害されたのかというと、天野さんは、自分の絵の贋作が出回っていることを知って、告訴の準備を進めていて、それを知った細谷が、口封じの為に殺害したのです。贋作というのは、あなたが買い取った『肥後の鶴』のことです。もしあなたが、『肥後の鶴』が贋作であると気付いて直ぐに告訴するなりをしておけば、天野肇さん自身が告訴する前に解決できていて、細谷がその天野さんを口封じすることもなかったのです」

 田島の顔に、焦りがにじみ出た。城戸は、構わずに続けた。

「従って、天野肇さんが殺されていなければ、妻の冴子が、夫の復讐と言って細谷や藤川を殺害することはなかったはずです」

「そんなことを言われたって、自分は、殺人事件にまで発展すると思って脅迫したわけじゃないんだよ」

「そんな言い訳で許されると思っているのか?お前は、天野肇さんを殺し、その妻・冴子に殺人をそそのかしたと言っても過言ではないんだ!」

 城戸がそう怒鳴ると、田島は、地面を足で蹴って、

「バカヤロウ!」

 と、叫んだ。

「君は、脅迫罪の疑いで署まで来てもらうよ」

 城戸は、そう言って田島の腕をつかみ、パトカーまで連行した。

 通潤橋から阿蘇警察署までの道中、警視庁にいる川上刑事から城戸へ連絡が入った。

 川上の報告によると、ジャパン交易の横領事件の犯人が、木下巴と判明した。木下巴が、既に会社と示談を成立させたことが判明したのだという。

 警視庁捜査一課では、細谷が殺害された事件について、任意で木下巴を事情聴取したところ、示談金は、恋人ボーイ・フレンドの細谷に準備するように頼んだと供述したのだという。ここまでが、川上の報告だった。

 細谷は、その頼まれた示談金を賄うために、『肥後の鶴』の贋作を使って田島を騙すことを思いついたのだろう。高価な『肥後の鶴』の贋作を本物の値段で取引したのだから、相当儲けたはずである。

 結局、その儲けた金は、木下巴のもとへ渡り、ジャパン交易に示談金として支払われたのだろう。

 そう考えると、今回の事件は、ジャパン交易横領事件からすべては始まったことになる。

 木下巴が、示談金の準備を細谷に頼み、細谷がその示談金を賄う為に、一枚の絵を使った詐欺を企んだところから始まったのだ。

 とはいっても、この事件は防ぐことができた。この事件だけでなく、天野肇の死も防げた。

 それでも防げなかったのは、五か月前に田島が選択を誤ったからである。

 天野肇本人が告訴の準備をする前に、田島が告訴をしてもっと早く解決していれば天野肇は死をまぬがれ、こんな事件は起きなかったのである。

 今回の事件においての悪人は、天野冴子というよりは、田島の方だろうと城戸は考えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ