第13話 黒血平原の序曲
帝国暦1281年、春。
反乱軍の規模はすでに三万を超えていた。
ヴェルナ・ド・ルシフェルは二十一歳。
黒翼の処刑者として名実ともに反乱の象徴となり、赤いビキニアーマーは血と勝利の証で彩られていた。
栗色の長い髪は戦場で風になびき、赤い瞳には復讐の炎が激しく燃え続けていた。
灰狼の砦から始まった反乱は、辺境全域を巻き込み、今や帝国の半分を脅かす大勢力となっていた。
「全軍、黒血平原へ進軍する!」
ヴェルナの声が、広大な野営地に響き渡った。
三万の兵士たちが一斉に歓声を上げ、旗を掲げた。黒い翼を模した軍旗が、風に激しくはためいた。
エリック・ヴァルデンは副将として、彼女の右側に立っていた。
彼の表情は硬く、目には深い疲労と罪悪感が刻まれていた。
ミリアーナとの密会から三年近くが経ち、彼は今もその秘密をヴェルナに隠し続けていた。
「ヴェルナ、本当にここで決着をつけるのか?」
「当然だ。
ミリアーナの首を掴み、皇帝の腐った首を晒す。
それで、すべて終わる」
ヴェルナはエリックの手を強く握った。
その手は熱く、力強かった。エリックは微笑み返しながら、心の中で血を吐く思いだった。
黒血平原は、帝国中央部に広がる広大な荒野だった。
かつて大規模な魔物戦争があった場所で、土は赤黒く染まり、死者の骨が今もところどころに転がっていた。
反乱軍三万に対し、ミリアーナが指揮する帝国正規軍は四万五千。
七剣の生き残りもほぼ全員が集結していた。
出陣前夜。
ヴェルナの天幕の中で、二人は最後の夜を過ごしていた。
ヴェルナはエリックの胸に体を預け、珍しく不安げな声を漏らした。
「エリック、もし俺が死んだらどうする?」
「死なせない。
俺が必ず守る」
エリックは彼女の背中を抱きながら、唇を強く結んだ。
ミリアーナの白い肌と甘い囁きが、再び脳裏に浮かんだ。
彼はヴェルナの首筋に顔を埋め、激しく抱きしめた。
まるで、これが最後であるかのように。
ヴェルナは彼の熱を感じ取り、激しく応えた。
二人は何度も体を重ね、互いの存在を確かめ合った。
ヴェルナの吐息とエリックの荒い息が、天幕の中に満ちた。
「愛してる、エリック」
ヴェルナの言葉に、エリックは胸が引き裂かれる思いだった。
「俺もだ」
決戦前日、両軍は黒血平原で対峙した。
帝国軍の本陣では、ミリアーナが黒い鎧を纏い、玉座のような椅子に座っていた。
彼女の美貌はより冷たく、妖艶さを増していた。
二十歳を過ぎ、皇帝の寵愛と予言の代償で、彼女の体は成熟し、しかし内側は深く傷ついていた。
セレナ・ルミナスが彼女の傍らに跪いた。
「ミリアーナ様。ヴェルナは本気です。
エリックも、彼女の側にいます」
ミリアーナは静かに微笑んだ。
「ええ、わかっているわ。
すべて、予言の通りに進んでいる。
エリックには、もう少し働いてもらいましょう」
彼女は指を鳴らし、影の系譜の使者を呼び寄せた。
新たな指示が、エリックのもとへ密かに送られた。
黒血平原の決戦前夜、反乱軍の天幕。
ヴェルナは兵士たちを鼓舞した後、エリックと二人で星空の下に立っていた。
「明日で、すべてが変わる。
ミリアーナの首を掴んだら俺たちは新しい帝国を作る。
お前と一緒に」
ヴェルナの声は熱を帯びていた。
エリックは彼女を抱きしめながら、苦渋の表情を浮かべた。
「ああ、一緒に」
その時、エリックの懐で小さな魔導通信石が震えた。
ミリアーナからの密信だった。
彼はヴェルナに気づかれぬよう、石を握りしめた。
翌朝、黒血平原に朝日が昇った。
両軍が激突する直前、ヴェルナは馬上で長剣を高く掲げた。
「全軍、前進!
腐った帝国を、血で洗い流せ!
ミリアーナの首は俺がもらう!」
三万の反乱軍が、黒い波となって平原を埋め尽くした。
対する帝国軍も、整然と陣形を組んで迎え撃つ。
戦いの狼煙が上がり、黒血平原は再び血の海となる運命を迎えた。
ヴェルナは先頭に立ち、敵陣に向かって疾走した。
エリックは彼女のすぐ後ろで、複雑な思いを抱えながら剣を握っていた。
ミリアーナは本陣の丘の上から、静かに戦場を見つめていた。
「さあ、始まりよヴェルナ。
私の愛する、黒翼の魔王候補」
風が強く吹き、両軍の旗を激しくはためかせた。
黒血平原の決戦の序曲は、血と叫びと、裏切りの予感と共に幕を開けた。
黒血平原の序曲は、長い復讐の物語の頂点へと繋がる。
ヴェルナの反乱軍はついに帝国軍と激突し、エリックの裏切りはさらに深く進行していく。
愛と憎しみ、忠誠と欺瞞が、血の平原で交錯する




