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第1話 黒棘の双剣

帝国暦1261年の冬。


辺境の寒村「黒棘の里」。


灰色の空から雪が静かに降り積もり、木造の孤児院「黒棘の家」は白い雪に覆われていた。

建物は古く、壁にはところどころひびが入り、風が吹くたびに軋む音を立てる。

そこに住む子供たちは二十人ほど。皆、戦乱や魔物の襲撃で両親を失った者たちだった。


その中でも特に目立つ少女がいた。

ヴェルナ・ド・ルシフェル。年齢は十歳。

栗色の髪を短く切り、いつも汚れた服を着崩し、鋭い赤い瞳をしていた。

体は同年代の子供よりがっしりとしており、喧嘩っ早い性格で知られていた。


食事の時間になると必ず誰かと揉め、弱い子からパンを奪うような真似も平気でやった。職員たちからは「厄介者」と陰口を叩かれ、他の子供たちからは恐れられていた。 


「またか、ヴェルナ!」


その日も、食堂で大きな声が上がった。

声の先では十歳の少年が床に倒れ、鼻血を流していた。

ヴェルナは拳を握りしめ、倒れた少年を睨みつけていた。


「うるさい。こいつが私のパンを取ったのが悪い!」


ヴェルナを諌めようとした子供に対して彼女の声は低く荒々しかった。

周りの子供たちは息を潜めて見守るばかりで誰もヴェルナに逆らおうとはしなかった。


職員の一人が慌てて駆け寄ってきたが、ヴェルナは素早く身を翻し、食堂の外へと走り去る。

建物の外へと走り雪の積もった中庭の木の陰に隠れる。

凍えた空気の中で吐き出す息が白く凍り、拳に残る人を殴った痛みが彼女の苛立ちを更に煽った。 


「……誰も、信じられない」


ヴェルナは独り呟いた。

両親を魔物に殺されたあの日、周りの大人は誰も助けてくれなかった、

以来、彼女は誰かを信じることを止めていた。


他人には頼れない。

自分が強くなければ生き残れない。

弱い者は食われる。

それがこの世界の掟だと、彼女は幼いながらに悟っていた。


その時だった。


「あなた、喧嘩強いんですね」


静かな、しかしはっきりとした声が背後から聞こえた。

ヴェルナは素早く振り返った。

そこに立っていたのは、見知らぬ九歳くらいの少女だった。


挿絵(By みてみん)


黒く長い髪を丁寧に梳かされ、大きな瞳が賢く輝いている。

体は細く華奢で、孤児院の粗末な服を着ていても、どこか気品のようなものが漂っていた。

彼女の名はミリアーナ・ヴァルハイト。

数日前、この孤児院に連れてこられたばかりの新入りだった。


ヴェルナは警戒しながら睨みつけた。


「なんだよ。お前も俺に喧嘩売りに来たのか?」


ミリアーナは小さく首を傾げ、穏やかに微笑んだ。


「いいえ。ただ、あなたの強さがもったいないと思っただけです。

いくら強くても、一人ではいつか倒れてしまいます。

私が頭脳になれば、あなたはもっと強く生きられるはずです」


その言葉は、ヴェルナにとって初めて聞くものだった。

誰もが彼女を恐れて避けるか、叱るだけだった。

だがこの少女は、違うことを言っていた。


「……頭脳?」


「ええ。一緒に生きましょう。

あなたが剣、私は盾。

二人なら、この寒い世界でも生き抜けると思います」


ミリアーナは雪の上にしゃがみ込み、小さな手を差し伸べた。

その手は白く細く、ヴェルナの荒れた手に比べるとあまりにも脆く見えた。


ヴェルナはしばらくその手を睨んでいた。

心の中で何かが揺れた。

疑い、恐怖、そして……わずかな温かさ。


「ふん。勝手にしろ」


彼女はぶっきらぼうに言い、ミリアーナの手を乱暴に握り返した。

その瞬間、二人の運命は静かに、しかし確かに結ばれた。


その夜、孤児院の食料庫に野良犬の群れが侵入し、貴重な干し肉を荒らしていた。

子供たちは怯えて泣き、職員も対応に困っていた。

ヴェルナは棍棒を握り、単身で食料庫へ向かった。


「俺がやる! 邪魔するな!」


しかし、犬の数は十匹近くいた。  ヴェルナは必死に戦ったが、腕を深く噛まれ、血を流しながら倒れた。


その時、ミリアーナが現れた。

彼女は大声で職員を呼び、近くにあった燻製の煙を犬に向かって煽り、威嚇した。

さらに、ヴェルナの傷口に自分の服を裂いて止血を施し、彼女を抱きかかえるようにして食料庫から連れ出した。


「バカ……一人で行かないで。

二人でやれば、怖くないのに」


ヴェルナは痛みに顔を歪めながら、初めて誰かに守られた感覚を味わった。

その感覚に戸惑いながら思わず尋ねる。


「お前、なんで俺を助けるんだ?」


ミリアーナは雪の中で微笑んだ。


「だって、あなたは私の剣になるって約束したじゃない」


その言葉はヴェルナの孤独な心を揺らしミリアーナへの僅かな好意を植え付けた。


数日後、孤児院に帝国軍の巡回騎士隊が訪れた。

彼らは暖炉の前に座り、子供たちに英雄譚を語って聞かせていた。


「帝都にはな、『帝国七剣』という最高の剣士たちがいるんだ。

彼らは皇帝陛下を守り、魔物の大群をたった七人で撃退したという。

その中には、辺境出身の者もいるらしいぞ」


子供たちが目を輝かせる中、ヴェルナは壁際に座ってじっと聞いていた。

騎士の一人が続けた。


「七剣になれば、辺境の村も守れる。

何もしない貴族に代わって、普通の民が安心して暮らせる帝国を作れるんだ」


その言葉が、ヴェルナの胸に深く刺さった。両親を殺した魔物。

毎日食べ物に困る生活。

弱い者が踏みつけられる現実……

俺が強くなれば……変えられるのか? 


その夜、二人は同じ部屋の隅に並んで寝ることになった。

外では雪が激しく降り、風が窓を叩いていた。

包まっている薄い一枚の毛布をすり抜けて凍てつく寒さが身体を襲う。

ヴェルナは一人で丸くなっていたが、ミリアーナがそっと近づいてきた。


「寒いでしょう? 寄り添いましょう」


そう言ってミリアーナが身体を寄せてくる。


「うるさい」


その言葉とは裏腹に、ヴェルナは抵抗しなかった。

ミリアーナの小さな体温が、じわりと彼女の背中に伝わってきた。

初めて感じる他人の優しさだった。


「ねえ、ヴェルナ。

いつか、私たちで帝国を変えましょう」


ミリアーナが小さな声で囁いた。


「奪うだけの貴族が幅を利かせて、私達が餓え死にするような世界……変えられると思う?」


ヴェルナはしばらく黙っていたが、ようやく口を開いた。


「変えてやる。

お前が頭脳ならどうすれば変えられるか考えろ。

変えられるなら、俺はどんな奴らでもぶっ飛ばしてやる」


ミリアーナはくすくすと笑った。


「ええ、あなたは私の剣。

私はあなたの頭脳。

永遠に一緒にいましょうね」


二人は毛布の中で固く手を繋いだ。

外の吹雪が激しくなる中、二人の心だけは初めて温かかった。


それから数ヶ月が経った。

ヴェルナは少しずつ変わっていった。

以前のように無闇に喧嘩を売ることは減り、ミリアーナの指示に従って孤児院の食料を公平に分配する手伝いをするようになった。


ミリアーナは驚くほど頭が良く、職員の目を盗んで食料を隠したり、冬の寒さ対策として古布を集めてみんなに配ったりした。


孤児院を襲う野犬の群れが再び現れた時、ヴェルナはミリアーナを守るために棍棒を振り回して戦った。

彼女の勇敢な姿を見て、他の子供たちも徐々にヴェルナを恐れるだけでなく、頼りにし始めた。


「ヴェルナ、守ってくれてありがとう」


ミリアーナが笑顔で言うと、ヴェルナは照れくさそうに鼻を鳴らした。 


「当然だ。お前は俺の……仲間だからな」


やがて二人は「黒棘の双剣」と呼ばれるようになった。

孤児院の中では、二人がいれば何でも解決できると言われるほどだった。


春が来て、雪が溶けると、二人は裏山で誓いを立てた。


「私はミリアーナ・ヴァルハイト。あなたを守る頭脳になる」


「俺はヴェルナ・ド・ルシフェル。お前を守る剣になる」


ミリアーナが笑顔で言った。


「これから、私たちは『黒棘の双剣』ね。

永遠に一緒にいましょう」


ヴェルナは照れくさそうに鼻を鳴らしながらも強く頷いた。


「ああ……永遠にな」


雪解けの風が、二人の頰を優しく撫でた。

まだ何も知らない二人の少女は、この日本当の親友となった。


「いつか帝都に行って、七剣になるの。

そこで本当の力を持って、みんなが笑える帝国を作る」 


ミリアーナの瞳は星のように輝いていた。

ヴェルナは力強く頷いた。


「ああ。お前が計画を立てろ。

俺は剣を振るう。

誰が相手でも、絶対に守ってやる」


二人の小さな手が、固く握り合わされた。


この時、彼女たちはまだ知らなかった。

この固い絆が、いつか血塗られた裏切りと、果てしない復讐の炎を生むことになるとは。

この出会いが、すべてのはじまりだった。

純粋な友情、互いを補い合う絆、そして未来への希望。

しかし、予言の影はすでにミリアーナの小さな体に忍び寄っていた——。

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