Romio and Juliet②
Romio
翌日 早朝
領主の屋敷にしては質素な廊下を、ロミオは歩く。
モンタギュー家は、周辺一帯の土地をキャピュレットと合同で統治する大地主だ。(内政のモンタギュー、外交のキャピュレット。軍事はモンタギュー、治安はキャピュレットとして、どちらかがやりすぎないようにしている)
現当主は当代きっての賢君で、領民からの支持も厚い。当分は、山脈の向こうであったような革命なんかは起きそうにない。
板張りにカーペットを敷いただけの廊下の突き当たり。そこのドアを二度ノックしてから入る。
「ロミオ・レイ・クルーカス。ただ今参上いたしました」
本と机以外に目立った調度品もない部屋は、しかし形式美を感じさせる。
「ああ。朝から呼び出してすまないね」
よく通る声 が響き、机に積まれた書類の向こうから顔がのぞく。
クラリス・フェル・モンタギュー、43歳。彫りの深い顔に、少し白の混ざった髪。厳格の中に優しさの見える表情だった。
「いえ、自分も昨日は早く寝れましたので」
「昨夜は息子の警護に無理をいって済まなかったよ」
何かの書類にペンを走らせながら応答が返ってくる。
「この仕事だけ終わらせるから待ってくれ」
算盤を弾く音が響く。
「…クラリス様。一つ質問してもよろしいですか?」
仕事の邪魔をするとわかっていても、口を出す。
「ああいいよ」
「…モンタギューを誰に任せる気ですか?」
さらさらと動いていたペンが止まる。
「…後継ぎの問題か」
ふぅ、と一息ついてペンを置く。
昨日ではっき りした。あのバカにモンタギューは継げない。継げば領民・領地・貴族、あらゆるものが破綻する。
「僕としてはだれでもいいんだけどねー。結局なるようになるんだし」
ペンの先をふきながら素知らぬ顔をする。
「先週あたりに子供達を集めて話したんだけど、旅に出たい子もいれば、武芸に適性がある子もいる。学問で大成したいってのもいた。で、残ったのは長男と次男なんだけど・・・」
長男・次男の順に子供達の名前が挙げられ、最後に本題に入る。
「本人たちの意向で、継ぐのはセリスになったよ」
心の中で一安心。
「セリスは頭もいいし、政治のやり方もうまい。補佐官達の信頼も厚いしね」
止まっていたペンが動き出す。
「ロミオは…そういう難し いことには興味がないらしいよ。あいつは、オンナのコと遊んでるほうが楽しいみたい」
動機が不純だが、それでも最悪の事態は免れた。
「キャピュレットの御嬢さんとも仲がいいらしいですしね」
相槌をうち、内心を悟られないように気を付ける。
「…そのキャピュレットのことなんだけど…」
クラリスは見たこともないような重い息を吐く。
「クルーカスを呼んだのも、そのせいなんだけどさ。ちょっとジュリエットのことで問題が起きてね」
ペンが最後の書類の端にたどり着く。
また何かバカがやらかしたのだろうか?
トン、とペンを置き、一呼吸間を置いて、
「行方不明になった」
「…はぁ!?」
予想だにしていなかった言葉に、数秒遅れて叫ぶ。
「昨日の夜 からいないらしい。向こうも秘密裏に捜索隊を出してたみたいだが、まだ見つからないそうだ」
「誘拐ですか? 家出ですか?」
頭を仕事モードへと変える。
「ベランダにカーテンで作った綱があったそうだから、家出かな。結婚前に一冒険、といったところかな」
ため息がふたつ続く。
「じゃあ、第一分隊と第二分隊で手分けして探します。令嬢が家出してるなんて公然と言えませんから、こっちも秘密裏かつ私服で行います。いいですか?」
「そこらへんの采配はクルーカスに任せるよ」
何気に今、責任をおしつけやがったなこの人。心の中でひとりごちる。
「わかりました。それでは失礼します」
一礼した後に背を向け、廊下へと出る。
そして、腰の小物入れから青い水晶体 ――通信用の魔法石を取り出す。
『団長。なんでしょう』
リットを呼び出した。起きるのが早いようで感心感心。
「第一分隊と第二分隊の連中を練兵場に集めてくれ。話はそれからだ」
『了解です』
最低限のやり取りだけし、通信装置をしまう。
顔を上げると、まだまだ遅めの太陽が昇り、地上が照らされる頃合いだった。
廊下に差し込む光が、妙に謎めかかしかった。
Juiliet
城下街 昼前
やはり、街は荒れていた。
大通りは活気を取り戻しつつあるが、一つ裏路地に入れば、浮浪者やその日暮らしの日雇い人が昼寝をし、ろくな格好もしてない少女がただ呆然と寂しげに突っ立っている。あの少女の中にあるのは果たしてなんなのか。
――無理もないか。飢饉や竜祭事件(ドラゴンの襲来)が一度に起こってから、まだ八年しか経ってないんだから。
その裏路地を、フードを深くかぶって進む。
――でも、私はここに来なければこれを見ることもできなかった。やっぱり、家にいるだけじゃダメ。もっと遠くから変えていかないと。
そのためには、まずは移動手段。馬を買う必要があるが、真っ当な店では書類が残る。身分のわからないものが気安く モノを買える店は、決まって裏路地にしかない。(しかも高い!)
そうやって、いい店はないかと探していると、
「ねーちゃん。いくらだ?」
私を"そういう"のだと思って声を掛けてくる輩が出てきた。昼間から精力が有り余っているようで、なら働けよと思うのは変であろうか。
最初は無視して進んでいたのだが、奥に進むほど頻度が高くなる。後半からは少々乱暴に、股間を蹴り上げるなどして『肉体的制裁』していった。
「アァン!? てめぇ、女のくせに生意気こいてんじゃねぇぞ!?」
だからやっぱり、それが良くなかった。
次は明後日