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第15話 生首の戴冠

帝国暦1281年、黒血平原。


決戦の第五日目。

平原はすでに死体の山と血の海と化していた。


反乱軍三万に対し、帝国正規軍は四万五千——反乱軍より五割も多い大軍だった。

しかし、戦況は予想外に反乱軍優勢に傾き始めていた。


ヴェルナ・ド・ルシフェルは、血まみれの体で丘を駆け上がっていた。

赤いビキニアーマーは無数の傷と血で塗りつぶされ、黒マントは裂け、栗色の髪は汗と血で張り付いていた。左腕からは鮮血が滴り落ち、息は荒く、しかし赤い瞳だけが狂ったように輝いていた。


「ミリアーナァァァァ!」


彼女の咆哮が、戦場全体に響き渡った。


一方、帝国軍の本陣、丘の上。

ミリアーナは黒い指揮官鎧を纏い、静かに戦況を見つめていた。

表向きは冷静な総指揮官だったが、彼女の心は激しく動いていた。


『計画通り。

帝国軍が負けるように、私はすべてを仕組んだのだから』


数ヶ月前から、ミリアーナは影の系譜の全面協力のもと、帝国軍を内側から崩壊させる精密な謀略を展開していた。その詳細は以下の通りだった。


1. 補給網の破壊帝国軍の後方補給部隊に、意図的に腐敗した食料と汚染された水を混入させた。さらに、輸送ルートに偽の情報で迂回命令を出し、兵士たちに飢餓と疫病を蔓延させた。決戦直前には、主力部隊への食料到着を3日遅らせることに成功した。


2. 指揮系統の混乱皇帝派の忠実な将校たちに、偽の緊急命令書を送り、前線での連携を意図的に乱した。右翼の将軍には「左翼が突破された」との偽情報を、左翼の将軍には「右翼が崩壊した」との偽情報を流し、部隊同士の衝突を誘発した。


3. 士気の徹底的な低下帝国軍内部に「この戦いに勝てばミリアーナがさらに権力を握り、皇帝派は粛清される」という噂を巧みに流布させた。

特に、貴族出身の将校たちに「ミリアーナは皇帝を傀儡にしている」という情報を漏らし、忠誠心を揺るがせた。


4. 選別的な情報操作ミリアーナに忠実な一部の部隊だけに正確な情報を与え、他の部隊には誤情報を与えて孤立させた。これにより、帝国軍は「統一された軍」ではなく、「バラバラの集団」として機能しなくなった。


これらの策は、表面上は「ミリアーナの完璧な指揮」として見えていたが、実際は帝国軍を自ら瓦解させるための、冷徹で多層的な謀略だった。


『ヴェルナ、あなたが勝つために、私は帝国軍を自ら弱体化させた。

これで、あなたの復讐は成就する。

そして、私を深く憎むことであなたは魔王にはならない』


ミリアーナの瞳には、激しい悲しみと献身の覚悟が宿っていた。


戦場では、ミリアーナの工作が着実に効果を上げ始めていた。

帝国軍の右翼が突然崩れた。


将校の一人が「退却命令」を誤って発令し、部隊同士が衝突して大混乱に陥った。


左翼では、補給が途絶え、兵士たちが空腹と疫病で次々と倒れ始めた。


中央の本陣でも、ミリアーナに忠実な部隊だけが的確に動く一方、他の部隊は命令が届かず孤立した。 


「何が起こっている!?」


帝国軍の将軍たちが叫ぶ中、反乱軍は一気に攻め込んだ。

ヴェルナの黒翼オーラが輝き、敵陣を切り裂いていく。

ヴェルナは単騎で敵陣を突破しようとしていた。

周囲を埋め尽くす帝国兵を、彼女は獣のように薙ぎ払った。

長剣が閃くたび、血飛沫が上がり、首が飛び、胴体が裂けた。

彼女の周囲は死体の山となり、反乱軍がその後を追った。


「道を開けぇぇぇ!

ミリアーナの本陣まで、俺が切り開く!」


ヴェルナの叫びと共に、黒い翼のオーラが爆発的に広がった。

帝国兵たちは恐怖に震え、道を空けた。

矢が雨のように降り注いだが、彼女の魔力の壁に弾かれ、地面に突き刺さった。

帝国軍の精鋭部隊が最後の抵抗を見せた。

重装騎兵がヴェルナに突撃してきたが、彼女は馬上から飛び上がり、剣を振り下ろして騎兵ごと馬を両断した。

血と肉片が飛び散り、ヴェルナの体をさらに赤く染めた。


彼女は一切止まらず、一直線にミリアーナの本陣がある丘を目指した。

その姿は、もはや人間ではなく、復讐の化身そのものだった。

帝国軍の士気は急速に低下し、脱走兵が続出した。

ミリアーナの策略により、帝国軍は自ら瓦解の道を歩み始めていた。


丘の頂上、本陣の中心に、ミリアーナ・ヴァルハイトが立っていた。

黒い指揮官鎧を纏い、細身の長剣を手に、静かにヴェルナを待っていた。二十一歳になった彼女の美貌は、戦場の中でさえ異様なほど冷たく、妖艶だった。


しかし、その瞳の奥には、深い悲しみと覚悟が宿っていた。

周囲の近衛兵たちがヴェルナに襲いかかろうとしたが、ミリアーナが静かに手を挙げて制した。


「下がりなさい。

これは、私と彼女の最後の話」

近衛兵たちが後退する中、二人は十メートルほどの距離を置いて対峙した。


ヴェルナの声が震えた。


「ミリアーナ、お前よくも俺を裏切ったな。

孤児院で誓ったこと、アカデミーで笑い合ったこと。

あれは全部、嘘だったのか!?」


ミリアーナは静かに微笑んだ。

その笑顔は、かつてヴェルナが愛した優しい笑顔の残骸だった。


「嘘ではなかったわ、ヴェルナ。

私はあなたを、本気で愛していた。

今も、愛している」


「ふざけるな!」


ヴェルナは地を蹴り、猛然と突進した。

長剣が閃き、ミリアーナの首を狙う。

ミリアーナも長剣を構え、迎え撃った。


二人の剣が激突し、火花が散った。

かつて完璧に息の合った二人の戦いは、今や憎悪と悲しみに満ちた死闘となっていた。

ヴェルナの攻撃は荒々しく、重く、獣のようだった。

ミリアーナの剣技は洗練され、的確に急所を狙う。

互いのすべてを知り尽くした二人は、長い時間、互角の激闘を繰り広げた。


ヴェルナの剣がミリアーナの左肩を深く切り裂いた。血が噴き出す。

ミリアーナの反撃がヴェルナの腹部を掠め、赤いビキニアーマーがさらに裂けた。


「お前が俺を牢に送った夜!

笑顔で俺を裏切った顔! 忘れられない!」


ヴェルナの叫びに、ミリアーナは静かに答えた。


「ええ、私は悪よ。

あなたを傷つけるために、すべてを演じた。

皇帝の寝所で体を売ることも、七剣を操ることもね。

全部、あなたを守るため」


「黙れ!」


ヴェルナの剣が加速した。

黒い翼のオーラが爆発的に広がり、彼女の魔力が頂点に達する。


ミリアーナは防戦一方になりながらも、微笑みを崩さなかった。

「予言を見たの。

あなたが魔王になり、大陸を灰にする未来を。

だから私は、あなたを憎悪の対象にすることで、復讐という一点に狂気を収束させようとした。

そして、最後に私の首を、あなたに落とさせる」 

ヴェルナの動きが一瞬、止まった。


「何を言ってるんだ?」


その隙を突き、ミリアーナの剣がヴェルナの右胸を浅く刺した。

しかし、彼女は本気で殺す気はなかった。

ヴェルナは咆哮を上げ、剣を横薙ぎにした。


決着の瞬間が訪れた。

ヴェルナの長剣が、完璧な弧を描いた。

ミリアーナは最後の瞬間、目を閉じ、微笑んだ。

「ありがとう、ヴェルナ。愛してる」


剣が閃き、ミリアーナの首が飛んだ。

鮮血が大きく弧を描き、黒髪の生首が宙を舞った。

ヴェルナは素早く左手を伸ばし、その生首を掴み取った。


ミリアーナの胴体が、ゆっくりと膝をつき、倒れ伏した。

首の断面から、大量の血が噴き出し、地面を赤く染めた。


ヴェルナは生首を自分の顔の前に持ち上げ、額をそっと押しつけた。


「ミリアーナ」


生首の目は、恐怖とどこか安堵の色を帯びていた。

唇はわずかに開き、最後の微笑みの形を残していた。


周囲の戦場が、静まり返った。

反乱軍も帝国軍も、両者ともこの光景に息を呑んだ。

ヴェルナはゆっくりと膝をつき、生首を抱きしめた。

血が彼女の胸に滴り落ち、赤いビキニアーマーをさらに染めた。


「お前が俺を守るために、悪になったって?

嘘だ、そんなの嘘だ!」


彼女の声は震え、涙が混じった。

長年の復讐が、ようやく果たされた瞬間。 


しかし、そこにあったのは、勝利の喜びではなく、底知れぬ虚無と悲しみだけだった。

エリックが駆け寄ってきた。

彼はヴェルナの肩に手を置き、言葉を失っていた。

ミリアーナの生首を見て、彼の顔が青ざめた。

ヴェルナは生首を抱き、ゆっくりと立ち上がった。

周囲の反乱軍兵士たちが、畏怖と勝利の叫びを上げ始めた。


「勝利だ! 黒翼様万歳!」


しかし、ヴェルナの耳には、何も聞こえなかった。

彼女はミリアーナの生首を高く掲げ、血塗られた平原に宣言した。


「ミリアーナ、お前の首を掴んだ。

これで俺の復讐は、終わったのか?」


風が強く吹き、血の匂いを運んだ。

黒血平原に、静かな終わりと、新たな狂気の始まりが訪れようとしていた。

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